わたくしは1974 年から、早稲田大学の系列校である早稲田実業学校に勤務し、中等教育の国語教育実践を担当してきた。その後2002 年4 月に早稲田大学教育学部に着任し、同時に大学院教育学研究科の修士課程および博士後期課程の国語科教育学に関する研究指導の担当者になった。大学院の「町田研究室」はこの年に出発したことになる。
出発当初から研究室を構成する院生は多様であり、学部から進学したいわゆるストレートマスターをはじめ、現職の教員という立場で休職をして大学院で学ぶ院生も在籍した。またそれぞれの院生の研究テーマもバラエティに富む内容で、毎週金曜日に実施されるゼミでは、広範囲にわたる国語教育の課題が活発に論議されてきた。
この構成員の多様性こそが、研究室の大きな特色になっている。在籍した現職教員の担当する校種は、小学校から大学までのすべてに及ぶ。そして中国からの留学生が在籍していることも、研究室の重要な特色と言えよう。日中の国語教育の比較研究は、これからの国語教育研究において重要な研究分野である。こうして、国籍や年齢や性別、そして立場の異なる院生が、国語教育という共通の基盤で切磋琢磨して研究活動を展開するところが、研究室の最大の特色となっている。
2011 年4 月、研究室は開設されてから10 年目を迎えた。記念すべき一つの節目の年ということになる。この10 年の間に多くの院生が研究室を訪れて、様々な研究テーマと向き合いつつ研究を展開してきた。この開設10 年目という年に際して、研究室の研究成果の中間報告をしたいという思いから、本書は刊行されることになった。在籍する院生、そしてすでに研究指導を修了した研究室関係者のすべてに声をかけて、論文と提言をまとめてもらうことにした。そして、国語科教科書を発行している三省堂から本書を出版していただけたことは、何よりも幸福なことである。深甚な謝意を表したい。
多様性が研究室の一つの特色であることを反映して、様々な校種が話題になる。実践および研究の対象となった主な校種ごとに章を設けて論文と提言を整理した。研究室では定例のゼミにおける発表順序を原則として氏名の50音順にしていることから、各章の掲載順序を執筆者名の50 音順とした。
2011 年の干支の「辛卯」はわたくしの生まれた年のものであり、この年に還暦を迎える。わたくし個人にとっても一つの節目の年であり、研究室の担当者としてまさに折り返し地点に立ったことになる。これまでの研究室の運営をしっかりと振り返りつつ、より効果的なあり方を求めてこれからも院生とともに国語教育に向き合うことにしたい。
研究室開設10 年目の記念すべき年になるはずであった2011 年の3 月11日、日本は東日本大震災という戦後最大の深刻な危機に見舞われた。この震災の甚大な被害を前にして、国語教育にはいったい何ができるのだろう。わたくしたちはこの問いを真摯に問い続けなければならなくなった。
教育は明日に向かって常に拓かれたものであるはずだ。現実を的確に把握しつつも、すべての学習者に対して、明日をよりよく生きることができるような、夢と希望を与えることができるようなことばの教育が必要である。ことばを届けること、ことばでつながること、いま最も必要なのはこのような原初的なことばの活動かもしれない。国語科の授業をどう創るのかというアクチュアルな課題に対して、明確に応えられるような研究を目指したい。
本書の書名『明日の授業をどう創るか──学習者の「いま、ここ」を見つめる国語教育』は、わたくし自身の研究課題であるが、研究室全体を貫く大切なテーマでもある。研究室関係者の中から、山田桂吾、岸圭介、横山千晶、内田剛、甲斐伊織の各氏に本書編集の任に当たっていただいたことに、心から感謝の意を表したい。特に山田桂吾氏には、三省堂の編集者というお立場からも本書の発行に際していろいろとお世話になったことに、厚く御礼を申し上げる次第である。
本書が国語教育に関わる多くの方々に読まれ、そして読者の皆さまから多くのご教示をいただければ、これに過ぎる喜びはない。本書を一つの契機として研究室の活動がさらに活性化し、国語教育の実践と研究の深化・発展に広く貢献できることを願っている。
第1章 総論
「楽しく、力のつく」国語教育の創造
──学習者の「いま、ここ」を見つめて── 町田 守弘
第2章 小学校
[論文]
ビジネス書に見る国語科教育の課題 ──「水平思考」と「垂直思考(論理的
思考)」の統合を目指して── 岸 圭介
音声言語を生かした言語活動における一考察 ──小学校低学年 伝統的な言語
文化の教材をもとに── 小西 理恵
小論文(報告)で各教科の思考力・表現力を評価する指導 深谷 幸恵
[提言]
小学校説明文教材のつくりと重点 ──「このように」に着目して── 山田 桂吾
第3章 中学校
[論文]
生徒が主体的に取り組む漢文の授業 ──「謝小娥伝」の教材化── 内田 剛
中学校における短歌創作学習の可能性を探る 齊藤 真子
構造主義による「文学的文章」の授業
──「故郷」「一塁手の生還」を例に── 寺崎 賢一
学習者の実態に合う授業を考える ──教材開発の観点から── 平野 孝子
文学教育における<読み>の交流
──ジグソー法を用いた魯迅「故郷」の指導── 横山 千晶
[提言]
架け橋としての古典教育
──書写教育と連携させた指導の可能性── 笠原 奈緒子
「伝え合う力」の育成を目指した授業構想
──音声言語活動の導入として── 坂本 邦仁
授業談話から思考力を考える ──中学生が学ぶ文学教材の存在── 三輪 彩子
心を揺さぶる国語の授業を ──価値観の構築を目指して── 守屋 昌子
「自己学習能力」育成のための国語教育を考える
──説明的文章指導より── 安木 裕香織
第4章 高等学校
[論文]
交流する言葉 ──言語体験としてのディベート── 浅井 靖生
単元を学習経験の束としてとらえる ──逸脱からの学び── 甲斐 伊織
アニメで育てる言語化能力 ── ICT 機器を活用して── 熊井 隆夫
学習者を「読むこと」の主体とする小説の授業
──「バッタと鈴虫」の実践── 後藤 厚
「話すこと・聞くこと」の指導と教材の関係について 田中 慎一朗
演劇の手法を取り入れた「国語総合」の学習
──小説教材「羅生門」の読みを深めるために── 本橋 明子
[提言]
「悪文訂正」の可能性 ──商業高校での実践から── 田邊 一奈
『似勢物語』を創ってみよう! ──和歌を歌物語化する試み── 中川 甲斐
言葉を通じて自己を知るために ──創作文指導の可能性── 堀内 さゆり
入試対策小論文講習 ──短期間で小論文を書く力をつける指導に関する考察と
実践報告── 山崎 真弓
第5章 大学・総合
[論文]
教職課程科目「国語科教育法1」の実践
──中学校・高等学校現場の視点から── 大貫 眞弘
大学における国語教育の可能性 ──初年次教育としての『国語表現』の実践を
通して── 光野 公司郎
日中の同音語を用いた新しい漢字、語彙指導法
──「弓」「つる」「はる」をめぐって── 李 軍
[提言]
手書きの意義について学ぶ ──書写書道の授業構想── 川原 世雲
国語教育と英語教育の連携に向けて ──文法教育を中心に── 持田 哲郎