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  デイリー六法 2009 平成21年版

創刊時はしがき

「六法」というと、世の人に何となく無味乾燥な書物とうけとられているようである。徒らに難しい専門用語が氾濫し、読んで簡単に理解できないだけでなく、おもしろくもおかしくもない書物と思われている節がある。

 

今、「世の人」といったけれども、法学部の学生にとってはどうであろうか。

確かに、「六法」に例えば小説を読むようなおもしろさを期待することは筋違いというものであろう。小説には人間の生の悲喜劇を直截にドラマティックに描き出し、あるいは人間はどこからきてどこにゆくかについての省察を誘うおもしろさがある。それに対し、「六法」には人間の生の生に対して妙によそよそしく無機質な言葉・表現が断片的に羅列されているばかりにみえる。

しかし、小説にも様々なものがある。一見おもしろそうにみえて、そして読んで確かにおもしろいのだが、それはそのときだけのことで二度と手にとる気のおきないようなものがある。ある時代の雰囲気の中で、これこそ社会や人間の真実に迫った小説と多くの人に思われたものが、時代が変わると憑き物が落ちたようにふりむきもされないものも少なくない。こうした違いが何故に生ずるのかは興味深いが、ここでは問わない。ただ、おもしろいといってもいろいろな種類があるという当然のことを指摘したいだけである。

他方、「六法」にドラマ性が皆無かといえば決してそうではない。この点、故小嶋和司博士の次の一節はまことに滋味に富む。

「読者は、ふるい一片の法律も、一枚岩的支配者集団の固定論理からする寸慮自明の知的所産ではなく、情・意・人間臭さえもった実存的人間の相剋の結果であり、勝者の満足・敗者の哀しみさえ秘めていることを知るであろう。そして、これを知ることは、他の制定法にも同様な人間的興味をもって向かわしめ、その法学をして無味平板な教説、または超人間的な神聖御託宣の学とすることから救ってくれる」(『小嶋和司憲法論集(一) 明治典憲体制の成立』四四〇頁、木鐸社・一九八八年)

右にいう「ふるい一片の法律」とは、「命令ノ条項違犯ニ関スル罰則ノ件」と題する明治二三年法律第八四号のことで、「命令ノ条項ニ違犯スル者ハ各其ノ命令ニ規定スル所ニ従ヒ二百円以内ノ罰金若ハ一年以下ノ禁錮ニ処ス」と規定する一カ条だけから成る法律である。この法律は明治憲法典施行の二力月あまり前に制定公布され、同憲法期中効力を維持した有名な法律である。明泊憲法典では、「天皇ハ法律ヲ執行スル為ニ又ハ公共ノ安寧秩序ヲ保持シ及臣民ノ幸福ヲ増進スル為ニ必要ナル命令ヲ発シ又ハ発セシム 但シ命令ヲ以テ法律ヲ変更スルコトヲ得ス」(九条)とあり、同時にまた、「日本臣民ハ法律ニ依ルニ非スシテ逮捕監禁審問処罰ヲ受クルコトナシ」(二三条)とあった。右の法律第八四号は、天皇大権の一つとしての九条に定める右独立命令制定権を罰則による強制力によって裏づけるべく制定されたものである。しかし、右二三条との関係はどうなのか。

小嶋博士は、右法律の制定過程にあって、実は、マグナ・カルタから説き起こし各国憲法の解釈をも参照しながら一般概括的委任を非とする井上毅と、それを「妄」と断ずる伊東巳代治との間に激越な憲法論争があったことを詳細に跡づけつつ、「惑へル哉論者ノ日本国憲法ニ於ケル 粗ナル哉論者ノ命令罰則案ニ於ケル 論者ハ……」に始まる伊東の口調には「勝者の立場からする敗者への蔑みさえみられる」(同四三二頁)と述べている。そこに至る過程には、廟堂における井上や伊東の役職や彼等を取り巻く政治的環境の変化があった。  無機質ないし中立的・客観的な言葉で表現され、一見整然と体系的に規定されている法典をみると、人はそこに人間の「情」や「意」をさしはさむ余地のない完璧な世界を想定しがちである。が、それがそうではないことは、まさに右の「ふるい一片の法律」の例からも知られるではないか。しかし、一見無機質な条文の背後にあるそうした人間的ドラマ性は、一体どのようにして我々に感得できるのか。この問に答えることは難しい。ただ、小林秀雄が徂徠を論じた次の一節を思い出すのみである。

「自己の現在を失ったものに、過去の人間の現在が見えて来る筈はないだろう。二度と還らぬ過去の人に出会うには、想像力を凝らして、こちらから出向かなければならないのだし、この想像力の基体として、二度と還らぬ自分の現在の生活経験に関する切実な味い以外に、何もありはしないのだ。……友を得る為には、友を自分の方に引き寄せればいい、そんな道が、友を失う道に過ぎないとは、生活経験に基く知恵には、はっきりした真理である」
 (『考えるヒント(二)』四七-四八頁、文藝春秋社・一九七五年)

「はしがき」としては異例のものになったようである。

「六法」といっても各種のものが出版されている。ただ、詳細な参照条文や判例を付するのが最近の傾向のようである。それはそれで大変有益なことであるが、他面では、法律を学習するにあたってやや複雑になりすぎて各法令の全体像がみえにくくなってしまったというきらいがないではない。

本「デイリー六法」は、参照条文を限定し、条文中心を徹底し、読みやすさを追求した。その際、収録法令は、基本法令に限らず、利用度・注目度の高い特別法令・条例および規則等にも及ぼし、併せて、巻末に関係統計資料等を掲載することによって、日本の全体的法的構造を把握できるように配慮した。まず法令自体を繰り返し読み見る中で、各人の学習と「生活経験」に即して”生きた”条文としていただきたいと願う。

本書の将来は読者と共にある。読者諸賢のご助言とご教示が得られれば幸いである。

一九九一年九月一日

編者を代表して

佐藤幸治

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