ことばは人を育て、未来をきりひらく知の源です。三省堂はことばをみつめて135年 サイトマップお問い合わせプライバシーポリシー
三省堂 SANSEIDOトップページ 三省堂WebShop辞書総合サイト Wrod-Wise Web教科書総合サイト ことばと教科
辞書教科書電子出版六法・法律書一般書参考書教材オンラインサービス
書名検索漢字かな著者名検索漢字かな詳細検索
新刊・近刊案内
メディアでの紹介
本の注文
書店様専用
大学向けテキスト
卒業記念
名入れ辞書
品切れのご案内
「ぶっくれっと」アーカイブ
会社案内
採用情報
謹告
三省堂印刷
三省堂書店へ
三省堂書店はこちら
声に出して読めない日本語。
「ほぼ日刊イトイ新聞」
(『大辞林』タイアップ・サイト)
  古典のおくりもの 復刻版 全8巻



安藤美紀夫・舟崎克彦・高橋睦郎 著/水四みずし澄子・鈴木康司・原田維夫つなお 絵

24,000円(分売不可) B5 978-4-385-36296-3 (品切)

街にはんらんする刺激的な情報は、子どもたちを除々にむしばみ、無感動、無関心、無節操な人間へと育っていくのではないか――未来を担う子どもの心を育てるために、いまこそ美しい古典を子どもが興味をもてる形にして手渡していかなければならない。
神話や昔話、伝説等がもつ栄光と悲惨、涙と笑い、偉大と卑小は、ともすれば失いがちな豊かな情愛と歴史への関心を持たせてくれる。現代っ子が興味深く読めるように、やさしくわかりやすく書きおろした『古典のおくりものシリーズ』。

〈アイヌ〔ユーカラ〕シリーズ〉(全3冊) 〈聖書物語シリーズ〉(全3冊) 〈ギリシア神話シリーズ〉(全2冊)

1981年12月 1日 全巻 同時発行(B5・120〜152頁・各1,800円)
2006年12月25日 復刻版 発行

図書館流通センター(TRC)の専売商品です。 (品切)

お問合せ先 : 図書館流通センター 「三省堂」係 電話 048-480-1305
(平日9:00〜17:00、12:00〜13:00昼休み)


〈アイヌ〔ユーカラ〕シリーズ〉

古典のおくりもの1 古典のおくりもの2 古典のおくりもの3

安藤美紀夫 著、水四みずし澄子 絵

雄大な構想と詩情とをもって広く世界に知られるアイヌの叙事詩ユーカラを、児童文学者の安藤美紀夫が、やさしく分かりやすく総合的に物語化したものである。諸悪と戦う少年あり、兄を探す姫神あり、物語の雄大さと豊かなポエジーが、読む者の心を動かすであろう。

1 アイヌラックル物語
(「初めての戦い」 「国焼・里焼・大飯焼」 「勇者の神の子」 「たたきのめされたアイヌラックル」 「幌尻岳の神の沼」「初恋」「さらわれた日の女神」「大魔神との戦い」「見慣れない船」「新しい旅立ち」「国造神コタンコロカムイの姫神」「天上での戦い、地下での戦い」「よみがえった姫神」「結婚」)

2 ポイヤウンベ物語
(「コロボクウンクルの予言」「悪おじ、悪おば」「しか狩りのはかり事」「宝刀あし丸」「夜盗との戦い」「ヨイチ姫の館」「海からの敵」「北へ」「草人形の魔力」「怪鳥フリュー」「シヌタプカへの帰還」)

3 赤い輪の姫の物語
(「シヌタプカの館」「イシカルの里の赤い輪」「ポイヤウンベの父神、母神」「きつね神の焼きもち」「ホーリフナ ねむりの中で」「二人の兄」「白鳥の神の里」「魔神にす入られた姫」「勇者の決闘」「狩りのえもの」「結婚の祝い」)

★ 前書き(3巻共通)

 この本の物語は、アイヌ民族の「ユーカラ」をもとにして書いたものです。

 主として北海道に住むアイヌ民族は、もともと、とてもすぐれた文学を持つ民族です。文学といっても、アイヌ民族には文字がありませんから、すべて口伝えの文学です。これを口承文学といいます。

 その文学は、大きく分けると、歌うように語る歌謡文学と、ふつうの言葉で語る説話文学の二つになります。そうしたアイヌ文学の中で最もよく知られているのは、ユーカラですが、ユーカラは歌謡文学の一つです。

 もっとも、ユーカラといっても、広い意味で使う場合と、せまい意味で使う場合とがあります。広い意味で使う場合のユーカラには、次の四つがふくまれます。

 一つは、雷の神とか、火の女神、きつねの神といった自然神のことが語られるカムイ・ユーカラです。アイヌの考え方では、自然のあらゆるものに神がいるのです。ですから、カムイ・ユーカラもずいぶんたくさんあるというわけです。

 同じカムイ・ユーカラでも、自然神とはやや別の、人間らしい神のことが語られるものがあります。それを、特にオイナと呼ぶことがあります。この主人公がアイヌラックルと呼ばれる神です。アイヌというのは、もともと「人間」の意味で、アイヌラックルは「人間くさい神」ということです。

 三つ目は、せまい意味のユーカラです。これは、前の二つとちがって、「神に近い人間」が主人公の物語です。その主人公は、ふつうポイヤウンべと呼ばれる少年英雄です。ユーカラには実にさまざまな物語がありますが、大筋ではみんなほとんど変わらず、少年英雄の生い立ちと、休む間もなく続く、地上、天上、海上の戦いが語られます。

 四つ目には、メノコ・ユーカラと呼ばれるものがあります。メノコというのは「女の人」の意味ですが、主として女の人が語ったから、そう呼ばれるのか、それとも、ヨイチ姫、ルペットム姫などの女の人が主人公になっているので、そう呼ばれるのかはよくわかりません。これもやはり主人公は神に近い人間の女です。

 こうした神々や人間たちが作り出すドラマの展開された土地や、シヌタプカ、トミサンペツといった地名が、北海道のどこなのか、また、ユーカラの中身は、実際にあった戦いの記録だという考え方もあれば、そうではないという意見もあって、今、そうしたことに結論を出すことはできません。

 が、いずれにしても、広大な地上だけでなく、海上、天上にまでわたってくり広げられる壮大な物語は、アイヌ民族がいかに大きな世界を持つ民族であったかということを、よく示しています。

 だからこそ、ユーカラは、ギリシアのイリアス・オデュッセイア、ローマのエネイド、インドのマハー・バーラタ、ラーマーヤナ、フィンランドのカレワラとともに、世界の五大叙事詩の一つに数えられているのです。

 ところで、前にも言ったように、アイヌ民族は文字を持たなかったものですから、記録がずいぶんおくれました。アイヌがユーカラのような長い語り物を持つことは、江戸時代から知られていましたが、それを最初に記録したのは、金田一京助博士です。

 そして、記録がおくれたために、ユーカラには時代の重なりが見られます。民族のうんと古い時代の名ごりと思われるものと、比較的新しい時代のものとが混じり合っているのです。金とか銀とか、小袖とかが出てきますが、それらは他の民族との交易がさかんになってきてからのものでしょう。

 また、オイナと、せまい意味のユーカラは、もともと別のものですが、いつの間にか、その二つが混じり合って、アイヌラックルとポイヤウンべが兄弟として語られているものもあります。

 いずれにしても、こうした語りは、ユーカラクル(ユーカラを語る人)が炉ばたにすわって、その縁を、レップニと呼ばれる三十センチメートルぐらいの棒でたたいて、拍子を取りながらするのですが、こうした語りは、ふつう、「わたし」とか「われ」といった一人称でなされます。けれども、それではわかりにくいところもありますので、この本では、主人公はすべて、「だれそれは」という三人称に書き直してあります。

 この本は、アイヌラックルを主人公としたオイナに基づいて書かれています。

 オイナは、その物語の性質によって、三つに分けられます。

 一つは、カムイ・オイナ(神伝)と呼ばれるものです。これは、アイヌラックルの生誕と、天上の神の系統を物語るもので、とても雄大な構想を持ったものです。

 二つ目は、ポロ・オイナ(大伝)で、アイヌラックルが大魔神とのすさまじい戦いの末、日の神を救い出し、人間のくらしを安定させる物語。

 三つ目は、ボン・オイナ(小伝)といって、アイヌラックルの嫁取りの物語です。

 「ポロ」というのは、アイヌ語で「大きい」の意味ですが、この、大と小の区別は、物語の長さとはあまり関係がないようです。

 金田一京助博士によると、ポロ・オイナのほうは、アイヌラックルが魔神と戦って人間界を救うという、大偉業の物語であるのに対して、ボン・オイナにはそうしたものはなく、嫁取りの物語であるという点で、その中身のために区別されたもののようです。

 この本では、その三つをまとめて一つの物語にしました。枝葉の部分をかり取ったり、くり返される部分を省略したり、筋がごちゃごちゃしている部分を整理したりしたことを、つけ加えておきます。


〈聖書物語シリーズ〉

古典のおくりもの4 古典のおくりもの5 古典のおくりもの6

1 天地創造 2 モーセの十戒 3 王の時代

舟崎克彦 著、鈴木康司 絵

旧約聖書を一定のテーマに分けて三巻にまとめたもので、①「天地創造」には天地創造、アダムとエバ、ノアの方舟、バベルの塔などのほか七編、②「モーセの十戒」にはモーセの十戒、サムソンの物語ほか八編、③「王の時代」には、タビデとヨナタン、ソロモンの物語などの編が収められている。

1 天地創造
(「天地創造」「アダムとエバ」「カインとアベル」「ノアの箱舟」「バベルの塔」「アブラハムの物語」「イサクとリベッカ」「ヤコブとエサウ」「エジプトのヨゼフ」「ヨゼフの物語」「ヨゼフの再会」「あとがき」)

★ あとがき

 聖書とは、いったい何でしょうか。

 聖書というのは、英語のバイブルを訳した言葉です。そして、バイブルとはギリシア語で書物を表すビブリオンという言葉の英語読みです。つまり、聖書の意味は書物というのが、そもそもの起こりなのです。しかも、聖書以外の書物をバイブルと呼ぶことは決してありません。

 書物なら聖書のほかにもたくさんあるのに、聖書だけを書物と呼ぶとは、いったいどういうわけでしょうか。それはヨーロッパやアメリカで聖書がほかの書物とは比べ物にならないほど広く深く読まれてきたからです。イギリスやフランスの田舎などでは、書物といえば聖書より読んだことがないお年寄りが、ついこの間までいくらでもいたのです。千数百年もむかしからずっと、彼らにとって書物とは聖書のことだったのです。

 なぜ聖書がそんなに読まれたかというと、聖書がふつうの書物ではなく、それこそ聖なる書物、神と人間の関係について書かれた宗教の書物だったからです。宗教の書物と開くとただただかたぐるしいだけのように思えますが、そうではありません。その中には神の気高さ、優しさ、おそろしさとともに、人間の喜びや悲しみや怒りなどの感情が生き生きと表現されていて、読む人の心を動かすのです。そういうところにも、聖書が千数百年もの間広く深く読まれ続けてきたひみつがあります。

 ヨーロッパやアメリカで聖書が読まれてきたのは、そこに住んでいる人々のほとんどがキリスト教を信じるキリスト教徒だからで、聖書がキリスト教にとって最もたいせつな書物だからです。では、聖書はキリスト教だけの書物かというと、そうではありません。このことを説明するためには、聖書の成り立ちを少しくわしく見てみなければなりません。

 今日、ふつうに聖書といえば、旧約聖書と新約聖書に分かれています。これはキリスト教の分け方に従ったものですが、この分け方に反対する人々もいます。たとえば、ユダヤ教を信じるユダヤ教徒たちです。彼らはキリスト教徒がいう旧約聖書だけを聖書と認め、新約聖書を聖書と認めないのです。キリスト教はユダヤ教から生まれて大きくなった宗教ですが、ユダヤ教はキリスト教を認めません。そこでイエス・キリストのことを述べた新約聖書を認めないのです。

 それなら、おあいこにして、キリスト教も旧約聖書を認めなければよさそうですが、実際にはそうはなっていません。それどころか、新約聖書の中にたぴたび聖書という言葉が出てきますが、そこで聖書というのは旧約聖書のことなのです。つまり、新約聖書も旧約聖書をもとにして生まれていて、旧約聖書なしでは新約聖書は考えられないのです。新約聖書の新約とは旧約聖書の旧約に対していう言い方なのです。

 さて、ここまで読んできたみなさんの中には、新約とか旧約とか、いったい何のことだろうと思っている人もあるにちがいありません。新約とか旧約とかいう、その約というのは約束のこと、神と人間の間に立てられた約束のことです。約束とは何の約束かといいますと、人間が神を信じ神のおきてを守るなら、神が人間を幸せにしてやろう、という約束なのです。その約束について述べた古い書物が旧約聖書(旧は古いという意味です)、新しい書物が新約聖書だというわけです。

 その約束を立てたという神はどんな神で、人間はどんな人間だったのでしょうか。アジア大陸とアフリカ大陸のつなぎ目に、大きなくつしたのようなアラビア半島があります。そのアラビア半島の砂漠の中から出てきた種族の一つにイスラエル人と呼ばれる人々がありました。この人たちはやがてアラビア半島のくつしたの口の部分、地中海にそったカナンという土地に住みつきますが、回りの民族やエジプト、メソポタミアなどの大きな国にはさまれて、苦しみ続けてきました。その苦しみの歴史を通じて、彼らが信じ続けたのがヤハウニという彼らの神でした。

 このヤハウニはほかの民族が信じた神とは全くちがっていました。ほかの民族は、エジプトでも、メソポタミアでも、カナンでも、たくさんの神々を信じていたのに、イスラエル人だけがたった一人の神を信じていたのです。回りの民族のたくさんの神々を受け入れずに、たった一人の神だけを守り続けたこと、このこともイスラエル人が回りの民族からにくまれた大きな理由でした。

 しかし、別の見方をすれば、ほかの民族の神と全くちがう、自分たちだけの神を信じることが、苦しい歴史の中でイスラエル人を支えてきた、ということもできます。イスラエル人がこのただ一人の神と出会ったのがいつかということは、よくはわかりませんが、ほかの民族との戦いやほかの国の支配の中で、しだいにその神と自分たちとの関係をはっきりさせていったのだ、ということはできます。その神と自分たちとの関係というのが約束、イスラエル人がたった一人の神を信じ続ければ、神はきっとイスラエル人を幸せにしてくれるという約束なのです。

 この約束はさまざまな物語の形で、親から子へ、またその子へと伝えられていきました。イスラエル人が文字を知ってからは、書物の形で伝えられました。それらの書物は集められてだんだん大きくなり、それらはいつか聖書と呼ばれるようになりました。イスラエル人はこの聖書をよりどころにして、神ヤハウニと自分たちの約束を信じ続けました。この信仰が後にユダヤ教と呼ばれるようになりました。

 ところが、このユダヤ教の中にとつぜん大きな変化が起こります。エジプト、バビロニア、ペルシア、アレクサンドロス帝国と、次々に大きな国の支配を受ける中で、イスラエル人は神が自分たちのために強いりっぱな王を送って自分たちを救ってくれると信じるまうになり、これをメシアと呼んで待ち続けるようになりました。そして、今からおよそ二千年前、ひとりの男が現れて、彼を信じる人々からメシアと呼ばれました。それがみなさんもよく知っているイエス・キリストです。

 しかし、ほとんどのイスラエル人はイエスをメシアとは信じませんでした。なぜかといえば、イエスはイスラエル人だけでなく、世界じゅうのあらゆる人間が神によって幸せになる、と説いたからです。自分たちだけが幸せになることを信じていたイスラエル人は、おこってイエスをはりつけにして殺しました。イエスを信じる人々はイエスは神からつかわされた神の子で、人間全体を幸せにするために、自分がみんなに代わって命を捨てたのだと信じ、ここにキリスト教が生まれました。

 イエスを神の子と信じる人々はイエスやその回りの人々の伝説をまとめ、その教えをまとめて、いくつかの書物にしました。それらの書物はやはり集められて、新約聖書と呼ばれるようになりました。そして、今まで聖書とだけ呼ばれていたものを、旧約聖書と呼びました。神とイスラエル人の約束を述べた古い書物が旧約聖書で、その約束がイエスのはりつけによって実現したいきさつを書いた新しい書物が新約聖書だ、というわけです。

 キリスト教はイスラエルからギリシアヘ、ローマへと伝わって、民族をこえ、国をこえた宗教になっていきますが、新約聖書と同じように旧約聖書もたいせつにしてきました。民族をこえた宗教が一つの民族と神の約束について述べた書物をたいせつにするというのは、ちょっと考えると、りくつに合わないように思えます。しかし、旧約聖書はイスラエル人だけのことを述べているようで、実は人類全体のことを述べているとも読むことができるのです。

 たとえば、この巻の内容の、旧約聖書のいちばん最初にある「創世記」です。そこにある神の天地創造はイスラエル人だけの天地創造ではなく、人類全体の天地創造です。最初の人間アダムとその妻エバは、イスラエル人の祖先であると同時に、人類全体の祖先です。その罪と追放の物語は、イスラエル人の苦しみの原因を物語っているとともに、人類全体の苦しみを物語っています。カインの弟殺しも、ノアの箱舟も、人類全体の運命の物語なのです。

 大洪水の後生き残ったノアとその妻から、セム、ハム、ヤペテの三人の息子が生まれ、セムの子孫のヤコプがイスラエルと呼ばれて、イスラエル人の直接の祖先になります。しかし、そこからあとのヤコブの子孫の物語もそれまでと同じように、自然に生き生きと物語られているので、イスラエル人だけの物語ではなく、人類全体の物語として読むことができるのです。また、そのような旧約聖書をもとにしたユダヤ教だからこそ、そこから人種をこえ、国をこえた宗教、キリスト教が生まれたのだ、ということもできるでしょう。

 人類全体の物語だということは、みなさんの物語だということです。みなさんの一人一人、きみの、あなたの物語だ、ということです。だから、みなさんは旧約聖書の物語を、自分たちと関係のない、遠い世界の夢物語だと考えずに、自分たちの物語だと思って、読んでください。天地創造は、みなさんの今立っている地球とその回りの宇宙の創造です。アダムとエバはみなさんと同じくどこにでもいる男であり女です。カインとアベルも、どこにでもいる兄であり弟なのです。

 聖書は人類全体のことを、つまり、みなさん一人一人のことを述べた書物です。だから、書物の中の書物、バイブルなのです。


2 モーセの十戒
(「イスラエルの子モーセ」「エジプト脱出」「荒野の奇蹟」「モーセの十戒」「ヨシュアの時代」「士師の時代」「女士師デボラ」「ギデオンの物語」「サムソンの物語」「ルツの物語」「あとがき」)

★ あとがき

 イスラエルという言葉を開いたことがありますか。

 アジア大陸とアフリカ大陸のつなぎ目に、底にクリスマス・プレゼントのどっさりつまった大きな靴下のような半島があります。アラビア半島です。そのほとんどが砂漠ですが、ここは紀元前数百年のむかしから、勇ましい遊牧民族(らくだや馬に乗って羊や牛を追って移動生活をする人々)のふるさとでした。

 ここから出ていった人々は一まとめにセム人種とよばれます。セム人種は多くの種族に分かれますが、イスラエルというのはその中の一種族なのです。イスラエル人の祖先は紀元前三千年ごろからアラビア半島を出て、今イラクの国のあるメソポタミア地方に入り、千年以上もかかってシリアを経てアラビア半島の地中海側、靴下の口の部分のカナン地方に移動しました。こんなに長い年月がかかったのは、羊や牛を追いながらの移動だったからでしょう。

 地中海にそって三日月の形にゆっくり曲がっているそこ、カナン地方は、むかしから「豊かな三日月の土地」とよばれてきました。見わたす限り砂漠ばかりのアラビア半島の中でめずらしく水や緑の多い土地で、遊牧民族のあこがれの的だったのです。千年以上もかかってこの土地にたどり着いたイスラエル人ですが、そんな豊かな土地にはすでに住みついているほかの種族もあり、そこに割りこむことはたやすいことではありませんでした。

 紀元前千六百年ごろ、イスラエル族にとって大きな事件が起こりました。イスラエル人の中の一つの部族が「豊かな三日月の土地」カナンからさらに西南のエジプトに移ったのです。その当時のエジプトはヒクソスといって、もともとのエジプト人ではなく、イスラエル人と近い親類の関係にあたる種族に治められていましたから、彼らはそれをたよって行ったのでしょう。

 やがてエジプト人が立ち上がってヒクソスを追い出した後も、彼らはしばらくはエジプトにとどまっていました。しかし、ハム人種のエジプト人とセム人種のイスラエル人とでは、折り合いが悪くなるのに長い時間はかかりませんでした。エジプトに来たイスラエル人は、何百年かの間に、エジプト人がおそれるほどの人数にふくれ上がっていたのです。

 ついにエジプト王はイスラエル人たちに立ち退きを命令し、イスラエル人たちはモーセに率いられて、エジプトとカナンの間にあるシナイ半島の荒野にのがれ、数十年の間そこにとどまりました。やがてカナンにたどり着いたイスラエル人は、モーセのあとをついだヨシュアに導かれて、カナンに住みつくことができました。

 けれども、カナンはイスラエル人にとってだけのあこがれの土地ではありませんでした。豊かな上に東北のメソポタミア(バビロニア、アッシリア、メディア……などと国名は変わりますが)と西南のエジプトの間の通り道になっているこの土地は、いつも多くの民族にねらわれ、せめこまれてきたのです。

 イスラエル人はたくさんの民族と戦い、初めは士師という頭のもとに、続いて王のもとに国を建てますが、エジプトとメソポタミアの間で国は引きさかれて二つになり、ほかの民族の支配を受け、国民の多くが連れ去られさえしました。そして、最後にはローマ人の支配のもとに、国そのものがなくなって、イスラエル人は世界じゅうに散らばっていくのです。

 しかし、イスラエル民族はほろびませんでした。これほどくり返し大きな災難にあいながら、イスラエル民族がほろぴなかったいちばんの理由は、イスラエル民族が回りのほかの民族と全くちがう神を信じていたからです。いや、回りばかりではありません。世界じゅうのどこにも、どんな時代にも、彼らの信じた神に似た神はいなかったのです。

 ほかの民族にはたくさんの神々がいます。古代ギリシアにはオリュンボスの十二神があり、わが国には八百万の神があります。エジプトにも、メソポタミアにも、カナン地方にも、たくさんの神々がいました。そんな中で、イスラエルの神だけがただ一人でした。これをむずかしい言葉で「唯一神」、または「絶対神」といいます。ただ一人の、ほかに対するもののない神ということです。

 イスラエルの神は古くはエル、のちにはヤハウニとよばれました。イスラエルという民族の名前自体「神が支配する」というほどの意味なのです。イスラエル人が自分たちのことを「神が支配する」という言葉でよんだということは、自分たちを支配することができるのは、ただ一人の、ほかに対するもののない神だけで、ほかの民族の支配などほんとうの支配ではない、と考えていたことを物語るものでしょう。この神に対する強い信仰が、国がほろびた後にも、イスラエル民族がほろびることのなかった理由なのです。

 イスラエル人がこのただ一人の神と出会ったのは、いつでしょうか。今日の学者のほとんどは、イスラエル人がモーセに率いられてエジプトをのがれ、エジプトとカナンの間にあるシナイ半島の荒野にいた時だと言っています。そして、そのことはイスラエル人の伝説からも証明できるようです。エジプトをのがれたイスラエル人は、飢饉のカナンからエジプトに移ったヨセフとその兄弟の子孫ですが、ヨセフとその兄弟の父親はヤコブで、ヤコプはまたの名をイスラエルといって、イスラエル人の直接の祖先ということになっているからです。

 少なくとも、こう考えることはできそうです。つまり、イスラエル人はほかの民族に苦しめられた時、ほかの民族の神々とは全くちがう自分たちの神を発見したのだ、と。そして、自分たちの神を発見し、自分たちがその神に支配されていることを認めた時、彼らはイスラエル人になったのだ、と。そう考えると、イスラエル人がモーセに率いられてエジプトをのがれるという出来事は、イスラエル人の歴史の中でも特別にたいせつな出来事であることがわかります。

 イスラエル人は回りの民族との戦いの中で、自分たちの神を発見し、自分たちの民族を作り上げていきました。この神を発見して民族を作り上げていったいきさつは、親から子へ、さらにその子へと、伝えられていきました。文字を使うようになると、文字で書かれて、さまざまの書物になりました。それらの書物は神と人間の関係について書かれたものですから、神聖な書物、つまり聖書とよばれました。聖書といえば、長い間神とイスラエル人との関係について述べた書物のことでした。

 ところが、イスラエル人の歴史に、とつぜん思いがけないことが起こりました。イエスという男が現れて、イスラエル人の神がイスラエル人だけの神ではなく、人類全体の神だと説きました。イスラエル人たちはおこってイエスをはりつけにして殺しました。イエスを信じる人々はイエスを神の子としてあがめ、イエスの生涯やイエスの言った言葉をいくつかの書物にまとめ、これを新約聖書とよび、それまで聖書とよばれていたものを旧約聖書とよびました。

 旧約、新約の約とは約束のことです。神と人間の間の約束です。人間がただ一人の神を信じるなら、神が人間を幸せにしてやろうという約束です。イエスを信じる人々はこの人間を人類全体のことだと考えたので、神と人間が約束を取り交わしたことを述べた書物を旧約聖書、その約束がイエスの出現でかなえられたことを述べた書物を新約聖書とよびました。だから、旧約、新約というよび方は、イエスを信じる人々のキリスト教のものです。イエスを信じないイスラエル人のユダヤ教は新約聖書を認めませんから、キリスト教の旧約聖書だけを聖書とよんでいます。

 この本は旧約聖書の中の「出エジプト記」と「士師記」によるものがおもな内容です。イスラエル人がエジプトをのがれてシナイの荒野にさまよったあげく、彼等の神と出会って約束を取り交わし、その神の導きによってカナンに入り、そこに住みついて回りの民族と戦いながら、自分たちの民族を作り上げていくさまが、力強く語られています。旧約聖書の中では「創世記」の次に来る物語ですが、実際にはいちばん最初に書物になったは「出エジプト記」や「士師記」などではないかと言われているほど、たいせつな部分です。

 この本を自分たちと何の関係もない遠い国のお話と考えないで、一かたまりの人々が回りからの迫害の中でしだいに民族を形成し、国をこしらえ上げていく、そのありさまを、人類共通の物語として読んでいくほうが、いいでしょう。もうひとつ、読み落としたくないのは、モーセ、ヨシユア、ギデオン、サムソン……などの指導者の生き生きとした姿です。中でも、たいせつなのはモーセです。モーセはその後に出てくる予言者たちのお手本になり、イエス・キリストのお手本にさえなりました。

 この力強いモーセが、神に選ばれる前にはしゃべることが苦手の気の弱い若者にすぎなかったというのは、おもしろい話です。どんな弱い者も神に選ばれれば強くなるし、どんな強い者も神に捨てられれば弱くなるということを、この話は教えています。このことは一人の人間について言えるだけでなく、一つの民族、一つの国についても言えそうです。

 イスラエル人は神に選ばれ、神に支配されたと認めた時、モーセのように強い民族になったのです。


3 王の時代
(「サムエルの物語」「国王サウル」「ダビテとヨナタン」「ソロモンの物語」「予言者たち――エリアの物語、イザヤの物語、エレミヤの物語、ユディトの物語」「新たな救いの主を求めて」「あとがき」)

★ あとがき

 神話とはいったい何でしょうか。

 神話といってだれもがすぐ考えるのが、ギリシア神話のことでしょう。神々の王のゼウスがいます。そのお后のヘーラーがいます。知恵の神が、戦いの神が、愛の女神が、狩りの女神がいます。そのほか、農業や商業、鍛冶屋など、どんなことにも神がいて、その神々の間の出来事を物語っていきます。ギリシア神話は神々のことを物語るという意味で、神話そのものです。

 これはわが国の神話の場合も同じです。わが国の神話には八百万やおろずの神といって、数えきれないほどの神々がいて、その神々の間にさまざまな物語があります。わが国もまた神話の国だということができるでしょう。

 旧約聖書を生んだイスラエルの場合は、どうでしょうか。神々の間の出来事を物語るのが神話だとすれば、イスラエルには神話がないことになります。なぜなら、イスラエルには多くの神々はいなくて、たった一人の神がいるだけだからです。イスラエルは神話のない国で、イスラエル人は神話を持たない人種だ、ということになるのでしょうか。旧約聖書は神話ではない、ということになるのでしょうか。

 しかし、ギリシア神話にも、わが国の神話にも、神々の間の出来事だけでなく、ある神と人間の間の出来事を物語る部分もあります。しかも、そういう神と人間の間の出来事を物語る部分こそ、神話というものの起こりだという説もあるほどなのです。その点からいえば、旧約聖書は初めから終わりまで、神と人間の間の出来事を物語っているわけですから、やはり神話というべきでしょう。

 けれども、そう考えても、ギリシア神話と旧約聖書とでは、神と人間の関係はずいぶんちがいます。たとえば、ギリシア神話の場合、神が人間の所へ下りていきます。旧約聖書の場合も、神は何度か人間の前にしるしを現して、語りかけます。だが、イスラエル人をエジプトから連れ出したモーセの前にしるしを現した後は、神ははっきりとしるしを現すことはなくなりました。反対に、人間の側から神にいのり、神の言葉を人間の側から感じ取るようになっていったのです。

 旧約聖書の中の「サムエル記」から後の王の書と呼ばれる部分、「イザヤ書」から後の予言者の書と呼ばれる部分は、この時代のイスラエル民族の歴史を物語っています。そこでは神のことよりも人間のことが主に語られています。こうなっても、やはり神話ということができるのでしょうか。

 この辺で私たちは神話というものの意味について考えてみたほうがよさそうです。いったい神話は何のためにあるのか、ということです。神々のためでしょうか。神々を喜ばせるためでしょうか。それもあるでしょう。けれども、神々を喜ばせるのは、それによって自分たちが神々のめぐみを受け、幸せになるためではないでしょうか。こう考えると、結局のところ、神話は人間のためにある、ということになります。神々の間の出来事を物語ることよりも、神と人間の間の出来事を物語ることのほうが、神話の起こりだという説がある理由も、ここにあります。

 神話は人間のために、人間の幸せのためにあるものです。だとしたら、神話(神のことを物語る話)は、人話(人間のことを物語る話)だということもできます。こう考えると、人間のことだけを書いているように見える王の書や予言者の書も、実は人話であり、神話なのだ、ということになるでしょう。最も神話らしい神話だ、ということができるかもしれないのです。

 さて、この巻の内容は王と予言者の時代のイスラエルの歴史ですが、その王とはいったい何で、予言者とはいったい何でしょうか、そして、その王と予言者とはいったいどんな関係にあるのでしょうか。ごく簡単に言えぱ、王はカによって国民を支配する者であり、予言者は神によって国民を導く者です。そして、この王と予言者はおたがいに助け合って国民を幸せにするというのが、正しい姿でしょう。というのは、実は最も古い形では、王と予言者は族長という一人の人間がかねていたものだからです。

 ここでイスラエルの歴史をごくかいつまんで見てみましょう。イスラエル人は今から約五千年のむかし、アジア大陸とアフリカ大陸のつなぎ目のアラビア半島の砂漠から出てきて、千年以上もかかってアラビア半島の地中海側のカナンという土地にたどり着いた、と言われます。このころのイスラエル人を率いていたかしらを族長といい、族長は王でもあれば、予言者でもありました。族長はカをもってイスラエル人を従えていましたが、そのカは神にあたえられたものだったのです。

 やがて、カナンに飢饉が起こり、イスラエル人たちは、豊かなエジプトに移りました。そこに数百年いるうちに、イスラエル人はすごい勢いでふえ、とうとうエジプトの王から国の外に出ていくことを命令されました。この時、イスラエル人を率いたのはモーセで、モーセには神にあたえられたカで人々を導く族長の姿がいちばんよく現れています。

 ところが、このモーセが年を取り、人々を導けなくなると、神はモーセにヨシュアの頭に手を置くことを命じ、モーセはそのとおりにしました。この時、イスラエル人の頭と、神の命令によって頭を選ぶ者とが生まれました。後に頭は王となり、頭を選ぶ者は予言者となりました。

 この王と王を選ぶ者との関係がうまくいっている時は、イスラエルもうまくいきます。予言者サムエルがサウルを選んで王とし、サウルがサムエルの言葉を聞いているうちは、イスラエルは回りの民族との戦いにも勝ち続けます。しかし、サウルがサムエルの言葉を聞かなくなった時、それまでの勝利は敗北に変わります。このことは、サウルに代わって王となったダビデと予言者のナタンの場合にも、その子のソロモンの場合にも言えます。

 ソロモン王が死んで、イスラエルがイスラエル王国とユダ王国に引きさかれてからは、王と予言者の関係がうまくいくことはもはやありませんでした。予言者は王を選ぶことがなくなりましたし、王は予言者の言うことを聞かなくなりました。予言者は直接、人々の前に出て、神の言葉でうったえかけるようになりました。これは王の時代から予言者の時代へと時代が変わったのだ、と考えることもできるでしょう。

 時代はどんどん悪くなっていきました。カナンをはさむ二つの大きな国、エジプトとメソポタミアにせめられ、ペルシアの、アレクサンドロス帝国の、ローマ帝国の支配を受け、イスラエルは見るかげもなくなっていきました。そんな中で、イスラエルの人々は王と予言者の両方のカをかね備えた力強い指導者が現れることを願い、待ち続けました。そして、ついに一人の指導者が現れました。その人の名はイエスといいます。

 しかし、イエスはイスラエルの人々の多くに喜ばれませんでした。イスラエルの人々は自分たちだけが神に救われることを信じ願っていたのに、イエスはあらゆる人間が神に救われると説いたからです。おこったイスラエルの人々はイエスをとらえ、はりつけにして殺しました。この事件はイスラエルの歴史の上での、いいえ、人間の歴史の上での大事件でした。

 イエスを信じる人々は、イエスこそ王と予言者の両方のカをかね備えた指導者で、いや、それ以上に神から送られた神の子で、イスラエルの人々を初め、人類全体を救うために自分の命を捨てたのだと考え、ここにキリスト教が生まれました。やがて、イエスの生涯や教えについていくつかの書物がまとめられ、新約聖書と呼ばれました。イスラエルにはそれ以前にイスラエルの歴史や守らなければならない掟についてのいくつもの書物があり、一まとめにして聖書と呼ばれていましたが、キリスト教の人々はこれを新約聖書に対して旧約聖書と呼ぶようになりました。

 新約、旧約の約とは、約束のことです.神と人間との間に立てられた約束、もし人間が神を信じるなら神は人間を幸せにするという約束です。イスラエルの人々はこの人間をイスラエル人、この神をイスラエルだけの神と考えました。しかし、キリスト教の人々はこの人間をすべての人間、この神をあらゆる人間の神と考えました。そこで、キリスト教の人々は、旧約聖書は神と人間の間で約束が立てられたことを物語った書物であり、新約聖書はその約束が神の子の死によってかなえられた書物である、としました。

 イスラエルの人々はこの考えに賛成せず、キリスト教のいう旧約聖書だけを聖書と呼び、新約聖書を聖書と認めていません。それはそれで理由のあることなのですが、旧約聖書をイスラエル人だけの書物ではなく、人類全体の書物にまで広めたことでは、キリスト教の人々の功績を認めないわけにはいかないでしょう。実際、旧約聖書は、人種を問わず、国籍を問わず、だれが読んでもおもしろく感動的な、それこそ人類全体の宝物なのです。

 さて、もう一度神話とは何かについて復習しておきましょう。神話とは人間のために、人間が自分が何者であるかを知るためにある神の物語、神と人間の物語です。その意味で、旧約聖書は最も神話らしい神話の書物なのです。


〈ギリシア神話シリーズ〉

古典のおくりもの4 古典のおくりもの5

1 イーリアス物語 2 オデュッセイア物語

高橋睦郎 著、原田維夫つなお 絵

吟遊詩人ホメロスの作と伝えられる物語を、詩人高橋睦郎が新しい視点で物語化したもので、ギリシアのオデュッセウスをはじめアキレスなど、勇士の壮絶な戦いを含め、原典に基づいて、二四の章からなる胸おどる神話である。

1 イーリアス物語
(「はじめに」、「第一書」から「第二十四書」、「おわりに」)

★ おわりに

 「イーリアス」の物語は、トロイア方が総大将のヘクトールの死かばねをアキレウスから返してもらい、盛大なとむらいをするところまでで、突然終わります。しかし、「イーリアス」は終わっても、トロイア戦争が終わったわけではありません。トロイア戦争はその後どんな筋道をたどったのでしょう。

 ヘクトールのとむらいの日、新しい援軍がトロイアにかけつけます。それは女王ペンチシレイアに率いられた女性だけのアマゾーン軍で、アカイア方の名医で大将でもあるマカーオーンを殺すなどの働きがありましたが、ペンチシレイアがアキレウスにたおされてしまいます。女だけの軍隊といえば男勝りのぎすぎすしただけの女ぞろいと思われがちですが、死んだペンテシレイアの顔をつくづく見て、その美しさにアキレウスがぼうぜんとしたということからも、彼女たちが勇ましいだけではなかったことがわかります。

 ペンチシレイアが死んだ後、代わって応援に来たのは夜明けの女神、エーオースの息子で、エティオピアの王、メムノーンです。彼はネストールの子、アンティロコスとはげしくわたり合った末、これをたおしますが、やはりアキレウスに殺されるのです。しかし、そのアキレウスも、アポローンの神が助けるパリスの二本の矢に、右のかかとと胸とを射ぬかれて、たおれてしまいます。

 アカイア軍第一の勇士がたおれた後、その武具をめぐつて、味方どうしで内輪もめが起こります。アキレウスの死かばねが、トロイア方に持っていかれそうになったのを防いだ大きいアイアースとオデュッセウスとが、おたがいの手柄を言い立てて、アキレウスの武具を取り合ったのです。結局、武具はオデュッセウスのものになり、おこったアイアースは暴れ回ったあげく、自殺してしまいます。

 しかし、トロイア方の幸運もここまででした。パリスと兄弟げんかしてトロイアをのがれた占いにたくみなへレノスがオデユツセウスにつかまり、どうしたらトロイアの城市が落ちるか教えるように、責められます。ヘレノスもしかたなく、トロイア城中に祭られているアテーナー女神の像をうばえば、トロイアの運命がつきることを教えるのです。オデュッセウスは乞食に身をやつしてトロイアに入りこみ、ヘレネーに会ってその助けでまんまと女神像をぬすみ出します。

 この後、オデュッセウスはイーデーの山から大木を切り出させ、巨大な木馬を作らせます。その中に古人の兵士をひそませ、その外側に一同故郷に帰れることをアテーナー女神に感謝すると書いて残し、夜のうちに、アカイア軍の陣地を焼きはらって、船をすべて沖に出すのです。朝になって、アカイア軍の陣地が空っぽになっているのを知ったトロイア人たちは、木馬を見物に来て、女神への感謝の文字を読み、木馬を女神にささげるために城内に引き入れます。

 その夜、トロイア城内は市をあげて喜びの酒もりになります。どんちゃんさわぎが終わり、みんながへべれけになってねむりこんでいる間に、木馬から出てきた兵士たちが城門のかんぬきを内側から外し、城門の外まで来ていたアカイア軍を導き入れます。寝こみをおそわれて、トロイア城内は大さわぎになります。男たちはすべて殺され、女たちや子供はつながれてアカイア勢に連れていかれ、こうして十年の間一進一退をくり返したトロイア戦争も、アカイア勢の勝利に終わるのです……。

 以上がトロイア戦争の一部始終ですが、ではなぜトロイア戦争を歌っているはずの「イーリアス」が、戦争の終わりまで歌わず、途中まででやめているのでしよう。それにはさまざまな理由が考えられますが、いちばん大きな理由の一つは、アキレウスという一人の人間に焦点を合わせて歌われたのが「イーリアス」だということでしよう。

 しかし、また次の疑問が起こってきます。アキレウスに焦点を合わせたのなら、なぜアキレウスの死までを歌わないのだろうという疑問です。けれども、死までを歌わなければならないということになれば、誕生から歌わなければならないということにもなりかねません。たいせつなのはアキレウスという人物の魅力をえがくことです。アキレウスという、強さと弱さ、優しさと残酷さ、美しさ、悲しさ……つまり、あまりにも人間的な英雄の魅力を最もよく表すには、怒りのためには味方とさえ争うところから始め、優しさのためには敵の王の願いさえ聞き届けるというところまでで終わるのがいちばんいいと、「イーリアス」語りの人人が思ったのだ、と考えればいいでしょう。

 そして、彼らの思ったことはみごとに成功しています。人間的な欠点をたくさん持ちながら、アキレウスは自分の死の運命をも省みず、祖国の名誉のために戦います。トロイア戦争に出陣したら、生きてふるさとに帰ることはできないと神神から言いわたされたにもかかわらず、出陣して、先頭に立って戦います。だから、「イーリアス」はアキレウスのことを歌っていると同時に、ギリシア民族、ことにアカイア族のことを歌った物語詩なのです。そこが、ギリシア民族全体に歌いつがれ、愛され続けてきた理由なのです。

 もう一つ忘れてはならないのは、「イーリアス」がアカイア族のことを歌っていながら、アカイア族の敵であるトロイア方に対しても公平であることです。そのいちばんいい証拠は、トロイア方の総大将のヘクトールのえがき方なのです。アカイア族の敵ならもっとにくにくしくえがくこともできたと思われるのに、実際にはアキレウスに勝るともおとらないほど、魅力ある人物としてえがかれています。

 これは「イーリアス」語りたちが、アカイア勢の勝利のことを歌いながら、敵といい味方というのも、成り行きのことであり、おたがいに立場のちがいはあっても、その大もとにいるのは同じ人間だということを、はっきり見ていたからではないでしょうか。そうでなければ、敵どうしの大将がいくさの最中に名乗り合って着ているものを交換することもないでしょうし、夜中にひそかにたずねてきた敵の王をとらえないばかりか、彼の願いを聞き入れて息子の死かばねをわたしてやるなどということもないでしょう。

 ここから考えても、「イーリアス」が戦争を肯定し、戦争をほめたたえた戦争賛歌だと言いきれないことがわかるでしょう。トロイア方から申し出たパリスとメネラーオスの一騎討ちで戦争を終わらせるという名案が、パンダロスの放った一本の矢によってはかなくつぶれるところなど、むしろ戦争というもののおろかさを指摘していると言えないでしょうか。

 むしろ私たちは「イーリアス」を、戦争という状況に追いこまれた時、人間がどれだけ人間らしく生きることができるかを追求した人間賛歌だと考えるべきではないでしょうか。そして、そのことこそが、「イーリアス」がギリシアの古典であることをこえて、ヨーロッパの古典、いや、世界の古典として、三千年にもわたって愛され続けてきた理由ではないでしょうか。

 戦争といえば、トロイア戦争は十年もの長い間続いたことになっています。ところが、「イーリアス」に歌われているのは、その十年戦争の終わりに近い、ほんの数十日にすぎません。「イーリアス」語りたちは、ギリシア軍とトロイア軍の戦いをアキレウスとヘクトールの戦いにしぼったように、十年の戦いを終わりに近い数十日にしぼったのです。このことが全体の流れのだれるのを防ぎ、快い緊張感が続くのを大いに助けています。ここにも「イーリアス」のすぐれた特長があるのです。

 なお、「イーリアス」には、その続編とも言うことのできる「オデュッセイア」があり、あわせて二大物語詩と言われています。どちらも同じ盲目の詩人、ホメーロスの作だとされていますが、使われている言葉から考えて、少し時代が後だと考えるほうが正しいようです。ただし、「オデュッセイア」が「イーリアス」の続編であることにはちがいありません。トロイア戦争で勝利を収めたアカイア軍がその後どうなったかを、アカイア勢第一の知恵者のオデュッセウスに焦点を当ててえがいたのが「オデュッセイア」なのです。「オデュッセイア」もまた、「イーリアス」におとらぬ、すばらしい世界の古典なのです。

 ですから、「オデュッセイア」を読むことによって「イーリアス」の意味はいっそうはっきりしますし、二つを読むことによって古代ギリシア人の人間に対する考え、世界についての考えをいっそうよくとらえることができるはずです。この本のシリーズにも、「イーリアス」の続編として「オデュッセイア」が入っているので、ぜひいっしょに読んでいただきたいと思います。「イーリアス」も、「オデュッセイア」も、今から三千年も前にできた物語詩ですが、私たちが身を入れ、心を入れて読む時、それは単なるむかしむかしの物語ではなく、現在の、生きた文学だと言えます。そして、時代が変わり、国が変わっても、いつまでも、どこででも、現代の、生きた文学として読まれるということこそが、古典というものの、ほんとうの意味なのです。

 なお、「イーリアス」も、「オデュッセイア」も、今から三千年も前の古代ギリシア語で書かれています。この難しい古代の言葉で読むことのできる人は少数ですから、その後たくさんの国の言葉に訳され、その中には名訳といわれるものもたくさんあります。日本語にも、呉茂一しげいち先生の訳があって、名訳と呼ぶにふさわしいものです。この「イーリアス」にも呉先生のすぐれた訳をずいぶん参考にさせていただいたことをつけ加えます。


2 オデュッセイア物語
(「はじめに」、「第一書」から「第二十四書」、「おわりに」)

★ おわりに

 「イーリアス」を読み、続いて「オデュッセイア」を読んだ人は、どちらもホメーロスが作ったことになって いるこの二つの物語詩の主人公が、まるでちがった性格の英雄であることに気づいて、少しとまどうのではない でしょうか。

 その英雄がどんな性格の人物かを考えるには、その英雄の死に方を見るのがよさそうです。まず、「イーリア ス」の主人公、アキレウスから見てみましょう。アキレウスはトロイア戦争でのアカイア勢第一の勇士ですが、 あまりにほこり高い性格のため、いったん戦場から退きます。しかし、同じほこり高さから戦場にもどり、戦っ て若くして死にます。戦場に出たら命を落とす運命にあることを知らされても、出ずにはいられないのです。ア キレウスは「足の速い」アキレウスであり、「ほこり高い」アキレウスなのです。

 「オデュッセイア」の主人公、オデュッセウスの場合は、どうでしょう。オデュッセウスは戦場では死にませ ん。戦場で彼が男らしく戦わないわけではありません。しかし、彼のいちばんの武器は知恵です。ほこり高さを 持たないわけではありません。けれども、将来の成功のためには目の前のいやなことはがまんします。「オデュッセイア」の中で「知恵に豊かな」オデュッセウス、「しんぼう強い」オデュッセウスと呼ばれるとおりです。

 アキレクスとオデュッセウス、この二人の性格のちがう英雄をくらべてみて、次のように言うことができるの ではないでしょうか。アキレクスが「ほこり高い」のは、よりよく死ぬためです。オデュッセウスが「しんぽう 強い」のは、よりよく生きるためです。だから、「イーリアス」は「人間はどのように死ぬべきか」について歌 われた物語詩、「オデュッセイア」は「人間はどのように生きるべきか」について歌われた物語詩だ、と言うこ ともできるでしょう。

 同じホメーロスによって作られたことになっている「イーリアス」と「オデュッセイア」ですが、実はそれぞ れが今ある形にまとめられた時期に、およそ五十年の開きがある、と言われています。ということは、多分紀元 前九世紀のこの五十年の問に、古代ギリシア人の社会が「よりよく死ぬ」時代から「よりよく生きる」時代に変 わったのだ、ということにもなると考えられます。言いかえれば、この五十年の間に、古代ギリシアは戦士の社 会から市民の社会へと変わったのです。

 戦士にとってたいせつなことは戦うこと、できる限りはなばなしく戦うことです。はなばなしく戦うとは、死 をもおそれず戦うことです。時として死を目指してさえいるのではないかと思われるほど、向こう見ずに戦うと ころに戦士のほこりがあります。中央アジアからはみ出して、もともと先住民のいたギリシア本土やエーゲ海の 島島に侵入してきた当時のギリシア人を支えていたのは、この戦士のほこりだったのです。理由はともかく、ト ロイアというよその城市をせめる英雄たち、中でもアキレウスを動かしているのは、この戦士のほこりです。

 ところが、外から侵入してきたギリシア人も、いつかそこに住みつくようになります。槍や剣をくわやすきに 持ちかえて、種をまき、耕し、家畜を飼うようになります。つまり、その土地の住民になり、市民になります。 この時たいせつなのは、はなばなしく戦うことよりも、地道に働くことです。明日の幸せのためなら今のいやな こともがまんして、知恵を用いて生きぬくことです。同じトロイアぜめの英雄の中でも、オデュッセウスには戦 士よりも市民のおもかげのほうが強いと言えるでしょう。

 確かに「イーリアス」の中でも、オデュッセウスは重要な登場人物の一人です。しかし、「イーリアス」のト ロイアの野ではなばなしく戦うのは、アキレウスであり、パトロクロスであり、二人のアイアースであり、ディ オメーデースです。そこでのオデュッセウスの役割は、けんかした味方どうしを仲直りさせることであり、敵方 への使者となることであり……つまり、戦士らしさより市民らしさのほうが、彼の身上なのです。そういう彼の 性格を生かすためには、「イーリアス」のほかにもう一つ、「オデュッセイア」という物語詩が必要だったのだ、 と言うこともできるかもしれません。

 そうは言っても、「オデュッセイア」の中のオデュッセウスもさまざまな顔を持っています。トロイアを落城 に導く戦士、ふるさとへ帰る途中で略奪を働く海賊、部下にてきぱきと命令を下す航海者、次次におそいかかる 災難を乗りきる冒険者、女神や王女に愛される男らしい男、家庭をふみにじられて復讐に心を燃やす男、家庭を 取りもどした一家の主人……しかし、その中でいちばんたいせつなのは一家の主人としてのオデュッセウスでは ないでしょうか。

 確かに、オデュッセウスはトロイアをせめ、広い海を航海し、さまざまの冒険をします。しかし、城ぜめも、 航海も、冒険も、一日も早くふるさとのわが家に帰って、いとしい妻や息子をだきしめるための城ぜめであり、 航海であり、冒険なのです。留守の間にやかたに入りこんで好きかってにふるまっているおしかけ客たちに復讐 するのも、自分の家庭を取りもどすという、市民としてはごく当然の気持ちです。つまり「オデュッセイア」の 中のオデュッセウスを動かしているのは、市民の責任そのものなのです。

 私たちは「オデュッセイア」を読む前に、古代ギリシアにまず航海のことを歌ったたくさんの物語詩があっ て、それがある天才の手でまとめられた時、主人公にオデュッセウスを当てはめたのだろう、と考えてきまし た。その推理はそれとしてまちがってはいないでしょうが、オデュッセウスを主人公にした理由は、彼がほかの どの英雄よりもふるさとのわが家を恋いこがれた英雄だったからだという推理をつけ加えなければならないでし ょう。どんなはるかな国に向かう航海も、結局はふるさとのわが家を目指す航海なのですから。

 古代ギリシア人はギリシア本土やエーゲ海の島島に住みつくと、今度は海のかなたへと出ていきました。ただ し、海のかなたへ行くのは、あくまでもそこで豊かな宝を手に入れて、ふるさとへ、わが家へ帰ってくるためで した。ふるさとに住む場所のなくなった者は、新しい土地にふるさとを、わが家を作ったのです。どっちにして も、彼らの航海の最後の行き先は、ふるさとであり、わが家でした。航海者は航海者である前に、市民です。そ して、その市民である航海者の「右代表」がオデュッセウスであり、彼のことを歌った物語詩が「オデュッセイア」だったのです。

 古代ギリシア人は「イーリアス」と「オデュッセイア」を同じホメーロスという一人の詩人が作ったと考えま した。ということは、彼らが二つの物語詩の主人公、アキレウスとオデュッセウスのどちらをもえこひいきする ことなく、同じようにたいせつに考えたということではないでしょうか。さっき私は二人の主人公をくらべて、 あまりにも性格がちがうと言いましたが、別の見方もできるでしょう。アキレウスも、オデュッセウスも、きわ めて人間らしい人間ですが、その中の性格のある面だけを見つめるとアキレウスになり、別の面だけを見つめる とオデュッセウスになるということではないでしょうか。

 アキレウスは「よりよく死ぬ」ために戦うと言いましたが、「よりよく死ぬ」ことを目指すのは「よりよく生き る」ためにほかなりません。一方、オデュッセウスは「よりよく生きる」ために考えると言いましたが、「より よく生きる」ことの目的は「よりよく死ぬ」ことにあったはずです。戦士の社会と市民の社会とではその程度は ちがってくるにしても、人間が人間として生きるということは、ある時はアキレウスのように戦わなければなら ず、ある時はオデュッセウスのように考え、しんぼうしなければならない、ということではないでしょうか。古 代ギリシア人はそのことを知っていたから、「イーリアス」と「オデュッセイア」とを、えこひいきなしにたい せつにしたのでしょう。

 なにも古代ギリシアに限ったことではありません。「イーリアス」と「オデュッセイア」とは古代ギリシアが ほろびた後も、世界じゅうの人人に愛され続け、読みつがれてきたし、今も愛読され続けています。それはこの 二つの物語詩が、古代ギリシアという特別の時代の特別な土地の特別な物語ではなく、いつ、どこの、どんな人 人にもわかる人間の物語だからにほかならないからだと思います。アキレウスとオデュッセウスは古代ギリシア の英雄の代表であるより前に、人間の代表なのです。

 もし、きみが「オデュッセイア」を読んで、まだ「イーリアス」を読んでいなかったら、ぜひ読んで、自分で 二人の主人公をくらべてみてください。私はさっき、アキレウスをオデュッセウスとはまるで性格がちがう英雄 と言いましたが、おたがいにちがう性格を補い合っているふたごの兄弟のような存在だ、と言うこともできるで しょう。そして、このふたごの兄弟の中には、まちがいなく私たちと同じに、熱い人間の血が流れていること を、きみは知ると思います。

 きみがアキレウスのように生きるにしろ、オデュッセウスのように生きるにしろ、または全く別の生き方をす るにしろ、二人は人間の先輩として、きみの生き方に生き生きした影響をあたえてくれるにちがいありません。

 なお、「オデュッセイア」にも、「イーリアス」と同じに、西洋古典学者の呉茂一先生の美しい日本語全訳があ ります。この本にもその美しい訳をそのまま使わせていただいた部分があることをつけ加えておきます。

このページのトップへ