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ボランティア
青年海外協力隊の正体

写真

吉岡逸夫 著

1,500円 四六 256頁 978-4-385-35829-X (品切)

青年海外協力隊員は、光と影の両極を合わせ持つ。肌の色や習慣の違う人たちとともに汗を流している時は、光り輝いているように見える。ところが現実には、大方の隊員を包んでいるのは無力感や孤独感だ。任期を終え帰国すると、それはさらに広がる。彼らの抱え込んでしまった矛盾はどこから派生し、葛藤から生じるエネルギーは、どこに向かって放たれるのだろうか。

 青年海外協力隊のグランドデザインとは?「ボランティア」という言葉が一人歩きしている。国際協力は今やキーワードだ。その言葉のほんとうの意味を解明するために、ジャーナリスト吉岡逸夫は、30年以上の歴史を持つ海外ボランティアの元祖青年海外協力隊に着目し、本格的な取材を試みる。しかし、その実像は想像以上に複雑で、奥深い。自身の26年の体験を基に「海外ボランティア」の本質に迫る本格的ノンフィクション。解説=青木盛久元ペルー大使。

1998年10月10日 発行


●著者紹介

吉岡逸夫(よしおか・いつお)

1952年、愛媛県岩城村生まれ。米国コロンビア大学大学院(ジャーナリズム科)修了。現在、東京新聞(中日新聞)記者。東欧の激動、湾岸戦争、カンボジアとルワンダのPKOなど、世界約50ケ国を取材。
1993年と94年に東京写真記者協会賞、1996年に開高健賞、1997年にテレビ朝日やじうま大賞を受賞。
著書に写真集『わがエチオピア人』(プロンズ社)、『厳戒下のカンボジアを行く』(東京新聞出版局)、『漂泊のルワンダ』(開高健賞受賞作、TBSブリタニカ)がある。



●目  次

第1章・南米で協力隊員を取材する

ボリビアの女性隊員/ピラニア釣り/刑務所を訪れる/日本といえば援助、JICAといえば金/むせび泣くフォルクローレ/途上国の人々はナマケモノ?/「ボランティア」という呪文

第2章・日系移民の海外雄飛

ボランティアから見た移民、移民から見たボランティア/内山田英雄の旅立ち/パラグアイ開拓移民の生活/救世主はトマト栽培/機械化農業をする/移民は自前、協力隊は親方日の丸

第3章・エチオピアの二人の日本人

帰国職員の悩み/エチオピアで市場を取材する/アジス・アベバの奇妙な夜

第4章・若き協力隊員のエチオピア白書

悲惨な旅立ち/仕事のない職場/エルサとの出会い/交通事故騒動/テレビ局で新米カメラマンを指導する/ボランティア精神は捨てた/ボランティアのプライバシー/逆カルチャーショックに悩む/エチオピア再訪/エルサとの再会/難民救済委員会/旱魃とエチオピア革命/援助への疑問/偽善者P

エピローグ・在日日本人
ボランティアは熱くなり過ぎてもダメ/協力隊のグランドデザイン/黄金の時

あとがき

吉岡逸夫と青年海外協力隊・青木盛久


●青年海外協力隊を総括する試み

「ぶっくれっと」132号より

青木盛久

 吉岡逸夫は、カメラマンとして社会に出、青年海外協力隊に参加した後ジャーナリストになった。
 先年かれが出版した『ルワンダ漂泊』は、もし英語かフランス語で出されていたら、世界的な特ダネになっていたであろう、ルワンダ革命政府軍(ツチ族)によるフツ族難民の大量殺りくの証拠の発見を含む、鮮烈なルポルタージュであった。
 何よりも、甘っちょろい感傷やえらそうな能書きを一切排して、見たままの事実を、的確に、淡々と語ったのがよかった。
 本書は、その吉岡が、青年海外協力隊を、元隊員という視座から総括しようと試みたものである。
 しかし、協力隊参加者(われわれは隊員と呼んでいる)が、客観的にこの事業を総括、あるいは解説するのは非常にむずかしい。
 まず第一に、隊員たちにとって、協力隊はきわめて高揚した、いわばハレの日々の連続であるが、このような思いは、非隊員には共有しにくい。
 しかもこうした高揚は、かれらが帰国すると跡形もなく消え失せてしまう。かれらはこれを、「と金が歩に戻った」と表現している。
 あの高揚は、あの輝きは何だったのかと自問しながら、かれらは帰国後の人生を生きていくのである。
 次に問題になるのが、協力隊事業の建て前と実態のちがいである
。  協力隊は、日本が開発途上国に対して実施する経済技術協力の一環であり、隊員たちはその要員と位置づけられている。
 しかし、JETプログラムの青年諸君の絶大な努力にもかかわらず、次世代の日本人が英語を話せるようになるとは誰も期待していないのと同じ理由で、協力隊の若者が千人、二千人束になってかかったところで、アフリカや中南米の草の根の生活が格段に改善するというようなことは起こり得ない。
 技術協力のプロであるJICAの派遣専門家の一人が、著書の中で、「技術移転は臓器移植のようなもので、伝統文化からの拒絶反応のため、定着はむずかしい」と告白しているのを読んだことがある。いわんや素人のボランティアにおいてをやである。
 協力隊についてさらに問題になるのは、隊員の技術水準が不揃いな上に、協力の継続性が保証されないということがある。
 任地に行ったばかりの隊員は、言葉が出来ない上に、現地の状況も全くわからぬまま、手探りで活動を開始する。二年、三年経ってようやく活動が軌道に乗りだした頃、任期満了で隊員は帰国してしまい、また、言葉も出来なければ現地事情にも暗い新隊員による新規巻き直しである。
 ところで。
 私は、青年海外協力隊は、日本が開発途上国との間に実施した最もすばらしい協力事業だと確信している。
 開発途上国に対する経済社会協力としては大した成果を挙げていないかも知れないが、開発途上国との協力としては大変な成果を収めているからである。
 協力隊事業は、個性あふれるすばらしい日本人を育てて来た。これまでの日本は、かれらのような規格外れの人間をあまり必要としなかったかも知れないが、二一世紀には、学歴にも年功序列にも囚われないかれらの出番が、必ずやって来るものと信じたい。
 実は、かれらの時代はすでに到来しているのかも知れない。福祉の世界で黙々と汗を流す帰国隊員は枚挙に遑ないし、村造り、街起こしの第一線で活躍している隊員OBも沢山いる。
 帰国隊員たちにとって、かれらが派遣された国は第二の祖国である。広島アジア大会に際して、ラオスとカンボジアの隊員OBは、募金活動をして、「自国」の選手の参加を実現した。
 実際かれらは、現地の草の根の人々と友情の太い絆で結ばれている。十年後、二十年後に「里帰り」したかれらが、家族の一員のような歓迎を受けたという話は、協力隊では美談でも何でもない。あたり前の話である。
 文化交流の面での成果も大きい。たとえば、ポーランドに隊員を派遣して以来の数年間で、ポーランド語を話す日本人の数は倍増した筈である。間もなく一万五千名に達しようとする帰国隊員たちによって、全世界を視野に入れた肉厚な国際交流の基盤が築かれつつある。
 経済協力の面から見ても、GDP成長率には翻訳できないが、地域保健(プライマリー・ヘルス・ケア)、地域福祉(コミュニティー・ベーズド・リハビリテーション)、生活改善、初等中等教育(とくに理数科)などの分野で、協力隊の活動は着実に現地に定着しつつある。
 現地の心ある指導者も、協力隊の真価を認識している。ガーナのローリングス大統領は、「自分の国の状況を知るためにはかれらと話すのが一番だ」と言って、毎年隊員たちと懇談している。
 青年海外協力隊の真価は、隊員自身である。あれだけのすばらしい日本人を生み出したことは、日本の、自らに対してだけでなく、世界に対する大貢献である。  帰国隊員に対する日本社会の受入れ態勢が不十分だという話はよく聞くところで、この点は今後も大いに改善していく必要があるだろう。しかし彼らは、結果平等主義が存在しない世界を経験して来ており、また、立身出世だけが人生の目標ではないということも知っている。かれらの多くは、自らの力ですばらしい人生を切り拓いていくであろうし、現にそうしているのである。

(あおき・もりひさ ケニア大使・元ペルー大使)

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