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別役実の
犯罪のことば
解読事典

別役実の 犯罪のことば解読事典

別役 実 著 (カバーイラスト・石野点子、装丁・南神坊)

1,300円 新書変 208頁 978-4-385-36025-X (品切)

現代は解読し難い犯罪のるつぼである。硬質な犯罪用語(法律用語)をわれわれの身体になじませるべく、また「生活感覚」に即して犯罪を吟味し解読すべく、犯罪劇場の仕掛け人、別役実が再び立ち上がった。

本書は小社が1981年に刊行した『別役実の犯罪症候群』(品切れ・再版未定)の「2 犯罪−そのデザイン」をもとに、項目を追加して編集したものです。

2001年10月15日 発行

 橋本治が大辞林を使う (品切)
 泉麻人のなつかしい言葉の辞典

 Momiichi Unitaさんの「別役実づくし」のHP


●まえがき

 犯罪は日々生起し、日々メディアを通じて我々のもとに送りこまれてくる。我々にとって「今日はどのような犯罪があったのかな」というのが、その日をその日として確かめるための、重要な手がかりとなりつつあるからである。もちろん、どのような犯罪があったから、その日がどのような日であり、どのように身を処さなければならないかを、誰もが日毎に確かめ切っているわけではない。ただ、毎日そうしたことをくり返していることによって、状況の変化、もしくはそこにある人間性の変化を、それとなく感じとられるようになり、それに応ずることが出来るようになるであろうと信じているのである。

 従って今日、我々の抱く犯罪への関心は、かつての農耕民族が抱いた天候への関心とよく似ている。西の山に雲がかかれば、「明日は雨になるぞ」と、当時の人々が考えたように、青少年の暴力犯罪が増加すれば、「時代は閉塞的だ」と、我々は考えるのである。

 当然ながらこの場合、そのそれぞれの現象の、それをそうさせた原理まで理解する必要はない。それをひとつの現象として感じとり、それが次にどのような現象をもたらすかを予想して、そこでのよりよいふるまいを身につければいいのである。西の山に雲がかかるのを見た当時の人々は、「明日は雨になるぞ」と予想し、畑にやる水を少なくしたのであり、「どうしてそうなるのか」などとは考えなかった。

 犯罪についても同様である。「どうしてそうなるのか」などと考える前に、それを社会現象のひとつとして感じとり、感じとった身体感覚を通じて、それが次にどんな現象をもたらすかを予想し、そこでのふるまい方を身につけなければならない。そうでなければ日々生起する犯罪を糧とし、未来へ向けての生活の智恵とすることは出来ないのである。

 ところで、かつての人々が自然現象をそれとして感じとったように、今日の我々が犯罪を、社会現象のひとつとして感じとることは、かなり難しい。メディアを通じて我々のもとに送りこまれてくるさまざまな情報の中では、犯罪情報は比較的、「痛い」とか「怖い」とか「苦しい」とか「憎い」とか「哀しい」とかの感情に移し変えられやすい分だけ、「感じとる」に足る手がかりを残しているが、それでも自然現象に対するそれとは、比較にならない。

 どうしても、「感じとる」というよりは、「解読」して、「理解しよう」としてしまうのである。自然現象における「嵐が来るぞ」という警告は、我々も「感じとる」ことが出来るから、それなりに「身構える」ことが出来るが、社会現象における同様のことに対して、我々がどう「身構えて」いいのかわからないのは、恐らくそのせいであろう。

 ひとつには、社会現象というものが特にそのひとつである犯罪というものが、特殊な専門用語で語られているせいに違いない。もちろん、かつてはそうではなかった。「近所でも鼻つまみ者で通っているゴロツキの某は、その場に血まみれの出刃包丁を放り出したまま、雲を霞と逃げ去った」というように、伝えられていたのである。ところがこれが現在では、「近所でも、日頃の素行が必ずしも芳しくないと評判されている無職の某は、現場に血痕が付着したままの凶器を放置したまま、行方をくらました」ということになってしまうのである。

 特殊な専門用語を使用し、煽情的にならぬよう、極めて冷静にその場のいきさつを伝えようとしている姿勢は、わからないでもないが、「今ここで、異常なことが行われました」ということに対する、周辺の人々にそれなりの「身構え」を促すものとしては、はなはだ心許ないものと言えよう。異常事を異常事として人々に、身体的に感じとらせるための手がかりが、きれいにぬぐいとられているからである。

 言うまでもなくここには、「犯罪は法とその執行官に委せておけ」という、体制側の思い入れが働いている。我々が、私情によって行動を起したら、問題は手のつけられないものになりかねない、というわけだ。それはわからないではないものの、それによって生起した個々の犯罪を、我々が「身体的に感じとる」権利まで奪っているとすれば、それはいささか余分なことであろう。これによって我々が犯罪そのものに対してよそよそしくなり、社会現象のひとつではなく、「社会外現象」のひとつと見做しはじめるとすれば、尚更である。

 ひとまずは、言葉が問題である。「特殊な専門用語」と私は前述したが、これらはおおむね法律用語と言っていい。これらを、我々が日常そのあたりで使っている、市井の言葉に作り直す必要があるであろう。もしくは、「呉越同舟」のように、わけがわからないまま日常使いこなすことにより、身近なものとするべきであろう。

 もちろん、メディアが犯罪情報を、前述したように中性的スタイルで語りはじめてから既に長年たっているから、「呉越同舟」型の、わけがわからないまま日常使いこなすことにより身近になった言葉も、かなりあるはずなのであるが、こと「犯罪用語」に限って言えば、必ずしもそうではない。依然として「特殊な専門用語」のカラに閉じこもったまま、近づくと「うるさい」と言わんばかりに、そっぽを向いてしまうものも、決して少なくはないのである。

 たとえば、「未必の故意」などという言葉はどうであろう。音で読むと「ミヒツのコイ」であるが、これを本字に直せと言われて、一体何人が正しく答えられるであろう。「密室の恋」というのが最もありそうなものであるが、それと関連させて意味も、「秘めやかな恋」とか、「ミヒツ」をわけがわからないままこなし、「失敗した恋」と考えるのがせいぜいのところに違いない。

 「コイ」が「故意」であり、「わざとやること」の意味だということがわかっても、その前に付く「未必」となると、お手あげと言っていいだろう。「必然的ではない」ということらしいのであるが、それが何とかわかって「故意」とつなげてみると、「必然的ではないがわざとやること」になり、これでもまだ「一体何を言ってるんだ」ということになるであろう。

 実は、前段の「必然的ではないが」というのは、「やること」つまり「行為」にかかるのではなく、その「結果」にかかる言葉であるから、それとこれとをそのまま連続させることは出来ないのである。言ってみればこれは、「そうやっても、必ずそうなるとは限らないものの、そうなったらそうなったでしようがないと考えて、そうする」ことなのであり、この場合の「そうやっても、必ずそうなるとは限らないものの」というのが「未必」なのであり、「そうなったらそうなったでしようがないと考えて、そうする」というのが「故意」なのである。

 確かに、これだけのことを、「未必の故意」という言葉にまとめあげて見せているのは、或る意味で見事であるが、その分だけ無理も強いているから、言葉としてこなすとなると容易ではない。しかも、内容が内容であるから、「日常使い馴れておく」というわけにもいかず、いつまでも違和感のある言葉として、残り続けかねない。犯罪用語には、この種のものが多いのである。

 というわけで本書は、このようにして特殊な犯罪用語を、何とか日常用語として「こなす」ことが出来るよう、「いじってみる」作業としてはじめられた。そうなのだ。犯罪というものも、それを身体で感じとるためには、身体で「いじってみる」ことが必要であるように、そのために語られている「犯罪用語」も、ひとまず「いじってみる」のが思わぬ効果をもたらしてくれるのである。

 ロック・クライミングの名手を称して、「岩のだまし方が上手い」という言い方がある。私は高所恐怖症であるから、ロック・クライミングはしないが、この言い方はよく理解出来る。言うまでもなく、岩の方がだまされることはないであろうから、その名手の方が、自らだまされることによって岩の方もだまされつつあると思いこむのであろう。

 私の、硬質な「犯罪用語」に対する「いじり方」の手はじめも、これとよく似ていると言っていい。私がだまされることによって、言葉の方もだまされつつあると思いこむのである。そして、そのようにして遊んでいるうちに、どちらがだましているのかだまされているのかわからなくなる。言葉の、意味の厳正さという点から考えると、大いに問題があるには違いないが、それを身体になじませ、「こなし」つつあるという感触は、これによって得られるのである。少なくとも「犯罪用語」というものの持つ、それが法律用語であることからくる畏敬の念は、取り払われるであろう。それだけでも、本書の意味はあるのではないかと、私は考えるのである。


●目  次

まえがき    ……1
精神鑑定   ……12
アリバイ    ……20
非 常 線   ……29
十 七 歳   ……38
指  紋   ……42
動  機   ……51
挙 名 犯   ……60
指名手配   ……64
自  首   ……73
痴  漢   ……82
時  効   ……86
共同正犯   ……95
保険金詐欺  … 104
バラバラ殺人…… 108
推  理  …… 117
ストーカー …… 126
殺  人   …… 130
詐     欺…… 139
セクハ   ラ…… 148
愉 快 犯   …… 152
自  殺   …… 161
毒  薬   …… 170
黙 秘 権   …… 174
不 能 犯   …… 183
不     倫…… 192
故    意…… 196

本文さし絵=森  宏

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