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荷風と明治の都市景観


荷風と明治の都市景観

南 明日香 著

2,800円 四六判 240頁 978-4-385-36441-4


あるべき ‘景観’ とは何か。風土の語り部である永井荷風を通して、明治の東京の成り立ちとその結果を読み解き、現代の東京を考える待望の書。
一 明治の首都計画/二 荷風の欧米都市体験/三 荷風の体感した首都東京/四 荷風の好む東京の景観、他。掲載図版約80点!

目 次   おわりに   著者略歴


2009年12月30日 発行



目   次

序 章   5

1 景観問題の起源   6

2 建築・都市批評の始まり   11

第一章  明治(一八六八〜一九一二年)の首都計画   23

1 江戸を近代首都に ──欧米化の志   25

2 外国人技術者の時代 ──銀座煉瓦街計画と官庁集中計画   33

3 エンジニアリングと政治の夢 ──「市区改正」という首都改造
  計画   46

4 モンスター都市へ ──日露戦争(一九〇四、五年)後の「市区
  改正」事業   53

第二章  荷風の欧米都市体験   59

1 渡米以前──江戸と東京の狭間   61

2 渡米後(一九〇三〜〇七年)──シカゴ、ワシントンD.C.、ニュー
  ヨーク:近代都市のスケール   78

3 渡仏後 I(一九〇七、八年)──リヨン:歴史の見える街   95

4 渡仏後 II(一九〇八年)──パリ:バロック都市の魅力   106

第三章  荷風の体感した首都東京   119

1 「明治の東京」の衝撃 ──帰国後(一九〇八年)から『日和下駄』
  (一九一五年)まで   121

2 首都の威信 ──丸の内・日比谷・霞ヶ関界隈   129

3 繁華街のファサード ──銀座・日本橋界隈   137

4 開発と場所の記憶 ──下町・山の手の地勢と歴史   149

5 都市の交通 ──市街電車と渡し船 157

第四章  荷風の好む東京の景観   163

1 建築 ──「市区改正」以前・以後:西洋建築二世代   165

2 街路 ──大通り、路地、坂道:景観と歩行感覚   175

3 公園と境内 ──日比谷公園から空き地、増上寺まで:その構成   186

4 水辺の空間 ──隅田川、掘割、湿地:都会の襞   194

5 都市を彩るもの ──人、銅像、樹木、空:東京と欧米   205

終 章  心地よい都市をめざして   217

1 「国土」から「風土」に   218

2 点の集合体から四次元の構造体に   224

3 「欲望都市」から「共感都市」に   229

おわりに   234

主要人名索引/主要事項索引   240


おわりに

本書では、永井荷風を通して明治の東京の成り立ちとその結果を読み解いていった。歴史的な事項を押さえると同時に、それを荷風がどのように言葉にしてきたか、それは彼のどのような経験から生まれたのかを追った。第一章で維新直後からの東京の都市計画について述べたのは、その結果生まれた街の外観についての、表層的な批判にしたくなかったからである。一つの都市が成立するまでの複雑な過程を踏まえずして、欧米と比較しても意味はない。

作家個人の発言も同様である。作家が東京の街を書いた文章は多い。が、人それぞれ東京との関わり方は異なる。たとえば小学校を卒業すると直ぐに丁稚奉公を始め、使い走りによって東京を体験していった田山花袋は、苦労人の自分の生活と重ね合わせつつ『東京の三十年』という哀愁深いエッセイを書いている。衛生学を学んだ軍医であり美学・美術史にも詳しい森鷗外は、都市計画についての著書を執筆し地図を編集した。

荷風は高級官吏を家族にもち、国家的な視線も知っていた。そのうえでアメリカの西部と東部、フランスの都市に滞在することで近代都市を体感し、その空間に織り込まれた多彩な表情を丁寧に記す描写力を培った。その彼が大々的な東京改造を知ったときの衝撃と批評、さらに東京のよさを綴る言葉を見ていった。荷風ファンの方には、明治の都市計画を熟知して景観にもの申す作家の姿は珍しく映ったかも知れない。が、事業計画の縮小、道路の拡幅といったあまり文芸書に馴染みのない語彙も、日常生活では直面することがしばしばあるのではないだろうか。また景観の改善や保護は国民的関心事になりつつある。そうした体験から、改めて荷風の言葉をとらえ直して戴けたなら幸いである。

界隈全体の雰囲気づくりを考えて建築物や樹木や道路を整える。その場所のもつ歴史性(美術や文学作品での表現も含む)を活かす。効率性にとらわれない移動の手段をもつ。街歩きが心地よい空間をつくる。感覚的に心地よい景観をもてるスポットを維持する。荷風が述べたことは今日当たり前の提言になりつつあるが、なにより自分自身の感性を磨いて知識と実見のストックを蓄積していくというのが、大前提になっている。彼の書いたものがまたその経験の積み方の指南であり、知識のリファレンスになっている。

テクスト論的読解という専門用語を出すのは気が引けるが、要するに書かれた小説も随筆も都市も、個人が丁寧に読みほどいて解釈していくことで初めてその存在意義が生まれる、という考え方があり、分析の方法としては文化地理学や都市社会学にも近い。実はこの二つの研究領域と都市工学とは共通する参考文献が大変多く、都市の問題がまさに今日的であり、研究領域を横断するテーマであることがわかる。作家が景観のどこに注目し言葉で表すことで、いわゆる「生きられた空間」になったのか。それに気づくことが同時にわたしたちの空間の体感の仕方も養ってくれるのではないだろうか。そのような期待を込めている。

なお筆者はすでに『永井荷風のニューヨーク・パリ・東京 造景の言葉』(翰林書房二〇〇七年六月)を刊行している。比較文学研究の手法によったため、都市の景観の分析については触れられない部分が結果として残った。また『日和下駄』を初め、一九一〇年代の荷風の都市や建築の批評にまで触れることは出来なかった。本書では取り上げる時代の関係から前著と重なる部分もある。が、視点が異なるため引用箇所も異なっており図版は一新している。全体的に建築史都市史に興味のある方にも、景観緑三法を期にあらためて地域社会の景観に目を向けて活動なさっている方々にも、参考にして戴けるものを目指している。荷風のパリについては、『ふらんす物語』以外での記述も含めていまだに発見が少なくない。これについては別の機会にゆずることにしたい。

本書の成立にあたっては、勤務先の相模女子大学から二〇〇九年度研究図書出版助成を受けた。卒業生(メディア情報学科)の稲田彩さんには原稿のレイアウト作成を協力して戴いた。きめ細かい研究支援体制のある大学に勤められるのは、本当にありがたいことである。そして本書を『日本の建築(明治・大正・昭和)』全一〇巻や『江戸東京学事典』他、日本の建築と都市についてわかりやすい良質な本作りをしている出版社から出すことが出来て実に幸運であった。三省堂出版局の飛鳥勝幸氏には本文から図版にいたるまでいろいろとお骨折り戴いた。改めて感謝申し上げる。今後も日仏美術批評交流史及び都市計画法公布前後の都市史と近代文学に関して勉強を続けていく所存である。

 景観緑三法が施行されてはや四年がたつ。国も自治体も日本人にとってそして日本にとって、あるべき景観を模索しさまざまな試みが重ねられている。折しも二〇〇九年は荷風の生誕一三〇年であった。景観に関心の集まる時期に景観を語る荷風の新たな魅力を伝えることが出来、読者層の拡大につながればこれ以上の喜びはない。

二〇〇九年初秋

南 明日香


著者略歴

南 明日香(みなみ・あすか)

1961年生まれ。早稲田大学第一文学部卒業、同大学大学院文学研究科博士課程満期退学、Ph.D(フランス国立東洋言語文化研究院)。相模女子大学学芸学部教授。専門は日仏比較文学・比較文化。著書に『永井荷風のニューヨーク・パリ・東京 造景の言葉』(翰林書房)、翻訳書にミカエル・リュケン著『20世紀の日本美術 同化と差異の軌跡』(三好企画)。2004〜05年フランスの建築雑誌『L'Architecture d'aujourd'hui』に寄稿。

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