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  [新版]東京を爆撃せよ …米軍作戦任務報告書は語る…


[新版]東京を爆撃せよ

奥住喜重・早乙女勝元 共著  (品切)

2,000円 A5判 272頁 978-4-385-36321-9

07年に提訴された東京空襲裁判の一級資料。死者10万人余りを出した東京空襲も標的は焼夷弾(クラスター爆弾)で「町を焼く」一般市民が標的だった。今も続く米軍の戦略爆撃の思想を読み尽くす。90年刊行の同名の三省堂選書の増補新版。

「はじめに」(初版) 目次

1990年 6月20日 『東京を爆撃せよ』 発行
2007年 7月20日 新版 発行(6月27日、販売会社搬入)



 2007.6.29 朝日新聞 朝刊 32面(東京版)にて、本書の表紙、著者の一人・奥住喜重さんのカラー写真とともに、紹介されました。



●「はじめに」(初版)

 本書は、いまから45年前、1945年の2月から5月にかけて、マリアナのB29部隊が首都東京を一望の焦土と化し、多数の市民の生命を奪った六回の大空襲をとりあげて、攻撃側の司令部が残した「作戦任務報告書」を紹介したものである。

「東京空襲を記録する会」は全国に先がけて1970年に結成され、1973年から74年にかけて空前の大記録集『東京大空襲・戦災誌』全五巻を刊行したが、時期がわずかに早過ぎたために、惜しくも記録集の中に作戦任務報告書が漏れてしまった。

 一方、1971年に結成された横浜を始め、続いて生まれた全国各地の「記録する会」は、横浜のように全訳したところもあり、抄訳にとどまったところもあったが、次々に作戦任務報告書をとり上げていった。

 やがて東京でも、3月10日の報告書についてだけは、その「まえがき」と「作戦の概説」の部分が抄訳されて『日本の空襲』全10巻の中や、写真集『東京大空襲の記録』に収められ、そのどちらもが三省堂から出版された。しかし、4月や5月の大空襲については、報告書が紹介される機会がないまま現在に至った。

 本書は、以上のような東京の欠落部分を幾分なりと埋めたいと考えて、元来は報告書の訳出を念頭に計画され始めたものであった。

 それが、報告書の訳文は3月10日の一回分を載せただけで、六回の大空襲のそれぞれに一章を当てて、報告書に拠って書きおろす形をとったのは、なるべく広範囲な読者に読んでいただきたいと願ったからである。

 本書の最初の草稿を書いたのは、1987年の秋であったが、以来現在まで二年余りの間には、特に訳文以外の各章については、何回か手を加えた。それでもなお書き落したと思うことはいくつもある。

 例えば、本来なら第6章か第7章で触れるべきことであったが、扱った六回の空襲のうちの最後の二回、すなわち5月に行われた作戦任務181番と183番の報告書は、第509混成群団、つまり原爆投下部隊の指揮官に配布されていた。

 本書に全訳を収めた3月10日の報告書の配布一覧表の中には、第509混成群団指揮官はまだ登場していないが、コピー番号41番の配布先が第21爆撃機集団化学戦将校であることも触れておくべきことであった。この配布先は、第20航空軍化学戦将校として最後まで存続した。その所管内容と規模の詳細は不明ながら、一応毒ガス攻撃の用意があったものと思われるからである。

 3月10日報告書の中扉の、真っ黒な地に何やら白い斑点が散っているのは、おそらくは、空襲の最初期に、暗闇の町に投下された焼夷弾が発火した瞬間を機上から写したものである。中扉では中間の調子が全部飛んでしまって黒と白になっているが、これと全く同種の写真が、写真版『東京大空襲の記録』早乙女勝元編著、新潮文庫の75頁に収録されている。

 訳以外の各章の頁に脚注欄を設けて、攻撃された側の地上の声を点綴したが、可能な限り本文中の攻撃側の記述を裏付け証言するものを選んだ。それが不可能な場合には、当時の市民が置かれていた状況や状況の推移、意外に確かな巷の噂などを配した。大半を引用によったのは、直接市民各人の声に聞こうとしたためで、氏名の上に添えた年齢は、もちろん空襲当時のもの、また特に日付けの記載がないものは、その章で扱った空襲の当日当夜のものである。ほとんどが単なる名辞の注解でなく、本文との対応の有無はおのずと明らかなことと思ったから、本文に注記箇所の印はつけなかった。凄惨な火攻めに逢っている有様を描き出すに足りないことが、いかにも残念であったが、空襲についての概略の事実認識を前提として、攻撃側の意図や方法を語ることが目的であったから、やむを得なかった。不足なところは、別の書物によって補われるべきものと考える。

 本書は、これだけを読まれても理解できるようにしたつもりだが、拙著『中小都市空襲』(三省堂選書)と併せ読まれても良いかも知れない。部分的に重復するところもあるが、互いに補いあうところもあるはずである。(後略)

 1990年4月16日                奥住喜重


 選書149 中小都市空襲 奥住喜重 著 256頁 1,500円
全国57都市を目標に行われた第三期中小都市戦略爆撃。本書は、その全貌を、情報公開に基づいて公にされた米軍「作戦任務報告書」から初めて明らかにする。(1988.7.15)



●目  次

「新版」の目次
(2)〜(3)頁 1945年の東京空襲の写真
(4)〜(5)頁 炎上する東京のスケッチ
(6)〜(17)頁 首都東京はどのように焼かれたか? リト・モザイク座標法が示す新たな事実とは
(18)頁 集団提訴と継承のセンターと

(1)寅彦と悠々
(2)ニ月ニ五日 「雪天の大空襲」  作戦任務三八番
(3)三月一〇日 烈風下の奇襲  作戦任務四〇番
(4)四月一三日−一四日 春夜東京北部大空襲  作戦任務六七番
(5)四月一五日 南端鎌田地区の空襲  作戦任務六九番
(6)五月ニ四日未明 東京南部大空襲  作戦任務一八一番
(7)五月ニ五日−ニ六日 東京中心部西部  作戦任務一八三番

参考文献一覧
報告書を欠く初期作戦任務一覧
作戦任務報告書
東京大空襲の標的はどこか

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