三省堂|アメリカの歴史

 写真 タイトル:アメリカの歴史

メアリー・ベス・ノートン他 著/本田創造 監修

各4,369円 A5 本製・カバー付き (全巻、品切)

大航海時代からクリントン大統領まで,アメリカの全てがわかる最も詳しい最新のアメリカ合衆国史。数多くの歴史的エピソードをふんだんに盛り込み,歴史読み物としても十分に楽しめるものとなっている。本書は,アメリカの気鋭の歴史家6人による共同労作であり,アメリカ歴史教育界で不動の評価を獲得。アメリカ研究の主要問題を基本的に全て網羅し,各巻に地図・図版や「重要事項略年表」「索引」を付した。学生,高校教師,一般歴史愛好家までの基本必備図書。訳者のことば。


第1巻  新世界への挑戦 15世紀―18世紀
白井洋子・戸田徹子 訳
368頁 978-4-385-35683-X

旧世界と新世界との出会い/植民地社会の形成/発展と多様化/イギリス帝国の束縛に抗して/革命の時代/共和国の建設

1996年 6月20日 発行


第2巻  合衆国の発展 18世紀末―19世紀前半
白井洋子・高橋裕子・中條 献・宮井勢都子 訳
372頁 978-4-385-35684-X

新生共和国の政治と社会/自由の帝国/市場経済と工業化/多様化するアメリカの人びと/奴隷制度と南部の発展/改革・政治・領土拡張

1996年 6月20日 発行


第3巻  南北戦争から20世紀へ 19世紀後半―20世紀
上杉 忍・高橋裕子・中條 献・戸田徹子・宮井勢都子 訳
356頁 978-4-385-35685-X

領土拡張と奴隷制―戦争への道/変革の炎―南北戦争/試行錯誤の再建/西部と南部の変容/機械の時代/都市生活の光と影

1996年 9月10日 発行


第4巻  アメリカ社会と第一次世界大戦 19世紀末―20世紀
上杉 忍・大辻千恵子・中條 献・戸田徹子 訳
344頁 978-4-385-35686-X

日常生活と大衆文化/「金ピカ時代」の政治/革新主義の時代/帝国への道/第一次世界大戦とアメリカ/1920年代―新時代の幕開け

1996年 9月10日 発行


第5巻  大恐慌から超大国へ ―20世紀―
上杉 忍・中條 献・中村雅子 訳
340頁 978-4-385-35687-X

砕かれた夢/大恐慌とニューディール/国際社会の混迷と外交/第二次世界大戦/冷戦期の政治/脆弱なコンセンサスの時代

1996年11月10日 発行


第6巻  冷戦体制から21世紀へ ―20世紀―
上杉 忍・大辻千恵子・中條 献・中村雅子 訳
336頁 978-4-385-35688-X

戦後の繁栄とアメリカ社会/ベトナムと冷戦―アメリカの外交政策/改革・ラディカリズム・裏切られた期待/幻滅と経済不安/右傾化するアメリカ/21世紀を前にして

1996年11月10日 発行

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 ●訳者のことば

     (1)

 アメリカ合衆国では一九六〇年代以降、黒人公民権運動をはじめとするさまざまなマイノリティー集団(インディアン、メキシコ系、アジア系、女性、同性愛者、その他)の自己主張運動や、ベトナム戦争反対、反核・平和運動、消費者・自然保護運動など、各種の異議申し立てが盛んに行われてきた。このような社会運動の結果、多くのアメリカ人のアメリカ社会にたいする認識が変わり、これまで教えられてきたアメリカの歴史像は違和感をもって受けとめられるようになってきた。

 かつてのアメリカ史は、大統領府、議会、裁判所、政党、外交、戦争、海外投資、経済活動、州・地方政治の舞台に登場する白人・アングロサクソン・プロテスタント(WASP中心の男性エリートたちの偉大なる国づくりの物語だった。アメリカ史の記述にマイノリティー集団を含むごく普通の人びとが登場することはまれで、白人中産階級を中核とするアメリカの発展が理想とされ、アメリカ史の本流だとされてきた。例えば、サウスカロライナ植民地の建設は、すでに一七一○年には人口の過半数を占めていた黒人にほとんどふれることなく論じられ、植民地奴隷制について語る際にも白人の黒人にたいする態度だけが問題にされた。先住民であるインディアンについて言えば、ヨーロッパ人が入植した当初の数ページで論じられるだけで、その後は入植者とのいくつかの戦争で登場する以外は、アメリカ史の叙述から姿を消してしまった。女性の場は家庭にあり歴史にはその舞台はなかった。移民労働者の生活や文化も十分に描かれてきたとは言えなかった。そこでは、これらマイノリティー集団の歴史が十分扱われてこなかっただけではなく、その歴史も決して事実にもとづいた正確なものとは言えなかった。

 このような従来のアメリカ史に挑戦した「新しい社会史」は、マイノリティー集団を含む一般庶民をも歴史の舞台に登場させ、公的生活ばかりではなく日常的・私的生活にも光をあて、その政治的・社会的意味を明らかにし、それをアメリカ史の全体像に位置づけ直すことを目指した。それは、従来のアメリカ史が、当然のこととして疑わなかった歴史像を、事実を注意深く検討することによって書き換え、また、これまで無視され発言権を与えられずにきた一般庶民の世界に立ち入って、その歴史を生き生きと描き出すことに成功した。その結果、この二〇年間にアメリカ史研究は、すっかり変わってしまったとさえ言われている。

 もとより、「新しい社会史」の担い手たちの問題意識は、歴史を庶民の手に取り戻すことだったから、当然、かれらは歴史研究の成果を庶民に返す歴史教育に強い関心を示してきた。しかし、これらの個々の研究成果を全体像にまとめあげることは容易なことではなく、巷ではなお伝統的なアメリカ史が一般の人びとの意識をとらえている。一貫した論理にもとづいて説明された歴史教科書の全体像は、部分的な「異論」よりはるかに強力な生命力を発揮する。したがって、どうしても「新しい社会史」の研究成果を総合し一貫した立場に立つ歴史教科書を書く必要があった。

 合衆国では、ほとんどどこの大学でも教養科目としてアメリカ史の概説があり、これを受講するすべての学生が本書のような一000ページ近くの教科書をもち、教室では、講義と討論、レポートと試験が繰り返される。したがって大学におけるアメリカ史教科書は、国民の歴史意識形成に非常に大きな影響カをもっている。トマス・G・パタソン教授がこのアメリカ史教科書の執筆を計画し、協力者を募り始めたのは一九七五年一月のことだった。協力を呼びかけられたのは、博士論文を書き上げ最初の研究書を世に問うたばかりの意気盛んな若手研究者ばかりだった。このような若い中堅研究者が大学の歴史教科書執筆に取り組むことは、当時ではまだ極めて異例のことだった。それまでのアメリカ合衆国通史の教科書執筆は、功なり名を遂げた大家の仕事と相場が決まっていて、それは多額の収入を保証される特権だったと言われる。一九八〇年代に入るまでは、このような著名な歴史家(例えば、ジョン・D・ヒックス、リチャード・ホフシュタッター、サミュエル・E・モリソンなど)が書いた七、八種類の教科書が市場を独占していた。また、つい最近まで大学の歴史教科書は学術研究書としては扱われず、歴史の専門雑誌で書評されることもなかった。このような従来の歴史教科書に最初に挑戦したのがこの教科書である。

 著者たちがこの教科書執筆にあたって打ち立てた共通目標は、以下のように単純明快なものだった。

 庶民の経験に力点を置き、できるかぎり個人の生活についての記述に焦点をあてる。伝統的な政治、経済その他に関する議論も削除しないが、それらを「新しい社会史」の枠組みのなかに位置づけ直すことによって新たな光をあてながら叙述する。

 個々の「新しい社会史」の研究成果を教育に取り入れようとした結果、歴史教育の概念的統一性や歴史カリキュラムにおける一貫性がなくなったと嘆く声にたいして、著者の一人メアリー・ベス・ノートン教授は、そうなってしまうのは「新しい社会史」によって示唆された思考様式への方向転換が不十分だからであって、それを取り入れすぎたからではない。新しい歴史素材が歴史叙述に適合しないならば、それは歴史叙述自体を変える時がきたことを示しているのだ、と述べている。そして彼女は、一九世紀の女性の政治的役割に関する記述例にあげて次のように具体的に説明している。

 従来の政治史は、もっぱら選挙政治に注目してきた。そのため、例えば一九世紀の女性の動向が語られるにしても、せいぜい参政権を要求する運動のみが取り上げられるべき女性の政治活動だということになってしまった。これでは、どうしても女性は歴史の舞台の端役でしかないということになる。

 ところが政治史の叙述を選挙政治以外を含む多様な社会活動にまで広げれば、女性が一九世紀の政治生活にぉいて重要な役割を果していたことが見えてくる。アレクシス・ド・トクヴィルは、早くも一八三〇年代にアメリカの社会生活におけるボランティア団体の重要性を強調していたが、当時の多くのボランティア改革運動は、もっぱら白人中産階級および自由黒人の女性によって担われていたのである。当時の女性たちは、禁酒や奴隷制廃止運動ばかりではなく、未亡人にたいする援助、子供の教育、病院・孤児院・図書館・未婚の母の家の建設、都市独身女性保護、公園建設、公害抑制、食品衛生、上下水道の完備などに取り組むさまざまなボランティア運動で中心的な役割を果たしていた。今日の福祉、市民サービス事業の起源は、このような運動にあるのであって、選挙で選ばれた政治家たちの政策にあったわけではなかった。

 政治史をより広く定義して、選挙政治を「公的生活」の一部にすぎないものととらえ直すならば、女性はもはや政治史の周縁的存在ではなくなる。そして選挙権のない女性でも大きな社会変革の要因たりえたとすれば、従来の選挙政治偏重の叙述がいかに一面的で現実を反映しないものだったかがはっきりする。

 以上のような立場に立つこの教科書の第一版が完成したのは、一九八二年のことだった。しかし、歴史教育を歴史研究の新たな成果に沿って発展させようとするかれらの立場に立てば、教科書記述は歴史学の発展とともに継続的に書き換えられねばならない。現代史は刻々変化しており、歴史としてカバーしなければならない時代はどんどん増えていく。しかも教科書のページは増やすわけにはいかない。そのためそのつど構成を再編成する必要がある。

 その点で本書の著者たちは極めて徹底していた。かれらは第一版を出版する時から四年ごとに改訂版を出すことを計画していた。出版から数えて三年日に入ると、著者たちはその間の新たな研究成果の検討、学生や教師からの意見の検討などを踏まえて全体の構成について議論し、その方針にもとづいて四年目のはじめまでに原稿を完成させる。最後の一年は図版、図表、地図の差し替えを含め出版社との打ち合わせが行われ、新たな教科書が完成される。こうしてかれらは一九九四年現在、第四版まで計画どおりに出版してきた。

この教科書に続いて新しい教科書が次々と出版され、教科書出版業界は数社の寡占状況を脱し、今や激しい競争の時代に入ったと言われている。これらの新しい教科書の多くは「新しい社会史」を積極的に取り入れることを明確にしている点で、この教科書と同じ立場に立っている。著者たちは、自分たちの教科書が大学のアメリカ史教科書に「革命」を起こす先駆的役割を果たしたと自負している。一九九〇年代に入ると歴史教科書の重要な役割が認識されるようになり、アメリカ歴史家協会(Organization of American Historiansは、一九九二年から毎年一回その雑誌The Journal of American Historyで教科書の書評を行うことを決定した。すでに四回の特集が組まれ、さまざまな論点(フロンティア、大衆文化、労働、革新主義、家族、黒人など)から教科書が検討されているが、本書はほとんどそのすべてにおいて注目すべき教科書として高い評価を与えられている。

     (2)

 言うまでもなく、歴史教育は民衆のアイデンティティー形成の問題と深くかかわっている。国民意識を一定の方向に統合するための道具として、歴史教育を政治的に利用しようとする衝動は、洋の東西を間わず近代国家の普遍的現象ですらあった。近年、合衆国では、アメリカ国民の一員としての自覚よりも、独自の文化をもつそれぞれのマイノリティー集団の一員としての自覚を強調する多文化主義(Multiculturalismの傾向が強まり、「アメリカの分裂」の危機が叫ばれている。それはカリキュラムの在り方、とりわけ歴史教育をめぐる教育現場における激しい政治闘争となって現れている。

 このような状況に対応すべく連邦議会および大統額は、一九九二年のはじめ、全国の学校における歴史教育の広い共通認識を得るために「全国基準」を作るようカリフォルニア大学ロサンジェルス校のゲーリー・ナッシュ教授らの歴史家集団に依託した。この基準作りには、学会を含む主要関係三五団体の専門家、小中高の教師、父母、行政官、ビジネスマン、宗教家など合計六〇〇〇人がさまざまな形で参加し、アメリカ史、世界史それぞれ九部会で繰り返し検討され、そのつど修正を経て草稿が作られた。そして、一九九四年秋にアメリカ史の基準と世界史の基準が、あいついで発表された。責任者の説明によれば、この基準は、従来歴史の舞台に登場しなかった多くの普通の人びとに注目し、西洋偏重の世界史を非西洋世界にも十分注目したものに改めるよう提言している。言うまでもなくこの基準は、教育現場のそれぞれの教師が自発的意志にもとづいて参考にするガイドラインに過ぎず、国民的討議に付する目的で発表されたものである。そして、その発表直後から新聞紙上やテレビでこの基準をめぐる激しい議論が始まっている。

 こうして「新しい社会史」は「基準」に取り入れられることによって国民的認知を受けるにいたったかに見える。しかし、伝統的アメリカ史像を擁護する保守的な人びとは、これまで個々の教科書や研究にたいしては概して寛大だったが、「基準」が発表されるや、むき出しの攻撃を開始した。『ウォールストリート・ジヤーナル』に寄稿したリン・チェイニー女史は、「この基準にしたがって考えると、アメリカ史のすべてが間違っており、ぞっとするようなものに見えてくる。」「女性やマイノリティーについて学ぶことは大切だが、ジョージ・ワシントンやロバート・リーなど差別糾弾の対象とされるべき白人男性!についての学習も排除すべきではない。」「この基準は歴史学におけるPCPolitical Correctnessの略語−ここでは、マイノリティーによる差別糾弾の意味で用いられている)である」と、はなはだ政治的色彩の濃い批判を展開している。『ニューヨーク・タイムズ』に批判意見をのせたニューヨーク市立大学のジョン・ディギンズ教授は「基準の背後には多文化主義がひそんでいる。」「一九六〇年代世代は、当時の政治闘争のほとんどに敗北したが、かれらは、今やひそかに安全な学界”に身を隠し文化的ヘゲモニー闘争に勝利したようだ」と、一九五〇年代の赤狩り時代を思い起こさせる文章を書いている。

 今日の政治状況から考えて、保守派が「基準」にたいする攻撃の手をゆるめるとは考えられない。この論争は、アメリカという国の成り立ちにかかわる問題であり政治的意味合いが強いだけに簡単には収束しないものと思われる。

     (3)

 このようにアメリカ史教育に関する国民的議論が合衆国でまさに始まっている時期に本書を『アメリカの歴史』として、わが国で出版できることをわれわれは大変誇りに感じている。われわれが、この教科書の翻訳・出版を決意するにいたったのは、近年の優れたアメリカ史研究の成果をわかりやすいかたちで日本に紹介することの意義を痛感していたからである。わが国では、近年、アメリカ史研究者の数が著しく増えたが、体系的歴史教育という点からみると、まだ相当立ち遅れていると言わざるをえない。日本における伝統的な西洋史学がなお西ヨーロッパに偏っているため、西洋史学に編入されたアメリカ史には十分な場が与えられてこなかったことも重要な要因だろう。

 しかし、最近の高校生や大学生たちのなかには、テレビ、新聞、雑誌、映画などを通じて豊富に提供されるアメリカ合衆国の文化や政治・社会についての情報を新鮮に受けとめ、もっと体系的に学びたいと希望する者が増えている。この『アメリカの歴史』は、このような希望に応えるために高校の先生方や大学生に読んでもらうことを主な目的としている。本書はアメリカ史の堅苦しい通史ではなく、数多くの歴史的エピソードをふんだんに盛り込んだ歴史読み物としても十分楽しめるものであり、初学者を対象に講義をされている大学の先生方にも利用していただけるものと確信している。また、本書ではアメリカ史研究のなかで議論されている主要間題が基本的にすべて網羅されているので、これから研究者になろうと希望する大学院生にとっても有意義な基本的文献になるものと思われる。

   一九九六年三月

訳者を代表して
   上杉 忍

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