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  アメリカ憲法への招待 The Dynamic Constitution

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アメリカ憲法への招待  The Dynamic Constitution

リチャード=H=ファロン=Jr. 著、平地秀哉・福嶋敏明・宮下 紘・中川 律 訳

4,000円 A5判 376頁 978-4-385-32308-4

ハーバード大学ロー・スクールの教授が、その内容や歴史をわかりやすく解説したアメリカ憲法の入門書。比較憲法の学習はもちろん、その影響下にある日本国憲法の学習にも参考書として最適。

目 次   本書を手にしたみなさんへ
日本語版への序文
序 文   凡 例

2010年8月20日 発行



目  次

目 次

本書を手にしたみなさんへ ── iii

日本語版への序文 ── xi

序 文 ── xiii

凡 例 ── xxii

プロローグ Bush v. Gore ── xxiii

イントロダクション The Dynamic Constitution  1

歴 史 ── 2

制定当初の合衆国憲法の設計 ── 4

高次法としての合衆国憲法:司法審査の基礎 ── 8

Marbury v. Madison:司法権の永続的な象徴 ── 9

政治と司法審査 ── 13

連邦最高裁が合衆国憲法をどのように解釈するかに関する
 予備的考察 ── 15

司法審査の歴史的概要 ── 18

後の章の概要 ── 24

第1部 合衆国憲法が保障する個人の権利

第1章 言論の自由  30

現代の法理の基礎 ── 31

現代の法理の直接的起源 ── 33

表現的行動 ── 41

刺激的かつ不快な言論 ── 43

わいせつ表現などの保護されていない範疇 ── 44

商業的言論 ── 47

放送メディア ── 50

結社する自由、結社しない自由 ── 52

小 括 ── 54

第2章 信教の自由  59

国教樹立禁止条項概説 ── 61

公立学校における宗教 ── 63

宗教団体に対する政府の援助 ── 65

宗教活動の自由条項 ── 69

政府による宗教に対する自発的便宜供与 ── 73

宗教活動の自由条項と国教樹立禁止条項との間の緊張 ── 74

第3章 経済的自由の保護  80

初期の歴史 ── 81

第14修正 ── 83

実体的デュー・プロセス ── 86

現代の契約条項の法理 ── 90

収用条項 ── 91

小 括 ── 93

第4章 公正な手続に関する権利  97

刑事事件における手続的権利 ── 98

時、選挙、変化 ── 102

法典における法 対 実務における法 ── 104

民事事件における手続的権利 ── 106

行政手続におけるデュー・プロセス ── 107

第5章 法の平等保護  114

平等保護と合衆国憲法 ── 116

合理的根拠の審査 ── 119

人種と合衆国憲法:不快な差別 ── 121

人種と合衆国憲法:不均衡な影響 ── 128

アファーマティヴ・アクション ── 130

ジェンダーと合衆国憲法 ── 135

同性愛者に対する差別 ── 140

小 括 ── 143

第6章 基本的権利  148

基本的権利という考え方 ── 150

性的プライバシーあるいは性的自律 ── 151

Roe v. Wadeと妊娠中絶の権利 ── 154

同性愛者の権利 ── 157

死と末期に関連する権利 ── 161

家族に関する基本的権利 ── 163

小 括 ── 164

第2部 合衆国憲法が定める権力分立

第7章 連邦議会の権限  170

「憲法制定当初の理解」の要素 ── 172

法理と概念の歴史 ── 175

危機と修正 ── 176

レンキスト・コート:方向転換? ── 178

州と地方の政府に対する連邦議会の規制 ── 180

歳出権限 ── 183

小 括 ── 184

8章 執行権  187

Youngstown事件 ── 188

外 交 ── 191

内政における委任された権限 ── 192

議会拒否権と項目別拒否権 ── 194

任命と罷免 ── 197

第9章 司法権  204

司法権の性格 ── 206

司法権についての懸念 ── 209

司法権の限界 ── 215

第3部 合衆国憲法の統治構造と個人の権利の関係

第10章 選挙、民主政、憲法  222

投票権:「1人1票」に関する諸判決 ── 225

「1人1票」を超えて ── 227

少数者が多数者となる選挙区割 ── 229

票集計における平等 ── 231

候補者名簿への記載 ── 233

選挙運動における言論や資金の規制 ── 234

小 括 ── 238

第11章 州の権限の構造的限界とその結果として生じる個人の
     権利  241

連邦の権限や連邦法はいかにして州の権限を制限しうるのか ── 242

特権および免除条項 ── 243

「休眠中の」州際通商条項 ── 247

「市場参加者」としての州 ── 250

小 括 ── 251

第12章 戦争と緊急事態における憲法  254

戦争を始める権限 ── 257

戦時における連邦の権限 ── 259

戦争と個人の権利 ── 260

合衆国憲法とテロとの「戦争」 ── 263

憲法上の権利に対するいくつかの絶対的な制約 ── 266

小 括 ── 268

第13章 合衆国憲法と連邦議会の執行権の射程  273

ステイト・アクション法理 ── 273

「積極的」基本的権利の不足 ── 276

再建期の修正条項を「執行する」連邦議会の権限 ── 280

第14章 結 論  289

アメリカ合衆国憲法 ── 299

連邦最高裁裁判官一覧 ── 313

連邦最高裁「コート」構成裁判官一覧 ── 318

事項索引 ── 320

人名索引 ── 328

判例索引 ── 330

装丁:岡本健

組版:木精舎


本書を手にしたみなさんへ

 本書は、ハーバード大学ロー・スクールの教授で著名な憲法学者であるリチャード・ファロンの著作、The Dynamic Constitution: An Introduction to American Constitutional Law (Cambridge University Press, 2004) の全訳です。副題にあるように、本書は、ファロンが、法律の専門家ではない人たちに向けて、アメリカ憲法の内容や歴史を分かりやすく解説したアメリカ憲法の入門書です。

 この文章を読んでいるみなさんは、この書物を購入したかどうかは別にして、今、この書物を手にとっているでしょう。

 なぜ、みなさんがこの書物を手にとったのでしょうか。その理由を問えば、いろいろな答えがあるはずです。中には、この書物に関心はないけれど、大学の授業で教員によってこの書物が教科書、または参考書として指定されたから、仕方なしに手にしている方もいらっしゃるでしょう。何らかの形でアメリカという国に関心をお持ちで、それでこの書物を手にされている方もいらっしゃるでしょう。あるいは、日本国憲法がアメリカ憲法の強い影響を受けて制定されたという事情をご存じで、この書物を手にされている方もいらっしゃるかもしれません。

 このように、みなさんがこの書物に関心を寄せられる理由はさまざまだと思われます。書物との出会い方は多様です。みなさんには、みなさんの自身の関心にしたがって、この書物を読んでいただきたいと思います。それを邪魔するつもりはありません。

 アメリカ憲法は多くの国の憲法に影響を与えています。しかし、考えてみれば、それはとても不思議な話です。アメリカの憲法典は、前文、第1条から第7条までの条文、そして第1修正から第27修正までのいわゆる「修正条項」の3部から構成されています。前文を別にすれば、条文の数は修正条項まで入れてもわずか34しかありません。これに対してドイツの現在の憲法であるドイツ連邦共和国基本法は150近い条文から構成されていますし、フランスの現在の憲法である第5共和制憲法も90条近い条文から構成されています。また、わが国の憲法である日本国憲法は103条の条文から構成されています。ドイツやフランス、そして日本の憲法典に比べると、アメリカの憲法典は異常なくらいコンパクトに構成されています。

 しかもアメリカの憲法典は、他国の憲法に比べて、非常に古いものです。今から200年以上前の1787年5月、各邦の代表がフィラデルフィアに集まって4ヶ月かけて議論した結果、起草され、翌年発効しました。これに対して、日本やフランス、ドイツの現在の憲法典はいずれも第二次世界大戦後に制定されたものです。

 27回の改正をなすだけで200年間以上生き続けてきた憲法典、それがアメリカ憲法典です。姿や形を時々に変えながらも、長く生き続ける、妖怪のような憲法典と言ってもいいかもしれません。それを可能にしているのが、本書の主題である憲法をめぐるダイナミズムなのです。

 詳しくは、本書をお読みになっていただきたいと思いますが、ここでは今日に至るまでアメリカを悩まし続けている人種問題に絞って、アメリカ憲法のダイナミズムをご紹介しておきたいと思います。

 毎年7月4日は、全米各地で花火が打ち上げられるなど祝賀行事が催されます。アメリカでは7月4日は独立記念日という特別な日です。1776年7月4日、13の植民地の代表がフィラデルフィアに集まってイギリスからの独立を高らかに謳いました。この時に発せられた文書は、「独立宣言」と呼ばれていますが、主要なアメリカの観光地に行くと、どこでも「独立宣言」のレプリカがお土産として売られています。

 「独立宣言」は、「すべての人は平等に作られ、造物主によって一定の奪うことのできない権利を与えられ」ていることを「自明の真理である」としています。人はみな造物主=神の前では平等であるということです。しかしながら、このようにアメリカが宣言した際に、その「人」の中に黒人が含まれていたわけではありません。

 それは、「独立宣言」から12年後、アメリカが憲法典を制定した際の状況を見れば明らかです。憲法典を制定した当時、北部は奴隷制を維持することには反対でしたが、南部はプランテーション事業などで奴隷を労働力として必要としていました。憲法典は両者の妥協の産物だったのです。

 憲法典には「奴隷」という言葉は一回も出てきません。しかしよく読めば、憲法典が奴隷制の存在を前提にしていることがわかります。第1に、黒人奴隷の輸入に関する規定を見れば、そのことがわかります。第1条第9節第1項は「連邦議会は、1808年以前において、現存する州が入国を適当と認める人々の移住および輸入を禁止することができない」と定めていますが、「輸入」される「人々」とは黒人奴隷のことを意味しています。人は移住することはあっても「輸入」されることはありませんから、奴隷は人ではなくモノ扱いだったわけです。この規定は、1808年までは奴隷の輸入を禁止できないが、それ以降どうするかは未解決にして先送りしようという北部と南部の間での妥協を意味していました。1808年以前には法律で奴隷の輸入を禁止することはできません。では、憲法典を改正すればどうでしょうか。この方法も阻止するために、憲法の改正について規定した第5条において、「1808年以前に行われる修正によって、第1条第9節第1項および第4項の規定に変更をきたすことはできない」と定めて、1808年以前には憲法を改正して奴隷の輸入を禁止することをもできないようにしていました。

 第2は、目に付きにくいのですが、第1条第2節第3項です。これは下院議員の定数の配分に関わる規定です。アメリカの連邦議会は上院と下院で構成されていますが、上院議員については、第1条第3節第1項で「合衆国の上院は、各州から2名ずつ選出される上院議員で組織する」と定められていますから、上院議員の定数は人口に左右されません。人口が多いカリフォルニア州でも2名ですし、それよりずっと人口が少ない州でも同じく2名です。しばしば、この第1条第3節第1項は、もっとも非民主的な規定であると言われるのはこのためです。上院議員はまず何よりも州の代表であって、合衆国人民の代表という要素は二の次だと考えられているわけです。これに対して、下院議員の定数に関わる第1条第2節第3項は、「下院議員および直接税は、連邦に加入する各州の人口に比例して、各州の間に配分される。各州の人口とは、年期服役者を含み、納税義務のないインディアンを除く自由人の総数に、自由人以外のすべての人数の5分の3を加えたものとする」と定めています。上院議員の場合とは異なって「下院議員は、……各州の人口に比例して」配分されることになっています。北部も南部も配分される定数が多ければ多いほど政治力を持てるわけですから、北部も南部もともに自らに配分される議員の定数が多いことを望み、その算出基盤である「各州の人口」をどのように定めるかをめぐって激しい議論がなされました。両者の妥協の結果が先ほどの第1条第2節第3項の文言になったわけです。この条項の「自由人」とは奴隷ではない人間のことであり、「自由人以外のすべての人」は奴隷を意味しています。奴隷ではない人は1と数えられるのに対して、奴隷はその5分の3としてしか数えられないわけです。南部は、奴隷を人とは扱っていないにもかかわらず、この問題に限っては、1人の奴隷を1人の人間としてカウントし、そうすることで南部に配分される下院議員の定数を増やそうとしたわけです。もちろん北部は、南部に対して、南部は奴隷を人とは扱っていないのだから、この問題だけ人間扱いをするのはおかしいと主張しました。しかし、奴隷を5分の3として扱うことで北部と南部が妥協しました。

 このように、憲法典は奴隷という文言は用いてはいませんが、憲法典の制定当時奴隷制の存在は前提とされていたわけです。奴隷制の問題の解決は宿題として残されました。

 奴隷制の問題に決着をつけたのは、南北戦争後の憲法改正でした。一説によれば、南北戦争は、北部、南部あわせて62万人にも及ぶ死者を出した悲惨な戦争であり、世界大戦を含めてアメリカが行ったこれまでの戦争でアメリカ人の死者の記録でこれを超えるものはありません。奴隷制の解決には、それだけ多くのアメリカ人の血が流されたわけです。南北戦争後、制定された第13修正は明示的に奴隷制を禁止し、第14修正は法の平等保護などを規定し、第15修正は黒人に選挙権を付与する旨定めました。先ほどの第1条第2節第3項の奴隷制に関する規定も、その一環として第14修正第2節において廃止されました。第13、14、15修正の改正条項は、アメリカ合衆国を再建するという時代の改正を反映して「再建修正」と呼ばれることがあります。これにより、奴隷制は憲法違反のものとなりました。

 しかし、奴隷制の廃止によって人種の平等がアメリカにおいて実現したわけではありません。憲法が改正されて奴隷であった黒人に選挙権が付与されたにもかかわらず、南部はこれを様々なやり方で骨抜きにしました。たとえば、選挙権を行使する要件として「祖父条項」とか「読み書きテスト」を設けることがありました。前者は、選挙権を行使するためには、本人のおじいさんがアメリカ人でなければならないというものです。しかし、アメリカの黒人の多くはそれまで奴隷だったわけですから、おじいさんがアメリカ人であったわけではありません。また、「読み書きテスト」も、一見すると中立的であるかのように見えるかもしれませんが、それまで奴隷であった黒人は十分な教育を受けているはずもなく「読み書きテスト」に合格することは稀でした。つまり、「祖父条項」や「読み書きテスト」を選挙権行使の要件として課すことは、一見すると中立的でも、実は明らかに黒人の選挙権行使を阻止するものでした。そして、こうした措置によっても黒人による選挙権の行使を阻止することが出来ない場合に、最後の手段として用いられたのが、クー・クラックス・クラン(KKK)と呼ばれる過激な白人至上主義者たちによる黒人に対する襲撃やリンチといった生の暴力行使でした。

 また、そもそも本書第5章「法の平等保護」で記述されているように、「再建修正」という形で憲法を改正しようとした人々自身が、奴隷の解放とか解放された奴隷に一定の権利を付与することまでは考えていたとしても、今日的な意味での人種の平等を目指していたかどうかはわかりません。第14修正が制定された当時、白人と黒人を分離すること自体は違憲ではないと考えられていたふしがあります。南北戦争後も南部では、鉄道で白人専用、黒人専用と車両を分けたり、白人の学校、黒人の学校として人種によって学校を分離する、ジム・クロウと呼ばれる人種分離体制がとられました。黒人たちは分離することそれ自体が平等に反するという訴訟を起こしましたが、連邦最高裁判所は、1890年代に、白人と黒人を別々に取り扱うことがあっても、施設それ自体が平等でさえあれば、「平等保護」を規定した憲法には反していないという、「分離すれども平等」という考え方を示しました。しかし、実際には白人と黒人が分離されている場合、施設が本当に平等であったのかどうかはかなり疑わしいものでした。

 連邦最高裁が、この判決を覆し、公立学校において白人と黒人を分離すること自体が第14修正の「平等保護」に反して違憲であるとの判決を出したのは1954年のブラウン対教育委員会事件(ブラウン1)においてのことでした。

 この判決を生み出した社会的要因と考えられるものがいくつかあります。第1に、第一次世界大戦以降、北部の工場で労働力が不足し、南部の黒人たちが南部に比べて差別が少ない北部に大量に移住し、政治的発言力を獲得するようになりました。第2に、1930年代後半から特にスポーツの分野で、陸上のジェシー・オーウェンス、ボクシングのジョー・ルイス、メジャー・リーガーのジャッキー・ロビンソンなどの黒人のアスリートが活躍し、黒人の地位が向上しました。第3に、第二次世界大戦は、ユダヤ人を差別するナチス・ドイツに対して民主主義を掲げたアメリカの戦争でしたし、この戦争で黒人は、軍隊でも白人とは隔離されていたにもかかわらず勇敢に闘いました。第4に、第二次世界大戦で自分たちが勇敢に敵と闘ったにもかかわらず、帰国してみると相変わらず差別されることに憤りを覚えた黒人が人種差別撤廃運動を以前より活発に行うようになりました。こうしたこともあって徐々に人種関係にも変化の兆しが現れました。たとえば、1948年にトルーマン大統領は、公務員と軍隊における人種分離を廃止する大統領命令を出しています。第5は、冷戦です。冷戦と言うと、マッカシーズムなどの自由の規制を想起される方が多いかもしれませんが、少なくとも平等の分野では冷戦は平等をもたらす方向で作用しました。第二次大戦後、植民地から独立したアフリカの諸国が東西の何れの側につくかは冷戦の行方を左右するものでした。ソ連は、これらの独立国家を東側陣営に引き込むために、アメリカでは人種差別が行われているというキャンペーンを展開しました。これに対抗すべく、アメリカの国務省は、ブラウン事件で連邦最高裁は人種別学を違憲とする判決を出すべきであるとする旨の書面を連邦最高裁に提出しました。

 公立学校における人種別学を違憲としたブラウン判決は、たしかに画期的なものですが、判決をよく読んでみると、南部への刺戟を緩和する工夫がなされています。第1に、判決は人種分離が最初から平等に反していたわけではなく、状況が変化し、現在では学校での人種別学は平等に反しているという構成をとっています。南部にとっては、当時、人種分離は当たり前のやり方でしたから、これが最初から間違っていたなどと言えば、南部が反発するのは容易に予想できました。第2に、この判決は、人種別学自体は違憲であるとしたものの、ではどのようにすればいいのか、という点については判断を先送りしました。この点について判断した翌年の事件(ブラウン2)で、連邦最高裁は、「可及的速やかに」人種別学を解消するように命じました。これは、人種分離を解消するための時間的余裕をある程度南部に与えて、事をスムーズに運ぼうとする最高裁判事たちの思惑を示したものでした。

 しかしながら、最高裁判事たちのこうした努力にもかかわらず、南部はブラウン事件判決を批判し、激しく抵抗しました。ブラウン判決に対抗して、公立学校の閉鎖を命じる州法や義務教育要件を削除する法改正を行う州もありましたし、1956年の初頭にはブラウン判決は「司法権限の明らかな乱用」であり、判決に抵抗するあらゆる「合法的な手段」を採ることを宣言した「南部宣言」に大半の南部の上院議員、下院議員が署名しました。南部の州知事の中には裁判所の人種別学解消命令に対抗するために、学校に黒人が登校して来るのを、州兵を派遣して阻止する例も見られました。こうしてブラウン判決から10年経っても、南北戦争時に南軍側で闘った州で、白人と同じ学校に通う黒人の割合はほとんど増えませんでした。ようやく人種別学が解消されるようになったのは、公民権運動の影響を受けて人種差別を禁止した1964年の公民権法の制定と、公民権法に従って人種差別をしない学校区に対して連邦補助金を支給することを定めた翌1965年の初等・中等教育法の制定と、それらにしたがった連邦執行権の行動によるものだったと言われています。

 このように人種問題1つをとっても、憲法それ自体を改正したり、憲法を改正しないまでも憲法の解釈をめぐって激しい攻防が繰り返されるのがアメリカ憲法の特徴であり、その過程で憲法が改正されたり、憲法の解釈が変更されます。アメリカ合衆国憲法の序文は、「われら合衆国の人民は、より完全な連邦(more perfect Union)」を形成する目的で憲法典を制定すると宣言しています。この「連邦」というのを「アメリカ」だと読み替えて見れば、アメリカ憲法の歴史は、「より完全なアメリカ」を求めるべく、憲法あるいはそこに定められた基本的な価値を手がかりに、様々な諸勢力が司法や政治の場で争ってきた歴史だと考えることができます。その歴史はたゆまぬ進歩の歩みというわけではありません。進歩や後退が繰り返されてきました。

 ただ、アメリカ憲法の場合、日本国憲法とは異なって、憲法が支配的な勢力から全面的に攻撃されることはほとんどありません。あまり知られてはいませんが、アメリカ憲法典は「違法な憲法」であり、無効であると考えられる余地がないわけではありません。なぜならアメリカ憲法典は、その前に存在していた連合規約(Articles of Confederation)に違反して制定されているからです。連合規約は、規約を改正するには13の邦の立法府の一致した同意によらねばならないと定めているのですが、アメリカ憲法典はこれを無視して9邦の批准──しかも邦立法府ではなく、特別に召集された邦の憲法会議の批准──で制定されました。また、フィラデルフィアに集まった人々は連合規約の改正を目的に集められたのであって、新憲法を制定するために集められたわけではありませんでした。それにもかかわらず制定されたアメリカ憲法について、今日、これを「違法な憲法」だから無効であるという議論は一般にはほとんど聞かれません。また南部にとって、第13,14,15修正の「再建修正」は、南北戦争に敗れた結果、連邦への復帰の条件として批准を余儀なくされたもの──「押し付け憲法」! ──であるとの議論も少なくとも表立ってなされることはありません。

 アメリカはもともと多様な移民から構成された国家であり、人種・民族・宗教などの違いを超えて国民を統合する上で、「自由」や「民主主義」といった価値が大きな役割を負う「理念の共和国」です。これの理念は憲法に表明されています。今日では、すべてのアメリカ人が憲法の基本的な価値を受け入れた上で、その価値の具体的な内容や実現方法をめぐる争いを司法や政治の場で繰り広げていると言っていいと思います。

 本書は、こうした点を含めて、アメリカ憲法のダイナミズムをみなさんに堪能させてくれると思います。

 本書の翻訳者である4人の若手憲法研究者は、私が現在の勤務先に着任して以降細々と続けているアメリカ憲法の論文や書物を輪読する自主ゼミに所属している人たちです。一昨年の春に、彼らからこの書物を翻訳してみたいという相談をされました。日本の読者にアメリカ憲法を知ってもらうにはとてもいい書物なので翻訳することに賛成しました。本書は法律の専門家ではない人々を対象にしたアメリカ憲法の入門書ですが、読者層としてはアメリカ人を想定しています。そこで翻訳するに際しては、日本人にもわかるように語句の解説を加えたり、訳に工夫をしてほしい、という注文を彼らに出しました。また、各自翻訳の分担を決めた後、互いにチェックする体制を作りました。この書物が、みなさんのお役に立てれば、それは何よりも彼らの努力の成果だと思います。

 最後に、厳しい出版事情にもかかわらず、本書の刊行をお引き受けいただいた三省堂、特に企画から校正に至るまで丁寧に面倒を見てくださった黒田也靖さんに心からお礼を申し上げたいと思います。

2010年5月

一橋大学大学院法学研究科教授 阪口 正二郎



日本語版への序文

 本書が日本の読者のために日本語に翻訳されることは、私にとって大変名誉なことである。合衆国憲法は、世界の憲法の中でも非常に古い。制定当初の合衆国憲法は1787年に起草され、南北戦争(1861-65年)の直後の最も重要な修正条項はおよそ150年前に制定された。合衆国憲法は簡潔な文言で書かれていることや非常に古いことから、それを解釈し、18世紀の文言を21世紀の問題に適用する連邦最高裁の役割は極めて重要なものである。しかし、合衆国憲法を適用し適合させる連邦最高裁の役割は、合衆国においてさえ当然だと思われているほど十分に理解されているものではない。法律家を除くほとんどのアメリカ人は、「言論の自由」、「信教の自由」、「法の平等保護」とった憲法上の保障が何を実際に意味しているかについてほとんど理解していない。多くのアメリカ人は、連邦最高裁がこれらの憲法上の権利を解釈し、執行する際、連邦最高裁が何をしているかについての洗練された理解をしているわけでもない。私が本書を執筆した際、私の目的は法律家ではない関心をもったアメリカの市民が理解しやすいアメリカ憲法の説明をすることであった。

 本書をいまや日本の読者が手に取っていただくことを私は嬉しく思う。良かれ悪しかれ、合衆国憲法と連邦最高裁判所の判決は、他国の憲法の形成や解釈に大きな影響を及ぼしてきた。日本語版に翻訳された本書は、合衆国における憲法や司法の判断を理解したい読者に向けられているのみならず、比較と対照の基礎を提供するものでもある。読者は、合衆国憲法とそれを執行する司法の判決を日本国憲法や他国の憲法と比較することができるであろう。憲法を起草し、修正し、解釈する際に、世界中のあらゆる国の人々が、他国の憲法や解釈による実践から学ぶことができる。たとえ小さなものであったとしても、本書が国を越えた比較と理解を促進する役割を果たすことができるのであれば、私にとってこれ以上の喜びはない。



序 文

 本書は、法律家でない聡明な読者や法律家を目指している聡明な読者のための現代憲法の入門書である。本書は、多くの詳細を省いた適度に短い書物である。また、私は、平易な言葉で本書を執筆するように――あるいは少なくとも裁判所や法律家が用いる専門用語を本書のなかで用いる前にその用語を説明するように――最善を尽くした。しかし、本書は、読者に話のレベルを落して語ることや主要な考察事項を省略することはしていない。本書は、憲法の入門書を求める法律を学ぶ学生や知識を再確認したいと考える法律家に対してだけでなく、憲法に関心を抱く法律家でない者に対しても、知識を与えるとともに挑戦を挑むことを熱望するものである。

 私は、自分が憲法に関する書物に初めて出会った際の知的スリルを今でも覚えている。それは、私が大学の学部学生であった1971年の出来事であった。その書物は、1960年に執筆されたロバート・マクロスキー*1の“The Ameri-can Supreme Court”であった。長年にわたって、私は、法律家でない者から憲法の入門書を推薦するよう求められた際、通常、マクロスキーの書物を挙げてきた。しかしながら、私は、次第にこの書物を推薦することを躊躇するようになった。マクロスキーの書物の構成は、主に歴史に基づいたものとなっている。同書は、連邦最高裁判所の歴史を年代順に論じており、その論じ方は非常に流麗なものである。しかし、その際、一部の読者が望むその時々の憲法状況やそれをめぐる議論に関する明瞭な描写が試みられていない。さらに、“The American Supreme Court”は、マクロスキーのかつての学生の一人が章を追加して最近の展開を首尾よく要約しているものの、時の経過とともに次第に時代遅れのものとなってきた。マクロスキーの書物は、当然のことながら、今から40年以上前にマクロスキーが同書を執筆した時期の政治的・学究的関心を反映している。現代の読者のために21世紀に執筆されたアメリカ憲法の新たな入門書が必要とされているのである。

 21世紀の読者のための書物を執筆するにあたり、私は、同時に存在するいくつかの観点から、憲法を扱った。第1に、おそらく最も重要なことであるが、本書は、現代の憲法法理(constitutional doctrine)の基本的な概略を述べている。本書は、「連邦議会の権限」、「言論の自由」、「法の平等保護」、「戦争と緊急事態における憲法」といった標題の章において、連邦議会と大統領の権限、憎悪を煽る言論、人種やジェンダーに基づく差別、妊娠中絶、同性愛者の権利、アファーマティヴ・アクションなどの争点を扱った主要な連邦最高裁判決について論じている。本書は、これらの争点についてなぜ連邦最高裁がそのような分析を行ったのかを説明し、連邦最高裁裁判官の間での議論を記述し、将来の課題を予想している。

 第2に、本書は、主に現在に焦点を当てるものではあるが、現代の憲法法理と憲法に関する議論を歴史的な文脈のなかに位置づけている。ほとんどの章において、憲法の個々の規定の起草者や採択者が意図していたと思われる事柄を簡単に説明している。また、現代の憲法に関するより詳細な議論を行う前に、合衆国憲法の文言を解釈してきた連邦最高裁の歴史にも言及している。多くの場合、歴史は、その時々の政治的・経済的・文化的動向と密接に結びついていることが多いため、我々を魅了してやまないものである。いずれにせよ、それが生じた歴史的な文脈にまったく注意を払うことなく今日の法を理解することは、多くの場合、不可能である。

 第3に、本書は、アメリカの統治機構における連邦最高裁の適切な役割に関する議論に繰り返し言及している。国の経済を復興しようとするフランクリン・ルーズベルト大統領によるニュー・ディールの試みが保守的な連邦最高裁によって阻まれそうになっていた1930年代、連邦最高裁に対する批判者たちは司法の抑制を激しく求めた。多くの者が、裁判所は、疑いの余地が存在する場合にではなく、明らかに違憲である場合にのみ、立法を無効とすべきだと主張した。今日では、いわゆる「原意主義者」という別の学派が、連邦最高裁は憲法の個々の規定の「制定当初の理解」――憲法の個々の規定がその起草者や採択者にとって意味したもの――を堅実に執行すべきだと主張している。これに対して、さまざまな別の立場の者が、連邦最高裁は漠然とした憲法の文言を変化する時の要請に適合させることで重要な役割を果たしていると主張してきた。現代の法理を要約する際に、私は、以上のあるいはその他の対立する見解がどのように連邦最高裁に実際に影響を及ぼしており、また及ぼすべきなのかについて論じている。

 第4に、本書は、緩やかな意味での「政治的な」価値や関心が連邦最高裁の判断に影響を及ぼしているという今ではよく知られた見識に率直に取り組んでいる。新聞の読者であれば知っていると思うが、連邦最高裁には「リベラルな」裁判官と「保守的な」裁判官がいる。彼・彼女らは、ほとんどの事案においてリベラルあるいは保守とみなされても無理のない結論を下すことによって、こうしたレッテルを得ている。これは、説明を要する現象であり、無視されるべきでないし、否定されるべきでないことは言うまでもない。しかし、同時に、私は、司法の政治が単に形を変えた党派的な選挙政治に過ぎないとは思っていない。本書において、私は、連邦最高裁の判断がいかなる意味で「政治的」であるのか、また「政治的」ではない(あるいは少なくとも「政治的」であるべきではない)のかを説明するように努めている。

 この序文を終える前に、私は、おそらくもはや自明である事柄をはっきりと述べるべきなのであろう。それは、憲法は議論を呼ぶ(argumentative)主題だということである。確かに、さまざまな問題に関して一定の事実というもの――合衆国憲法が何と述べているか、連邦最高裁が過去の判決で何と判示してきたかなど――は存在する。しかし、法律家、関心の高い市民、そして連邦最高裁裁判官は皆、合衆国憲法がいかに解釈され、適用されるべきかについて、絶え間なく論じ合う。本書は、いくつかの点では、憲法に関する議論の外側に立って、その議論を公平な形で説明するように努めている。その場合であっても、一定の争点に関しては、私自身がその争点に関与し過ぎているあまり、真に中立的な観点を取れていないものもあるかもしれない。しかし、私は、別の点では、隠しだてすることなく議論に参加し、私自身の意見を示している。その理由は、そうせずにはおれないということ、無関心ではいられないということ、そして憲法が究極的には憲法に関する議論と不可分のものであるということにある。憲法を理解することは、その大部分は、憲法に関する議論に参加する方法を知ることである。本書が憲法の入門書として成功したことのしるしとして、読者が、何らかの点で、私の判断によって刺激されたと感じ、あるいは主張する力をもらったと感じてくれれば、それに勝るものはない。

 ある意味で、本書の作成には多くの年月を要した。本書は、約20年間にわたって私が行ってきた憲法に関する読書、憲法に関する執筆、そしておそらくはとりわけ憲法に関する教育を反映するものである。別の意味で、本書は、直接には、法律家でない者のための簡単な憲法の「入門書」を書いてはどうかとのマイケル・アロンソンの示唆から生まれたものである。彼の激励に大いに感謝している。エド・パーソンズは、本書の懐胎の極めて重要な段階で非常に有益な編集上のアドバイスを与えてくれ、最後まで貴重な手助けを提供し続けてくれた。さらに、初期の草稿を読んでくれた数多くの友人や同僚にも多くを負っている。デイヴィッド・バロン、アーウィン・チェメリンスキー、ジェシー・チョウパー、ヘザー・ガーキン、ケン・カーシュ、サンフォード・レヴィンソン、ダニエル・メルツァー、マーサ・ミノウ、フレデリック・シャウアー、マーゴ・シュランジャー、ロイド・ウェインレブに心から感謝する。本書にいかなる不足があったとしても、彼・彼女らのコメント・批判・示唆は、それがなかった場合に比べて本書をはるかに良いものにしてくれた。同じことは、私の非凡な調査助手であるマーク・フリーマンとジョッシュ・シーガルの働きについても言える。

〈訳注〉

*1 ロバート・マクロスキー〔Robert McCloskey(1916-1969)〕  アメリカの政治学者。1969年に53歳で亡くなるまでハーバード大学政治学教授を務めた。連邦最高裁の歴史を描いた著書“The American Supreme Court”を1961年に出版。同書は、彼の死後も、現在テキサス大学ロー・スクール教授であるサンフォード・レヴィンソン(Sanford Levinson)がその後の展開を補うことによって、版を重ねている(第2版:1994年、第3版:2000年、第4版:2005年)。



凡  例

1.本書は、Richard H. Fallon, Jr., The Dynamic Constitution: An Introduc-tion to American Constitutional Law (Cambridge University Press, 2004)の全訳である。

2.訳文中の合衆国憲法の条文は、原則として、初宿正典・辻村みよ子編『新解説世界憲法集〔第2版〕』(三省堂、2010年)に依拠しているが、訳文に変更を加えた箇所もある。

3.連邦最高裁裁判官名、大統領名は原語を示さずカタカナ表記としている。原語については、巻末の連邦最高裁裁判官一覧を参照されたい。また、その他の人名および事項については、原則として、索引に掲載したものについては原語を表記せず、索引に掲載していないものについては、読者の参考のため、訳語の直後に原語を(  )で示している場合がある。

4.判例名は、原則として、原語のまま表記している。

5.太ゴシック体の箇所は、原文中のイタリックによる強調に対応する。また、原文中で“  ”でくくられた部分については、原則として、「  」でくくっている。

6.原著者の注については、人名ならびに書名・論文名は原語のまま表記している。また、邦訳のあるものについては、適宜参照し該当箇所を示しているが、訳文は必ずしも邦訳に従っているものではない。

7.原著者の注以外に、必要と思われる箇所には訳者による注を付し、*で示している。

8.巻末の索引は、原著の索引を参考にしながら、訳者が独自に編集したものである。


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