今日、古典に出会う
古典は、本当に面白い。そのことを実感してもらうために、本書はできました。
古典がよくわからない、ちっとも面白くない。そう感じている人はいませんか? もしそうなら、あなたはまだ古典に出会っていないのです。なぜかと言えば、古典は実際にとても面白いものだからです。しかもその面白さは、薄っぺらなものではありません。私たちにことばを通して生きる知恵を与えてくれる、深くて生き生きとしたものなのです。
人との出会いで考えてみましょう。全然別の人生を送ってきたはずなのに、こんなにも同じ感じ方・考え方をするなんて、こんなにも気持ちが通じ合えるなんて、と驚いたことがあるでしょう。人との出会いは、人生の最大の魅力の一つです。そうした出会いは、ただ待っているだけではなかなかやってきません。少し勇気を出して、話しかけ、働きかけてみることが大切です。
古典も同じです。歴史を背負った有り難いものとして、ただ受け身一方で勉強するだけでは、気持ちが通じ合うような感動はやってきません。ですから、皆さんの持っている感性や物の考え方を、一度古典にぶつける経験をしてみてほしいのです。古典に出会い、その世界に一緒に参加してみてほしいのです。古典には、人々の手によって長い間大事にされてきた蓄積があります。一見そっけなく見える表現にも、奥深い世界がたくわえられていますから、必ずあなたの期待に応えてくれるでしょう。
では、どうすれば古典に働きかけ、それに出会うことができるでしょう。私たちはこう考えました。古典に参加するための誘導路を作ったらどうか、と。それが本書の題名にもなっている、レッスン(Lesson)です。皆さんが、自分の頭で考え、自分でことばを探していく中から、自然と古典と出会うようにと考えた工夫です。古典に参加してゆくための練習問題だと思っていただければよいでしょう。Lesson1を糸口として、Lesson2、 Lesson3へと順次深まってゆくよう設定してあります。ああでもない、こうでもないと解答を模索し、自分のことばで記してゆくにつれ、あなたはきっと古典の中へと導かれてゆくことでしょう。
全体の構成は、7つのGenre(ジャンル)から成っています。「ことばの力」「編集」「読む」「文体」「レトリック」「翻訳する」「共有」の7つです。それぞれ、古典の個性と面白さがとくにあらわれているテーマです。おのおのが2〜3の章に分けられ、散らばって配置されています。最初から順に学び進めることで、できるだけスムーズに古典へと参加してもらうためです。もちろん、個々の興味に従って、どこから始めていただいてもかまいません。肝心なのは、皆さんに直接アタックしてもらうことなのですから。
本書の執筆者は、今まさに大学で古典文学の授業に工夫を重ねている、三十歳代の若い人たちが中心です。自分の授業経験を生かしながら、上記の趣旨に即した理想の古典の授業を考えました。また執筆者全員でも討論を繰り返して、本書を作り上げました。この本を通して古典に参加し、古典の深い面白さを体験してみてください。
序章 002
今日、古典に出会う
Genre ── ことばの力 1 011
ことばを選ぶ
Genre ── 編集 1 023
文章を動かす
Genre ── 読む 1 033
句読点とカギカッコ
Genre ── ことばの力 2 043
助詞の働き
Genre ── 文体 1 055
さまざまな文体
Genre ── レトリック 1 065
隠されたメッセージ
Genre ── 翻訳する 1 075
三段階で訳す
Genre ── 読む 2 085
「すむ」と「にごる」
Genre ── 編集 2 093
配列を考える
Genre ── 文体 2 103
漢字とカナ
Genre ── 共有 1 115
パロディで遊ぶ
Genre ── レトリック 2 127
だじゃれと掛詞
Genre ── 翻訳する 2 137
シナリオ化してみよう
Genre ── レトリック 3 149
比喩を楽しむ
Genre ── 共有 2 159
文学をイメージする
Genre ── 読む 3 171
絵巻をよみ解く
終章 188
古典のはじまり ── あとがきにかえて──
主要登場人物解説 192
主要参考文献 ── 次のステップのために ── 198
編著者紹介(担当章一覧) 207
古典のはじまり ── あとがきにかえて──
本書のLessonをやってみて、どのように感じましたか。
空欄を埋めてみたり、ことばや文章の組み合わせを変えてみたり、文体の違いを考え、自分なりのことばで言い換えてみたり、古典の文章に隠された暗号を解読してみたり、絵をよみ解いてみたり。ずいぶん、いろいろなことをやるのだなあ、と思ったでしょうか。古典離れが進んでいるから、できるだけわかりやすくなるよう工夫をした、ということは間違いありません。古典、と言えばどうしても構えてしまいがちです。結局それが敬遠される原因となります。古典を現代に生かすためには、教える側も工夫を怠ることはできません。けれども、難しいものだからレベルを下げ、噛み砕いて教えようとしたのかというと、必ずしもそうではありません。私たちが一番目指したのは、皆さんが古典に能動的に関わってもらうことです。自分の感覚と自分の頭、そして自分のことばを使って古典に参加してもらいたかったのです。
古典が一番大事な勉強・学問であった昔のことを考えてみると、和歌や漢詩文や『源氏物語』を学ぶことには、自分が和歌や漢詩文や古典的な文章を作るため、というはっきりとした目的がありました。自己表現へと結びついていたのです。また、『大鏡』や『平家物語』を読むことは、歴史を知り、自分の生きている社会を知るためでもありました。『徒然草』は、それこそ生きるための知恵を与えてくれる書物でした。どれも、今を生きることと密接に結びついていたのです。けっしてたんなる知識の詰め込みではありませんでした。
私たちも、今を生きることと古典を結びつけて読みたい、そして皆さんにもぜひ結びつけてみてほしい、そう考えました。どんな有名作品でも、どんな大長編物語でも、最初は、ある日あるとき、一人の人間が記した一語、一文から生まれています。「古典」と言えど、それがいつもはじまりです。ああでもない、こうでもないと悩み、ことばの選択に苦しんだあげくに、作品は出来上がりました。それはまた、私たちが現在何かを表現しようとするときと、基本的には何も変わりません。本書のLessonは、一語、一文を生み出し、あれこれ選択する立場に立ってもらうことを意図したものです。皆さん自身に、古典を「はじめて」もらいたかったのです。古典は、長い歴史を背負っています。一つのことばが発せられるときにも、無数の人々の心へとつながっていきます。背後に、大きくて深い世界があるのです。そういう世界につながっていることを実感しながら、今ここでことばがはじまる。自分なりの表現が生まれはじめる。古典の最大の魅力は、そこにあるのでしょう。そんな体験をぜひしてみてほしいのです。
数学でも理科でも、いきなり応用問題には入りません。まず、例題があり、練習問題を繰り返して、だんだんと高度な応用問題へと進みます。古典にそのような学び方があっても、ちっとも不思議ではないでしょう。本書のLessonは、その例題・練習問題に当たります。このLessonに挑戦していただいた皆さんには、さらに古典の広大な海へと船出してもらいたいと思います。そのために、巻末には、付録として参考文献を加えました。これらは、本書からさらに深く学びたい人にぴったりの古典を解説した本を選び出し、簡単なコメントを加えたものです。大いに参考にしてください。
本書をきっかけに、一人でも多くの人が古典の面白さに出会ってもらうことを願ってやみません。
なお、企画の段階で、沖本幸子氏に多くの協力をいただいた。また、編集の飛鳥勝幸氏には、終始私たちを導いていただいた。お二人に心から感謝申し上げたい。
蔦尾和宏 Tsutao Kazuhiro
1972年生まれ。
現在、岡山大学大学院教育学研究科 准教授
担当:「読む1」「読む2」「レトリック2」「読む3」「主要登場人物解説」
中野貴文 Nakano Takafumi
1973年生まれ。
現在、日本学術振興会特別研究員
担当:「編集1」「文体1」「レトリック1」「編集2」「レトリック3」
「主要参考文献」
平野多恵 Hirano Tae
1973年生まれ。
現在、十文字学園女子大学短期大学部 准教授
担当:「ことばの力1」「ことばの力2」「文体2」「共有1」「共有2」
渡部泰明 Watanabe Yasuaki
1957年生まれ。
現在、東京大学大学院人文社会系研究科 教授
担当:「序章」「翻訳する1」「翻訳する2」「終章」