Lessonはいかがでしたか。もちろんLessonなどなくても、小説を楽しむことはできます。しかし本書では、いくつものLessonをあえて用意しました。まだ小説を読む楽しさを味わったことがないという人に、小説を楽しむためのヒントを手にしてもらいたかったからです。Lessonを通して、小説に関心を持ってもらえたのなら、これ以上の喜びはありません。みなさんには、これからたくさんの小説を手に取ってもらいたいと思います。いや、小説だけでなく詩や短歌や俳句など、小説以外の文学作品にも手を伸ばして下さい。本書をきっかけに、みなさんが読むという楽しみに目覚めたのなら、私たちの試みは成功したといってよいでしょう。
小説は、さまざまに読み、楽しむことができます。好きな場面だけをくりかえし味わうこともできますし、映像化された作品と比較しながら解読することも、また面白いものです。作者その人の人生や思想を知れば、作品の生まれた背景を意識しながら、表現を読み解くこともできます。
本書では、なるべく小説の表現にこだわり、Lessonを作りました。教養や知識などがなくても、小説は楽しめるということを伝えたかったからです。そして読み方のこつを伝え、さらに小説の解釈はひとつではないと示すことに努めました。読み方のこつは、これからみなさんが小説を楽しもうとするときに、最も応用が利くものです。また解釈は多様であるという前提は、小説を楽しもうとするときに、とても大切なことです。小説には正解は用意されていません。入試問題やマニュアル本とは違うのです。小説は、どのようにも楽しめる表現の織物なのです。
以下に、より専門的に文学を楽しもうとするときに、参考になる本を紹介します。文学作品を読み解くための、さまざまな理論や知識が紹介されている本です。実は本書でも、Lessonや解説は、文学に関する理論を念頭に書かれています。しかし理論そのものを紹介したり、難解な専門用語を使ったりすることを、私たちはできるかぎり避けようとしました。本書を、入門のための入門にしたいという思いからです。ですから、もし本書を読み終え、より高度に文学を楽しみたいと思ったのなら、次にあげる本を見て下さい。これらの本は、きっとみなさんをより豊かな世界に導いてくれるはずです。
1. 大橋洋一編『現代批評理論のすべて』(新書館、2006年)
文学作品を読むのに必要とされる理論が、わかりやすく網羅されています。巻末に付いている「入門書ガイド」と「参考文献」も、参考になります。
2. 前田愛『文学テクスト入門』(ちくま学芸文庫、1993年)
文学を理論的に読み解くテクスト論について、わかりやすく説明してあります。また、都市に着目して文学を読み解いた『都市空間のなかの文学』(ちくま学芸文庫)、文学における読者の重要性を説いた『近代読者の成立』(岩波現代文庫)など、前田の著作はいま読んでも面白いものばかりです。
3. 柄谷行人『日本近代文学の起源』(講談社文芸文庫、2009年)
1980年に出版された同書は、それ以降の文学研究や批評のあり方を決定づけてしまいました。その影響力は、いまだに衰えていません。本書でジャンルとして掲げた「恋愛」「自然」「学校」などは、この本を参考にしたものです。改稿を施された定本版も岩波現代文庫から出ています。
4. 千葉俊二/坪内祐三編『日本近代文学評論選【明治・大正篇】』
『日本近代文学評論選【昭和篇】』(岩波文庫、2003〜2004年)
明治から1950年代までに書かれた文学評論が収められています。それぞれの時代に編み出された批評理論を知ることもできますし、批評理論の歴史的変遷を概観することもできます。また近代文学史の概略を把握する際にも簡便な本です。
5. 鹿野政直『近代国家を構想した思想家たち』(岩波ジュニア新書、2005年)
近代において文学が生み出されていったとき、その背景にどのような思想が育まれていたのかを知ることは大切です。同じ著者による『近代日本思想案内』(岩波文庫)も参考になります。また『現代日本女性史』(有斐閣)、『健康観にみる近代』(朝日選書)、『兵士であること 動員と従軍の精神史』(朝日選書)は、女性や身体や戦争という観点から文学作品を読み解こうとするときに、大きな示唆を与えてくれるはずです。
6. 世相風俗観察会編『増補新版 現代世相風俗史年表』(河出書房新社、2009年)
本書でもファッションをジャンルとして取り上げましたが、文学を読むときに、同時代の風俗を知っていると、その世界をいっそう親しく感じられるようになります。この本では1945年から2008年までの風俗が紹介されています。ひとつひとつの項目は、読み物としても楽しめるものとなっています。明治から戦前までの風俗を扱ったものとしては、たとえば『知っ得 明治・大正・昭和風俗文化誌─近代文学を読むために』(学燈社)があります。他に森永卓郎監修『物価の文化史事典』(展望社)は、明治から平成にかけての物価の変遷を見るときに、使いやすい事典です。
7. 江藤茂博『映画・テレビドラマ原作文芸データブック』(勉誠出版、2005年)
現代において文学を楽しもうとするときに、映像作品を無視することはできません。両者を比較することで、読む技術も洗練されていきますし、言葉と映像の違いも意識できるようになります。本書は、小説を原作にした、映像作品を整理したもので、映画はもちろん、テレビドラマも網羅されています。また、『映画で見る日本文学史』(岩波ホール編)は、資料としても参考になる一冊です。
8. 関川夏央・谷川ジロー『「坊っちゃん」の時代』(双葉文庫、2002年)
小説を楽しむために、小説家に興味を持つことは大切な一歩です。とりわけ難しそうな明治時代の小説を読もうとするときに、明治の文豪たちの生き生きとした姿を知っていれば、大きな助けになります。『「坊っちゃん」の時代』というマンガは、夏目漱石や森鷗外らが生きた時代を活写した傑作です。また新潮社から出ている『新潮日本文学アルバム』は、写真を通して、文学者の姿を伝えてくれます。気になった作家のアルバムを手に取ったら、きっとその作品を読みたくなることでしょう。
以上、入手しやすい参考文献を中心にあげました。しかし私たちが願うのは、みなさんが文学作品そのものを手にすることです。参考文献を片手に“お勉強”するのでなく、作品そのものを楽しんでもらいたいと思います。本書が、文学を楽しむための第一歩の、ささやかなお手伝いになることを願っています。
本書を作ることは、予想外に難しい作業でした。何度も何度も会議で話し合ったのですが、会議を重ねるごとに、文学の楽しさをわかりやすく伝えることの難しさを、私たちは思い知りました。そうして、ややもすると方向性を見失いそうになったのですが、その都度私たちを導いてくれたのが、編集の飛鳥勝幸さんでした。独りよがりになりがちだった私たちは、飛鳥さんとの対話を通して、文学を伝える言葉を鍛え直していけました。心から感謝の言葉を述べたいと思います。ありがとうございました。