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落語の黄金時代


落語の黄金時代

山本 進・稲田和浩・大友 浩・中川 桂 著

1,500円 四六判 224頁 978-4-385-36449-0


高度経済成長のまっただなか、 文楽、志ん生、圓生、正蔵、小さんなどの名人が咲きそろった昭和30〜40年代、落語の人気はひとつのピークに達した。
寄席が減っていくなか、音楽会のような会場で落語を鑑賞するホール落語が始まり、「古典落語」が多く演じられた。その一方で、落語漫才作家長屋や創作落語会が生まれ、今日にも続く「新作落語」の数々が口演された。そして、東京から10年ほど遅れて関西でも上方落語ブームがやってくる。
どんな落語が演じられ、何が「落語の黄金時代」をつくったのか?

目 次   あとがき


2010年6月15日 発行



目   次

はじめに すきっ腹でも落語は面白かったか?

第1章 ラジオと落語 ラジオで落語はどう変わったか?

1 ラジオ放送事始め

2 戦後のラジオ番組と噺家たち

第2章 テレビと新時代のスター 落語は聴くのか見るのか?

1 テレビ放送事始め

2 寄席演芸からバラエティーへ

3「黄金時代」の寄席番組

第3章 ホール落語と古典落語 落語の魅力はどこにあるのか?

1 昭和三〇年前後の落語界

2 三越落語会と安藤鶴夫

3 若手落語会・東横落語会と湯浅喜久治

4 ホール落語のもたらしたもの

第4章 上方の落語 東京の落語と何が違うか?

1 戦後、上方落語はどのような場所で行われたのか

2 大御所の相次ぐ死

3 放送と上方落語

4 上方落語の復興と新作落語

5 上方落語 定着からブームへ

第5章 作家の時代と新作落語 新作落語って面白かったですか?

1 新作落語の登場

2 昭和三〇年代の新作落語家たち

3 落語漫才作家長屋の結成

4 東京落語会と文芸新作

5 新作落語はどう評価されたか

第6章 落語評論今昔「落語評論」とは何か?

1「落語評論」とは?

2 落語評論史を概観する

3 落語の記録について

4 狭義の落語評論とは?

あとがき


あとがき

 昭和三十年代と四十年代を「落語の黄金時代」と呼んで、本書を編んでみたわけだが、編集執筆会議も終盤を迎えようとしていたある日、稲田和浩がふとこんなことをもらした。

「この時代って、本当に黄金時代だったんですかね?」

 今さら何を言い出すのか、と思う間もなく稲田は言葉を続けた。

「だって、寄席はつぶれて少なくなっていったわけだし、古典落語は衰退していきつつあったんじゃないですか?」

 たしかに東京の寄席は、昭和三十年前後に神田立花、麻布十番倶楽部、浅草末広亭がなくなり、昭和三八年には川崎演芸場が、四五年には人形町末広が廃業している。昭和三十年に東宝演芸場が再開、三九年に浅草演芸ホールが開業しているものの、全体として数が減っていっている。

 ある意味で古典落語が衰退した時期だというのもうなずける。というのは、現実の生活様式と噺の背景となっている生活様式とのあいだのギャップが際立ってくるのが、昭和四十年代以降のことだからだ。よく「へっつい幽霊」という噺に出てくる「へっつい」が引き合いに出されたりするのだが、「古典落語の世界が現代人にはわかりにくくなってきている」ということが、このころからしきりに言われるようになってきた。 「だから、“衰退しながらおやかった”ということじゃないかと思う」と山本進は言う。「おやかる」とは楽屋用語で、怒張するという意味だ。楽屋用語での会話は、私たちの小さな楽しみの一つである。

 たしかにある側面では落語は衰退しつつあった。しかし、それでも私たちはその時代を「黄金時代」と呼びたい誘惑に駆られる。落語が輝いていた時代に見えてしまう。本書のタイトルを「落語の黄金時代」と名づけたのは、そういう“感触”を共有しているからである。それはなぜか?

「一般社会の中での落語の位置づけが変わったということはないですか? つまり、今よりも娯楽の少なかったその時代は、落語は娯楽の王座にいられたけれども、今は数ある娯楽の中の小さな一つに過ぎなくなったと」

と大友。

「そういうことでもないと思うんです」

と山本はいう。

「LPレコードブームが三十年代から四十年代にかけてありました。その時期の音源が今も売れ続けているわけ。なぜかというと……。明治から大正ぐらいまでは、古典落語の世界が現実にあったわけですね。その時代の空気を実際に吸った人が、昭和三十〜四十年代ぐらいまではぎりぎりいたんです。その時代までの落語家は、古典落語の世界を身近に生きた人たちだったんですね。」

 なるほど、時代が新しくなり世の中が様変わりしていきつつある中で、古典落語の世界を実際に生きた人の言葉を聞くことができた最後の時代が昭和三十年代から四十年代だった、というわけか。「変化する時代」と「古典落語的世界」とが最後の火花を散らした、とでも喩えることができようか。だからこそ彼らの言葉は、私たちには特別な輝きをもって聞こえてきたのだと。

 それは、「ホール落語」を拠点に、古典落語がみがかれ、その地位が高まった時代でもあった。その意味でホール落語運動とは、衰退を前提にしながら“人工的”に盛り上げようとしたものであった、と解釈できるのかも知れない。

 私たちは、やはりこの時代を「黄金時代」と呼びたいと思う。私たちの会議は、リーダーの山本を中心にして、いつもこんな風に刺激し合い、深め合ってきた。

 昭和五十年代になると、落語はさらに新しい時代へと突入する。落語協会分裂騒動、新作落語の新しい潮流、「四天王」の台頭、漫才ブームの影響、国立演芸場のオープン等々、さまざまな出来事が落語界を彩っていく。これらの時代については本書では取り扱わないが、いずれ機会があればまとめてみたいと思う。

 黄金時代、落語は生きていた。今も生きている。

 

 お忙しいなか快く取材に応じてくださった小山観翁さん(歌舞伎研究家、元電通プロデューサー)、橘家圓蔵師匠(落語家)、放送史の資料収集に関して多大なご助力をいただいた川崎隆章さん(ラジオディレクター、放送史研究家)には、心から御礼申し上げます。 最後に、献身的に本書のとりまとめをしてくださった三省堂の松本裕喜さんにも深く感謝申し上げます。

2010年4月

大友 浩