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クイズ新明解国語辞典

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武藤康史 編著

1,000円 新書変型 196頁 978-4-385-35761-X (品切)

話題の『新明解国語辞典』がクイズ方式で楽しめる本。語釈・用例から見出し語をさぐり当てる方式で、普段気に止めなかった語釈の機微が存分に味わえ、中学生から専門家まで日本語再発見の楽しさが満喫できる。

1997年 4月20日 発行

 続クイズ新明解国語辞典 (品切)


●あとがき

 この本に収めた問題は、もとは武蔵野音楽大学における「国語辞典の歴史」という授業の終りに毎回実施するテストとして作成したものです。一回につき十問を『新明解国語辞典』から選んでその部分のコピーをB5判の紙に貼り込み,見出し語は修正液で消しておく(そのひらがなの字数と,冒頭のひらがな一字は示してある)―という形で作ったテストでした。一九九五年度と九六年度の授業で『新明解国語辞典』の最初から最後までを縦断することができました。これが三省堂の伊藤雅昭氏のお目にとまって出版されることになったのは望外の喜びですが、何よりも本書成立のきっかけを作ってくれた武蔵野音楽大学の学生諸君にお礼を述べたいと思います。テストを集めて採点する際,正答率の低さから問題の不適切に気づかされたものもあり、本書をまとめるにあたって差し換えることができました。

 解説は今回新たに稿を起こしたものです。『新明解国語辞典』の生みの親とも申すべき見坊豪紀先生と,『新明解国語辞典』主幹の山田忠雄先生の、今となっては晩年と呼ばなければならない一時期,私は御縁があっていろいろなことを教えていただくことができ、おのずと辞書の歴史や編纂法に対して目を開かれました。解説の中であれこれ古い辞書を用いたのは,二人の先生に御恩返しをしたいという気持によるものでもあります。

編著者


●辞書批評の試み『クイズ新明解国語辞典』

自著自讃(「ぶっくれっと」1997.6 no.124より)

武藤康史

 原稿料を取ってものを書くようになった初めのころ、私は映画評論を書く機会によく恵まれた。しかしそういう文章をたくさん読んでいたというほどでもなく、映画を見たら何かをぜひ言いたくなる気質でもなかったので、しばしば書きあぐんだ。筆がなかなか進まず、何を書いたらいいのか、どう書いたら意義があるのかとしきりに悩んだ。

 悩んだ末に得た結論は(ポーリン・ケイルの映画評論を翻訳していたとき思い至ったと記憶しているが)「何をどう書いてもいいのだ――読み易ければ」というようなことである。もうすこし具体的に言えば、――どんな論点を用意したっていい。論点自体に優劣はない。どこかに御大層な批評基準があるなどと思わなくていい。「本格的な」評論なんてものはない。楽しく読めて何かをちょっと印象づけられればそれだけで書く意義はある。この映画ではこんな小物が映るとか、こんなせりふがあるとか、こんな撮影裏話があるとか、そういうことを書くのも立派な批評である……というようなことだった。

 その後私は辞書についてもよく書くようになり、書き方をいろいろ考えたが、辞書批評は映画批評に似ていると思ったとき、これまた目の前がパッと開けて来た。何も「批評」というようなことばを使わず「……について書くこと」と言ってもいい。あるいは「研究」と言ったって同じことだが、とにかく辞書について書くことは、映画について書くことと同じくらい面倒で、どうかするとつまらなくなりがちで、でもやり甲斐があることだ、と、腹を据えると言おうか、臍を固めると言おうか、腰を入れると言おうか、そんな気になったのである。

 映画というものはそのあらすじにせよ、ある場面にせよ、その「感動」にせよ、ことばで言い尽くすことは決してできないが、辞書も書物の形はしていても通読するものではないから全体を簡単に語ることはできない。ひとつの項目を取り上げて何かを言うことなら可能である。映画評論でもワン・シーン、ワン・カットをことばで必死に再現することがある。そこから大風呂敷を広げる書き方もあるが、私はそこで小さな事実を指摘するにとどめるほうが批評として残ると思う。広く文学について書く場合もこれは同じで、私は「いいところを引用したい」とまず思うのが常だ。

 このたびクイズと名のつく本を出し、内心忸怩たる思いがあるが、これはこれで辞書批評のひとつの形ではないか、という気もする。『新明解国語辞典』の魅力をぽつぽつ書くようになったころ、私はこの辞書の語釈のベスト・ナインを選んで雑誌に書いたことがあった。歌集や句集から秀歌秀句を選ぶような態度も一法だろうと思ったのだが(それはもう十年以上前のことで、映画雑誌に書いたその小文を見坊豪紀先生が目にとめられ、編集部に電話をかけて来られたことが見坊先生との御縁の始まりとなった)、もっとたくさん選び出したとしても、それを羅列しただけでは書物にはなりにくいだろう。しかしクイズという形を借りれば書物にしてもおかしくない。『クイズ新明解国語辞典』ではなるべく語釈の優れたもの、特色のあるものを二〇〇語選んで問題としたので、詩歌で言えばアンソロジーのような性質をいくらか持っている。

 また答の解説として古い辞書の語釈を並べた。『新明解国語辞典』の語釈と響き合ったり対立したりする語釈もあるが、そういう関連性が特にないものも、面白ければいいや、という態度で引用した。これも、そういうものを並べただけでは書物にはならないわけで、クイズの答の解説としてなら日の目を見ることになる。『言海』にせよ『大言海』にせよ昔の『広辞林』にせよ、歴史的な名声は記憶されていても語釈のひとつひとつが引き合いに出される機会はめったにないものなので、『クイズ新明解国語辞典』は案外そういう世界への入門……と言ってはおこがましいが、とにかく近代の古い辞書をあれこれ思い出す手がかりにはなろうか。『新明解国語辞典』編集主幹の山田忠雄先生は近代の国語辞書の研究を切り開かれた方でもあり、こういう体裁の本に仕立てたことが御恩返しのひとつともなれば、と思うのだが。

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