あるあるへえー

(「ぶっくれっと巻頭エッセイ」NO.128号 1998 JANUARY)

阿川佐和子

 カルチャーセンターの文章教室というところにゲストとして招かれた。二時間ほど話をしてくれという。 「冗談じゃないですよ。文章がうまくなりたいと思っている人たちの前で、役に立ちそうな話なんかできっこない」辞退しようと思ったが、

 「いや、何でもいいから気楽に来てよ」

 依頼者は、その教室で講師を務める友人のもの書きである。彼には普段からいろいろお世話になっている。無下に断るわけにはいくまい。それに、そういう教室で友人がどんなことを教えているのか、覗いてみたい興味も湧いて、ついお引き受けしてしまった。

 「では最初に、提出していただいた作文の講評から始めましょう。阿川さん、読んでみて、どうでした?」

 さっそくコチラに振られた。ちっとも気楽じゃない。友人を横目で睨みつつ、慌てて言葉を探す。たしかに数日前、事前に目を通しておいてほしいと、作文の束が郵送されてきた。一作品六百字という、テーマ別の短いエッセイが二十人分ほどあった。一つ読み始めたと思うと、たちまち終わる。あっという間の短さだ。その短い制限のなかで、それぞれに工夫している努力が窺える。

 「いや、まあ、皆さん。よく書いていらっしゃるなあと感心して……」

 生徒の方々はこちらを凝視して、私が何を言い出すか、じっと待っている。なにしろ皆さん、月謝を払って来ているのである。具体的な言葉を期待しているにちがいない。

 「えー、つまり、短い文章というのはかえって難しいもんでして……、ねえ」

 友人講師に助けを求めると、

 「本当にそうだね。だいたい皆さん、前置きが長すぎる。全部書き終えてから、前半をすっぱり切り捨ててちょうどいいってことがよくあるものです」

 そうそう、私もそういうことが言いたかったのだ。

 「それから、皆さんにはいつも言っているように、書き出す前に、一応の設計図を作ることが大事です」

 ギョッと驚いた。私なんぞ、綿密な設計図を作ったことがない。おそらくないと思う。「やっぱり設計図って必要ですか」

 「そりゃ、ある程度の構成を頭でまとめてから書き出すほうがいいんじゃないの」

 「でも私の場合、設計図を組立てようと目を閉じて考えているうちに、寝ちゃうんです。だからなにも考えず、とりあえず一行目を書き出す。それから考えることにしてるの」

 笑いながら言ってみたら、友人講師は、「あっ、そう」。生徒の皆さん、キョトン。「ま、そういうやり方もあるでしょうね」と軽くいなされ、にわかに不安になってきた。続いて講師はもう一つ、アドバイスをつけ加えた。

 「エッセイは前半で、『うんうん、そういうことってあるある』と、読者に共感を持たせ、最後に『へえー』と感心させられるような話題にもっていく。『あるあるへえー』。これが一つのコツです」

 生徒が熱心にノートに書き留めている。私も手帳に書き留めた。知らなかった。今後の参考にさせてもらおう。しかし、いい加減な自分を正当化するために一言言わせていただければ、ノウハウを覚えることはたしかに大事だが、そこから抜け出せなくなると、型にはまった書き方しかできなくなる。文章はその人そのもの。上質の材料を見つけたら、料理の仕方は、第一に自分らしさを大事にすることだ。

 なんていっぱしの意見を言い出す勇気もなく、人のお役に立たぬまま、自分のためにおおいに役立ったカルチャーセンター体験であった。

(あがわ さわこ・エッセイスト)

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