言語学への開かれた扉

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千野栄一 著

1,750円 四六 272頁 978-4-385-35601-X 品切

言語学を学ぼうとする人のために,やさしく,詳しく説いた読み物風言語学入門書。「言語調査」「解読」など16のテーマについて,エピソードと関連書を紹介。他に言語学現代事情,言語学者列伝で構成。

1994年11月 1日 発行

 言語学 私のラブストーリー



●著者紹介

千野 栄一(ちの えいいち)

1932年東京生まれ。東京外国語大学ロシア語科、東京大学言語学科卒。その後チェコスロバキア政府留学生としてプラハのカレル大学でスラブ語を研究、同大スラブ語科卒。東京教育大学助教授・東京外国語大学助教授・教授を経て東京外国語大学名誉教授・和光大学教授。2002年、没。

 編著書『言語学大辞典』(共編・三省堂)、『言語学の敏歩』『言語学のたのしみ』『プラハの古本屋』(以上、大修館書店)『外国語上達法』(岩波新書)など。



●まえがき

 この『言語学への開かれた扉』(Janua liguisticae reserata)という、いささか変った本のタイトルは、タイトルそれ自体が二つのことを示している。

 その一つは、この本が言語学を丁寧に説明した、誰にも分かるような易しい本であることを示そうとしていることである。しかし、一般によくある、『易しい言語学』とか、『言語学入門』とか、『言語学の基礎』……というような題では、これまで数多く出版されたこの種の本の中に埋もれてしまい、この本の存在をアピールすることができないのではないかという不安がある。そこでこの『言語学への開かれた扉』というタイトルが選ばれたのだが、とはいえこの本の内容は言語学をよく理解して欲しいということにつきる。

 思いもよらなかったが、最初なんとなく坐りの悪かったこのタイトルは、だんだん私の気に入るようになってきている。それは、『言語学への招待』とでもすると、言語のことにあまり関心のない人までつい誘い込むのではないかと心配しなければならないのに、この題は「扉は開いています。気のある方はどうぞ」と、読者に下駄を預けた、一見ドライなように見えるからである。この本の第一部「言語学へのいざない」は三省堂の宣伝誌「ぶっくれっと」に連載されたものなので、当然のことながら読者にはいささかでも言語学の知識のあることは期待されていない。しかし、実をいうと、著者には言語学をこれから勉強しようと思っている人には是非読んでいただきたいという思いがある。そんなわけで、今になってこの本のタイトルが気に入り出してきているところである。

 ところでもう一つは、何か気のきいた本の題を考え出したかったのだが、著者には独創的な発想力が不足していて、それがどうしてもできなかったことを示している。そこでかってのベストセラーの題に「しかるべき変容を加えて」(実はこのことばも著者のものではなく、ラテン語のMutatis mutandisの訳である)『言語学への開かれた扉』としたのである。しかるべき変容を加える前の本のタイトルは、Janua liguisticae reserata、『言語への開かれた一扉』で、ラテン名コメニウス(Comenius)、チェコ名ヤン・アモス・コメンスキー(Jan Amos Komensky 1592-1670)が一六三一年に亡命先のポーランドのレシュノで書いて、出版した本である。この本は一九世紀の初頭に最後の版が出たとき、二五〇版に達した超ベストセラーである。「棒ほど願って針ほどかなう」というので、拙著もせめて十分の一の二五版ぐらい出て欲しいと希望している。ただ、どう願っても及びもつかないのは、コメンスキーの本は著者の生前にヨーロッパの主要言語とアジアの若干の言語にもう翻訳されていたのに、私の『言語学への開かれた扉』にはどうころんでもそのような可能性はないことである。

 勝手なことを書いていて、『言語への開かれた扉』には何が書いてあるのかを書くことを忘れていたが、この本はラテン語の教科書で、七千三百の語彙で一千の文が作られていて、テーマ別に百の課に区分されているという本格的な学習書である。もっともこの語彙数は初歩の学習者にはあまりにも多すぎるので、一六三三年にこの本を約十分の一に縮めた『言語への開かれた扉の玄関』(Januae linguarum reseratae vestibulum)が書かれ、さらにそれを改訂した『広間』(Atrium)が一六五二年に出版されている。そしてこの『扉』の行きついた末が有名な『世界図絵』(Orbis sensualium pictus)で、これは図解百科事典ともいえる本であり、よく知られたドイツのドゥーデンの図解辞典のもとになった本である。なお、この『世界図絵』には邦訳(井ノロ淳三訳、ミネルヴァ書房、または、平凡社ライブラリー)がある。

 ここで、「janua」という語の訳について一言しておくと、この語はチェコ語ではdvere(またはbranaと訳されており、コメンスキーの本の題として両方が使われている。前者は「扉」であり、後者は「門」である。このほかにvchodの意味もあり、「入口」を意味するが、このように訳されたケースはない。この三つの語は英語のdoor,gate,entranceにほぼ相当する。ところでこの中から「扉」を選んだのは、この「扉」に達する前にvestibulum「玄関」があって、その前にatrium「広間」があると考えたからである。逆に「門」と訳し、そのあと「玄関」、ついで「広間」とも考えられれるが、januaが難しいのでvestiblumを書いたいきさつとはうまく対応しない。

 さて「まえがき」が予定以上に長くなったが、言語学への扉は開かれているので、心ある人はぜひ中に入ってのぞいていただきたい。

 扉の中に入れば、次にはどの本を読んだらいいのかを指示する第一部もあり、世界の言語がどのような現状に置かれているかを説明する第二部もあり、またそこには言語学を立派な学問にした人々の肖像画が飾ってある第三部もあるからである。



●目  次

まえがき 5

I 言語学へのいざない 9

言語調査 11
言語学史 18
音声学 26
音韻論 34
比較言語学 44
解読 52
社会言語学 59
ピジン・クレオル諸語 66
ユニバーサル 74
方言学 82
日本語の構造 90
言語類型論 98
文字論 106
対照言語学 144
言語 122
世界の言語 130

II 現代言語事情 139

ことばのミスーアリー ――カフカースの言語 141
地球は言語のメルティングポット
 ―強いられる多言語化への動き― 156
言語音と口 170
ペレストロイカにみる文字の文化圏 187
東欧言語事情オムニバス ―日本にとって東欧とは何か
                     ― 196
東ヨーロッパは世界の言語学に何を貢献したか 209

III 近代言語学を築いた人々 223

巨人ボドゥアン・ド・クルトネ 225
不死鳥ド・ソシュール 229
具現者ビレーム・マテジウス 233
天才セルゲイ・カルツェフスキー 237
機能論者マルティネ 242
構造類型論者メシチャニーノフ 246
言語の詩人エドワード・サピア 250
碩学ヤコブソン 254
比較言語学者アントワーヌ・メイエ 258
日本の言語学者 河野六郎 262

あとがき 267



●初出一覧

初出一覧

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