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加藤雅信 著
2,100(2,000)円 四六 208頁 978-4-385-32121-9
著者が、四半世紀にわたって農耕社会、遊牧社会、狩猟採集社会、はては所有権概念のあり方を、文化人類学的に、法律学的に、また経済学的に検証し、「所有権がなぜ社会に発生したのか」について実証的に解明。
2001年2月 10日発行
はしがき
目次
●はしがき
所有権というものがいかなるものであるかは、ここであらためて説明するまでもないであろう。「この本は私のものだ」「この土地の所有者は彼である」等々。所有する、という言葉は、我々の日常生活のなかでも、ごく普通に使われるものであるし、実際、所有権は、社会のもっとも基本的な概念であるといえる。歴史を振り返ってみても、所有のあり方が、歴史の時代区分とされる奴隷制社会、封建社会、資本主義体制、社会主義体制等の社会形態、社会体制を決定してきたことがわかる。
ところで、これらの社会形態、社会体制を論じる研究は枚挙に暇がないが、そこでは、『所有権』という概念は「所与のもの」として存在していることを前提に、誰が何を所有しうるのか、という点から社会形態や社会体制が論じられてきた。著者自身が専攻している民法学の領域でも、所有権はもっとも基本的概念とされながら、所有権とは何かという問題はとくに論じられることもなく、すでに存在している所有権がどのように移転していくか等が論じられるにとどまっている。
しかし、本文でも述べるように、遊牧民が暮らすモンゴルの大平原では、社会のなかに土地を所有するという意識が存在していない。そうした例を眺めていくと、我々が所与のものとしてとらえている『所有権』という概念自体、どの社会でも完全に普遍的な存在であるとはいいがたいものであることに気づかされる。この本では、さまざまな社会における所有権概念のあり方を文化人類学的な見地から検証し、『所有権』という概念がいかなる条件のもとで社会に発生するのかという、文字通り『所有権の誕生』の問題を解き明かそうとしたものである。
基本的概念であることには誰も異議を挟まない所有権が、その発生という問題になると、なぜこれまで無視されてきたのであろうか。その理由は比較的単純である。所有権は、書かれた歴史が始まる以前に発生した。所有が社会に立ち現れたのは、社会に国家的な要素が「萌芽」として現れるのと時を同じくしており、所有と国家的体制とは――
別段エンゲルスに倣っていうわけではないが―― 車の両輪のように発生してきた。したがって、文献等から所有権の発生史を跡づけることは難しい。実証を重んじる研究者達は、法制史的な文献研究によって所有権概念発生の歴史をたどることはおよそ不可能である「不可知」ともいうべき領域には、基本的には立ち入ろうとしなかったのである。
著者が、所有権概念の発生という問題を、実証をふまえながらもたどることが可能なのではないかとの想を得たのは、二〇代の後半にチェロキ・インディアン国家の崩壊とその憲法とを扱った研究に接したときに始まる。それから四半世紀、書かれた歴史ではなく、主として文化人類学の領域に足を踏み入れながら、明確な土地所有権概念をもつ農耕社会、それがあいまいな焼畑農耕社会、土地所有権が存在しない遊牧社会と狩猟採集社会とを比較しながら、実証研究と結びついたかたちでの所有権概念の発生の問題を探究してきた。
詳しくは本文に譲るが、農耕社会における所有権概念の発生の基礎は、所有権者個人を保護することによって、まず社会構成員のそれぞれに農耕、農業投資へのインセンティブを与え、究極的にそれを通じて社会全体の農業生産の極大化をはかることにあった。また、農業社会が工業社会へと発展すると、特許権等の知的財産権が観念され、特許権者等の権利者個人を保護することによって、個別の社会構成員に発明等、新規テクノロジーへの投資のインセンティブを与え、究極的にそれを通じて社会全体の工業生産の極大化をはかることになった。このように考察をめぐらしていくと、近時脚光をあびている知的財産権概念も、基本的には、土地所有権概念とその構造はパラレルであって、同じ社会的な基礎を有していることがわかる。
この本は、権利発生の一般理論を、文化人類学的に興味をそそる世界各地を彷徨しながら生成していった、長年にわたる作業と思考の結果である。現在、著者は、民法の一般的な研究をするかたわら、「所有」「契約」「社会」という法人類学的、法社会学的な三部作の研究を行っているが、その第一弾として本書が世に出たことに幾分かのよろこびを感じるとともに、途半ばにいることの自覚をも新たにしている。
このような本書が成るにあたっては、実に多くの方々のお世話になった。これらの方々に心から謝意を表したいと思う。まず、本書は、ジュリスト一〇六九〜一〇七九号に連載した「所有権概念発生の構造・私論」を改訂したものであるが、ジュリスト論稿執筆にさいし本書の内容に対し文化人類学の観点から種々ご助言いただいた、名古屋大学大学院人間情報学研究科教授小谷凱宣氏、愛知県立大学文学部教授稲村哲也氏、さらに高校時代からの親しい友人で文化人類学を専攻している埼玉大学副学長の加藤泰建氏に心からの感謝の意を表したい。今回の本書出版にさいしても、加藤泰建氏からは種々のご助言を賜った。また、本研究における実態調査を最初に始めた頃、九州大学教授(現大阪大学)小林茂氏がネパール日本大使館に在籍しておられ、ネパール調査についてのみならず、文化人類学の観点からも種々貴重なご助言をいただいた。早稲田大学教授戒能通厚氏からは、雑誌論稿連載時に入会権の文献その他につきいろいろご教示いただいた。両教授のご厚意にも心から御礼を申し上げるとともに、本書の内容の個々の問題につき、ご教示を賜った数多くの方々に心から謝意を表したい。
さらに、一九九四年八月のモンゴル調査でお世話になったモンゴル憲法裁判所長官ソブド(Sovd)氏、モンゴル科学アカデミー東洋国際研究所所長バトバヤル(Batbayar)氏、モンゴル国立大学法学部教授ムンクジャガル(Munkhjargal)氏、在モンゴル日本大使館蓑輪靖博氏、調査にご同道、ご助力いただいた南山大学法学部教授青木清氏、同年一二月のネパール調査のさいにお世話になった、トリブバン大学教授パンデイ(Panday)氏、ネパール調査のあっせんをしてくれた、大学時代の友人で、数年前に山歩きの最中に若くして急逝した故村田彰二氏、ネパール・日本研究所所長ヴェルマ(Verma)氏、トリブバン大学講師
ヴァイディア(Vaidya)氏、資料収集ならびに通訳にあたってくださったリシ(Rishi)氏、一九九五年八月の中国雲南省のラオス国境付近で焼畑を行っている中国の少数民族であるハニ族の村の調査にご同道いただいた中国社会科学院法学研究所法社会学研究センター主任兼科研組織処処長高鴻釣氏、十数名の村民を代表するかたちで質問の多くに回答してくださった節氏、ハニ族の部落に仲介してくださった羅梅さん、通訳の労をとってくださった中国社会科学院助教授の渠涛氏、一九九七年一月から三月までの二か月半にわたる南米調査で、アマゾンからアンデスまでお世話になった何人かの通訳の方々に心から御礼を申し上げたい。
最後に、本書のもととなったジュリスト掲載論文の連載時にお世話になり、また転載を快諾してくださった有斐閣の後藤安史氏、奥貫清氏に御礼申し上げたい。また、雑誌論文を単行本化するにあたっては、専修大学助教授の田煌ー貴氏から種々貴重なご助言をいただいた。さらに、名古屋大学大学院博士課程の山田希さん、森嶋秀紀君が実に丁寧な校正をしてくださった。出版にさいしては、三省堂の佐塚英樹氏をはじめ、有賀俊朗氏らにお世話になった。本書は以上の方々をはじめ、実に多くの方々のご助力のうえにはじめて成り立ったものであるが、このような方々に心から御礼申し上げる次第である。
2000年8月30日
加藤 雅信
●目 次
◆プロローグ
第一章 所有権概念の源を求めて ――「所有権」誕生前の世界へ
草原の国モンゴル
モンゴル憲法とモンゴル土地法
「文明化されたインディアン」の世界
土地があり余った社会になると
灌漑をしたインディアンたち
コタンにて ―― アイヌ社会探訪
所有権なき世界 ―― 沖縄・久高島にて
焼畑農業の社会
日本の焼畑
アジアの焼畑社会
アジア焼畑社会における土地所有
南米の焼畑社会
オセアニア、アフリカの焼畑社会
非循環型の焼畑?
遊牧社会と土地所有
狩猟社会と土地所有
狩猟採集民・アボリジニ
第二章 土地所有権発生の社会構造
定着農業社会と焼畑農業社会
遊牧社会と狩猟採集社会
所有権発生の基礎
非生産財としての土地の場合 ―― ネパール・ラウテ族の社会から
非独占的、非排他的な不完全な所有権の存在
「木地屋文書」と所有権
伝統的な法律学における「所有権」論と較べてみると
土地に対する権利と水に対する権利
言語分析からみた「所有」の概念 ――インド・ムンダ族の社会から
第三章 入会権発生の社会構造 ―― 所有、非所有の中間形態としての入会権
わからない権利 ――「入会権」
ネパール探訪
ネパール・ヒマラヤにて ―― 土地の個人利用と共同利用
共同利用地に対する共同体的な規制の必要性
ネパールにおける二種の共同体的な利用形態
土地の高度差と土地利用
土地の生産性からみた、所有権、入会権、無主物の三段階構造
二種の入会権 ―― ネパールの場合と日本の場合
再度、チェロキ・ネイションへ
総有論のミニ公法人論としての性格
現代に息づくインカ帝国の世界
譲渡制限を受けた土地所有権 ―― 共同体の維持と私的所有権確立との相克
村落共同体と入会権
中国雲南省・ラオス国境付近の焼畑の村
入会権の解体
共同体の「きずな」と入会権・所有権
漁業権と入会権――捕鯨と漁業入会?
第四章 無体財産権発生の社会構造
無体財産権とは
無体財産権制度の社会的背景
ソフトウェア保護論争の法構造
「無体財産権」概念の社会的機能
無体財産権保護の国際的利害対立構造
知的所有権の侵害と日本
コピー商品の横行と将来の展望
第五章 「権利」の誕生
所有権概念の発生
入会権概念の発生
社会形態の差異が生む所有対象の差異
無体財産権概念の発生
「所有権」をめぐる若干の議論
◆エピローグ ―― 社会科学・人文科学の統合のなかから
参考文献
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