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  キリスト教と現代

1. はじめに

今日では日本でもクリスマスの季節になるとキリスト教の讃美歌やクリスマス・キャロルが歌われ、母の日にはカーネーションを贈られるが、はたしてどれだけの人がその内容を理解しているのだろうか。宗教人口の統計から見ても、平均的な日本人にとってキリスト教にたいする知識はそれほど深くないものと思われる。しかし最近は、キリスト教式の結婚式が増加しているし、映画「天使のラブソング」のヒットが示したように、音楽界ではゴスペルがブームとなっている。ゴスペルの発端はアメリカの黒人奴隷たちが好んで口ずさんだ「黒人霊歌」だと言われ、キリスト教的な内容や聖書から題材をとった歌詞がたくさん含まれている。このように、はっきりとは自覚しないままに、私たち日本人がキリスト教の影響を受けている事柄は多い。幾つかの実例を挙げてみよう。

一週間に一日の休日を持つ暦は、一八七二年(明治五)に西欧にならって政府が太陽暦を採用してからは標準的な生活パターンとなったが、そのモデルはキリスト教、さらに遡ればユダヤ教の旧約聖書にたどりつく。六日間は働いて七日目には仕事を休むというリズムは、旧約聖書の出エジプト記二〇章八~一一節、申命記五章一二~一五節にある「十戒」の一つに由来している。

また「紀元前」「紀元後」と記される西暦(グレゴリウス太陽暦)は、B.C.(英語でBefore Christ、「キリスト誕生以前」の意)およびA.D.(ラテン語でAnno Domini、「主の年」の意で、イエスの誕生から数えた年数)と表記されるが、これらも元来はキリスト教的表現である(後代の研究によれば、イエス・キリストの誕生はB.C.六~三年だったと言われる)。だが、どうしても年代の数え方をイエス・キリストと関連付けたくない人たちは、B.C.E.(Before Common Era、「共通の時代以前」の意)およびC.E.(Common Era(「共通の時代」の意)という表記を使用するが、いずれにしても、イエスの誕生をその基点としている。

よく目にする「目には目を、歯には歯を」という表現は、旧約聖書レビ記二四章二〇節にある。これは「同態報復法」といって過度の報復を禁じた古代の戒めだが、有名なハンムラビ法典にも同じ規定がある。また「目からウロコが落ちる」という言葉は、新約聖書の使徒行伝九章一八節から取られた表現である。同じ新約聖書からの「豚に真珠(を投げてやるな)」という格言は、マタイ福音書七章六節に由来する。近年しばしば政治の世界で使用される「三位一体(の経済改革)」という言い方も、もともとはキリスト教の根本的教義をなす神学用語である。また人名の英語表記で使う「ヘボン式ローマ字」のシステムを作り出したのは、明治時代に来日した宣教師のヘボン(英語ではHepburn、今ならヘップバーンと書く)だった。

このほか物事の考え方の上でも、キリスト教の影響を強く受けた面がある。江戸時代以前、日本語で「愛」と言えば、「男女の欲情」を意味し、どちらかと言えば悪いイメージの言葉だった。明治時代以降に、キリスト教の宣教師が「神は愛である」というモットーを多用するようになって「愛」の理解が深まり、今では「恋愛」にとどまらず、「友愛・友情」「家族の親愛の情」「報いを期待しない犠牲的な行為」までを「愛」と言うようになった。これもキリスト教の影響の一つと言えよう。

では現代、キリスト教は世界でどのような広がりを持っているのだろうか。

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