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  誕生死


誕生死

流産・死産・新生児死で子をなくした親の会 著 ⇒ HP

1,300円 四六 224頁 978-4-385-36090-4

「がまんしなくていいの。思いっきり泣きなさい」。出産前後に赤ちゃんを亡くした悲しみを13名の父母が実名で、ありのままにつづった小さな小さな命の物語。若い人に命の大切さに思いをはせてほしい。小学4年生以上から読めるふりがな付き。「いのちのことばシリーズ」(の一冊。

2002年4月15日 発行 (2014年4月、26刷)

 『誕生死・想(おもい)』 マスコミでの紹介 編集部から 目 次 STILLBORN(詩) あとがき 見本ページ 「ワハハ・もっといいお産を考える委員会」での紹介 読者の方々からのお便り(最終更新日 2006.2.9) 医療・健康サイト





 ●マスコミでの紹介

●朝日新聞2002.11.21(朝刊)「記者は考える」で村越佳代子記者(編集局)が「誕生死」の問題を取り上げました

●読売新聞2002.8.23(朝刊)で著者のひとり、川合藤花さんが紹介されました

読売新聞8月23日(朝刊)

 死産や流産などで赤ちゃんを亡くした親に対して、喪失感を和らげるケアが医療現場で広がっている。あえて思い出を作ることで、亡くなった子の存在を受け止め、別れを十分に悲しむことが必要だという。体験を集めた本が出版され、インターネット上に掲示板が開設されて思いを打ち明ける場も作られている。

 神奈川県立こども医療センター(横浜市)では、死産の際、医師らが赤ちゃんが亡くなったことを告げた上で、母親にこんな声をかけている。

 「おめでとう、かわいい赤ちゃんですよ。お会いになりますか」。拒む人もいるが、ためらう人には積極的に会うように勧め、抱っこしてもらい、写真撮影もする。

 「どんなに短い時間でも、親を体験してもらうことはとても重要。赤ちゃんと共有した思い出は、後で何倍にもして慈しむことが出来る」と、同病院ソーシャルワーカーの古屋真弓さんは話す。

 十年前から続いているこのケアに加えて、数年前からは、体験者の家族交流会を年数回催している。一昨年からは、死産の赤ちゃんには市販のベビー服では大きすぎるため、小さな服を作って常備する「天使のブティック」を、体験者の母親たちの協力で設けている。

 東京都葛飾区の葛飾赤十字産院も三年前から、死産や新生児死を体験した家族へのケアを始めた。赤ちゃんとの写真を撮り、へその緒や髪の毛を残す。

 同産院医師の竹内正人さんは「今までは『嫌なことは忘れてしまおう』と、苦しみにふたをしてきた。その場で悲しみに向き合わないと、母親は『自分が悪い』と責め続ける。心の傷がなかなか癒えず、苦しみ続ける人が少なくない」と話す。

 厚生労働省のまとめでは、死産は年間約三万件。体験者の中には、戸籍に記載されず、思い出がほとんどない赤ちゃんへの思いを、人に聞いてもらいたいという声も高まっている。

 川崎市に住む川合藤花さん(32)は三年前に二女を妊娠四十週で死産した。名前を付け、フェルトで作った「遺影」を仏壇に置いている。「周囲に『早く忘れなさい』と言われるのがつらかった。それが、思いを語ることで楽になった」と話す。今年四月、同じような経験をした全国の十家族とともに、体験をつづった「誕生死」(三省堂、千三百円)を出版した。

 川合さんらは出版後、インターネット上に掲示板を開設した。四万件ものアクセスがあり、「話をする場が欲しかった」「死んだ子のことなど誰にも言えず、苦しかった」などの書き込みが相次いでいる。


●「ダ・ヴィンチ」9月号より

「ダ・ヴィンチ」9月号

 この本は、発売以来コンスタントに売れていたが、あるとき受注が増えたことから気になり出した。いっとき市場在庫がなくなり、重版までのあいだネット書店にお客様が集中したらしい。ネット書店では隠れた名作がこんなふうにして見つかることもある。

 衝撃的なタイトルだが、この言葉の中には流産・死産でお子さんをなくされたご家族の、「確かにわが子は存在した」という切なる思いがこもっている。そういえば身の周りでこの残念な知らせを聞くことは少ない。死産は年間3万人、流産は30〜40万人もの方が軽験されているという。意外なほどに多いと感じるが、あまり公で語られることがないからそう思うだけなのかもしれない。

 あとがきには、悲しみと孤独惑を少しでも解消しようと本を探したが見つからなかった。だから自分たちの手で自分たちが必要とした本を作ろうと思った、ということが綴られている。

 明確に、必要とされて作られた本だ。実際に経験された方はもちろんのこと、医療の現場で悲しみを共有されている方やお子さんをお持ちの方の心にもしっかりと響くはず。書店員にとっても、とても存在感を感じる本だ。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

●4月4日の河北新報で紹介されました

河北新報

 出産前後や乳児期に子どもを失った十一家族が、悲しみと向かい合った体験をつづった「誕生死」(流産・死産・新生児死で子をなくした親の会著)が近く、三省堂から出版される。失意の中、インターネットで出会った親たちが対話を重ね、閉ざされた心が次第に楽になっていく軌跡などが実名で語られている。

 東北からは二人が手記を寄せた。岩手県の久光美奈さんは、生後一カ月の長女を先天異常で亡くした。二女は無事に生まれたが、三番目の子は妊娠十七週で流産した。

 悲しみから目をそらすように育児や趣味に打ち込みながらも、生きる意欲をなくしていく。そんな中、偶然、インターネットで同じ体験をした親たちと知り合い、「居場所を見つけた」という。

 「我慢しなくてもいい。泣いていい。がんばらなくてもいい」。そんな言葉に包まれて、かたくなだった心がようやく解きほぐされたと、久光さんは振り返る。

 原町市の村上真由美さんは一歳十一カ月の長男を腎臓(じんぞう)の腫瘍(しゅよう)で亡くした。多くの人が「まだ若いんだから」といった慰めの言葉をかけてくれたが、かえって深く傷ついた。

 村上さんもネットで知り合った母親たちと話して、心を落ち着かせているという。

 厚生労働省の人口動態統計によると、一歳未満の乳児死亡は年間約四千人、生後四週未満の新生児死亡は約二千人、死産数は約三万八千。死産を体験した千葉県の古閑令子さんらは「同じ体験をして、心の行き場を見つけられない人がいれば、悲しみの心に寄り添いたい」と、あとがきで書いている。

 編集に当たった三省堂の阿部正子さんは「死産や赤ちゃんの死は、あまり語られることがなかった。『もう隠すことなんかないのよ』というメッセージは、同じ体験をした人たちへのエールとなるのではないか」と話している。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

●4月12日の西日本新聞で紹介されました

4月12日の西日本新聞

 子どもを亡くした親の悲しみは計り知れない。ところが、流産や死産だった場合、周囲の反応に温度差が生じる。「生まれる前でよかった」「早く忘れて」。親にとっては子どもを亡くしたことに変わりないのに。

 本書は、死産や流産を経験した十一の家族の手記をまとめたもの。悲しみを理解してもらえない親たちは孤独感を募らせ、二重の悲しみに苦しんでいる。そこから見えてくるのは、命を軽視する社会の風潮だという。欧米に比べて避妊に対する意識は低い。若い世代を中心に人工中絶が後を絶たない。そして児童虐待も…。

 本書の漢字には、すべて読み仮名がふられている。「子どもたちにも読んでほしい。無事に生まれた自分の命の大切さに思いをはせてくれたら」。著者たちのそんな願いがこめられている。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

この他にも3月31日に岩手日日新聞、4月5日に東京新聞・川崎版、4月6日に岩手日報、4月12日に毎日新聞、4月14日に奈良新聞、4月16日に山梨日日新聞、4月23日に千葉日報、4月24日に中日新聞に紹介されました。その後もいろいろな新聞で取り上げられています。

 岩手日報のHPでとりあげられました。

 「河北新報」(仙台)『河北春秋』 2002.5.12より

詩人の野口雨情はニ十代の時に、当時住んでいた小樽で、長女をわずか生後八日で亡くしている。その約三十年後、この子への思いを込めた一編の詩を書く。童謡「しゃぼん玉」である
▼しゃぼん玉 とんだ/屋根までとんだ/屋根までとんで/こわれて消えた/しゃぼん玉 消えた/とばずに消えた/うまれてすぐにこわれて消えた/風 風 吹くな/しゃぼん玉 とばそ
▼わが子の突然の死という出来事から詩の発表までの長い長い時間。詩人は喪失の悲しみを片時も忘れることはなかっただろう。そうして老境に達し、亡き子どもへの万感の思いを七色のしゃぼん玉のイメージに重ねたのだった
▼取材で以前お会いした方から手紙をもらった。誕生を心待ちにしていた長男を死産で失い、その体験から死産経験者が語り合える場をつくりたいという。「子どもを亡くした気持ちを誰かに伝えるのは難しいけれど、できることから少しずつやっていこうと思います」
▼先月、この女性がインターネットを通じて語り合っている母親らが『誕生死』(三省堂)という体験記を出版した。出産前後や乳児期に子どもを失い、互いに悲しみの心に寄り添いたいと手記を集めた。東北からも二人の母親が寄稿している
▼悲しみは決して癒やされるものではない。悲しみはきっと、雨情のように、心に宿したまま生きるしかないのだ。でも、せめて悲しみを支える仕組みは作れないものか。私たちはそんなやさしさをどこかに置き去りにしてきたのではないか。



 ●編集部から

「がまんしなくていいの。思いっきり泣きなさい」
 11家族が実名で語る小さな小さな命の物語。

◆悲しみの心にそっと寄り添えること、それが私たちの願いです。
◆若い人には命の大切さに思いをはせてほしい。生まれてくることはこんなに大変なことなのです。

●内容紹介

 流産・死産・新生児死で赤ちゃんを亡くした11家族13名の親(父2名)の手記。ノンフィクション。このテーマでは実名で刊行された初めての本となるでしょう。

 ある日、突然、おなかの中で赤ちゃんが亡くなってしまう。それまで思い描いてきた「未来」のすべてを失う。しかも、お産と同じく赤ちゃんを産まなくてはならない、誕生日がそのまま命日となる、こんな過酷な体験が静かな言葉で赤裸々に語られています。

 年間死産は3万〜4万。少子化社会といわれるなかで、毎日約100人が赤ちゃんを失っていることになります。その人たちに「つらいのはあなただけではない。孤独にならないで」とエールを送る本です。(あとがきの著者の言葉をごらんください)

 また、「早く忘れなさい」と当事者の心に沿わない言葉かけをしてしまう友人や親族などの周囲の人に当事者の気持ちをわかってもらうための本でもあります。

 またケアが遅れているお産の現場の医療関係者にも読んでほしい本です。

 若い世代の人にも、無事に生まれた自分の命の大切さにもう一度思いをはせてほしいという思いから、ふりがなをふりました。「命の誕生」について興味のある若い世代にも読んでもらいたいと著者は願っています。

●タイトル「誕生死」とは

 英語の STILLBORN (死産のと訳される)を「命」「生」の側から光をあてた言葉で言いかえた造語で、この本のために考えたものです。

 例えば、細かい経緯を言わなくても、「お子さんどうしたの?」と聞かれて「うちの子、誕生死だったんです」「まあ、そうなの。残念でしたね、それでどんなお子さんだったの」

 小さな命の死を十分に悲しむことは人間として当たり前なんだという共通意識をみんなでもつために、イメージの核となる言葉として考えたものです。この言葉が普及する過程で社会の意識が変わって、つらい体験をした人たちが少しでも生きやすい世の中になるといいですね。


 ●目  次

『誕生死』目次(p.2)


『誕生死』目次(p.3)




 ●STILLBORN(詩)

私は希望に満ちて、あなたを宿していた
その、長い九ケ月の間
私は思い出す
あなたを宿したあの親密な時を
時々蹴ったり、動いたりしているのを感じた
あなたが私の中でゆっくりと成長するにつれ
あなたはどんな子かしらと
あなたの濡れた頭が、のぞいたとき
女の子? 男の子?
なんという、喜びの瞬間よ
私はあなたの産声を聞くはずだった
そして、あなたにこんにちはと言うはずだった
あなたのために、みんな揃えて
あとはあなたを迎えるばかり…
手足ににじむ汗
私の小さな呼び声が夏の空に混じり
あなたは産まれた
あなたは産声をあげなかった
私達はこんな事になるなんて、思ってもみなかった
あなたの誕生は意味がなかったの?
それともあなたが私を見捨ててしまったの?
人々はあなたを生きていなかったと言うでしょう
あなたを死産と記録するでしょう
けれどもあなたはあの時からずっと生きていました
私の暗いお腹の中で
そして今、私があなたを思う時
あなたの死は本当だったのですね
でも、私にとってあなたはやはり産まれて来たのです
私はあなたを永遠に忘れないでしょう
私の赤ちゃん
あなたはいつでも、私と一緒
今も、ずっと私のもの
生も死も、同じように意味があるのです

 Leonald Clark(レオナルド・クラーク)

(SIDS家族の会「ちいさな赤ちゃん あなたを忘れない」より転載)

 SIDS(乳幼児突然死症候群)家族の会のHP


 ●あとがき

 『誕生死』という、この本のタイトルを初めて目にされた時、多くの方が、「なんと衝撃的な!」と感じられたのではないでしょうか。

 この本は、出産前後にわが子を亡くした体験を、13名の父母が、実名で、ありのままにつづったものです。すべてが実際に、私たち家族に起こったことです。

 英語では、おなかの中で亡くなったケースを、”STILLBORN(スティルボーン)”と言います。日本語では単に「死産の」と訳されますが、”STILLBORN”には、「それでもなお生まれてきた」という深い含みがあり、「死産の」という日本語では、あまりにそぐわないと、私たちは感じてきました。

 おなかの中で亡くなってしまった場合は、戸籍にも載らず、存在がなかったことになってしまいます。でも、私たちの子どもは、どんなに短い命であろうと、確かにこの世に生まれたのです。たとえ、子宮という小さな世界から、生きて外にでてくることがなかったとしても、あるいは生まれてすぐに亡くなってしまったとしても、私たちにとっては、確かにわが子は”誕生した”のです。

 亡くなった子どもの幼いきょうだいが、驚くほど的確にそれを語ってくれました。

「ママのおなかに赤ちゃんが生まれた」そして「赤ちゃんはコタル(蛍)になったの」。

 このような私たちの思いをひとことで伝えられる言葉が「誕生死」なのです。

 妊娠週数や生まれてからの時間のちがいといった、命の長さに関係なく、子どもの死を悲しみ、ずっと思いつづけていくことは同じであることを私たちは知りました。その意味でも、私たちは、流産・死産・新生児死などの幼い赤ちゃんの死をすべてふくめて、「誕生死」と呼ぶことにしました。

 私たちは、わが子を亡くすという体験をした者として、インターネットを通じて知り合いました。というより、インターネットでしか出会えなかったとも言えます。なぜなら、妊娠・出産に関する本は、山のようにあります。でも、それらはみな、無事に出産することを前提に書かれていて、妊娠中の注意事項などには触れていても、おなかの中で赤ちゃんが亡くなってしまった場合の出産については、触れられていませんでした。また、幼い赤ちゃんを亡くした時に、心の支えとなってくれるような本も見つけられませんでした。そのため、私たちは、インターネットで出会うまで、それぞれが言い知れぬ孤独感の中でもがいていました。

 これまで、私たちのような体験は、あまり公に語られることはありませんでした。

 「死」というものについて、どうしても世間は「触れてはいけないもの」「忌むもの」という扱いをします。でも、多くの人が可愛いわが子の話をするのと同じように、私たちは、亡くなった子の話を聞いてほしいのです。「早く忘れて元気を出してね」とまわりの人が励ましてくださるとき、私たちは、あの子を忘れたくない、忘れるなんてできない、あの子の死をもっと悲しみたい、あの子のことを語りたいと思っていました。亡くなった子の存在にふたをするようなことはしたくないのです。

 この気持ちは、私たちも体験して初めて分かったことです。

 私たちのような体験は、残念ながらどこかで誰かに必ず起こってしまうことで、何ら恥じることはないのだから、堂々と語って、人に知ってもらおう、「私たちの手で、私たちが必要とした本を作ろう」ということになったのです。活動を始めて一年半、それぞれにいろいろな事情や心の葛藤があり、最終的に、13名(11家族)の体験談によってこの本が完成しました。

 「完成」という言葉を使いましたが、もしかしたら、この本には「完成」ということはないのかもしれません。私たちの心はつねに揺れ動いています。亡くなって、社会的には存在がなくなっても、わが子に対する愛情は、消えることがありません。

 何分の一かの確率で起こる病気だったから、事故だったのだから、自然淘汰だったのだから、などと、赤ちゃんの死にどのような理由がつけられようとも、親にとっては、かけがえのない一つの命が消えたという事実に変わりはありません。たとえ、何人子どもがいても、亡くなった子の存在は一分の一です。いくら死の原因に納得しても、わが子の死という理不尽なものを、納得し、受け入れることはできないからです。

 でも、時間と共に、新しい気づきもあります。それは、亡くなったわが子が教えてくれた、あるいは与えてくれた「何か」に気づくことです。それがどういうものかは、それぞれの人によってちがいます。そういう小さな気づきを集めていくことは、幸せとも言えることだと思っています。大切なものに気づいていくことで、私たちの心の中で、もう一度あの子の命がしっかりと生まれたと感じることができます。

 私たちと同じ悲しみを経験して、心の行き場を見つけられないでいる方が、この本を読むことで、「どうして自分だけが」という孤独感から一歩出て、自分はひとりぼっちではないと感じてくだされば、幸いです。悲しみの心にそっと寄り添えること、それが私たちの願いです。そして、幸いにも、私たちのような経験をしていない方にも、私たちの思いを少しでも知っていただければ、うれしく思います。

 若い世代の人には、無事に生まれてくることのありがたさや、命の大切さに思いをはせてほしいのです。生まれてくるということは、こんなにも大変なことなのです。

 新聞記事によると、死産は年間3万人、流産は30万〜40万人になるそうです(2001年12月12日朝日新聞)。私たちは、その中のたった11家族にしかすぎませんが、医療機関の方には、実際にこのような体験をした家族が、どのような医療を望んでいるか、感じていただきたいと思っています。

 私たちは、わが子を亡くす悲しみが、国や人種のちがいに関係なく、普遍的なものであることも知りました。外国では、医療者の側から、亡くなった子をきょうだいに抱っこさせたり、家族みんなで一緒の写真に撮ったり、形見になるようなものを残したりするように勧めてくれるそうです。お別れの時間を、家族だけでゆっくりと過ごせるような配慮もなされているそうです。日本でも、そのような配慮を尽くしている病院があります。私たちはそのような医療機関が増えてくれることを願っています。

 巻頭の”STILLBORN”の詩の転載を快く承諾してくださった原作者のレオナルド・クラークさんと、この詩の訳者であるSIDS家族の会に感謝します。

 私たちが出会い、この本をつくりあげたこと、そしてこの本がもたらすたくさんのことが、お空の子どもたちからのプレゼントです。

2002年2月22日
      編集を終えて

松村幸代・川合藤花・古閑令子



 ●見本ページ

お産に関することば


ママのおなかに赤ちゃんが生まれた。



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