教科書の中の世界文学 消えた作品・残った作品25選

  • 一般
著者名
秋草 俊一郎・戸塚 学 編
判型
A5変
ページ数
288頁
ISBN
978-4-385-36237-3


1950年代以降に国語教科書に採録された外国文学作品から25編を厳選し、採録時にカットされた箇所も含めて収録。
各年代の採録作品を通して当時の世相や国語教育を取り巻く状況に触れた解説やコラムも必見。

『世界文学アンソロジー  いまからはじめる』の姉妹編。



目次

第1章 現代

カフカ「掟の門」/チェーホフ「カメレオン」/知里幸惠「銀の滴降る降るまわりに」/◇コラム:新しい高校国語科目と外国文学

第2章 九〇年代

尹東柱「たやすく書かれた詩」/李正子「生まれたらそこがふるさと」/チャペック「切手蒐集」/プルス「休暇に」/アンダスン「トウモロコシ蒔き」/◇コラム:読みものとしての「手引き」

第3章 八〇年代

ヒューズ「夢」/マラマッド「夏の読書」/ヤーコブレフ「美人ごっこ」/サンソム「垂直な梯子」/◇コラム:「名訳」という定番教材

第4章 七〇年代

ベッヒャー「共有」/スタインベック「朝めし」/ムンテヤーヌ「一切れのパン」/アルラン「降誕祭」/◇コラム:教科書が愛をとりあげるとき

第5章 六〇年代

シュペルヴィエル「動作」/ヘッベル「ルビー」/イバーニェス「鮪釣り」/モーパッサン「ジュール伯父」/ガルシン「信号」/◇コラム:「星野君の二塁打」は日本的な教材か

第6章 五〇年代

タゴール「チャンパの花」/魯迅「小さな出来事」/ホーソーン「人面の大岩」/ドーデ「最後の授業」

◇読書案内

編者まえがき

       1
 本書は国語教科書に掲載された「外国文学作品」(一部、日本語で書かれた作品も入っています)の中から、二五人による二七作品をあつめたアンソロジーです。国語教科書掲載作品のアンソロジーはこれまでも刊行されてきましたが、外国文学作品に限って編まれたものはなく、その意味では本書はほかに類書のないものと言えるでしょう。

        2
 本書を手にとられた方の中には、国語教科書の外国文学作品といえば、ヘルマン・ヘッセの「少年の日の思い出」や、魯迅の「故郷」を思い出す方もいるかもしれません。この二作品は前者が中一の、後者が中三の国語教科書に長いこと採用されつづけている「定番教材」です。この二作品はいまでは全社の中学国語教科書で採用されており、もはや国民的な読書体験の一部になっているといっても過言ではありません。聞きなれない登場人物名や、どことなく翻訳調の台詞のインパクトが忘れられないという方もいるかもしれません。
 本アンソロジーのために編者二名が実際に手に取って目を通した外国文学作品は、二百作品をゆうに超えるのですが、裏を返せば過去それだけの外国文学作品が教科書に掲載されてきたということでもあります。
 しかし、そもそも「国語」教科書になぜ外国文学作品が収録されているのでしょうか。この答えはかならずしも自明ではありません。
 明治以降、西洋から流れこんできた外国文学は、近代文学の成立に密接に関わったというだけではなく、翻訳をつうじて現在つかわれている日本語に大きな影響をあたえました。日本の作家の中には、二葉亭四迷や森鷗外のように、自ら翻訳の筆をとり、海外の作品を紹介したものもいました。こうした「名訳」の中にも、中等教育以上の国語教科書や副読本に掲載されるものがありました。
 こうして教科書に掲載されていた外国文学教材ですが、そのレパートリーやヴォリュームが劇的に増加したのは、戦後のことでした。
 敗戦後、日本の教育は占領軍の監督のもと、一から出直さなければなりませんでした。国語教育もその例にもれず、徹底的な見直しが迫られました。戦後、文部省(当時)が作成した国語教科書は、民間の検定教科書をつくるさいに参照されましたが、外国文学やその評論の教材が多く収録されていました。先にあげたヘッセ「少年の日の思い出」も、はじめて掲載されたのはこの文部省作成の国定教科書でした。
 戦後、新しく整備されたものに「学習指導要領」がありましたが、一九五一年に発布されたその「試案」の改訂版には以下のような文言がありました。
   
 (1)国語科
 […]これを読むことの資料から考えてみると、小学校では、生活を書いた文、紙しばい、おもしろい昔話、寓話、児童詩、知的な冒険物語、発明・発見の物語、文化の進展に役だった偉人の伝記、逸話、科学的な随筆、こどものための新聞、雑誌等があげられ、中学校では、小説・物語・ 詩・随筆・劇・論文・解説書・科学的読物にわたる。高等学校になると、現代文学のおもなものはもちろん、翻訳された世界文学が含まれ、代表的な古典にも及ばなければならない。
   
 これを見てもわかるように、小・中・高とつづく国語教育のひとつの到達点として外国文学は想定されていました。そこに単なる翻訳文学以上の、特別な価値が置かれていたことは、「世界文学」という言葉づかいからも明らかです。古文や漢文だけでなく、翻訳された世界の文学に親しむこと。それは日本が、国粋的な傾向から、国際秩序に復帰していくうえで必須のプロセスでもありました。
 このような方針もあって、外国文学は戦後の検定国語教科書の紙面を大々的に飾るようになりました。各教科書には「世界文学」や「外国文学」といった単元が設けられ、「翻訳小説特有の日本語に慣れる」や「翻訳文学に読み慣れる」のような学習目標がたてられました。外国文学についての文学者による評論が採用され、教科書の口絵にはゲーテやダンテのような世界の文豪の肖像画や写真が掲載されました。五〇年代には戦前から使用されていたシェイクスピア『ジュリアス・シーザー』やヴィクトル・ユーゴー『レ・ミゼラブル』にくわえて、これぞ世界文学、と言えそうな名作長編からの抜粋が採用され、生徒には授業時間外でその作品全体を読むことが求められました。おりしも教室の外では児童向けの世界文学全集を出版社が競うように販売していた時期のことです。
 こうして、敗戦という事情によって国語教育にアタッチされた外国文学でしたが、五〇年代から六〇年代にかけて、高校の国語教科書の文学教材の約四分の一を占めるほどの状態にありました。六〇年代になると、教養主義的な長編の抜粋はあまり採用されなくなっていくかわりに、単元構成や学習の目的にあわせた外国文学作品が教材として発掘されて掲載されるようにもなっていきます。

……
       5
 本書では、戦後、中学・高校の検定国語教科書(一部小学校もふくむ)に採録された作品から、内容のおもしろさを第一に、二五人による二七作品を選出しました。作家の出身国もアメリカ、ロシア、フランス、ドイツ、スペイン、チェコ、ポーランド、インド、中国などさまざまです。アイヌや在日コリアンといった人々の作品も収録しています。もともと国語教科書に採録されている作品は、さまざまな観点から選び抜かれた「名作」であることが前提とされているようなところがありますが、本書に収録したのは、長年教科書で使用されたか、複数の出版社の刊行する教科書で使用されてきた(あるいはその両方)「実績」があるものがほとんどです。
 翻訳については、当時教科書でつかわれていた翻訳の原典を掲載しています。
 また、二七作品を現代からさかのぼるかたちで教科書に主に採用されていた年代ごとに配置することで、それぞれの世代の記憶を追体験できるようにしました。現在も教科書に採用されている「新しい古典」から、九〇年代、八〇年代、七〇年代、六〇年代、そして終戦直後の時期に掲載されていた、いまでは消えていった作品までさかのぼっていきます。それは、外国文学が数十万、数百万という読者に恵まれていた時代のアーカイヴでもあります。
 年代ごとの「解説」では、その教材が採用されていた背景について紹介しています。
「Column」では、国語教科書と外国文学をめぐるさまざまな話題を提供しています。
「教科書からの読書案内」では、過去に国語教科書に採用されたけれども、本書ではさまざまな理由から収録しきれなかったおすすめの作品について紹介をおこなっています。

 なお、本書の実質的な前作でもある『世界文学アンソロジー――いまからはじめる』(三省堂)と併せて読んでいただけますと幸いです。
                                                 

編者を代表して 秋草俊一郎


                                                                                                                                                                                                       




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  • 2024年02月28日発行
  • 定価 2,750 (本体2500+税10%)
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