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暗誦用CDつき
美しい日本の名文・名詩・名歌

美しい日本の名文・名詩・名歌

上野和昭 監修

1,800円 四六 216頁 12センチCD-ROM(70分)1枚 978-4-385-60220-X (品切)

いつまでも心に残る名作から、古典文学(18文)、近・現代文学(23文)、詩(23編)、和歌・俳句(55首)、漢詩(14編)の133作品を収録し、実力派ナレーターが朗読。それぞれ有名な個所の原文を右頁に掲げ、左頁に語釈、大意、作品誕生の背景、作者紹介、漢詩については日本文学への影響など、親切に解説。

2002年4月20日 発行


●監修のことば

 今年のニ月も末のある日、「日本のことば研究会」の野々村知氏から、「こんな本をCD付きで作りたい。ついてはその本の原稿とCDの試作品とを持っていくので監修してほしい」というお電話をいただいた。原稿は「日本のことば研究会」の先生方がお書きになったものだという。その研究会は『日本語トレーニング』という雑誌を毎月出しておられ、さきには旧知の蒲谷宏氏の監修で、講談社(ソフィアブックス)から、手紙や電話、面接などの作法書を刊行された。その蒲谷氏のご紹介もあったので、野々村氏には「とにかくお会いして、原稿を拝見しましょう」とお答えした。

 いま、日本の古典文学や近代文学の名作を、声に出して読んでみようという動きがある。とくに教育界では注目されているようで、中央教育審議会の報告にも触れられていたが、音読が大切だということは、なにも事新しく言い立てなくても国語の先生なら、みなさんそう思っておいでなのではないか。私も夜の高等学校で働いていた頃は、古典など得意になって読んで聞かせていたし、生徒に声を出して読ませもした。そんなことを野々村氏に申し上げたところ、今ではもう古典文など、どう読んでいいか分からなくなっているのだと教えられた。昔、古典の先生から教わった読み方を、今の若い人たちに伝えられなくなりつつあるのだとも言われる。そう言われてみると、現代仮名遣いならまだしも、歴史的仮名遣いで書かれた文章を、それなりの自信をもって音読することは、すでに何年も前から、大学生にも望めなくなってきている。日本文学を専攻する学生でも、古典の読み方は聞かないでくれ、というような者もちらほらいる。まして他専攻の学生ならば、まったく読めない者も多いに違いない。そんな学生が教員になることもあろうから、古典の音読教材を用意することも、けっして無駄にはならないだろうと思うにいたった。

 もっとも古典文学や近代文学の名文・名歌を声に出して読めるようになって、それにどんな意味があるのかとなると、それはまたそれで議論のあるところだ。また、朗読の指導には、単に声に出して読むだけではなく、作品理解から自己表現にまで至る、さまざまな段階があって、深く追究すればするほど、これでよいということはないものであろう。

 ところで、ここにいう古典の音読とは、それぞれの作品の成立時における日本語の発音を再現するということではない。紫式部が読んだら源氏物語をどう読むだろうという問題は、また別に研究されるべきもので、すでに金田一春彦博士の『朗読 源氏物語−平安朝日本語復元による試み−』(一九八六 大修館書店)がある。それでは、古典作品はどう読めばいいのかとなるが、それは現代語音で読めばよい。もちろん歴史的仮名遣いで記されているから、それを現代の読み方に変換すればよいだけのことである。

 変換規則のいくつかを挙げるなら、まず第一に、歴史的仮名遣いで書かれた語中尾のハ行の仮名は、原則としてワ行の音に読む(ハ行転呼音)。ワ行といっても「ゐ」「ゑ」「を」にあたる発音はア行の(イ)(工)(オ)でかまわない。だから、たとえば「かは〈川〉」は(カワ)、「言ひけり」は(イイケリ)と発音する。そのうえで、第二にイウという母音連続になったら、それは原則として(ユー)と読む。エウという場合は、同じく(ヨー)と読む。もちろんこの場合のイはイキシチニ・・・などの、工はエケセテネ・・・などの代表である。さきのハ行転呼音とあわせて考えると、たとえば「けふ〈今〉」は(キョー)、「悲しう」は(カナシュー)となって、結果は現代の発音と同じになる。第三は、同様にアウ・オウという母音連続になったら(オー)と読むということなのだが、これは語によって(アウ)(オウ)と文字のとおりに発音する人もいるので、一概に(オー)が正しいとまでは言えないようだ。CDや本文の注記では、たとえば「逢ふこともがな」(和泉式部)は(オーコトモガナ)、「薫ふが如く」(小野老)は(ニオーガゴトク)のようにしたが、これはそちらの方が伝統的な古典の読み方のようだからで、近代の作品では、この原則を緩めたところもある。(オー)と読むのは、江戸時代以来の国学者流の読み方が伝わっているのであろうか。格調はその方が高くなる。しかし現代人の読みとしては煩雑かもしれない。まして中教審のいう「幼少年期」の素読・暗誦に適するかどうかはわからない。あくまでもCDの読みは「一例」にすぎないのである。

 これについて、CDの録音で注意したことを、もう一つことわっておかなければならない。それは、なるべく感情を抑えた平明な読みをしてほしい、と注文をつけたことである。それでも「駅長さあん」と叫ぶところ(『雪国』)など、感情抜きには読めないから、吹き込んでくださった平さんも、さぞ苦心なさっただろう。したがって、CDの読み方はやや硬い。また、間の取り方にも研究の余地は残る。さらに文語のアクセントとなるとわからないことばかりで、そこは今回不問に付していただくしかない。開き直っていえば、このCDの読みは朗読・暗唱の出発点のようなもので、これを参考にして、それぞれで読み方をご研究いただきたい、ということになる。

 最後に、本書に収録された作品は「研究会」の先生方がお選びになったもので、私は一切関わっていない。ざっと見ただけでも満遍なくよく揃っている。散文だけでなく和歌や俳句も採り、さらには漢詩まで含めたのは面白い。また文部省唱歌から「児島高徳」を載せているが、平さんには歌っていただけばよかった。おそらく今では、曲を知る人の方が少ないであろう。ただ、数ある文部省唱歌のなかから、どうしてこの歌を選んだのかは知らない。「研究会」に、この唱歌をお好きな先生がおられたものとみえる。私の好みからすれば、斎藤茂吉の短歌や佐藤春夫の詩がないのは残念な気もするが、いずれ改訂の折にでもご検討いただきたい。

 この本は、はじめにも述べたように「日本のことば研究会」の先生方をはじめ、野々村氏、平拳氏、それにマコー技研の方々が苦心して作り出されたものである。私は、監修とは名ばかりで、CDの吹き込みに立ち会って意見を述べた程度でしかない。本文もざっと拝見したが、力及ばずに一部分、早稲田大学文学部助手のお二人、加藤邦彦氏と山本亮介氏の助力を得た。ここに記して厚く御礼申し上げる。

 二〇〇ニ年四月

上野和昭


●はじめに

 最近、日本人の目本語力が低下しているといわれています。漢字が書けない、読めないだけでなく、正しい敬語が使えない。「て・に・を・は」の用法が間違っている。アクセントやイントネーションがおかしい。……等々、いろいろ指摘されています。学校での国語の時間の減少、テレビのバラエティ番組の影響、コミック誌の氾濫、携帯電話など情報機器の普及など、原因はいろいろあると思いますが、重要なことは読書時間が減少していること、手紙や文章を書く機会が激減したことは軽視できない問題だろうと思います。

 ところで、私は中学時代の三人の先生のことが今でも思い出されます。古典、現代文、漢文をそれぞれ教えていただいたのですが、共通していたことがあります。それは、先生が、その日の教材をまず朗々と朗読してくださったことです。そして私たちにも大きな声で繰り返し読ませ、これを暗誦させたのです。はじめは語意も大意も理解できませんが、いろいろな文章や詩歌を暗誦し、口遊んでいると不思議なことに大体の意味が理解できてくるのです。もちろん辞書をこまめに引くことも心掛けました。

 こうしてリズミカルに覚えた文章や詩歌は、古典でも、近代の作品でも、あるいは漢詩でも、今も鮮明に脳裏に残っているのです。

 中国に「読書百遍、意、自ずから通ず」という諺があります。どんな難しい本でも、何度も繰り返して読めば、自然と意味が分かってくる、ということでしょうが、口遊むぐらい暗誦すると、文章であれ、詩歌であれ、絶対に忘れることはありません。

 去るニ月ニ一日に中央教育審議会が文部科学大臣に答申した「教養教育の主な充実策」でも、幼少年期に国語で素読や暗誦することを、幼少年期から大学にかけて多くの名作の読破を提言しています。暗誦がどれほど国語教育のなかで大切かは教育者にも共通した認識です。

 この美文との出会いや暗誦が手引きになって本を選ぶ指針となり、読書する習慣がつき、ひいては、文章を書いたり、読んだりすることがあまり苦にならなくなると思います。

 日本には古事記や万葉集から現代の作家のものまで、文章や詩、和歌、俳句などに思わず口遊みたくなる、ひじょうに美しく、心温まる作品品がたくさんあります。また、中国の漢詩のなかにも日本人の琴線に触れる美しい詩がいくつも残されています。

 本書は、これらの古今の文学作品、詩、和歌、俳句、漢詩から、いつまでも心に残る美しい作品、有名でしかも暗誦しやすい個所を精選し、解説を加えたものです。

 その数は、古典一八、近・現代作品二三、詩二三、和歌三ニ、俳句二三、漢詩一四にのぼりました。もちろん、紙幅の関係で取り上げられなかった秀作はほかにも数多くありますし、能や芝居の台詞、百人一首、かるた、格言、俚諺などにも、ぜひ読んでいただきたい作品がたくさんあります。

 そして本書のもう一つの特色は、音韻史を専攻される上野和昭先生のご指導により、暗誦用のCDを添付したことです。原文をそのまま暗誦するのに最適の教材になりますが、このCDを聴いているだけでもその美に陶酔させられ、文学への興味も湧いてくるはずです。

 原文の詠み方から解説にいたるまで、濃かなご指導を賜りました上野和昭先生、加藤邦彦先生、山本亮介先生に心からお礼を申し上げます。また、吹込みにご協力いただいた平拳氏、マコー技研株式会社の皆様にあわせてお礼を申しLげます。

 二〇〇ニ年四月

日本のことば研究会 代表・野々村 知


●監修者・著編者紹介

上野和昭(うえのかずあき)

一九五三年、新潟県上越市(高田)に生まれる。早稲田大学大学院文学研究科博士(後期)課程満了退学。現在、早稲田大学文学部教授。専攻は、国語学・日本語学(音韻史・アクセント史。主な編著書に、『日本語アクセント史総合資料 索引編・研究編』(共編、東京堂出版)、『平家正節声譜付語彙索引』(アクセント史資料研究会)、『日本のことばシリーズ徳島県のことば』(責任編集、明治書院)などがある。

日本のことば研究会

月刊雑誌『日本語トレーニング』を執筆するため、一九九九年に結成された公・私立高等学校の現役教諭 で構成する国語研究グループ。 ※編著に『漢字の雑学なんでも事典』(三笠書房)、『実戦・実用 日本語 トレーニング』(講談社)がある。


●収録作品例

古典文学

「落花の雪に踏み迷ふ交野の春の桜狩り…」(太平記)ほか、古事記、土佐日記、枕草子、竹取物語、源氏物語、平家物語、徒然草、奥の細道、曽根崎進中など。

近・現代文学

「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。…」(雪国)ほか、雁、浮雲、五重塔、金色夜叉、吾輩は猫である、草枕、瀧口人道、破戒、夜明け前、暗夜行路、杜子春、伊豆の踊子、羅生門など。



「山のあなたの空遠く、「幸」住むと人のいふ。…」(海潮音)ほか、孝女白菊の花、若菜集、落梅集、人を恋うる歌、みだれ髪、道程、智恵子抄、邪宗門秘曲、思ひ出、落葉松、杼情小曲集、雨ニモ負ケズ、山羊の歌など。

和歌・俳句

「東風吹かばにほひおこせよ梅の花……」(菅原道真)ほか、大伴家持、紀貫之、清少納言、賀茂真渕、本居宣長、良寛、正岡子規、若山牧水、北原白秋、寺山修司、与謝蕪村、松尾芭蕉、小林一茶、高浜虚子、山口誓子など。

漢詩

「春眠暁を覚えず処処啼鳥を聞く…」(春暁/孟浩然)ほか、詩経、陶淵明、李白、杜甫、韓兪、白居易、杜牧、蘇軾、朱子など。


●見本ページ

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