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民法学説百年史

編者 加藤雅信(代表)・池田眞朗・大村敦志・鎌田 薫・道垣内どうがうち弘人・水野紀子・山本敬三

10,000円 A5判 834頁 978-4-385-31473-0  (品切)

明治初期の民法起草準備期から1990年までに初出発表された(1998年までに単行本化されたものも含む)民法に関する主要論文と著書から、200の重要論文・著書を選び、現在、私法学会で活躍する気鋭の研究者による解説を行った本邦初の学説総覧。

1999年12月31日 発行




●『民法施行100年記念 民法学説百年史』

「ぶっくれっと142号」より

加藤雅信

 1999年12月31日の奥付をもって、一昨年来の二年以上にわたる編集作業の結果として、一冊の本が誕生した。別段この千年期を締めくくる本との自負をもっているわけではない。しかし、本のタイトルが『民法施行100年記念 民法学説百年史』というのであるから、千年期の十分の一、この100年間を締めくくりたいとの、ささやかなのだか、だいそれたのだかわからないような自負をもってはじめた編集作業であった。

 日本民法典は、明治31年7月16日に施行された。明治31年は1898年だから、昨年7月16日に民法典は100年目のアニヴァーサリーを無事迎えたことになる。その100年記念を念頭におきながら本書の編集にとりかかったのが、一昨年のことであった。同好ならぬ同考の士、数名に呼びかけ、民法学の100年を振り返る本を作ろうと、次のようなコンセプトを考えた。序文からの引用となるが、ちょっとここに紹介しておこう。

*  *  *

 本書は、この100年の民法学の歴史を、先学、同学の士の傑出したモノグラフィー、論文を通じて跡づけようとするものである。以下に述べるように、民法施行100年の歴史のなかで、学説の果たしてきた役割は非常に大きい。しかしながら、近時は判例研究隆盛の陰に隠れ、学説そのものに焦点をあわせる姿勢が、学界のなかで比較的希薄になってきたように思われる。それが、民法施行100年という節目にさいし、このような企画を考え、他の編集委員や出版社に呼びかけ、本書公刊へと向かわせた、最大の動機であった。判例に着眼したものとしては、『判例百選』をはじめとして枚挙にいとまがない。しかし、学説に着眼した類書は存在していないようなので、編集作業そのものは難航したが、その分、本書のもつ意義はかなり大きいのではないかと考えている。

 さきにも述べたように、ローマ法以来の西洋文化の結晶であるヨーロッパ民法が、わが国に移植されてからちょうど100年の歳月が流れた。大木の移植が容易ならざる作業であるのと同様、完成された法体系の移植は、これまた多大なエネルギーを要するものであった。もとより、この移植が法学者のみによってなされたものでないことはいうまでもない。

 制定された民法典の運営をこの100年間担ったのは、法学者であるとともに、法曹、また法を能動的に行使しようとする取引主体、被害者団体等でもあった。このような自覚的な運営にあたることはなく、法の適用を受けるという、ときに受動的な立場ではあっても、国民一般が民法典の運営に関与してきたのは当然のことである。

 しかし、まず第一期の問題として、西洋法を日本語の法典として結実させるのには、多大な法学者たちのエネルギーが必要であった。ボワソナードその他のお雇い外国人の大きな助力は受けながらも、西洋法を日本民法典に結実させるには、蘭学事始にも似たような努力がまずは必要だったのである。1889年7月16日に日本民法典は施行された。それから100年。この間、家族法を除いては大改正されることなく生き続けたこの民法典が、日本社会において果たした役割にはきわめて大きいものがある。民法典制定にあたっての日本政府の目的は、いうまでもなく不平等条約の改正のための背景整備にあったが、結果として日本における民法典の制定は、第一章に詳論したように、各藩ごとに分断されていた取引慣行や法規範を、日本列島全体を通じた単一の法規範に置き換え、日本列島の市場としての法的統一の実現を、民法典と商法典の制定が果たすこととなったのである。それがその後の日本の経済発展の、法的インフラストラクチャーとなったことはいうまでもない。

 法典がいったん成立した後の第二期にあっても、西洋法を継受しそれを日本社会に根付かせる必要があった民法典制定後の比較的初期の時代には、法学者の役割は絶大であった。法典という西洋法の骨格のみが輸入された状況のもとで、法学者たちは、学説継受というかたちで、西洋法のいわば血肉部分を輸入し、西洋法の国内法化のための先導的な役割を果たすことになったのである。

 第三期ともいえる民法典が日本社会に根付いてからは、民法典の社会内の運用は、個別具体的には、法曹と、法を能動的に行使しようとする取引主体、被害者団体等とによって担われ、それを法学者が集大成してきたといえるであろう。

 本書は、このような100年間における法学者の営為を、エポックメイキングな作品群を通じて、回顧するとともに、そのような歴史をふまえて、来るべき100年への展望を試みようとするものである。

*  *  *

 しかし、その言やよし、この想やよし、としてはじめた編集作業ではあったが、思いの外に編集作業は難航した。とにかく、編集委員間で喧々諤々の議論を重ねてはみても、肝心のどの作品をとりあげるかという点について、最終的に意見がなかなか一致しないのである。とりわけ、最近10年の作品について、評価が分かれるところが大きかった。10回近い編集会議を重ねた後、結局、評価が安定しない近時の作品はとりあげないこととし、1990年までに公刊されたもののみを対象とすることにした。そのような事情で、編集作業のもつれから、昨年7月の民法施行100年に出版をあわせることは不可能な事態にたちいたった。ただ幸運なことに、商法典の施行が民法典の翌年の明治32年6月16日のことであり、法務省が本年、民法・商法施行100周年の記念式典をとりおこなったので、まあなんとか本年中に出版すればと考えるにいたったのである。

 しかしながら、本書は、対象論稿数187、執筆者数146、総計844頁という大がかりな出版作業であり、執筆期限に間に合わない者も多いことむべなるかな、九九年最後の日に、かろうじて出版にいたったものである。

 もとより、多岐な内容をもつ研究書や論文を、限られたスペースのなかに紹介したうえで、それを学界史のなかに位置づけるというのは容易な作業ではない。そこのところを、多くの方々が本書の企画に快く賛同し、執筆してくださった。これらの執筆者の方々、同僚の編集委員諸氏、そして本書の作成にかんして多大なご尽力をいただいた方々に心から感謝する次第である。

 しかし、ひるがえって考えると、感謝の対象は今回この本の作成にたずさわった方々ばかりではないはずである。本書の前提には、この100年間の民法学の展開があった。なによりも、これらの著作を前提として本書は成り立ったのである。そのうえ、執筆対象に選定された本は、なんらかの意味でわれわれ編集委員がすぐれていると考えたものばかりであった。今回私が執筆を頼まれたのは、「自著自讃」であったが、今回われわれが出版した本は、「他著他讃」の書であるというべきであろう。

(かとう・まさのぶ 名古屋大学教授)

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