加藤登紀子の男模様
妹尾河童

 『加藤登紀子の男模様』

食らいつく
眼は昔から

妹尾河童(SENOO−KAPPA)さん
作家、舞台美術家
一九三○年生まれ

「少年H」。妹尾河童さんの小学三年から十五歳の終戦までの恐るべき記録。
「僕はずっと冷凍してたんだね。思い出すのもいやだってことがありすぎて。だから解凍してみたら、意外に記憶の鮮度がよかったってことかな」
 それにしてもすごい! 「河童の覗いた」シリーズをお読みの方ならご存じでしょう。河童さんの観察眼と記憶力とその好奇心は、絶対普通じゃないよね。その食らいつくようなものを見る目はこの通り! 二枚の写真、見れば見るほど似てるでしょ?
 いっしょに仕事をした記憶は少ないのに、河童さんは何かすごく近い人、いのちあずけたらきっと助けてくれる人なのだ。その正体がこの本を読んで、ほんとによくわかった!
 海の外に開かれた自由な神戸の、健やかな家に育ったH。大人の間を走りまわっては、何にでも首を突っ込む、映画と絵の好きな少年。そのHが、大空襲を逃げのびた夜を境に男になる。
 気丈だった母がHを頼り、手をつなぎたがった、その瞬間を描いた一行から、堰を切ったように泣けた。
〈この戦争はいったい何やったんや。大人も新聞もみんなウソばっかり言うて、死なんでもええ人が、どれだけ死んだかわからへん!〉
「戦争反対とかそういうことじゃなくて、もっとくわしく、はっきり、どういうことだったかを書きたかったのよ」
 阪神大震災でまた神戸は大きなものを失った。
「でも神戸はねえ、フェニックスなんだよ。絶対に立ち直る街なんだ。僕はそれを伝えたい」
「フェニックス」は河童さんがはじめて働いた看板屋の名前。絵を描き、身を立て、幾歳月。河童さんの笑顔の向こうには焼けるような怒りやいらだちがかくれていたんだね。

このページのトップへ

トップページへのアイコン




Copyright (C) 2004 by SANSEIDO Co., Ltd. Tokyo Japan