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新・判例コンメンタール 民事訴訟法 別巻
はしがき

 新・判例コンメンタール民事訴訟法も本体がようやく完結し,ここに索引巻を読者にお届けできることとなった。これまでの各巻の検索に不便をお掛けしていたことと思う。「判例をもって語らしめ,重要判例の大半をそれらの判例解説などとともに網羅的に検索することができるデータベース」とするという本コメンタールの意図に沿った利用がこれによって真に可能となる。本巻が提供供しているのは総合事項索引と総合判例索引である。

 小さな教科書ならいざ知らず,少し大部な著作となれば事項索引の善し悪しが著作そのものの利用価値を左右する。民事訴訟法のコンメンタールではこのことが他の法領域のそれにも増して顕著である。というのは,民事訴訟法では必ずしも条文に明示されていない重要事項が非常に多い。弁論主義然り,証明責任然り,固有必要的共同訴訟然り,という具合である。どうしてこのようなことになっているのかも興味ある問題であるが,民事訴訟法全体の著作を企画するときにはこれらの項目をどこで扱うかが必ず問題となる。教科書の類では著者の独自の体系を考案して適当に配置することも可能であるが,コンメンタールの場合は条文順によらなければならないという制約がある。そこで,この種の事項の解説がある条文の解説として必ずしもぴったりしないときは、条文の前注としてつけたり,もっと大きな一般的事項の場合は,節または章の前注として扱うなどの方法がとられる。民事訴訟法のコンメンタールも既に数多く出版されているから自ずと一定のやり方が確立されてはいるが,本書の独自の部分もないわけではない。読者としてはどこかに書いてあればよいのであるが,編者としては結構神経を使う点である。そんな訳で,何が何処に書いてあるかを指示してくれる事項索引の重要性はひときわ大きい。

 事項索引の項目採取の作業は,岡山大学助手・日渡紀夫君にお願いした。項目採取は機械的な作業のように見えて随分と神経を使う仕事である。論文執筆に多忙な中で多大の時間をさいて頂いた同君に感謝したい。読者の立場になって使い勝手のよい事項索引を作ろうとすれば場合によっては本文中にない単語,たとえば総称としてよく用いられる語などを載せておかなければならないこともある。また,人によって同義異語が使われる場合にも同様の問題がある。たとえば,立証責任,挙証責任,証明責任の類である。読者の需要の多様性を考えると完璧な事項索引作りは不可能かも知れない。ともあれ,全6巻を網羅する本巻の事項索引が読者の利用に耐える充実したものであることを信じている。

 さらに,本巻の大部分を占める判例索引は「判例をもって語らしめる」本コンメンタールならではの索引である。第1巻の“はしがき”で述べたように明治の法典編纂から百年を経てわが国も判例法国の様相をますます強めつつある。この傾向を増幅するとともに解釈論の精緻化に寄与しているのが多数発表される判例評釈である。ある裁判例を先例として引用する場合も,これに対して反論しようとする場合も,その判例や関連判例について書かれた判例評釈を参照しなければならない。評釈にも,それまでの先例との関係を説明しているだけのもの(判例説明型),専らその論理や結論を批判するもの(判例批判型),判例の事案はそっちのけで評者の学説を説くことに急であるもの(判例借用型),そこで用いられた法理だけを問題にするもの(法理型),事実認定の検討に重心があるもの(事実型),等々いろいろなスタイルがある。評釈を書く立場になると、どのスタイルを採るかを意識的に選択することもあるが,多くは無意識で自分のスタイルを作っていることが多いようである。今日のように,重要な最高裁判決については五つくらいの評釈が著わされることが普通になると,これらに目を通すだけでその判決のいろいろな見方と問題点を学ぶことができる。判例評釈を網羅的に列挙してくれている判例索引の利用価値は大きい。

 それにしても,わが国の判決は我々に与えてくれる情報量が少ない。多くの場合,全体として短いものが多い。判例の引用は最高裁のものだけ,学説には一切言及なし,である。民集登載の最高裁判決については,法曹時報の調査官による解説でどの程度のことを考慮したうえでの判決であるかがおぼろに見当がつく程度である。これを見ていると,明治初期にまず輸入したフランスの判決スタイルの伝統がまだ生きているようにみえる。戦後改革とともにアメリカのスタイルがもっと入っておれば大分違っていたかも知れない。もっとも,最近のアメリカの連邦最高裁判決など脚注の多い学者の論文のようなスタイルでこれも判決としてはどうかと思う。少数意見,補足意見等の頻度などとともに判決文のスタイルはその国における判例の役割を決める重要な要素である。他方,判決文のスタイルは裁判官が置かれている環境によるところも大きいことを思えば,これまたわが国の司法の一面を語っていると理解すべきであろう。

 これをもって我々編集責任者の任務はすべて終了した。ご協力頂いた多くの執筆者の方々,終始我々を督励して下さった三省堂編集部の皆さんにお礼を申し上げる。しかし,本コンメンタールが刊行されつつある間にも民事訴訟法の改正作業は着々と進行し,編別を一新し口語体となった新民事訴訟法典ができ上がるのもそう遠くない見通しとなってきている。その際のいち早い改訂を期して最後のはしがきの筆を置くこととする。

1995年9月

谷口安平
井上治典

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