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教養としてよむ世界の教典


教養としてよむ世界の教典

中村圭志 著

2,400円 四六判 352頁 978-4-385-36085-0


仏典、聖書、コーランなど、世界の主な宗教の「教典」を概観する一冊。教典をニュートラルな視点で眺め、現代人に必須な「教養」として読みとく。ヴェーダや論語、古事記、ギリシャ哲学、北欧神話にも言及。

はじめに   目 次   あとがき   著者紹介


2016年6月10日 発行




はじめに

 本書は仏典、聖書、コーランなど、世界の主な宗教の教典の内容を概観する本である。諸宗教を横断して眺めるところに本書の特徴があり、また利点があるだろう。もちろん本一冊では網羅的な解説はできない。しかし重要なポイントを押さえるようにしてある。

 本書のもう一つの特徴は、宗教や教典を「信仰」から離れた視点で眺めている点である。宗教や教典というと「信仰」の問題として考えられるのが普通であるから、とくに信仰に興味のない人間は近づこうとしない。しかし宗教は「文化」の問題でもあり、諸文化が相互に出会い、交流し、しばしば紛争を起こしている現代社会において、文化の背景にある宗教やその教典についての、大雑把な理解は誰にとっても必要である。

 現代人が「信仰」抜きで教典に接するときに注意しておかなければならないことがある。

 教典はおおむね古代の書物である。多くは口承から始まったものであり、現代の「本」のような形で読者本位に編纂へんさんされたものではない。いずれも現代人になじみのない古代の風習を前提としているから、歴史的文脈の解説抜きには読めない。

 聖書や古事記の創世神話は今日の科学的宇宙創造論とは無関係だ。古代人は自然科学でも心理学でも政治学でも社会学でも文学でもあるような、そのどれでもないような意識で神話を伝承した。仏典もまた、実用本位の修行のマニュアルであったり、瞑想めいそうのビジョンを書き記したものであったり、呪文であったりする。総じて教典は、神仏の権威を強調しており、その背後には社会や教団のヒエラルキーがある。民主主義社会のコミュニケーションとは違うのである。

 教典は宗教集団のツールとして機能してきた。実際、古い伝統は教典からさまざまな意味を引き出し、ときにはアクロバット的な解釈を通じて実社会に適応させてきた。古代の文献を中世から近代にまで読み継いできたのだから、そうした処置が施されるのは当然だ。しかし、インターネット時代の人間はもはや共同体を離脱しており、教典も伝統の作法抜きで読まれるようになってきた。信者個人やセクトやカルトが、また文学者や知識人が自己流の観点で読むのが当たり前になっている。これもまた教典をめぐる時代的文脈ということになる。

 こうした時代には、教典を文献学や歴史学の成果をふまえたニュートラルな視点で眺め、それを論理的に分析したり批判したりしながら読むことが、文献学者や歴史学者ならざる人々にも、必然的に要求される。敬虔けいけんな信者は宗教集団の伝統に従って読み続けるかもしれない。しかし、比較や批判の視点から「人類の知的遺産」として、つまり宗教をすっかり相対化した立場で読むという心構えがますます妥当なものになっていくだろう。

 本書はそのささやかなガイドである。不完全な部分も多々あると思うが、なるべく知的興味に訴えるように、論理的に、かつ面白く書いたつもりである。

 本書の構成は次の通りである。

 第一部では仏典、つまり仏教のお経を扱う。第1章で、最も古い経典の一つとされるダンマパダ(法句経ほっくぎょう)を概観し、あわせて初期仏教の教えのポイントを押さえる。第2章は大乗だいじょう仏典を代表する般若心経はんにゃしんぎょうを取り上げ、大乗の教えである「くう」の思想のイントロとする。第3章は万人救済をうた法華経ほけきょう、第4章は阿弥陀あみだの救済力を讃える浄土三部経じょうどさんぶきょうを扱う。いずれも重要な大乗仏典である。日本仏教との関係でいえば、第2章で禅と密教、第3章で法華ほっけ信仰、第4章で浄土信仰を紹介することになる。

 仏典を大きく取り上げたのは、一つにはこれが日本人にとって基礎的な教養をなす教典であるからであり、また一つには仏教の教えが非常に多様性に富み、西方の一神教的伝統の全範囲に匹敵する内容を備えているからである。

 第二部では一神教(ユダヤ教、キリスト教、イスラム教)の教典、すなわち旧約聖書(第5章)、新約聖書(第6、7章)、コーラン(第8章)を取り上げる。旧約聖書はさまざまな書の合成体であるが、そのうちとくに創世記、出エジプト記、イザヤ書、ヨブ記の興味深いところに目を通す。新約聖書からは、キリスト教の開祖であるイエス・キリストの伝記すなわち福音書と、キリストの意味を神学的に説いたパウロの書簡類を取り上げて二章に分けて論じた。コーランの紹介にあたっては、一神教的伝統の全体の中に位置づけて記述するようにした。

 第三部では、ユーラシアの主な多神教的伝統を取り上げた。第9章はヒンドゥー教の教典であるヴェーダやバガヴァッド・ギーターなどに目を通した。第10章は中国の伝統的宗教である儒教の論語や孟子もうし、道教の老子ろうし荘子そうじ、そして教団道教の経典を紹介した。第11章では日本列島の土着の宗教から、神道の祝詞、古事記、琉球やアイヌの文献、新宗教の文献に目を通した。第12章は西洋の「異教」文化に属するギリシャの哲学の祖、ソクラテスの死と正義をめぐる『弁明』、そして北欧神話『エッダ』の終末論──神々の黄昏たそがれ──に目を通した。ソクラテスを取り上げたのは、彼が孔子や釈迦しゃかやイスラエルの預言者たちの概ね同時代人であり、「哲学」という枠を超えて宗教的達人の容貌を備えているから、そしてその背景にアポローン信仰などのギリシャ神話の世界があるからである。

 なお、本書は宗教の入門ガイド的な機能も果たせるように、解説文中の要所要所に段を下げて教えのポイントをメモ書きしてある。宗教や教典の特徴的概念を整理したものである。

 読者諸氏には、本書を通じて、宗教的思考を距離を置いて眺めるアプローチになじんでいただければ幸いである。

中村 圭志



目 次

はじめに 9

第一部 仏典の世界 13

第1章 ダンマパダ ◆ 苦と因果 15

心と因果 15/因果と輪廻 17/徹底して考える 19/心理と言語──相依相関的な因果 20/怨みの克服と死の契機 22/仏教の根源的洞察──無常・苦・非我 25/教理の体系化──四つの真理と八つの修行法 27/自己の確立 32

[コラム]釈迦の生涯 34

第2章 般若心経 ◆ とらわれない心 37

◆ コンパクトでマジカルなお経 38/主語は菩薩である 39/大乗を定義する文 41/般若波羅蜜多とは何か? 43/色即是空 46/般若心経のマジック 48/言葉を超えて──般若から禅へ 50/禅語録 52/呪術から密教へ 54

[コラム]哲学と空 56

第3章 法華経 ◆ 菩薩の道 61

基本の構図──小乗 vs 大乗 62/方便品の冒頭──ブッダの視点 65/方便品の福音──「みなが成仏できる」 68/より大きな志をもって 70/輪廻の中の救い 72/如来寿量品の福音──釈迦は永遠のブッダである 74/大乗仏教とキリスト教 78/巧みな演出と豊富な物語 80/法華経のたとえ話 82/法華経の描く菩薩像 85/「南無妙法蓮華経」の誕生 87

[コラム]救済宗教の誕生 91

第4章 浄土三部経 ◆ 他力の救い 95

阿弥陀経──極楽はどんなところか?/ 96/輪廻と極楽往生 99/無量寿経──阿弥陀の誓い 102/重要な三つの誓願 106/救いの条件 109/観無量寿経──さまざまな観想 111/歎異抄 114/阿弥陀の絶対性と一神教の神 118

[コラム]東アジアの大乗仏教 121

第二部 聖書とコーランの世界 125

第5章 旧約聖書 ◆ 神の共同体 127

イサクの犠牲 129/人身御供の禁止 132/信者の見本──神に忠実である者 134/出エジプト──労働者たちの集団脱走 135/モーセの十戒 141/無数の規定とアイデンティティ 144/預言者たちの叫び 149/ヨブ記──因果応報論を乗り越えて 154/共同体と個人と神 157

[コラム]ユダヤ教の歴史 158

第6章 福音書 ◆ 愛と犠牲 165

神の子の誕生 166/洗礼を受ける 169/悪魔の誘惑 171/山上の垂訓 173/主の祈り 178/病気治しと「罪人」の中での暮らし 180/偽善者たち 182/偽善問答──親切なサマリア人、姦淫の女、皇帝の税金 184/放蕩息子 188/最後の晩餐 190/十字架上の死 193/偽善者をくじき、弱者を守るヒーロー 196

[コラム]四福音書の構成 198

第7章 パウロ書簡 ◆ 救済の神学 203

罪を背負う英雄 205/律法と贖罪 207/ユダヤ教の枠組み 209/規則主義の解体 212/信仰による義認──二重の自己 215/逆説の危うさ 218/権威主義と党派性 220

[コラム]キリスト教の歴史 224

第8章 コーラン ◆ 一神教の再構築 229

開端章と神の唯一性 230/「一」と「多」のジレンマ 234/平等の正義 236/女性の地位 239/政治とジハード 243/神の支配する共同体のジレンマ 247/キリスト教に対する独自の解釈 248/死の問題 251

[コラム]六信五行とイスラム法 256

第三部 世界のさまざまな教典 259

第9章 ヴェーダ ◆ 梵我一如と神々 261

リグ・ヴェーダ──神々の讃歌 261/ウパニシャッド──梵我一如と解脱 265/神々の再生 268/輪廻説とカースト制度 269/ヒンドゥー教の主要な神々 272/バガヴァッド・ギーター──神信仰による包括的解決 274/インドのその他の宗教──@ジャイナ教 277/インドのその他の宗教──Aシク教 278

第10章 論語と道徳経 ◆ 儀礼とタオ 279

儒教、道教、仏教のミックス 279/儀礼と仁 281/直観的な道徳と秩序 284/道の神秘主義 286/清静経──道教の教典の実例 289

第11章 神道と日本の民俗的世界 293

大祓の祝詞 293/古事記の剏生神話 297/古事記による日本神話のあらまし 299/さまざまな神話世界──琉球 302/シマフクロウの神謡 306/近代化と新宗教の教典 309

第12章 西洋の神話と哲学 313

世界の始原 313/魂の配慮 315/アポローンの死の神学 318/◆死の不条理と宗教の伝統 321/神々の黄昏 322/造と終末のオルタナティブ 327

教典ガイド

原始仏典 330/大乗仏典 332/旧約聖書 336/新約聖書 340/コーラン 344/ヒンドゥー教典 346/中国の教典 348

注釈 350

あとがき 366



あとがき

 本書ではいろいろな教典に目を通したが、伝統ごとに論理やスタイルが異なっていても、しばしばテーマに共通性が見られるのであった。教典どうし、宗教どうし、相互に参照しながら理解を深めることが可能だ、というのが本書の主張の一つである。

 もちろん、教典ごと、伝統ごとの違いもまた重要である。このことについて、最後に簡単にまとめ ておこう。

 ある教典は開祖の言行録であり(たとえば福音書)、ある教典は開祖が受けた神の言葉である(たとえばコーラン)。またある教典は神への祈願文や讃歌であり(たとえばヴェーダ)、ある教典は世界の始まりの神話(たとえば古事記)、またある教典は儀礼や修行のためのマニュアルである(たとえば仏典)。

 教典に書いてある事柄が史実と信じられてきた場合もあるし、史実性には頓着しない伝統もある。呪文のように誦されることで「ありがたみ」を発揮するところに妙味のある教典もある。

 正典を一冊はっきりと決めている伝統もあるし、膨大な数の文献が並べ挙げられている場合もある。あらゆる宗教が教典を揃えているわけではなく、また、教典をもつ宗教でも、歴史の途中で教典を整備した場合がしばしばある。

 教典の多様性、教典の取り扱いの多様性に加えて、もう一つ強調しておくべきことがある。宗教の営みは、文字に書いたものよりも広いものであり、すべてを教典や教理に還元して捉えるわけにはいかない。それは神道やヒンドゥー教のような、村々や家々の習慣や習俗の集合体として成り立っている宗教において明らかであるが、しかしキリスト教やイスラム教のような教典を重視する宗教においても、やはりそうなのである。

 そのような意味では、本書のようなガイドブックは、宗教の知的側面に偏ったものだ。本書を通読された読者には、この点についてもご理解いただけることと思う。

 言語学者マックス・ミュラーが『東方聖書』という英訳教典シリーズを刊行したのは百年以上前のことであるが、以来、多くの人が世界中の宗教の教典を比較しながら読んでいる。教典は人類の「歴史的・知的財産」の重要部門ということになった。複数の伝統を横断的な形で紹介する本書のような教典ガイドもまた、当然、こうした時代的文脈の中にあるわけである。

 本書の手法は宗教の世界に向けての一つの実験的アプローチである。ともあれ、とくに信仰をもたない方々が本書を通じて「人類の知的遺産」に興味をもたれたとしたら、筆者としては望外の喜びである。

 本書は、現代日本人にピンとくる教典ガイドが欲しいという三省堂の樋口真理さんからのご提案に 応じる形で書かれたものだ。適切なご教示と綿密な編集に感謝したい。

2016年3月

中村 圭志



著者紹介

中村 圭志(なかむら けいし)

1958年北海道小樽市生まれ。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程満期退学。
宗教学者・編集者・翻訳家。『教養としての宗教入門』(中公新書)、『信じない人のための〈宗教〉講義』(みすず書房)ほか著書・訳書多数。『宗教学大図鑑』(三省堂)の日本語版監修も務める。


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