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新・判例コンメンタール 民事訴訟法1
はしがき

 民事訴訟法が眠訴ないし眠素と揶揄されなくなって既に久しい。民事裁判は毎日のように新聞紙上に報道され,社会・政治・経済および文化を動かす重要な要素の一つとなっている。本書は本シリーズの他のものと同様、各条文の解釈論を「判例をして語らしめる」との方針で書かれている。民事訴訟法でも他の法分野と同じく判例の検索を欠かすことができないことは言うまでもない。現行民事訴訟法は1890年に公布され100周年を迎えたばかりであるが,その間の判例の蓄積には著しいものがある。とくに戦後はアメリカの影響もあって公式・非公式の判例集が多数刊行されるようになり判例の重要性は飛躍的に高まった。わが国は法典法の国であり判例法主義ではないと言われている。また,法典法国では判例の法掛性が議論されてきた。しかし,歴史的に法典法国であろうが判例法国であろうが今日世界の法律家が日常的に行っている作業に実際的違いははとんど無い。おそらく唯一の違いは発想の出発点が条文にあるか判例にあるかの違いである。我々法典法国の法律家はまず条文を思い浮かべるが判例法国の法律家はまず指導的判例を思い浮かべる。その後の作業は大同小異である。法の本質や定義に深入りするつもりはないが,どの国でも少なくとも法実務家にとって法とは裁判所によって有権的に示されるであろう見解に他ならない。わが国においても,裁判所が条文をどのように理解し解釈適用しているかを知ることが法を知ることに他ならないのである。

 まず、ある条文がどのような場合に適用されるのかを知ることが重要である。判例は抽象的に表現された条文の具体的適用例を示してくれる。これは,我々教師が教室で実例を示して条文の説明をするときに大いに役立つところであるが,ときには条文の文言からは容易に想像できない場面で適用されることもある。このようなことが起こるのは条文の適用は必然的にその解釈を伴っているからである。従って,条文の理解と解釈は連続した一体をなしている。もっとも解釈は単に条文そのものの文埋的意味を越えて法体系全体のなかで意味を見出す作業である。解釈を通じて,各条文は法典全体の中で適切な地位を与えられ,法律全体がより整合性がありかつ社会により適合的な有機的体系へと作り上げられていく。解釈の名のもとに実質的な法創造が判例を通じて行われることを疑う者は今日ではいない。

 条文の理解と解釈とは実際には同時に行われるから,条文の文言が如何に分かりやすく書かれていたとしても,その意味を独り合点することは危険である。実際にその条文が適用された場合を見てみると最初に条文を見たときの印象と少し違うことはしばしば経験するところである。文言本来の意味でさえそうであるから類推解釈,反対解釈,拡張解釈の類になると,見当さえつかなかったことが判例の検索から判明することが希でない。本書の関連部分を一瞥することによって誤解の危険は簡単に回避することができる。条文によってはそれに関する判例の数が著しく多いものもあって,本書の引用に入れきれなかった場合も多い。判例の取捨選択は各執筆者の最も苦労したところであって,条文の理解と解釈の基本的な点にかかわる判例は網羅されているはずである。読者はこれにざっと目を通すことによって間達いない指針を得ることができ,さらに引用の判例評釈や論文によって知識を深めることができよう。

 もっとも,「判例をして語らしめる」ことは万能ではない。条文によっては見るべき裁判例が全く無いものもある。その場合は読者は執筆担当者による解説で満足するほかないが,判例の無いこと自体わが国の法文化を示す指標として意味のあることもある。たとえば,訴訟費用に関する諸条文についてはほとんど判例が見当たらない。これは,わが国では勝訴した当事者が敗者に追い撃ちをかけるような訴訟費用の取り立てをしないからであると言われている。これはドイツで訴訟費用だけについて大きなコメンタールや解説書がたくさん出版されているのと好対照をなしている。これほど極端でなくても重要な法律問題でありながら判例がまだ何らの解答を出してくれていない分野は数多い。わが国ではもともと訴訟で争われることが少ないうえに困難な法律問題を含んでいるほど和解で決着されることが多いからであろう。判例がないこともこのように考えればそれなりに何かを語ってくれているわけではあるが,判例が隅々まで何らかの解答または手掛かりを示してくれる程度にわが国の法律実務と法律学が成熱することを期待したい。

 ところで民事訴訟法の分野における判例の意義は実体法分野のそれと若干異なるところがあるように思われる。一つは訴訟法上の問題は時間的経過を伴う一つの過程の中で起こるという点である。ところが判例として,とくに上級審判例として現れるときは過去の事実関係に基づいて現在の手続処理をどうするかという問題として扱われることになる。その点で上級審のアプローチは実体法上の問題を扱う場合と類似してくる。ところが,現実の手続処理の問題は本来はその場でその都度解決されねばならない性質のものである。従って,この種の問題に関する上級審の判例だけを見て一般化すると問題の本質を見損なう恐れがある。これは学説上,たとえば当事者の確定に関して評価規範・行動規範の区別としてつとに指摘されてきたところである。いま一つは,訴訟は対立する原告と被告の存在を当然に予定する点である。この両者をまとめて「当事者」として一般化すると問題の所在を把握できないことがある。判例が当事者という一般的表現を使っていたとしても事実関係に遡ってその射程を明碓にする必要がある。たとえば,弁護士法達反の訴訟行為の効力の処理(責問権放棄で処理するか追認で処理するか)や必要的共同訴訟の成否に関する判例を理解するについてこの観点は有意義である。

 ともあれ,本書が採用しているスタイルは二つの必然に基づいている。一つは,法典法システムの中で判例を扱う場合にはまず条文から出発しなければならないという点である。逐条コメンタールの形式はこれに由来する。他方,判例にすべてを語らせることは実際問題としても不可能である。そこで理論的解説をもってこれに替え,あるいはこれを補う必要がある。わが国におけるこのような必然の要求から生まれた本書は昭和51年に旧版初版が刊行され,大いに歓迎された。今回の新版は,編者と執筆者を一新し,この18年間の判例学説のギャップを埋めるとともに,本書のスタイルの長所をよりよく発揮できるように新たに種々の工夫を取り入れている。編集委員は三省堂と慎重に協議し,基本的コンセプトを旧版の「判例をもって条文を語らしめる」というところに置きながら,「読者対象を徹底的に法曹実務家と定め,最新の実務判例を重点的に取り上げ,参照判例を含めて戦後重要判例の大半を,しかもそれらの判例評釈と文献をも検索できる実務判例データベースとする」ことを目標とした。その成果のほどは読者諸賢の批判にまたなければならないが,本書の利用価値は旧版出版当時と比較しても大いに高まっているものと確信している。本書が法律実務に携わる諸氏の座右の書として,あるいは法学徒の研究参考書として旧版にもまして広く利用されることを期待したい。

 最後になったが,この有意義な企画に賛同して分担執筆を快諾下さり多忙の中で原稿を完成して下さった学界・実務界の先生方に心から感謝したい。また我々を宜しく督励してここまで漕ぎ着けて頂いた三省堂の方々の辛抱強い努力にも敬意を表したい。

1993年7月

谷口安平
井上治典

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