◆『新六法』この10年 ── 転換期に「市民の六法」を目指す
新しい編集委員が『新六法』を担当したのは1999年からである。この年は、現代日本法史における1つの転換点ともいうべき年だった。周辺事態法、国旗・国歌法、地方分権一括法、男女共同参画社会基本法、情報公開法、民事再生法、通信傍受法、児童ポルノ・児童買春禁止法の制定、国会法(両院に憲法調査会を設置)、中央省庁等改革関連法(特に、独立行政法人通則法)、住民基本台帳法改正(住基ネットの導入)、労働者派遣法(派遣業種の拡大)、民法(成年後見制度)の改正、等々。国や社会のあり方に重大な影響を与える新法・改正法が数多く制定された。
その後の10年間で、戦後の法体制は大きく転換した。そこにおける特徴的傾向を挙げるならば、次の通りである。
第1に、「官から民へ」「小さな政府」というスローガンに象徴されるように、「公」の撤退と「規制緩和」が進行したことだろう。
この傾向は、国と地方の関係、産業、雇用、医療、福祉、介護、年金など国民生活の多様な分野、市民の安全、国際協力など、ほとんどすべての法分野に広がっていった。
小泉内閣(01年4月~06年9月)が始めた「骨太の改革」の結果、生活保護母子加算廃止から後期高齢者医療制度、介護、年金に至るまで、文字通り「ゆりかごから墓場まで」の広がりと深さで、「公」の撤退が進んだ。これらの分野において、給付削減と負担増がはかられたことは、読者自身が日々実感しているところだろう。
経済・労働法分野においても、大規模な規制緩和が進んだ。とりわけ労働者派遣法の諸改正の結果、08年米国発の「100年に一度の経済危機」のしわ寄せが非正規労働者に集中し、雇用をめぐる危機に拍車がかかることになった。
05年に制定された「新会社法」は、小泉改革の負の側面が集約されている。経済界の要請が過度に受容され、会社に対する規制が撤廃・緩和された。この「緩めすぎた自由化」により不良企業が増大することも危惧される。今後、これをいかに「矯正」していくかが課題となろう。
第2に、市民生活に対する国家介入のかたちが変化したことである。それは、「刑事立法の活性化」の傾向として特徴づけられる。市民からの安全の要求がダイレクトに国に向けられ、その結果、ストーカー規制法(00年)、児童虐待防止法(00年)、DV法(01年)等々、新たな刑事立法が生まれ、国による「介入」のルートとチャンネルが拡大された。
また、交通事犯の重罰化など、メディアの事件報道が、国民世論を動かして立法化がはかられるケースも目立つ。さらに、犯罪被害者の権利・利益が強調され、被害者参加制度(07年刑訴法改正)が08年12月に始まった。これらは、刑事訴訟のあり方にもさまざまな影響を及ぼしていくだろう。
捜査の可視化から犯罪者処遇に至るまで、この間の立法によって、従来の仕組みは大きく変わりつつある。
第3に、安全保障分野における憲法的制約の緩和も確実に進んだ。テロ特措法(01年)、イラク特措法(03年)、海賊対処法(09年)により、海外派遣の法的枠組が拡大された。対内的には、武力攻撃事態関連3法(03年)と有事関連7法(04年)が制定された。特に「国民保護法制」を軸に、国内における自衛隊の活動範囲と権限が強化されている。
第4に、戦後65年を前にして、基本法制を変更する動きが進んだことだろう。04年の民法改正により、民法典の現代語化が完成。市民に対して「分かりやすく」という要請は、立法・行政・司法のすべてに要求される事柄となった。これは積極面として評価できる。 他方、戦後教育の方向と内容を明確にした1947年教育基本法は、その前文を含め大規模に改変された(06年)。憲法改正の動きもこの10年急速に高まった。07年には、憲法改正手続法が制定され、2010年5月に完全施行される。
農地法改正(09年)により、農地の賃貸借規制が大幅に緩和され、企業などの参入が推進される。農地の「有効利用」促進のために、戦後農地改革と1952年農地法の「農地耕作者主義」からの大転換が行われる。
最後に、この10年間の変化は、法と市民の関わり方にもあらわれている。市民がそれぞれの属性において、従来の枠を越えて「参加」する場面は確実に広がった。例えば、「消費者」としての地位は、消費者契約法(00年)や特定商取引法(01年)などを通じて強められた。また、手続的公正の確保や透明性向上の要請が、各種の立法を通じて実現していったことも見逃せない。行政手続法の05年改正により、国が行う行政立法へのパブリックコメント手続が導入された。個人情報保護法の制定(03年)は、個人情報に関する意識を喚起した他方で、報道の自由との関係や、過剰反応などの問題も生じさせた。司法改革関連では、04年に制定された裁判員法が施行をむかえ、09年から裁判員裁判が始まった。ほぼ同時に、検察審査会法改正(04年)で「起訴議決」に法的拘束力がもたらされた。さらに、憲法改正手続法は、「国民投票権者」を18歳として、民法や公職選挙法の見直しを求めている。
国際法の分野でも、国家間合意である条約の制定過程において、市民参加が進んだことは重要である。97年「対人地雷禁止条約」(オタワプロジェクト)と08年「クラスター弾に関する条約」(オスロプロジェクト)は、市民(NGO)と政府による共同の成果といえる。通常兵器の分野で、特定兵器の全面禁止が、市民(NGO)参加によって実現していくことの意義は大きい。この傾向は、地球温暖化など、今後さまざまな分野に広がっていくだろう。
『新六法』の10年は、「市民の六法」というブランドをより明確にする10年でもあった。複雑で多様な法の世界の変化を、市民に見えやすく、わかりやすく伝え、市民の法的関心を高め、法的知識を豊かにしていく。六法を「活かす」市民が増えていくことは、真の意味での「法化社会」実現のための前提となるだろう。
2009年9月
- 永井 憲一
- 浅倉むつ子
- 安達 和志
- 井田 良
- 柴田 和史
- 広渡 清吾
- 水島 朝穂
