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  少数言語をめぐる10の旅 フィールドワークの最前線から


少数言語をめぐる10の旅

大角 翠 編著  (品切)

2,500円 四六 304頁 978-4-385-36145-1

少数言語は、人類全体の「知的共有財産」である。現代日本を代表する言語学者たちが、少数言語の面白さを調査旅行の回想を交えつつ感動的に語った本書は、世界の少数言語の現在を知るための格好の書である。

2003年3月15日 発行

編著者紹介 目次 編集担当者から 旅のはじめに★少数言語とその話者たちへのエール



●編著者紹介

大角 翠(おおすみ・みどり)

1947年,東京生まれ。東京女子大学,東京大学大学院,パリ大学大学院,オーストラリア国立大学大学院に学ぶ。オーストラリア国立大学Ph.D.取得。現在,東京女子大学教授.同比較文化研究所副所長。専攻,言語学・オセアニア(とくにニューカレドニア)諸語研究。

梶 茂樹(かじ・しげき)

1951年、香川生まれ。京都大学大学院博士課程修了(文学博士)。現在、東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所教授。専攻、言語人類学・バンツー諸語研究。

中野暁雄(なかの・あきお)

1937年、東京生まれ。東京大学大学院博士課程修了。東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所教授を経て、現在、帝京平成大学教授。専攻、言語学、アフロ・アジア諸語研究。

八杉佳穂(やすぎ・よしほ)

1950年、広島生まれ。京都大学文学部卒。総合大学院大学文学博士。現在、国立民族学博物館教授。専攻、中米言語学・中米文化史。

林 徹(はやし・とおる)

1952年、群馬生まれ。東京大学大学院博士課程修了。現在、東京大学大学院教授。専攻、言語学・チュルク諸語研究。

田口善久(たぐち・よしひさ)

1961年、北海道生まれ。東京大学大学院博士課程修了。現在、千葉大学助教授。専攻、歴史言語学、ミャオ・ヤオ諸語研究。

土田 滋(つちだ・しげる)

1934年、東京生まれ。東京大学大学院を経て、イェール大学Ph.D.。東京大学教授、順益台湾原住民博物館(台北)館長を経て、現在、帝京平成大学教授。専攻、言語学、オーストロネシア語族(とくに台湾原住民諸語)の記述的・歴史的研究。

降幡正志(ふりはた・まさし)

1967年、東京生まれ。東京外国語大学大学院修士課程修了。現在、東京外国語大学講師。専攻、インドネシア語学・スンダ語学。

角田太作(つのだ・たさく)

1946年、群馬生まれ。東京大学大学院を経て、モナシュ大学(オーストラリア)Ph.D.。現在、東京大学大学院教授。専攻、言語学・オーストラリア原住民諸語研究。

村崎恭子(むらさき・きょうこ)

1937年、台北生まれ。東京大学大学院博士課程修了。北海道大学教授、横浜国立大学教授などを歴任。専攻、言語学・樺太アイヌ語学。



●目  次

●旅のはじめに  少数言語とその話者たちへのエール....大角 翠

●第1の旅(アフリカ中央部)
無文字社会のことばと知恵--アフリカ社会における文化の伝承....梶 茂樹

●第2の旅(アラビア半島・北アラビア)
アフロ・アジアの消えた文字と言語....中野 暁雄

●第3の旅(中央アメリカ)
マヤ諸語の構造の変化....八杉 佳穂

●第4の旅(中国・新疆ウイグル自治区)
「エイヌ語」への縮まらない道のり....林 徹

●第5の旅(中国南部)
中国少数民族の生き方....田口 善久

●第6の旅(台湾)
台湾原住民諸語調査こぼればなし....土田 滋

●第7の旅(メラネシア)
言語のモザイク模様....大角 翠

●第8の旅(インドネシア・西部ジャワ)
多層な文化を支える言語....降幡 正志

●第9の旅(オーストラリア)
原住民の言語・文化の維持と復活....角田 太作

●第10の旅(サハリン)
ことばの永遠の命を願って--樺太アイヌ語の半世紀....村崎 恭子



●編集担当者から

 全10章からなる本書のエッセイは、アフリカ、中米、ユーラシア、オセアニア、中国、極東アジアの少数言語を対象とした、10人の言語学者によるフィールドワークの記録と回想である。各地域の置かれた事情も、扱う言語の構造や言語数、話者の生活形態、また調査方法や執筆者の性格も十人十色で、それぞれの章はかなり趣きの違う読み物になっている。しかしながらそのすべてに共通しているのは、ことばとその話者たちに対する愛情と感謝の気持ちがあふれでていることである。同じ人間どうしなのに、かくも習慣や文化が異なり、かくも言語が違うものかという思いをかきたてられると同時に、その多様性の中にひそむ普遍性にも驚かされる。それこそが、人の言語能力の神秘、人間そのものへの理解につながる鍵になるものかもしれない。

 言語の多様性を守っていくことは、私たちが人間として、さらに生物として存在していく上で、非常に大切なことであり、グローバル化の名のもとに、この地球上からはげしい勢いで姿を消しつつある少数言語は、人類全体の「知的共有財産」なのである。本書全体は、このような緊急のメッセージを読者に伝えている。



 ●旅のはじめに★少数言語とその話者たちへのエール

大角 翠

 21世紀に入り、世界はますます狭くなった。グローバル化という言葉はいまや日常のものとなり、私たちの体内時計さえデジタル化してしまったかのようだ。インターネットを通して世界中の人々がさまざまな情報を共有できるようになり、メールや携帯電話なしでは暮らせないという人が増えている。科学や医療、テクノロジーの進歩で、私達の寿命は昔にくらべかなり延びたし、生活もいろいろな面で快適になった。夢でしかなかった宇宙への体験旅行でさえ(お金さえあれば)実現可能なものとなり、昨今ではクローン人間をつくることの是非さえ問われている。

 新しものずきの日本人は、コンピューターでも携帯電話でも新機種が出るとすぐにとびつき(私のように、つい最近になってようやく古い型の携帯を買ったなどという人間はもはやついていけない)、耳よりな情報は瞬時に手に入れ、情報社会を自由自在に生きているように見えるが、デジタル・テクノロジーはじつは私たちを目に見えない形で監視しかつ管理している(黒崎政男「デジタル時代の『監視ゲーム』」『朝日新聞』2002年12月13日)。知らないうちに私たちの情報が細部にわたりよそにもれているのみならず、私たちの思考法、感情さえもが没個性的な、1つの巨大な頭脳、価値観、行動規範のもとに収束しはじめている。

 地球を本当の意味でグローバルに見たとき、私たちはたいせつなものを忘れていることに気がつく。本書の中でもとりあげられている巨大な国家、飛躍するテクノロジーと、それゆえにいっそう国際的に威力を増した大言語のかげに、無数の小さな、しかし驚くほど個性に富んだ民族、部族社会、言語が存在していることだ。これは、原生林にうっそうとそびえたつ巨木のかげに、種々の潅木やしだが生い茂り、気根やつたがからみあい、朽葉の下には小さな草花や、昆虫、水苔、菌類など、あらゆる生物がそれぞれの存在価値を持ちながら生を営んでいるのと同じだ。

 現在、世界中には約6〜7000、あるいはそれ以上の言語があると言われている。世界の言語の数についてはこれまで諸説があり、1955年に出版された『世界言語概説』(市川三喜、服部四郎編、研究社、1955年)などでは約3000くらいとされていた。それが、より新しい『三省堂言語学大辞典』(世界言語編)(1988〜93年)では、ひかえめに見積もっても8000という数の言語名がじっさいにあげられている。言語の数は昔とくらべて増えているのだろうか。じつは、その逆である。世界の言語の大半は1万人にも満たない少数民族によって話されていて、近年までその存在すら知られていなかったものが多いのである。

 言語は、英語のように幾つものちがった人種、文化の人々に話され、地域的、社会的な変種を生み出しているような大言語もあれば、ある場所以外での使用を禁じられていたり、ほんの少数の話者だけに理解されているような言語もある。言語の使用は、その話者の置かれた歴史、文化的状況、地域、国の言語政策などに大きく左右されるからである。話者の数の上では危機的状況にはなくとも、琉球語のように、国や地域の標準語となっていないために、教育の普及、メディアの発達などの影響で、急速にその使用が狭まってきているものも多い。どんな言語といえども、つねにその言語が話される社会の変化と無縁ではありえないのだ。

 今日のテクノロジーの発達は社会の近代化、均質化を促進し、世界のすみずみで英語や他の優勢言語の勢力を拡大させた。アメリカ合衆国の小学校では、移民の子供たちに英語と母語の2言語教育をおこなっていたのを廃止し、英語だけにする州が増え、また、スイス東部の8州は、公用語のひとつであるフランス語より英語の教育を優先する指針を発表した(『朝日新聞』2002・11・5)。こうした事態は世界中で起きており、小さい言語は生きのこるすべがなくなってきている。このままいくと2100年までに、世界の言語の少なくとも4分の3か、それ以上が消滅、ないしは、それに近い状態になるのではないかという悲観的な予測も出されている(宮岡伯人・崎山理編『消滅の危機に瀕した世界の言語』明石書店、2002年。R.M.W.ディクソン、『言語の興亡』大角翠訳、岩波書店、2001年)。ユネスコは、2001年10月の総会において「文化の多様性に関するユネスコ世界宣言」を採択したが、この中で、生物の多様性と文化の多様性、言語の多様性の間の関係を認めている(『言語の危機』、ユネスコ無形文化財局危機言語特別専門家グループ、文部科学省科学研究費特定領域研究環太平洋の言語特別刊行物、2002年11月)。

 言語の多様性の維持は、現在危機的状況にある言語の話者だけの問題ではなく、私たちが人間として、さらには生物として存在する上で非常に重要な問題である。言語は、世界中の人々の基本的な権利であり、精神文化的財産だ。一つのマイノリティー言語が失われていくたびに、そこに存在していた稀有な世界観、認知体系、人々の叡智と繊細な感情のひだが、話者の伝統、文化とともに消滅していく。そして、この消滅のプロセスは、地球環境・大気の汚染、森林破壊などによりひきおこされる生物の多様性の消滅と類似しており、しばしば地域的にも重なりあって観察される。

 言語の場合と生物の場合の大きなちがいは、言語が人間による行為そのものであり、かりに少数言語の維持、保存のために辞書や文法書、教科書を作り、教師の育成をするなどの援助の手を外からさしのべることができたとしても、その言語を話し続けるか放棄するかはまったく話者ひとりひとりの意思にゆだねられているということだ。そして多くの場合、政治的、経済的、社会的な理由から、自らの言語を放棄せざるを得ないような状況に追い込まれているのだ。アリゾナ州に住むアメリカ先住民のオオタム語の話者であるゼペダは、彼らの言語の危機的状況について、「先住民は、言語なしでは自分たちが自分たちでなくなることを知っており、自らの言語遺産を守るために精魂かたむけて戦っている」と言う(R.M.W.ディクソン『言語の興亡』大角翠訳、岩波書店、2001年。オフィリア・ゼペダ「みずからの体験から----自分たちの手で自分たちのためにする言語研究」宮岡伯人・崎山理編『消滅の危機に瀕した世界の言語』明石書店、2002年所収)。アメリカのクリー族の人は、2000年AILDIで、次のようにその思いを声にしている(山本2002)。(注)山本昭「危機に瀕した言語の研究\ColonJ 何を為すべきか」『危機に瀕した言語について 講演集1』(環太平洋の「消滅に瀕した言語」にかんする緊急調査研究)、中西印刷株式会社、2002年所収。AILDIはAmerican Indian Language Development Instituteの略。

クリー語を話し続けましょう

私たちの言葉をクリー語を話し続けましょう

私たちの言葉を

そこには

宇宙を理解するカギがあるから

クリー語を話し続けましょう

私たちの言葉を

そこには

私たちの命があるから

クリー語を話し続けましょう

私たちの言葉を

そこには

私たちがお互いを知り合うカギがあるから

クリー語を話し続けましょう

私たちの言葉を

そこには

私たちクリー族をクリー族にするカギがあるから

 本書は、世界中の、大樹のかげにひっそりと咲く小さな草花に出会う旅の物語である。パプア・ニューギニアの離島で、ビーチの砂をぬりたくって無心に鍋を洗う女性、写真をのぞきこんで歓声をあげる子供たち、もじもじと、2つに割ったやしの実をさしだす少年、今なお文明からとり残されたかに見える人々は、私たちの目に新鮮に焼きつく。彼らの暮らしの中には、私たちが忘れてしまったもの、遠い記憶のなかに埋没させてしまった何かがある。「ことば」は、その何かの正体をみつける手がかりだ。彼らのことばは現代人の思考を超えた、私たちがおよびもつかない概念の世界をかいまみせてくれる。

 10章からなる本書のエッセイは、アフリカ、中米、ユーラシア、オセアニア、中国、極東アジアの少数言語を中心にした、10人の著者によるフィールドワークの記録である。各地域の事情も、あつかう言語の数や話者の形態も、調査方法も、著者の性格も10人10色で、ひっきょう、各章はかなり性格のちがうものとなった。言語学者というと本の山に囲まれて書斎にとじこもる人が多いなか、本書の著者たちは、実際に言語が話されている地域に出かけ、話者とじかに語り、生活をともにしている。それによって、話者たちの本当の姿、生の声、日常が浮きぼりになり、また、彼らのことばの綿密な記述、分析が可能となったのである。各章には著者たちの、ことばと、その話者に対する愛情と感謝がにじみでている。同じ人間どうしでありながら、かくも習慣、文化が異なり、かくも言語がちがうものかとの思いをかきたてられつつも、同時に、その多様性の中にひそむ普遍性にはおどろかされる。それこそが、人の言語能力の神秘、人間そのものへの理解につながるカギとなるものかもしれない。ことばがもつ何かめずらしい特徴を見つけたとき、まるで濡れそぼった葉かげにちっちゃな迷彩色のカエルでも見つけたときのように、研究者の顔には笑みがこぼれでる。このカエルが、じつは、それまで解けなかった難問への解答をもっていることが多いのだ。

 ことばはもともと音声によってできあがっており、いまだに文字をもたない言語は世界中にたくさんある。アフリカ、とくに赤道以南に広く分布するバンツー系言語では、音声そのもの、声調や母音の長さなどが、文の構造と深く関わっている。第一章では、コンゴやタンザニアでの語彙調査の体験をもとに、ことばの意味と、文法事項がどのようにひとつひとつ解き明かされていくかが示される。そこでは、根気と、先入観を排除した頭の柔軟性が必要だ。無文字社会ではことばの重みは大きい(第七章)。直接は口に出して言えないことを、自分の子供の名前に託すテンボ族の人たち、ことわざに直結したもろもろの何か、たとえば草、犬の歯、カタツムリの殻のようなものをひも(知恵のひも)に通して集会所につるすレガ族の人たち。また、モンゴ族の人たちは、ことばや文の抑揚にあわせて太鼓をたたき、しかも直接的な文ではなく、民話やことわざになぞらえたメッセージを遠くの人たちに伝達する。

 第二章では、アラビア半島から北東アフリカ一帯に広く分布するアフロ・アジア語族とその6つの語派について、死語も含めた詳細な分類を試み、音韻、文法、語用の面から解説する。この地域は古代オリエント文明の発祥の地であり、その長い歴史の中でいくつもの大言語が、興盛をきわめたのち、独特の文字とともに消滅していった。多様な諸言語のめずらしい特徴、文字の歴史的変遷や借用関係がフィールド調査の草分け的存在である著者によってつまびらかにされる。その民話にはアフロ・アジアに独特のおもむきがあり、興味深い。

 グアテマラからメキシコにかけてのユカタン半島一帯で栄えたマヤ文明には、3世紀にまでさかのぼる文字資料が存在する。最近まで自分たちがマヤ文明の子孫であるということさえ知らなかった人々が、共通語のスペイン語に圧迫され消滅の危機にあるマヤ諸語の維持、普及につとめはじめている。第三章では、いまなお30言語を数えるこのマヤ諸語を概観し、分裂能格、逆受動文などのユニークな言語構造を解説する。さらに、マヤ諸語間の系統関係と、言語の発達、変化のメカニズムが考察される。

 第四章は中央アジアの異民族、異文化の融合から生まれた「エイヌ語」を探しもとめる旅の話だ。ユーラシア大陸の雄大な地域を背景にゆったりと流れる時間。シルクロードは何世紀ものあいだ、さまざまな民族や文化の往来を見まもってきた。マヤ諸語がまさに同系統の純粋性を保っていたのに対し、チュルク語の世界は、あらゆる民族、宗教、文化のせめぎあいと融合の中に存在してきたといえよう。著者が探しつづける「エイヌ語」もまた、特定の地域や人々に限定された言語という既成概念を超えた、放浪の言語なのだろうか。

 同じ少数民族といっても、中国という巨大国家には、公に認められた少数民族だけでも55もあり、人口も数百万人にものぼるものがいくつもある。民族が1つにかたまって国家をつくっているものもあれば、一つの民族がちがった地域に分散しているものもある。第五章の、中国西南地域のヤオ族への旅は、少数民族とはいったいどういう概念をもつものなのか、少数民族とよばれる人々が圧倒的な巨大文化のもとで少数民族として生きるということはどんなことなのか、という問題を提起する。著者は、ミエン語とミャオ語という、同系統に属する2つの言語を比較しながら、漢民族文化の影響下で生き抜く少数民族のアイデンティティーにせまる。

 第六章では、台湾原住民語の長年にわたるフィールドワークの豊富な体験が、時代の流れの中で語られる。広大な太平洋の島々に拡散したオーストロネシア語族の系統に関して、これまでにも重要な提案をおこなってきた著者は、台湾をオーストロネシア語族の原郷ととらえ、比較言語学的に興味深い特徴を指摘する。台湾固有の文化と言語は、いちどは漢民族化してほぼ失われたが、なんとか復活した。しかし今日、原住民語はあらたな消滅の危機に瀕している。

 さて、先史時代に台湾をあとにしたオーストロネシア語族は、陸伝い、島伝いにメラネシアに到達する。第七章では、彼らの移動、航海について概観したのち、メラネシア地域の中でもとくに狭い地域に少数言語が密集するニューカレドニアの言語の特徴にふれる。ここには、まったくタイプの異なるパプア系言語との先史時代の接触を反映して、たいへん複雑に変化した諸言語が存在する。パプア諸語を含めたメラネシアの言語はまだ未調査のものが多く、言語学的にも重要である。著者はフィールドワークの苦労談を織りまぜながら、南部のティンリン語の魅力の一端をひろうする。

 インドネシアは、日本とは昔からいろいろな交流があり、現在も、観光や貿易などの面で関係が深い。だが、この国の多様な風俗習慣、文化や、その数だけでも何百もあるという言語の実態を知っている人は少ないだろう。第八章では、国語であるインドネシア語がじつは1億人以上の人々の第2言語であるという、ユニークなインドネシアの言語事情と、いかにこの国が異文化、異言語を抱合しつつ、一つの国のもとに結集しているかが、伝統芸能やスンダ語の特徴の説明をまじえながら明らかにされる。

 大小さまざまな島々を統括しているインドネシアと対照的なのが、おなじオセアニアで唯一の大陸として君臨するオーストラリアである。18世紀後半には200から250あったといわれるオーストラリア原住民語であるが、現在ではその数は約100となってしまい、大半が消滅しかけている。第九章では、言語や文化の消失、その維持と復活の問題に真剣にとりくむ著者の、原住民語とその話者たちへの熱い思いが行間ににじむ。オーストラリアは独自の言語圏を形成しており、原住民語は世界でもめずらしい統語的能格性などの興味深い言語構造をもっている。

 最終章は、日本固有の土着言語、アイヌ語を40数年にわたって研究してきた著者の情熱と挑戦の日々の記録である。自分たちの伝統、文化、言語が抑圧されてきた中で、いかにアイヌの人たちが自らのアイデンティティーを保ってきたかが、アイヌ語の話者が次々と亡くなっていくさまに絶望する著者の姿と重なる。しかし、その後、ピウスツキ蝋管の発見とアイヌ語の音声の再生、国の内外の研究組織の協力と、なによりも日本全体にアイヌの言語文化を復興しようとする波のうねりがおき、著者はそこに一筋の光を見いだしたという。話者が絶えてしまったのちも、言語文化は再生しうるのだろうか、という問いに対する答えを著者は探しもとめている。

 この序章のはじめで、言語の多様性を守っていくことは、私たちが人間として、さらには生物として存在する上で、非常にたいせつなことだと指摘した。アイヌ語という存在もまた、私たち日本人にとって根源的なものであり、明確に意識されてはいないが、ずっと奥深い記憶の底に存在しつづけているものなのではないかと思う。クリー語の話者が語ったように、私たちは私たちのことばをたいせつにしていこう。私たちが私たち自身を理解するために、そして私たち自身でありつづけるために。

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