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歴史と個性
一遍

歴史と個性 一遍

今井雅晴 著

1,900円 四六 216頁 978-4-385-35783-X (品切)

僧が女性を救うという「女人救済」は本当か。16年間の放浪の末、神戸で没した念仏僧の生涯をさぐり、旅に憧れる現代人の視点から「遊行の真実」を描く。最新の研究成果を平明な文章で書き下ろす。

1997年11月15日 発行

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●『一遍』

自著自讃(「ぶっくれっと」1997.9 no.126より)

今井雅晴

 一遍は鎌倉時代の念仏僧である。蒙古襲来の不安に満ちた社会のなかで、念仏による救いを説いた。彼が念仏に集中する態度は徹底していた。妻も娘も、衣食住もすべて捨て、毎日ただ念仏を称えて放浪した。「遊行」である。踊り念仏を始めたことも有名である。

 私の疑問の一つに、日本で念仏というとなぜ声に出して南無阿弥陀仏と称えること(称名念仏)が一般的になったか、ということがある。本来、念仏とは「仏を念ずる」のであり、阿弥陀仏や極楽浄土の様子を思い浮べること(観想念仏)であったはずである。

 もう一つ、一遍と一緒にいる尼の存在である。一遍には多くの人たちが行動をともにしていた。人数は数十人にも及んだ。しかもその半数は女性(尼)である。この尼たちはいったい何だろう。気の毒な女性たちを一遍が救いあげて遊行に同行させたのだ――これが従来からの理解である。でも、妻や娘を捨てた一遍が何で他人の女性を?

 「女人救済」「女人往生」ということばがある。鎌倉新仏教の特色をいう時によく使われてきた。僧があわれな女を救う。救う男と救われる女。だが、果たしてそうか。女は救われるだけの存在であったか。

 近年の女性史研究の成果では、当時は予想以上に女性の社会的・家庭的地位が高かったという。宗教上のみ、女性の地位は低く、救われていなかった、それが鎌倉新仏教に至ってはじめて手がさしのべられたとするのは、何かおかしくはないか。はっきりいって、「女人救済」「女人往生」はうさんくさい。

 だいたい、神祇信仰においては、女の方が男より神に近い存在ではなかったか。神のお告げを聞き、また人間の希望を神に伝える巫女のことである。それに遊女もいる。遊女は卑賤視されておらず、神に近かった。彼女たちは「あそび・め」で、「あそび」とは神に奉仕する神聖な行いでもあったのである。

 遊女の表芸はまず歌であり、次に舞であった。『平家物語』に興味深い挿話がある。ある時、平清盛は押しかけてきた白拍子(遊女)の仏御前に、「いかでか声をも聞かであるべき。今様一つうたへかし(とにかく歌声を聞かせてもらおう。ひとつ今様((当時の流行歌))を歌ってごらん)」と命ずる。

 仏御前の声はきれいで、歌はすばらしかった。清盛は「此の定では舞もさだめてよかるらん。一番見ばや(これならきっと舞も立派だろう。何か舞ってみせよ)」と舞わせると、これまた感動的な舞であった。彼はたちまち仏御前に夢中になった、という話である。

 きれいな歌声こそ遊女に必要であり、それは神と意志を通じ合わせる方法でもあった。

 こうして、一遍にとって尼はきれいな声で念仏を称え、仏に呼びかけてくれる存在だったのではないか、と私は考える。尼こそ必要だったのである。また静かな動きの「舞」が激しい動きの「踊り」に変わるのは容易である。踊り念仏のことである。

 神祇信仰において女の方が神に近い存在であるなら、仏教においてだって女の方が仏に近いとされても不思議ではあるまい。『日本書紀』によれば、日本最初の出家は女である。

 またこの話の筋道のなかに、日本で観想念仏より称名念仏の方が一般的になったことの解答があろう。ひいては、鎌倉新仏教の諸僧のなかで比較的遅く出た一遍が、神祇に近づき称名念仏に徹した理由もみえてこよう。

 さらにまた、鎌倉新仏教の前史である平安後期の仏教の把握も再検討すべきである。この時代の僧は堕落したといわれるが、そう単純な問題ではないと私は考える。彼らは懸命に努力し、貴族たちもその後押しをした。ではなぜ鎌倉新仏教が生まれたのか。それは本書のなかに試論を述べておいた。

 本書は新しい試みで一遍の伝記を述べたものである。それが十分に成果をあげたとは思っていないが、しかし未来を開く手がかりはつかめたと確信している。

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