ことばは人を育て、未来をきりひらく知の源です。三省堂はことばをみつめて135年 サイトマップお問い合わせプライバシーポリシー
三省堂 SANSEIDOトップページ 三省堂WebShop辞書総合サイト Wrod-Wise Web教科書総合サイト ことばと教科
辞書教科書電子出版六法・法律書一般書参考書教材オンラインサービス
書名検索漢字かな著者名検索漢字かな詳細検索
新刊・近刊案内
メディアでの紹介
本の注文
書店様専用
大学向けテキスト
卒業記念
名入れ辞書
品切れのご案内
「ぶっくれっと」アーカイブ
会社案内
採用情報
謹告
三省堂印刷
三省堂書店へ
三省堂書店はこちら
声に出して読めない日本語。
「ほぼ日刊イトイ新聞」
(『大辞林』タイアップ・サイト)
  ラテン語・その形と心


ラテン語・その形と心

風間喜代三 著

2,800円 A5 288頁 978-4-385-36252-6

EU統合を象徴する言語として、ラテン語があらためて見直されている。言語的な視点と文化史的な視点を自在に織りまぜつつ、碩学がラテン語の世界を懇切に案内する。学習者待望、最新・最高の初級ラテン語入門。

2005年12月20日 発行

ラテン語とはどんな言語か(冒頭) 目次 あとがき 見本ページ(III 型曲用の形容詞) 見本ページ(動詞の接続法,非人称動詞) 雑学のよろこび1(古代ローマ人の食事) 現代の諸言語にもよく使われるラテン語の慣用表現 文法事項索引 語彙集 古代イタリアの言語分布

ラテン語とギリシア語
オウィディウスで ラテン語を読む



風間喜代三(かざま・きよぞう)

東京大学名誉教授。
1928 年,東京生まれ。東京大学文学部言語学科卒業。
東京大学教授,法政大学教授を歴任。
専攻,言語学・インドヨーロッパ比較言語学。
《著書》本書と関連する『ラテン語とギリシア語』(三省堂)のほか,『言語学の誕生』(岩波新書),『印欧語親族名称の研究』(岩波書店),『ことばの生活誌』(平凡社),『ことばの身体誌』(平凡社),『印欧語の故郷を探る』(岩波新書)など。



●ラテン語とはどんな言語か(冒頭)

 本書の主題であるラテン語(英Latin language)は,古代のローマ人が話していた言葉である。それを「ラテン語」というのは,ローマをふくめたその南東部一帯がラティウムLatium とよばれていたので,その地名の形容詞「ラティウムの」latīnus を使って,自分たちの「言葉」lingua(女性名詞)を「ラテン語」lingua latīna(latīna はlatīnus の女性形)と話し手がよんだからである。現在の英語のLatin language, フランス語のla langue latine はこれに由来している。

●古代ローマのなごり

 ギリシアとともに西欧の古典文化の一角を担った古代ローマは,のちのこの国の歴史家によると,紀元前753 年に建国された。はじめはあのテヴェレ河畔の7 つの丘のある小さな町にすぎなかったローマが,徐々に近隣の諸都市を攻めとり,前3 世紀の半ばからはセム系のフェニキア人の建てた植民市カルタゴと3 回も戦いを繰り返し,ついにハンニバルの率いるこの大国を打ち滅ぼした。これによってローマは,シチリア,スペイン,そして対岸のアフリカにかけての広い地中海域を支配下に収めることができた。その後は名将カエサルの下,政治の体制は共和制から皇帝を中心とする帝政に変わっていったが,その間にヨーロッパから小アジア,アフリカに及ぶ大帝国が築きあげられた。ローマ人は武力による征服と同時に,その進んだ文化を各地の未開の人々に伝えた。しかし相つぐ戦乱と皇帝の交替によって政治は中心の力を失い,その結果,この国の組織は徐々に崩壊していく。そして4 世紀のはじめには,コンスタンティヌス大帝が,乱れた社会秩序の回復をねらってか,キリスト教を国の宗教として認めたが,やはり混乱したこの国の再興はならなかった。とはいえキリスト教の普及は,その後の中世ヨーロッパ世界とローマを深く結びつける絆となった。そしてラテン語という言語が,その絆を支えるのに大きな役割を果たすことになる。というのは,このローマ人の話していた言語は,東のビザンチン世界のギリシア語と並んで西のカトリック教会の公用語として認められ,同時にヨーロッパの学術上の共通語として,長く西欧の社会においてもっとも重要な言語として尊重されたからである。

 しかし,ラテン語は古代ローマ人の言葉であり,その意味では死語である。したがって現代のわれわれにとって,その世界とは大きな隔たりがあるのは事実である。とはいえ,ふり返ってみると,現代でも意外なところに昔のローマ人の足跡を認めることができる。イタリアはもちろん,ヨーロッパ各地にローマ人がつくった劇場や橋の遺跡,そして個人の残した碑文があり,数多くの地名も歴史をたどればローマにつながる。それはお膝元のローマからはるかはなれたところにも,認められる。たとえば,ライン川をずっと下った北ドイツの都市ケルン。オーデコロン(英,フランスeau de Cologne「ケルンの水」)という化粧水で有名であり,戦災後に見事に復興されたあのゴシック大聖堂でも知られる都市。このドイツ語でKöln という名前は,じつはラテン語のcolōnia Agrippīna(またはAgrippīnensis)のcolōnia コローニア(英colony)に由来している。それでは,その後ろにつけられたアグリッピーナとは何かというと,これはローマの将軍ゲルマニクスの娘の名前である。ゲルマニクスはティベリウス帝の養子としてゲルマン人との戦いに武勲をあげたが,若くして謎の死をとげた人。その娘アグリッピーナは結婚して,のちの皇帝ネロの母となったが,離婚して叔父のクラウディウス帝と再婚した悪名高き女性である。この女性は15 年11月6 日,当時ローマの大隊の駐屯地だったこの町に生まれた。そして50 年に夫となったクラウディウス帝がここをローマのcolōnia「植民市」とするにあたって,妻を讃えてその名を冠し「植民市アグリッピーナ」としたという。ところが,なぜか肝心の後ろに添えられた彼女の名前が消えて,colōniaという普通名詞がこの町の名前になってしまった。これは,まったく言の偶然の選択によるものであり,同じような例は言語史のなかではめずらしくない。ちなみに,ケルンと同様にローマ軍の駐屯地で,90 年にcolōniaになったLindum colōnia は,現在のイギリスの中東部の都市Lincoln だが,ここでは2 つの語の頭の部分が1 つに融合している。Lindum は,この地に住んでいたケルト系の話し手の語彙で,「水,湖」に関係があるらしい。アメリカ合衆国のリンカーン大統領も,その名前には古代ローマのなごりをとどめていることになる。このように,ヨーロッパの地名や人名などの固有名詞には,その源をたどるとローマとラテン語に結びつくものが少なくない。ということは,現代にまでローマはひっそりと生き続けているといえるだろう。

 先史時代からローマ時代にかけて中部ヨーロッパに勢力をもち,ローマをも脅かしたケルト人や,ライン川の彼方の森の奥深くに住んでいたゲルマン人たちの地名や生活を知ろうとしても,彼ら自身はその記録を残していない。おそらく彼らは,それを書きしるす手段をもたなかったのだろう。したがってわれわれは,ここでもカエサルやタキトゥスなどのローマ人,そして同じ時代のストラボンをはじめとするギリシア人の克明な記録にたよらざるをえない。そのおかげでヨーロッパの広い地域がローマと結ばれていたことがわかるのだから,そこに介在するギリシア語とラテン語,とくに地理的にも時代的にもヨーロッパ世界により近い後者の存在を無視することはできない。

●ラテン語の位置

 強い軍事力と政治力によってローマは広い地域を征服するとともに,言葉のうえでもラテン語の勢力を拡大した。その結果,為政者であるローマ人の言葉はイベリア半島からガリア,そして東はダキアとよばれていたルーマニアの住民にまで受け入れられて,ここにいわゆるロマンス語と総称される,ラテン語の子孫が誕生する。これが今日のイタリア語,スペイン語,ポルトガル語,フランス語,ルーマニア語,それにスイスやイタリア北部の山のなかで話されているレト・ロマンス語など,東西に帯状に延びる言語圏の源となる。だから歴史的にみれば,ラテン語は形を変えて現代にまで生き続けているということができる。

 この為政者のラテン語は,われわれがこれから学ぼうとする古典ラテン語,つまり古典期の文語のラテン語そのものではない。それは各地に定住した兵士や商人など,庶民の話し言葉がもとになって形成されたもので,この「田舎のラテン語」は9 世紀はじめころにはそれぞれ独立した言語としての歩みを示している。800 年にローマ法王から西ローマ帝国皇帝の王冠を授けられて,かつてのローマ帝国再現の夢を果たしたカール大帝は,現在のフランスの名前の起源になったゲルマン系のフランク人であったから,為政者でありながら,領地の庶民が使う言葉,そして何よりも尊い聖書を綴ったラテン語を,宮廷のお付きの者から学ばなければならなかった。彼は,どうもこの学習が苦手であったらしい。当時のフランス人がカエサルの作品を読むことは,われわれが万葉集の歌を理解するよりは容易だっただろうが,それでもやはり,その作品の言葉の体系や文法の組織と彼らの日常の言葉のそれとは,すでに大きくちがったものになっていた。こうした言語の分化の過程を知るうえでも,ラテン語は貴重な資料を提供してくれる。

 それでは,ロマンス語以外のヨーロッパの言語とラテン語とは,どのような関係にあるのだろうか。じつは英語,ドイツ語,そしてロシア語など,多くの現代語も,ラテン語と同じ源の言語から分化した,インド・ヨーロッパ語族とよばれる言語族に属している。このインド・ヨーロッパ語族という概念はまったく言語学上の仮定であるが,19 世紀の末にこの語族に属する諸言語の資料によってはじめて確実なものとして認められるに至った。インド・ヨーロッパ(英Indo-European,ドイツIndo-germanisch,略して印欧)語族とよばれる語族は,その名の通り,東はインドからイランを経てギリシア,そしてヨーロッパのほぼ全域におよぶ広い地域に分布し,しかも古代から現代に至る長い歴史をもっている。この語族は多くの語派に分かれていて,さらにその各語派にはいくつもの言語がふくまれているが,そのなかには,すでに話し手が絶えて死滅したヒッタイト語のような言語もある。英語やドイツ語と同じゲルマン語派に属し,この語派のなかでもっとも古い文献を残したゴート語も,ウルフィラという西ゴートの僧の手になる聖書の翻訳以外は,わずかの断片的な資料をもつだけで歴史から消えてしまった。

 このインド・ヨーロッパ語族という一大語族の各語派の言語がもつ文献はじつに豊富で,しかも多様であり,その点で他の語族をはるかに凌駕している。たとえば,ギリシア,ローマとともに古い文化をほこるインドは,ブッダの誕生以前にサンスクリット(梵語)という言葉で書かれた多くの宗教や哲学に関する文献をもち,またブッダ以後にもギリシアのホメロスにも劣らない長編の叙事詩をはじめ,あらゆる分野に優れた作品を生んでいる。また,英語もロシア語も,それぞれゲルマン語派とスラヴ語派という異なる語派に属するとはいえ,ともにこの語族の一員であり,古代の諸言語に劣らない文献をもっているのだから,ラテン語とはけっして無縁な言語ではない。英語をはじめ多くの近代語の文法の整理にあたって,中世を通して学ばれてきたラテン語文法の体系がほとんどそのまま流用されたのも,こうした同族関係からくる体系的な一致が少なくなかったからである。



●目  次

第1章 ラテン語とはどんな言語か3

第2章 ラテン語の歴史10

第3章 文字と発音20

   雑学のよろこび1(古代ローマ人の食事) 28 44

第4章 品詞30

第5章 動詞の曲用37

第6章 動詞の現在形41

   雑学のよろこび2(古代ローマ人の食べ物(1)) 44

第7章 I 型,II 型曲用の名詞と形容詞,固有名詞,前置詞47

第8章 II 型曲用の名詞と形容詞(続),動詞の不完了形56

第9章 III 型曲用の名詞,動詞の未来形61

   雑学のよろこび3(古代ローマ人の食べ物(2)) 67

第10章 III 型曲用の名詞(続),動詞の完了形71

第11章 III 型曲用の形容詞78

第12章 人称代名詞, 動詞の命令法・能動態81

   雑学のよろこび4(古代ローマ人の食べ物(3)) 88

第13章 IV 型,V 型曲用の名詞,指示・関係・疑問代名詞92

第14章 形容詞の比較級・最上級,副詞,代名詞に準じる語,疑問文99

第15章 動詞の受動態(直説法) 111

   雑学のよろこび5(古代ローマ人の食べ物(4)) 118

第16章 形式受動態動詞,分詞,不定法121

第17章 格の用法133

第18章 動形容詞,動名詞,目的分詞146

   雑学のよろこび6(古代ローマ人の食べ物(5)) 155

第19章 動詞の接続法,非人称動詞157

第20章 数詞171

第21章 接続法の用法(続) 182

   雑学のよろこび7(音楽のラテン語) 192

第22章 時間表現の従属文195

   雑学のよろこび8(法律のラテン語) 206

第23章 条件文211

雑学のよろこび9(医学のラテン語) 217

第24章 間接話法221

第25章 選文集227

現代の諸言語にもよく使われるラテン語の慣用表現237

文法事項索引241

語彙集243

あとがき281



●あとがき

 本書はさきの拙著『ラテン語とギリシア語』(三省堂,1998 年)のいわば続編で,当初は簡単な文法書をめざしていた。しかし文例や読み物が少し長かったためか予定の紙幅を超えてしまった。その削減のかたわら,編集部からの要望で,コラムを挿入することにした。

 これは文法に退屈した読者の気分転換を狙ったものだが,その効果のほどは筆者としてはいささか心もとない。生きている言葉と違って,ラテン語のような言語の場合,学習は書き言葉の文献に限られてくる。しかし近時東洋のわが国でも,思わぬところでこの言語に出くわすようになった。少し前に急死した宰相が,モットーとしている言葉はと問われて,ホラティウスのcarpe diem「今日の日を摘め」をあげていたくらいだから,これからはウィーンにあるmodus vivendī(modus vivendī「生き方」)のようなブティックが東京の銀座あたりにお目見えすることだってあるかもしれない。とすれば,そうした期待がラテン語学習のひそかな支えともなるだろう。

ウィーンのブティック

 編集部の選んだコラムの内容については,言葉の上では近代の諸言語とのつながりはもちろん,インドやギリシアなど他のインド・ヨーロッパ諸語との関係も考慮するように努めた。ただ音楽用語については,その源はラテン語であっても,用例は時代が下るので,イタリア語学専攻の長神悟氏のご教示をえた。記して感謝する。

 さきの拙著の巻末に最近の古典語に関する日本語による辞書と文法書をあげておいたが,その後も,逸身喜一郎『ラテン語のはなし』(大修館書店,2000 年),そして国原吉之助『古典ラテン語辞典』(大学書林,2005 年)が刊行されている。後者の辞書は,学習者には朗報である。古典語原典の日本語訳の出版も非常に活発で,『キケロ選集』全16 巻(岩波書店,1999?2002 年)をはじめ,刊行中のものとして「叢書アレクサンドリア図書館」(国文社)のほか,京都大学学術出版会の「西洋古典叢書」にはアテナイオスの『食卓の賢人たち』など興味深い作品が多く集められていて,関心のある読者には楽しくもまた喜ばしき限りである。これらは古典世界に入る扉のようなもの。本書もそうした役割を少しでも果たせれば幸いである。

 本書中にあげたギリシア・ローマの人名や地名などの固有名詞の表記については,わが国での慣用に従った。

 終わりに,本書の編集・出版には前回と同様,松田徹・白川俊のお二人にいろいろとお世話になった。厚く御礼申し上げたい。

2005 年10 月
風間喜代三

現代の諸言語にもよく使われるラテン語の慣用表現

文法事項索引

語彙集



●古代イタリアの言語分布

古代イタリアの言語分布

このページのトップへ