その「て」は食わない
(「ぶっくれっと巻頭エッセイ」NO.130号 1998 MAY) |
林 望 むかし、竹脇ショウサクというアナウンサーがいた。俳優の竹脇無我のお父さんであるが、この人のニュースは、一種独特の調子だった。 「アメリカ海軍の原子力潜水艦ノーチラス号は……」 などというその硬くリズミカルな声調を、私はいまもはっきり記憶している。 そのころのニュース原稿は、いまとはずいぶん違っていた。ありていにいって、あのころは「であります」という口調がふつうだったのである。 やがて、この大時代な「であります」調は影を潜め、ふつうの「です・ます」調に改まった。それはまず良いとして、このごろ、NHKのニュースを聞いていると、どうも腑に落ちないところがある。 それが、ここに問題としてとりあげる「て」の多用ということである。 「調査によるとX銀行の担当者たちは、大蔵省銀行局幹部を相手に接待を繰り返していて、ゴルフや高級料亭への出入りも活発だったということです」 たとえばこの「繰り返していて」の「て」が問題である。 じっさい、いつからこういうふうな言い方が頻出するようになったのかははっきりしないが、一昔前のニュース原稿だったら、たぶんこう言ったであろう。 「……大蔵省銀行局幹部を相手に接待を繰り返しており、ゴルフや高級料亭へ……」 とね。で、どうだろう、このほうが文章としては落ち着きが良くはないか。 またこれとは別に、「……していますが」という形で曖昧に下に続いていく場合にもその「いますが」の代わりに「いて」が用いられる傾向が著しい。たとえば、「X国には大量殺戮兵器が保管されていると推定されていますが、いままで査察を拒んでいたため、今後の行方が注目されます」 というふうに言っていたところを、 「……保管されていると推定されていて、いままで査察を拒んでいたため……」 というふうに言うようになったのである。 想像するに、前者は、この「おり」が古くさい文語調であるという認識にたってのことだろうし、また後者は、この「が」に逆接的な意味がやや希薄なため、明確な逆接の「が」と区別するために、あえてそう言い換えるのであろうと思われる。 しかし、私は、こうした「……していて」文がニュース原稿のなかに出てくると、どうにも居心地の悪い感じを覚える。たぶんそれは、全体の流れが「です・ます」調なのに、突然に「していて」と常体的な、しかもやや砕けた口語表現になっているためのアンバランスであろうと考える。 こういう言い方を採用しているのは、たぶんNHKだけで、民放ではあまり聞かない。 NHKのニュース原稿の文体が、どのようなメカニズムによって決定されるのであるか、それは知らない。しかしながら、たぶんどこかの時点で、 「……しており」のような文語的表現は「していて」と口語的表現に改める。 「……していますが」のような曖昧な逆接も「していて」と順接表現に改める。 というようなことが「機関決定」されたものかと推量される。あるいは、ニュース原稿を校閲する上層部に、こういう文体をよしとする感受性の鈍い人がいて、しかもその人が絶大の権勢を握っているか、そのどちらかである。そうして、そのどちらであるにしても、この「て」が、文章全体を頗るだらしなくしていることは確かで、日本語の標準と見做されるべきNHKがこれでは困るなぁというのが正直な感想である。 (はやし・のぞむ 東京芸術大学助教授)
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