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  刑事訴訟法

はしがき

第2次世界大戦の終結とともに制定された新憲法の下,日本の刑事司法は,それまでの大陸法に倣った職権主義から英米法の当事者主義へと訴訟構造の転換が図られました。そして,非連続の連続のなかに「精密司法」の伝統に基づく刑事訴訟が長く実務において実践されてきました。

しかし,21世紀に入り,事前規制・調整型の社会から事後監視・救済型の社会へと社会構造の転換を目指し,「国民に身近で,速くて,頼りがいのある司法」の実現を図るべく,司法制度改革が断行されました。その主要な内容は,重大事件の公判への裁判員の参加,被疑者国選弁護人制度の導入,公判前整理手続の新設,即決裁判手続の導入,検察審査会の議決への法的拘束力付与などです。そして,2009年,その中のひとつである裁判員裁判が施行されます。これまで,わが国の刑事司法は,戦前の一時期施行された陪審を除いて,もっぱら職業裁判官による裁判制度でしたが,ここに市民参加の刑事裁判が登場することになりました。これはわが国における「刑事司法の革新」ともいうべき事態です。はたして司法制度改革で期待された成果が達成できるのか,これからの運用にかかっているといえます。

また,これまで刑事司法のなかで事件に深く関与しているにもかかわらず,刑事手続においてはその権利が尊重されてきたとは言い難いばかりか,充分な支援を受けられず,社会において孤立することを余儀なくされてきた犯罪被害者等の権利利益の保護を図るための立法も整備され,被害者参加制度が設けられました。

さらに,被疑者の取調べをめぐって,かねてより取調べの可視化が提案されてきたところ,警察では被疑者取調べ適正化のための監督に関する規則が制定され,一部ですが,警察・検察において自白事件について,取調べ状況を録画する運用も施行されています。

ところで,現行の刑事訴訟法では,刑事事件につき,事案の真相を解明し,刑罰法令を適正・迅速に適用実現することを目的としています。しかし,真相解明といっても,それは人間によって営まれる制度なので,おのずから限界があるといわざるを得ません。ことに,刑事手続において重要なことは,国家の権限行使が行き過ぎて,個人の自由を不当に侵害することのないように配慮することにあります。そのため,犯罪捜査においては,捜査機関による裁量的な活動を認めつつ,個人のプライバシーを保護するために,強制処分は中立・公平な第三者である裁判官によって発付された令状によることとされています。また,公訴の提起において,検察官の訴追裁量を認めつつ,その妥当な裁量権の行使のための方策を予定しています。そして,公判においては,検察官と被告人とを訴訟の主体と位置付け,充分な主張・立証,反論・反証の機会を保障し,裁判所・裁判員は公平な第三者としての判断者という地位にたつ当事者主義訴訟構造がとられています。このような基本構造を維持しつつ,刑事訴訟法の目的を実現するためにはどのようにすればよいのでしょうか。刑事訴訟法を学ぶにあたり,また実践するにあたっては,つねにそうした問題意識をもってもらいたいと思います。

今日の社会状況の変化には著しいものがあります。まさに「激動の時代」です。そして,司法制度も大きく変わりました。社会は,都市化され,情報化され,高度に発展しています。このような現代社会においては,多元的な価値の調和が求められています。しかし,社会の構成員がそれぞれに自己の利益を実現しようとすれば,そこには混乱と紛争が生じます。その結果,市民生活は不安定なものとなってしまいます。そこで,人々が安全・安心な社会に暮らしてゆくために「法」があります。

個人を尊重する社会にとって「法」はきわめて重要な意義を有しています。

自由で豊かな社会を目指し,秩序と平和を伴った社会を築いてゆくうえで,刑事司法がどうあるべきか,読者のみなさんとともに考えたいと思います。

最後になりますが,本書は,初学者の人から若手法曹までを意識して執筆しました。初学者の人は文字の大きめの本文を中心に読んでいただければ刑事訴訟法の概要がつかめると思います。法科大学院で学ぶ人は,論点や判例など,小さな文字のコメントとして書いた部分も併せて読んでいただければ,学習の助けとなると思います。また,随所に実務的な記述をしていますので,若手法曹の方にご参考になればと思います。

2003年,三省堂法律書出版部の井澤俊明氏から本書の出版のお話をいただき,軽い気持ちで引き受けたのですが,いざ執筆するうちにさまざまな刑事法関連の法律が制定あるいは改正され,また判例実務もダイナミックに動き,その都度書き直すことになってしまいました。しかし,そのたびに井澤氏は原稿を丁寧に査読してくださり,また貴重な意見をいただきました。ここに井澤氏に深く感謝申し上げる次第です。

また,布野貴史弁護士と脇まゆこ弁護士には,忙しいなか,校正原稿をチェックしていただき,さまざまなコメントをいただきました。お二人にも深謝申し上げます。

2009年1月

安冨 潔

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