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| 泉麻人の なつかしい言葉の辞典 |
泉 麻人 著 1,470(1,400)円 新書変型 200頁 4-385-36098-7 (品切) 昭和30年代とその前後、地域の子ども社会を中心に流行した数々のことばたち。マスコミの影響も少なかった時代、それらの流行語は時代を映し出す風景そのものであった。象徴的な60項目を取りあげる。 2003年10月15日 発行
●まえがき この数年、言葉(日本語)をテーマにした本が話題になっているようです。そんな"日本語本ブーム"のさなか、三省堂の伊藤雅昭氏から「泉さんの世代にとって、なつかしい言葉を集めたような本を書いてみませんか……」などと依頼されました。 なつかしい言葉か、う〜む……。 僕はまず、幼少期の昭和三十年代、思春期の昭和四十年代、大学に上がる昭和五十年代、くらいまでの"時代枠"を作って、思い浮かんでくる流行語や俗語、の類いを書き出してみました。 シェー、ガチョーン、びっくりしたなぁもう、イカス、シビレル、やったぜベイビー、どっちらけ、なんちゃって……。 しかしどうも、そういったマスコミを媒体に世に広まった、いわゆる「流行語」の諸々というのは、それほど「なつかしい」という感情が湧きあがってこない。死語辞典、のような切り口ならば、作りようもあるけれど、郷愁の琴線にジン、とふれるものが感じられない。書き出しているうちに、流行語とまではいえない、往時の子供まわりの常套文句のいくつかが浮かびあがってきました。 デブデブ百貫デブ…。おまえのかーちゃんデベソ。オーカネだヒロオか、ヨシだ。ウダガワウンコロモチウネモトウネジ…。 そうだ、そうだ、こういう奇妙な呪文みたいな文句がいろいろとあったものだ。出所はハッキリしないけれど、カン蹴りとか手打ち野球をやった、原っぱや路地裏の景色がリアルに回想されてくる。カン蹴りといえば、あの遊びで使っていた「ポコペン」って決まり文句も不可思議だったし、ちょっとモメごとが生じたときに、誰かが必ず口走る「絶交だ!」なんて物言いも、なつかしい。このセンでまとめてみようではないか……。 というわけで、主に僕の子供時代(昭和三十年代後半〜四十年代はじめ)の"ご近所"の風景が浮かんでくるようなフレーズ、の数々を思い起こす作業に励んだわけであります。 小学校の始業式で靴の踏み合いから大ゲンカして仲良しになった石川クン、髪を横分けにしていたキザな山崎クン、とりもちでセミを採ってくれたサオダケ屋のヤッちゃんという兄貴分、ハシカや水ぼうそうのときに黒カバンを提げて往診にやってくる小児科医のタカスギ先生、ヨーモトニックを頭にバサバサ振りかけていたヒデヤおじさん……そんな身近にいたキャラの面々の風体、その舞台である近所の路地、わが家の茶の間……記憶のビデオを再生するように、言葉の摘み出しを進めていきました。 とはいえ、喋り言葉だけではコマに限りがあります。名詞(生活用具をはじめとした固有名詞など)のなかにも、なつかしい響きをもつ言葉がいくつか思いあたる。 蚊帳、肝油、懐中じるこ、石綿金網、ひまし油、幻灯会……。消えた風物、あるいは廃れた呼び名でなくても、いまも時折見掛ける夏の季語「納涼」、蚊の幼虫を表わす「ボウフラ」なんて言葉には、なんとなく昭和三十年代調の郷愁感をおぼえるものです。 ボウフラをフューチャーしておいて、ウジ虫をなぜ入れない、と文句を付けられても困るのですが、ま、その辺の"選語"の基準は趣味の問題、としかこたえられません。 では、次の目次のページをめくってみてください。言葉の並びの背景に、なつかしい商店街や路地裏の光景、などを重ねていただければ幸いです。 ●目 次
●あとがき 辞典、と表題に付けたこともあって、五十音順に並べてみました。結果的に最後が「霊柩車」というオチもつきました。 取りあげた言葉の数は、キリのいいところで「六十語」としたわけですが、こうやって〈あとがき〉を書いていると、うっかり拾い忘れたようなフレーズがいくつか浮かんできます。 たとえば、最近"納豆メーカー"の昭和三十年代調のCMでも使われている「ちがわい」なんて物言い。「おいら」とか「ちがわい」なんて物言いをする子供は、もはや僕のまわりにはあまりいませんでしたが、幻灯会で観せられた児童映画の少年たちというのは、だいたいそういった語り口をしていたものです。 この本の執筆中、データ収集の意味合いもあって、CSの映画専門チャンネルでやっている古い邦画を積極的に観ました。本文で紹介した「ちぇっ」とか「しょってる」とかは、昭和三十年代の娯楽映画によく出てくる代表的な若者言葉ですが、他にも「あ〜ら、現金ね」とか「調子くるっちゃうな」とか、ポマードてかてかの宝田明の顔が浮かんでくるようなフレーズがいろいろあります。 そんな往時の映画に出てくるフレーズのなかで印象に残ったのが「まぁ、大変」という物言い。清純な新妻に扮した原節子、杉葉子あたりが酒席で男に「奥さん、きれいですね」などと口説かれたとき、「まぁ、大変」なんていって躱すわけです。へぇ、あんなシチュエーションで「大変」なんて言葉を使って、ぼやかす話法があったのだ……と感心しました。「まぁ、大変」はともかく、頭に「まぁ」と付ける女性言葉も、すっかり消滅した感があります。 新聞の記事やニュースのナレーションによく使われた、なつかしい言葉というのもいくつか思いあたります。 「すわ大惨事」「またぞろニセ千円札騒ぎ」なんて見出しが、昭和三十年代当時の社会面には目につきます。近頃ビデオ化されている、往年のニュース映画の類いを眺めていると、たとえば新潟の田んぼで天然ガスが発掘された、埼玉の宅地造成地から江戸の小判がザクザク出てきた……などの映像にノセて「村の住民たちは時ならぬ天然ガスの出現に、寄ると触ると大騒ぎ……」なんて解説が、古風な名調子で語られます。 とまぁ、思いついた"なつかし語"を書き出していったらキリがない。今回は、とりわけ個人的なエピソードが張りついた言葉をピックアップした、という次第であります。 そして、作業のとっかかりで実に役立ったのがインターネットという装置。「えんがちょ」でも「百貫デブ」でも「オスメスキスパンツ……」でも、大方のフレーズは"検索の窓"に打ちこむと、何らかのコンテンツが現われる。ハイテクな装置のなかに、なつかしい路地裏が保存されている……不思議な時間を堪能しました。サイト名までは記載しませんが、この場を借りて、そういったネット上でなつかし語の研究、調査を展開されている皆様に、厚く御礼申しあげます。 それから、絶妙なタッチの挿画を頂いた佐伯克介画伯にも御礼を。昭和二年生まれの大先輩、佐伯氏は昭和三十年代当時、学習図鑑の挿し絵や紙芝居(黄金バットのニセモノなどをよく描いていたらしい)の世界で腕を振るわれていた方。氏の挿画によって、言葉まわりのなつかしい景色が見事に甦りました。 |