言葉は誰のものか?

(「ぶっくれっと巻頭エッセイ」NO.152号 2002 JANUARY)

米原万里

(1) 「このたび日本ビリヤード協会理事会は、報道各社に対して、『玉突き』という語の多用を慎むよう申し入れた。車などの追突事故が連鎖的に起こる際に、『玉突き』という表現が、比喩として用いられるが、これは、ビリヤードという健全なスポーツの印象を著しく損ねるものであり、ビリヤード普及を使命とする協会関係者は、常々苦々しい思いをしていたというのだ」(読売新聞2001年4月6日朝刊)

(2) 「石油関連企業の業界団体である日本石油連盟は、本日2時、連盟本部での定例記者会見において、『油を売る』という表現について、世間の見直しを促した。 連盟会長の岡部敬一郎氏(コスモ石油社長)の、『この表現は、無駄話を長々とやる、という意味で使われてきましたが、私どもが取り扱っておりますアブラは、今や、日本の産業の血液です』という発言には、石油関係者の忸怩たる思いとプライドが見え隠れした」(朝日新聞2001年10月13日夕刊)

(3) 「兵庫県明石市で起きた歩道橋での圧死事故に関連して、日本将棋連盟は25日、『将棋倒し』の表現を報道で使用しないよう、報道関係の各社、各団体に要望書を送った。『将棋倒し』の表現は、事件が発生した21日夜から報道で頻繁に使われているが、『……将棋の文化的普及と振興を進めている当連盟としては大変遺憾に思っていた。こういった場面での使用は絶対にやめていただきたい』としている」(毎日新聞2001年7月26日朝刊)

(4) 「茶の湯文化普及会、および京都府宇治市に本部を置く製茶業協同組合は、このたび京都府西陣に所在する日本茶道会館にて共同記者会見を行い、声明を発表した。声明文の趣旨は、『お茶を曳く』という表現に異議を申し立てるものである。花柳界や芸能界で客のない暇をもてあましている状態をさして、『お茶を曳く』という言い方が多用されているが、誇るべき日本の伝統文化の象徴でもある抹茶の印象を著しく損ねるものであり、好ましくないというのだ。とくに若い世代のお茶離れが進む昨今、抹茶に対するマイナスイメージを払拭したいという、関係各位の焦燥感を反映しているものと思われる」(京都新聞2001年2月27日朝刊) 

(5) 「東京都はり・灸・あん摩マッサージ指圧師会が『お灸』という言葉を『懲罰』の意味で使わないようにと訴えた。伝統的な医療行為であって、刑罰的なイメージを押しつけられるのは困るということで、『お灸を据える』を『懲らしめる』とか『痛い目に遭わせて反省を促す』という意味で今後使わないよう、報道各社や辞書の出版元に対して要請している」(朝日新聞2000年12月19日朝刊)

 いずれも、初めて記事を目にしたときには、思わず吹き出してしまった。

「うううう嘘だろ! じじじじ冗談だろ!」

 しかし、どうやら抗議した側は大まじめらしい。

 字句や言語表現は、それが指し示す事物を飯のタネにしている人たちからなる業界団体の所有物だと考えているらしい。だから、その語や表現の正しい使い方を判断したり、指導したりする権利も、そういう団体に属すものだという論理になる。しかも、疑う余地無く至極当然なことと思い込んでいるみたいなのだ。始末の悪いことに、それをごもっともと受け容れるメディアが殊の外多い。「将棋倒し」という語も、抗議された翌日から産経新聞(アッパレ)を除く紙誌面やテレビ・ラジオの音声から消えた。

 こういう考えが容認されると、比喩的表現の可否は、各業界団体の諸方面に圧力をかける能力に左右されることが多くなることだろう。

 ちなみに、右にあげた五点の記事のうち、三点はガセネタである。どれが本当にあった記事なのか、どうか当ててみてください。

(よねはら・まり エッセイスト)

「ぶっくれっと」一覧  巻頭エッセイ一覧  三省堂HPトップ・ページ 



Copyright (C) 2006 by SANSEIDO Co., Ltd. Tokyo Japan