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がんで逝くひと、送るひと


がんで逝くひと、送るひと

池田朝子 著

1,600円 四六判 204頁 978-4-385-36533-6

がんの最期の看取りをどうするか。77歳の父の食道がんの発見、治療、再発から在宅死の選択までの希望と絶望の日々を、娘が細やかに綴った感動の奮闘記。がんで逝くひと、送るひとに大切な終末の過ごし方とは?

目 次   あとがき・謝辞   著者紹介

2011年4月25日 発行




目  次

はじめに ── がんの父から貰った最高のプレゼント ………… 1

終末期から看取りまでの10パターン…2 / 父のがん終末期[自宅 ─ 病院 ─ 自宅(訪問診療)─ 自宅で看取り]…5 / “逝きかた・送りかた” がうまくいった共通項…6 / こうして学んだ結果、私自身の最期の希望 BEST(5)…7

第1章 がん患者と家族になった日  9

まさか、父ががんになるなんて ………… 10

■がんと告知された日 2006年8月28日(1日目/594日)…11

内視鏡検査でがんの告知を受ける…11 / 病気もがんのことも何も知らないことを知った…12 / 治療法と病院選び“がん患者と家族のコミュニケーション”…13 / 病院と治療法は身内でよくよく検討を…15 / セカンドオピニオン? インフォームド・コンセント?…16 / がん治療スタート“医者と患者と家族のコミュニケーション”…19 / 「命のポタージュ」で生き延びたがん闘病…20

■入院 2006年9月11日(15日目/594日)…20

初めてがんの治療法を説明され緊張…21 / 医師に素直に質問する…22 / いよいよ共同作業で治療するのだと腹を決める…23 / 父のがん治療…24 / 入院生活を少しでも楽に乗り切る知恵と工夫…25 / 治療中でも父が食べられ喜んだもの…26 / 思いやりが気持ちを支える…27 / 相手の立場に立った“看護師さん・患者・家族のコミュニケーション”…28 / 相手の気持ちや状況を想像した会話…30 / がん患者から人間になるとき…31 / 患者が楽になる“気持ち発散コミュニケーション”…32 / 気持ちの揺れを知った会話…33

第2章 退院から在宅療養  35

父の生い立ち…36 / 父の人生…37 / 父の退職後…38 / 治療の結果、7cmの食道の腫瘍が消えた…39 / 放射線治療の後遺症…41 / ぎりぎり年内に退院が決まる…41

■退院 2006年12月26日(121日目/594日)…42

自宅での生活が再開…43 / 在宅療養 “父娘のコミュニケーション” …44 / 人生の変わり目を後押し…45 / 「聴く」という役割と会話…46 / 皆がうまくいく会話を創作する…47 / もう治療法はない、でも何か手を打ちたい…48 / 手抜きのカロリー計算…49 / 腫瘍マーカーって何?…49 / 第三者の援助をうまく借りられなかった…50 / がん闘病を乗り切る体質とは…51 / 自宅療養期に起こった事…52 / 初めての救急車…53 / 民間療法を探し、漢方を試す…54 / どこだか痛い、でも転移とは誰も言わない…56 / 母も家から出られず足が萎える…57 / とうとう来た病院へ行く日…57

第3章 再入院から自宅での看取り  61

■がんの転移で急速に衰える ── 再入院
  2008年2月4日(526日目/594日)…62

最期の告知はしないことに…62 / 中心静脈ポートの手術をする…63 / がんの痛み止めで便秘に苦しむ…64 / 自宅で訪問診療を受ける準備…64 / 病室で介護保険に入る手続き…65 / 自宅で過ごす準備…67

■退院 2008年3月7日(558日目/594日)…68

人に足を持ってもらう日…68 / もう戻らない病室…69 / 人生の最期を過ごすベッド…70 / 終末期の “在宅診療スタッフと患者と家族のコミュニケーション” …71 / 大人のオムツもはじめてのこと…71 / 告知と緩和ケアとの関係…72 / 母の本格的介護がスタート…72 / スピリチュアル・コミュニケーション…73 / 人は最期にあたって何を感じ欲しているのか?…76 / 日常の当たり前の会話…76 / 山谷のホームレスのホスピスケア…77 / 父はヘルパーさんと上手くいかなかった…78 / 死ぬ前は苦しくないのかもしれない…79 / 最期のコミュニケーション…82 / 過去・現在・未来をつなぎたい…82

■看取り 2008年4月12日(594日目/594日)…83

私を新入生歓迎会に送り出して逝った父…83 / 最後の看取り方の選択…84 / 満足、納得の看取りとは…85 / 延命について自分で選択し たい…86 / 12日に 逝ったので、13日の講演会が開催できた…88 / 入院できると思うと自宅で看られる…88 / 看取りは訪問看護師さんが強い味方…89 / 看 取り後のコミュニケーション…90 / 看取りに遭遇して多くを学ぶ…91 / 「おくりびと」初体験…92 / ひとつひとつ味わいながら昇華…93

第4章 看取りを振り返って  95

〈父はまぁ良い死に方だったと思う〉…96

情報(本、インターネット)が手に入った…96 / 自宅で死にたいという希望がかなった…98 / 主たる介護者だった母が「後悔ない介護をした」と言った…102 / 父は「これはこれで良かった」と言った…104 / とっても良かったとは言えない…105 / がん患者の家族が共倒れにならないために…107 / オリジナルな“安心毛布”を工夫…108 / 死のにおいが怖かった…108 / 家で死ぬ様子──在宅診療と看取りの35日間…109 / がん末期の「せん妄」って?…112 / 生きるのが一番辛い時期…113 / 死にゆく人は無力ではない…117

〈私がその時を迎えたら〉…119

終末期の考え方と状況…119 / 終末期がん患者の一般的流れ…120 / 延命の「事前指示」は生前のコミュニケーションツール…121 / 普段から死のことを話し合う感じがいい…122

第5章 看取りのあとで  127

死は生への連動…128 / 老い・病気・死ぬことが気軽な話題に…128 / 母の生い立ちと人柄…129 / ケアマネジャー講義で目からウロコ…129 / 在宅緩和ケアに絶大な信頼「鈴木央先生」からの学び…131 / 元気な高齢者の先輩がお手本…132 / カラー回想法で高齢者の底力を発見!…133 / 半身不随のご主人を8年間も全介助し、自宅で看取られた…135 / 家族の和を調整し91歳のご主人を最善の施設へゆだねられた…136 / 何歳になっても生きるテーマがある…136

第6章 私を支えた大学院というバックアップシステム  139

医療福祉ジャーナリズムを学ぶ大学院生になって…140 / 銭形平次型ボランティアとは?…140 / 医療福祉ジャーナリズム分野の幅広い魅力的な授業…142 / フジテレビ番組収録の本番見学会…143 / 読売新聞の生粋ジャーナリズム魂を学ぶ…145 / 読売新聞の人気記事「医療ルネサンス」の現場感覚に触れる…146 / 朝日新聞の敏腕記者から学ぶジャーナリズムな生き方…147 / 全国の病院、海外の医療事情と比較して日本の未来を考える広い視点…148 / マイケル・ムーア監督の映画「シッコ」から医療福祉を問う授業…150 / 福祉住環境論を学んで、寸法のオタクになった私…151 / 先進的ケアネットワーク分野「がん終末期在宅療養支援研究会」に学ぶ…153

第7章 患者と家族が活用する医療情報  157

診療情報提供(カルテ開示)…158 / 医療コミュニケーション…159 / がん患者へのコミュニケーション…161 / 患者が医療福祉従事者に求めるコミュニケーション…163 / 「がん」への感想…168 / おわりに─看取りが未来をデザインする…171 / 自分の死の準備は看取りから始まる…174 / 父のふるさとルーツ旅…176 / 父と母…178

あとがき…180

参考資料



あとがき・謝辞

父の看取り後しばらくして、がん闘病〜介護、自宅での看取りまで一般人の私が体験したことを、医療と福祉の専門家の皆さんに話す機会をいただきました。ある方が「あなたは、在宅診療の医師や訪問看護師さんに恵まれたから、うまくいったのね」と言われました。
 私はびっくりしました。別の機会に同様な話をした際には、介護の専門職の方から「あなたは、ハズレだったわね」と言われたことがあったからです。もっと良いサービスを受けられたのに大変だったわねと、ねぎらって言ってくださったと思いましたが、「私なりに、今は後悔してないので大丈夫です」と、その時は答えました。どちらが真実なのでしょうか?

私は、他と比べることはできない状況でした。知識も情報もなく、病院が指示してつないでくれた近所の機関の方々にお世話になるしか、選択の種類は持っていませんでした。真実の答えはわかりません。
 今、思うことは、一般の患者の家族は、目の前にある資源とどう上手くお付き合いするか、という現実しかない、ということです。昨今、情報が多くなると、期待値が高くなって、今、目の前にいる方に評価が厳しくなったり、もっとできて当然と批判したりしがちです。何の得も誰にもありません。
 今、目の前にいる方は、もしかしたら最近従事されたての方や、未熟な方かもしれませんが、私たち家族にはできない専門の勉強をされ助けてくださる方なのです。この位置から、「して欲しい事、お願いしたい事、訂正して欲しい事」等をお伝えして、最善の手に入れたい結果に至ればよいと思うのです。

最近、医師のコミュニケーション力を問う事を良く聞きます。同時に、医療や福祉を受ける私たちのような一般の患者や家族も、コミュニケーションへの意識を高める必要があります。「伝達力」と「感情の上手な表現力」を身につけることによって、くいちがいやすれ違いを軌道修正でき、三者の得を生むと思います。
 なぜなら、私たち家族も、患者も、医療福祉の専門家も、ゴールは同じだからです。もし相手に対して、何か違うと感じたなら、家族が願うゴールを誠意を持ってその都度伝えながら、軌道修正していけばいいと思うのです。若かろうが未熟さを感じようが、偉くて価値感が異なり好きでないタイプだろうが、家族にはできない専門性を持たれている方々です。医療福祉従事者の方へ、心からの敬意と感謝を思うとき、私たちは一緒にゴールを手にできると思います。
 その上で、これは違うと確信したら、他の選択肢はあります。今、目の前の現実を「これじゃない」とつい反発したいものですが、真実や正解があると思うのは幻想であり、自分で今を受け入れつつ探りながら次を生み出すしかないと思いました。

私にとって、父の介護から看取りまで様々にお世話になった医療と福祉をお仕事にする皆様は、他の誰とも比べることができない方々です。感謝してもし尽くせないほど、そこにいてくれたから、ああできた、というかけがえのないお一人おひとりなのです。

        

謝辞

本書の制作にあたりまして、指導教官の大熊由紀子教授よりご指導をいただきました数多くの学びは人生のかけがえのない体験となりました。心より御礼申し上げます。
 国際医療福祉大学大学院での専門性に優れた講義を受講させていただきました諸先生方、ジャーナリズム分野の水巻中正教授、丸木一成教授、黒岩祐治教授の各先生方からの熱意あふれるご指導に、心より御礼申し上げます。
 また既に専門領域で優れたお仕事をされている社会人学生の皆様から多くの励ましとご指導をいただき、ありがとうございました。父の介護で憔悴していた私に大学院への入学を薦め、アドバイスをいただきました渡部新太郎氏に深く感謝いたします。
 母、父に献身的にがん治療をしていただきました昭和大学病院、消化器内科の医師、看護師、薬剤師の皆様、また、ファミリークリニック馬込の小沢先生、菜の花訪問看護ステーションの沢田看護師等の皆様のおかげで父を最善に看取ることができました。医療・福祉に関わる全ての皆様方に、心より尊敬を込めまして深く御礼申し上げます。
 最後に、三省堂出版部の中野園子さんの励ましのおかげで、父の看取り部分に改めて深く向きあい、書き終えることができましたことを、心より御礼申し上げます。

2011年3月

池田 朝子


著者紹介

池田 朝子(いけだ・あさこ)

株式会社綺麗塾代表取締役/ASAカウンセリング研究所代表。
NPO法人カラーカウンセリング&会話心理学研究会理事長。
1961年東京生まれ。婦人画報社にてファッション誌の編集者、各種セミナー講師などを経て現職。社団法人日本産業カウンセラー協会会員。シニア産業カウンセラー/カラー心理カウンセラー。
国際医療福祉大学大学院医療福祉経営専攻医療福祉ジャーナリズム分野修士課程修了。医療福祉経営修士。
大学院では、医療と福祉の最先端情報を学びました。少子・超高齢化社会を迎えた日本。最も大事な「いのち」を自分で考え、私にできる一歩は何か? を問うスタートとなりました。

きれい塾/ASAカウンセリング研究所 http://www.kireijuku.jp

【著書】
「人間関係が楽になる会話心理学」(日本医学出版)
「あなたを幸せにする色の魔法 ハッピーカラーセラピー」(アスキー)
「幸運を引き寄せるカラーセラピー」(新星出版社)



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