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  学校教育裁判と教育法

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学校教育裁判と教育法

市川須美子 著

3,600円 A5 328頁 978-4-385-32135-6

学校事故、いじめ、個人情報、校則などをめぐる裁判事例を教育法学の視点から分析。子どもの人権侵害と教師の人権保障の一体性を重視しつつ、教育と法のかかわりをトータルに展望し、教育法学の可能性と役割を論述した決定版。

2007年 7月20日 発行

はしがき(抜粋) 著者紹介 目 次



●はしがき(抜粋)

 現在の教育に危機感を感じている人は多い。学校事故、いじめ、体罰、不登校、セクハラ、個人情報管理のずさんさと他方で何かことが起きた場合の情報隠し、学校の内にも外にも問題は山積している。一〇年後どころか、一年後さえ見えない不確かな社会で、教育のみが安定を保ちうるはずがないし、子どもたちの事件がおきるたびに、学校や教師のみが責め立てられるのは不当でもある。社会のゆがみは、大阪の池田小学校事件に典型的にみられるようにストレートに学校に反映している。しかし、私の疑問は、何かことが起きるたびに、学校は、親や子どもたち、地域と問題を共有し、起きてしまったことを取り消すことはできないけれど、原因を探り、同じような問題の再発を防止する方向をとらずに、ひたすら、情報隠し、責任回避に走ることが多いような気がすることである。

 学校教育にかかわる子どもたちの人権侵害を争う子どもの人権裁判は、突出した事例ではあるが、現在の学校が抱える問題の一側面を鮮明にしている。学校は、事件の起きる前も、起きてしまった後も、一般的に保護者に対しても、また、被害者に対してさえも、事実の解明と報告とについて、説明責任の意識が希薄である。学校を信じて説明を待っていた親は、期待を裏切られ、絶望を通して、他の手段に訴えることになる。学校を場として起きた事件を裁判で争うことは、一市民にとって大きな危険を伴うことである。地域からの孤立、敵視もしくは無視、他方では脅迫および嫌がらせ。地域にいたたまれず、転居せざるをえなくなったケースも少なくはない。それでも司法の場に解決を求める親たちは、ただただわが子に起こった事実、真実を知りたいという思いに突き動かされている。

 子どもの人権裁判では、学校・教師の行為の違法性を被害者の側が立証しなければならないので、学校・教師が敵側に回る。このことは、教育行政による教育への権力的介入に対し、教員組合を中心に行われてきた教師を中心とする国民対国家・行政という従来の教育裁判の枠組みとは大きく異なる。被害を受けた親と子どもにとっては、学校・教師が権力そのものに見えるし、まさに現象的には学校権力である。その点を一部の論者は、教師の教育の自由という教育人権否定の根拠としている。教師は国家権力の担い手であって、人権の主体などではありえないとする。教育の場での人権主体は子ども・親のみであって、教師に一定認められる裁量は職務権限に過ぎず、教師は子どもの人権のいわば反射的効果でその裁量が認められるに過ぎない。この主張は、学説としても憲法学を中心に有力な潮流となっている。

 しかし、自らの人権を否定された教師が、いかに子どもの人権を保障できるのだろうか。ここで、私は私の教育法研究の出発点となっているドイツ教育法の一研究者の「自由のない教師に自由を教えることはできない」という一文を想起せざるをえない。教師は、教育の場で、人権侵害を犯す危険性を持ちながらも、第一義的に子どもの人権保障主体である。教師自身の良心の自由・信教の自由が権力的に踏みにじられる場で、子どもの良心の自由・信教の自由のみが保障される余地があるのだろうか。このことを、最近行われた、君が代斉唱時の子どもの不起立を理由とする東京都の教師処分が如実に立証している。このような場合、子どもの良心の自由が侵害されないために、あるいは、子どもの良心の自由の侵害に加担しないためにのみ、職務上の義務として教師の抵抗義務が認められるとする説がある。教師を、一方で権力主体として国家権力の側に追いやりながら、すなわち、子どもや親との関係性を断ち切っておきながら、他方で、子どもの人権保障のためには権力内部の抵抗主体として位置づけるのは、矛盾ではないのだろうか。本書では、こうした思いから、教師の人権と子どもの人権との一体性を意識しつつ、子どもの人権を保障する教師の教育の自由・教師の人権論を追究している。

 本書は、一九八〇年代以降学校の場で日常化した子どもの人権侵害に対し裁判を通じて是正・救済を求めた子どもたちと親の事件を、教育法学の観点から分析した論稿を中心に構成されている。判例研究としては、個別ケースの分析と、一連の関連判例の集積に基づく論点整理と解釈提言を含む総括的・集約的判例分析との両者を含んでいる。教育法学は、教育というすべての人々がかかわる社会事象に権利義務関係という法的視角から分析を加える研究分野である。現在の教育が抱える問題に特効薬はないが、教育法研究から提起できるいくつかの論点は、少なくとも教育関係者が自覚的に教育実践の前提とすべきであるし、現に人権侵害にあっている子どもや親にとって、出発点を確認する役割は期待できよう。私は、意図的に教育法専門研究者でありたいと思って研究生活を続けてきた。本書の読者に教育法の重要性と教育法学の面白さを感じ取っていただければ、それで本書の目的の大半は果たされている。

 本書は、ここで取り上げたたくさんの教育事件関係者との対話から成立した。個別のお名前をあげることはできないが、事例研究での調査、教育裁判の意見書執筆や判例評釈の際の資料提供など、多くの教育裁判当事者・関係者のご協力に感謝したい。著者に教育法の扉を開いてくださった東京都立大学在学当時からの恩師である兼子仁先生は、本書の刊行を終始後押ししてくださった。

二〇〇七年五月

市川須美子



●著者紹介

市川 須美子(いちかわ・すみこ)

東京都立大学大学院博士課程単位取得退学。現在、獨協大学法学部教授(教育法、行政法専攻)

 〔主要著書等〕
『教育法学と子どもの人権』〈青木宏治・安達和志と共編著〉(1998年、三省堂)
『日本の自由教育法学――新たな集成と検証』〈兼子仁と共著〉(1998年、学陽書房)
『教育小六法』〈共編〉(2003年〜、学陽書房)



●目  次

はしがき

第一章 いじめ裁判の論点

第 1 節 新しい段階に入ったいじめ裁判
 一 第一次いじめ自殺ピーク期のいじめ裁判の到達点
 二 中野・いわき以降のいじめ裁判の経過と判例傾向
 三 第二次いじめ自殺ピーク期のいじめ裁判
 四 いじめ裁判の新しい論点

第 2 節 いじめ損害と学校責任――福島地裁いわき支部判決の意義と問題点
 一 いじめの実態と自殺との因果関係
 二 学校のいじめ対策義務と過失
 三 自殺の予見可能性
 四 過失相殺について

第 3 節 いじめ自殺の予見可能性――津久井町立中野中学校いじめ自殺事件第一審判決
 一 事実の概要
 二 判 旨
 三 いじめ判例としての本件の意義

第 4 節 性的いじめと学校――旭川市立中性的いじめ事件
 一 性的いじめとしての本件の特徴
 二 学校責任についてのいじめ裁判判例の到達点
 三 本件での学校責任のとらえ方
 四 学校・教師の性的いじめ対策義務
 五 学校の性的いじめ対策義務違反と被害の因果関係

第二章 体罰裁判

第 1 節 学校事故における学校・教師の責任
 一 二つの最高裁学校事故判決
 二 教育活動にともなう事故と校長・教師の責任
 三 いわゆる生徒間事故と学校の責任
 四 いじめ・体罰裁判と教師の責任
 五 教師の事故報告義務

第 2 節 体罰裁判の特徴と争点
 一 体罰の意義と法効果
 二 体罰的懲戒と自殺――高校生体罰的懲戒自殺事件
 三 水戸五中事件と体罰裁判の特徴
 四 有形力行使適法判例の危険性――大宮市立中出席簿殴打事件
 五 体罰概念と体罰後の対応――必殺宙ぶらりん事件
 六 静岡安東中事件と事実上の懲戒の限界
 七 学校内犯罪と教師の指導権限――学内盗難事件
 八 体罰と国家賠償法
 九 体罰被害の賠償責任

第三章 校則と子どもの人権

第 1 節 教師の教育権と子どもの人権――校則裁判と生活指導・懲戒権
 一 教師の教育権論の現段階
 二 校則裁判の特徴と論点
 三 教師の教育権の諸相
 四 校則の法的性質とその限界
 五 校則違反と懲戒
 むすび

第 2 節 校則裁判の現状と課題
 一 教育裁判としての「子どもの人権裁判」
 二 「子どもの人権裁判」のなかの校則裁判
 三 校則裁判の論点と特徴
 四 校則裁判の課題

第 3 節 長髪禁止規定と子どもの人権
 一 学校教育と子どもの人権の接触
 二 頭髪・服装規定と子どもの人権
 三 人権侵害的生活指導と親の教育権
 むすび

第 4 節 中学校校則の処分性――丸刈り校則訴訟最高裁判決
 一 事案の概要と判旨
 二 本判決の位置づけ
 三 中学校校則裁判の特質と訴訟形式
 四 校則の法的性質・処分性
 五 中学校校則裁判と訴訟要件

第四章 学校教育措置と教育裁量

第 1 節 公教育内容と法的責任
 一 公教育内容の区分とその法的性質
 二 教育内容を争う根拠
 三 ドイツの教育内容裁判
 四 子どもと親(父母)の情報請求権
 むすび

第 2 節 学校教育措置訴訟と子どもの人権
 一 子どもの人権裁判における学校教育措置訴訟
 二 学校教育措置と教師の教育権
 三 学校教育措置訴訟の分類
 四 教育評価過誤訴訟の論点
 五 障害者平等権訴訟の可能性
 六 市民的自由訴訟の展開

第五章 教育情報と学校

第 1 節 教育分野における個人情報保護
 一 問題状況
 二 情報二条例の教育分野の個人情報保護への影響
 三 教育個人情報保護の課題

第 2 節 学校の親に対するいじめ調査報告義務――いじめ調査報告義務訴訟を素材に
 一 学校の情報提供義務ないし調査・報告義務の法的根拠
 二 親の教育権の二相
 三 親の情報請求権
 四 判例上の事故報告義務
 五 いじめの特有性
 六 いじめ自殺の特殊性

第 3 節 教育情報と親の教育権――情報法と教育法の交錯
 一 子どもの人権裁判の情報裁判化
 二 情報裁判としてのいじめ情報裁判の論点
 三 教育裁判としてのいじめ情報裁判

第六章 子どもの人権と教師の人権の交錯

第 1 節 日の丸・君が代と子ども・教師の人権――福岡高校事件
 一 日の丸・君が代強制と福岡高校事件の特質
 二 学習指導要領の「法規性」と日の丸・君が代条項
 三 処分対象とされた行為の法的評価

第 2 節 生徒会誌切り取り事件と子どもの人権――桐生工業高校事件
 一 生徒会誌切り取りと子どもの人権
 二 教育内容職務命令と学習指導要領

第七章 教育裁判と子どもの人権

第 1 節 教育基本法改正と子どもの人権
 一 教育基本法と教育権論
 二 国民の教育権論と子どもの人権
 三 教育基本法改正と子どもの人権

第 2 節 学校教育と子どもの権利条約〈市民的自由条項〉
 一 市民的自由条項の意義
 二 子どもの権利条約の国内法的効力――条約の直接適用可能性
 三 校則による市民的自由の規制
 四 学校教育措置と市民的自由

第 3 節 教育裁判の展開と課題
 一 自主性擁護的教育裁判の展開
 二 条件整備的教育裁判の機能不全
 三 教育是正的教育裁判による子どもの人権侵害の告発
 四 体罰裁判
 五 いじめ裁判
 六 校則裁判
 七 学校教育措置訴訟
 八 教育情報訴訟

あとがき

引用判例一覧
初出一覧

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