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あなたならどうする 孤立死


あなたならどうする 孤立死

中下大樹 著

1,600円 四六判 208頁 978-4-385-36596-1

孤立死なんてこわくない! 孤立死をしない・させないために私たちができることとは? 相談や見回り、葬送支援など2000件を超える方々と関わる著者による最前線報告。2章は湯浅誠さんとの徹底討論!

目 次   はじめに   おわりに   著者紹介

2013年3月30日 発行



目   次

はじめに 1

第1章 さまざまな孤立死の現場 13

孤立の連鎖 14

孤立死は悪いことですか? 33

「迷惑をかけたくない」「ピンピンコロリで、ぽっくり逝きたい」という
  言葉の裏側にあるもの 41

若者の孤立死 50

無力感を共有すること 58

正論は通らない 66

無関心と束縛のあいだにある、緩やかな繋がり 73

第2章 〈対談〉湯浅誠×中下大樹

孤立死が増える社会とは? 83

貧困や孤立死の活動に至るまで 85

「孤立死」をつくる社会をどう捉えるか? 88

向き合いたくない…でも、どうしていくかのステップへ 92

地縁コミュニティの変容、社会の変容 103

残された人たちに何を引き継ぐことができるか? 111

パーソナル・サポート・サービスとは? 117

互いに、役割と、今できることを認める 123

支援する人たちの今、そして支援者の支援も 131

第3章 〈鼎談〉反町吉秀×鈴木ひろみ×中下大樹

孤立死をなくす街づくりを

いっしょに考えよう 147

地域の体力は残っているか? 149

孤立死にならないために必要なこととは? 162

人との距離感、そして自己肯定感 171

街づくりの中にも、たくさんのヒントがある 179

おわりに 190



はじめに

 尖閣・竹島・北方領土、そして北朝鮮による拉致、不審船、ミサイル、核実験など、連日、外交問題がメディアを賑わせている。言うまでもなく、それらの問題は国家の安全保障にも関わる問題であり、重大な問題である。国民ひとりひとりが、外圧からどのように自国を守っていけば良いのか、主体的に自分達の問題として考えていく必要があるだろう。

 外圧に頭を悩ませる一方、日本国内にも問題は山積みしている。増え続ける国の借金、景気の低迷、医療・年金・介護などの社会保障、世代間格差・地域格差の増大、福島第1原発事故処理に伴う廃炉と放射能汚染、エネルギー問題、沖縄の基地問題、TPP、過労死と自殺、ますます増え続ける非正規労働者とブラック企業問題などなど……。

 そして2012年末の衆議院選挙では、投票率が戦後最低を更新。自民党議員の多くが返り咲く一方、「結局、誰が何をやっても、世の中変わらないよ」と無関心層が増加し、戦後長く続いてきた地元利益誘導と権力闘争がまた繰り返されるだけだと、冷ややかな目線を持つ人々もさらに増加していることは否定できない。

 私たちの社会は、会社の奴隷となるか? 路上生活者になるか? というような厳しい二者択一を常に迫られているような競争社会の中を生きている。自分が勝ち残るためには、他者を蹴落とさなければならない。自分が排除されずに勝ち続けていくためには、他人のことなんか構っていられない。加えて、私たちは常に結果を出すことを求められる。また、私たちが生きるグローバル経済は、徹底的な合理主義に裏打ちされた効率優先の世界である。資本主義社会である以上、誰しもが「椅子取りゲーム」からは逃れることはできない。結果として、私たちはいつも何かに追われており、社会全体に時間的・精神的・経済的に「余裕」がなくなってきている。余裕がないから、立ち止まって物事を深く考えたり社会的な問題について議論したりする暇もない。余裕がないと、他者の事を思いやる気持ちも持ちにくい。結果、お前がダメなのは努力が足りないからだという「自己責任論」が流行る。朝から晩まで働いても給料は思うように上がらず、若い世代は非正規雇用の増加に伴い、結婚も出来ない。晩婚化・非婚化、また離婚の増加もあり、子どもの数も減り続け、厚労省の人口動態統計によると、2012年に生まれた子どもは約103万人(1899年以来最低を更新)で、死亡者数は約124万人となり、人口が自然に1年間で21万人も減ってしまうという事態に陥っている。さらに合計特殊出産率(女性一人が産むと想定されている子どもの数)もここ数年1・4人前後となっており、子どもがいても、もはや「一人っ子」が普通となっている。2013年現在、約1・27億人の人が日本に住んでいるものの、数百年単位で見ると、このままでは日本人は将来的に絶滅してしまう恐れがある。もちろん、「自分が生きている間だけ、もしくは、孫の世代くらいまで良ければそれでいい」と言ってしまうのは簡単だ。だが、それでは、この国の未来はない。尖閣竹島問題というナショナリズムを語る前に、この国は内部から崩壊してきているのではないかという強い危機感を私は抱いている。

 2013年1月現在、東京都の人口は、総務局統計部の住民基本台帳によれば約1、320万人である。世帯数は約670万世帯。2012年に1世帯当たりの平均人数は1・99人となり、総人口に占める65歳以上人口の割合も20%を超えたことが大きくメディアでも伝えられた。私が住む新宿区に限って言えば1世帯当たりの平均人数は1・65人で、大ざっぱに言えば、新宿区は3世帯のうち1世帯は「単身世帯」の老若男女ということになる。「サザエさん」のような大家族は、もはや東京では「少数派」である。「サザエさん」のような大家族が機能し、「家族がお互いに支え合っていた」頃は、確かに家族が最後のセーフティネットだった。家族が支えになっている人はよい。しかし、少子高齢化・核家族化が進み、今や「おひとりさま」が日本全体の3割を超える時代の中、世の中には家族がいても、もはや支えにはならない人も多数存在する。加えて、世の中には「家族」と聞いて良いイメージを持たない人はいくらでもいる。例えば、虐待やDVを受けた方にとって、家族はもはやセーフティネットではない。「家族だから助け合え」という発想は、時と場合によっては非常に危険な考え方なのだ。親から大切に育てられた。だから親に感謝している。親の愛情に報いたい。そう思える人は素敵な人だ。しかし、世の中にはいろいろな人がいる。2012年1月、札幌市白石区で42歳の女性と40歳の知的障害を持つ姉妹が同居した部屋の中で餓死・孤立死した事件は記憶に新しい。42歳で亡くなった長女は何度も生活保護の相談に役所に通っている。だが、生活保護は受け入れられず、結局、部屋で亡くなり、知的障害のある妹は携帯電話で外部にSOSを発信しようとしたが、うまく掛けることが出来ず、餓死してしまい、部屋で二人とも孤立死してしまったのである。家族で同じ部屋で同居生活を送っていても孤立死してしまう時代に私たちは生きている。その時、メディアは「家族だけで問題を抱え込める時代は終わった。社会に安心してSOSを出せる時代にすべき」と言った。だが依然として、私たちの社会には「家族だから支え合え」「家族の絆」を強く主張する意識が根強く残っており、その「空気」が、より孤立死問題を深刻化させているように私には思える。

 今後、ますます「おひとりさま」が主流となることは現実である。国立社会保障・人口問題研究所の推計(2012年1月)によると、2030年には65歳以上の人口が3割を超え、さらに全高齢者世帯のうち約4割がひとり暮らしになると言われている。誰にも看取られることなく死んで逝く人の数は、今後も増えていくことは容易に推測できる。たとえ、家の中で突発的に倒れても、常に家族以外の誰かの支えがあれば、すぐに発見されるかもしれない。だが、家族・地域・会社(学校)とも繋がりがなく、社会的に孤立した状態の中で生きていれば、「孤立死」するリスクは誰にだってあるのだ。しかしながら、私たちは自分が「当事者」にならない限り、現実を見ようとはしない。孤立死問題は、多くの現代人にとっては切実な問題であるにもかかわらず、所詮は他人事と捉えていることは否めない。

 そんな中、2013年に入り、東京電力福島第1原発事故で、福島県郡山市から東京都江東区の国家公務員宿舎「東雲住宅」に避難していた無職男性(49)が、死後約1ヶ月が経過している状態で発見された。死後1ヶ月以上も発見されないという事は、生きている間から既に社会的に孤立していたという事である。家族や地域社会、会社との縁が機能していれば、1ヶ月間も死んだままひとり部屋の中で放置されるという事はあり得ない。遺体は、長期間放置されれば、ウジがわき、ハエが飛び交い、部屋は地獄絵図となる。生きている人間に人権がある様に、死んでからも人権は存在する。そのような死は、人権問題とならないのだろうか?

 そのような暗いニュースを目の当たりにすると、私たちの多くは「国や行政はけしからん、政治家の無策が悪い」と嘆き、「一体誰がこんな社会にしたのか」と犯人探しに夢中になりがちである。そして「誰かが何とかしてくれないと俺たちは困るのだ」「このままでは〈失われた30年〉になってしまう」と、ただただ、スーパーヒーローの出現を待ち続けている。一方、「経済さえ成長すれば、貧困や孤立死はなくなるのではないか」と私たちは考えてしまいがちである。しかしそれは幻想であろう。小泉総理時代、日本は戦後最長の好景気であった。しかし、非正規労働者は増え続け、低所得者も増加。社会保障も削られ、格差は増大した。経済成長によって一部の人は恩恵を受けるかもしれないが、貧困や孤立死問題の根本的解決にはならないことは明らかである。

 本書では「孤立死問題」を正面から扱っている。筆者は僧侶となって10年 間で2000件を超える葬儀を経験している。いわゆる「身寄りのない」方 の葬送支援を通じて「死」の問題に向き合うと同時に、いつ孤立死してもお かしくない孤立死予備軍の方に対して定期的な訪問活動(見回り)や自死念 慮者からの相談などの「生きる支援」を行っている。私のもとには「孤立死 が発生してしまった。すぐ来て欲しい」という依頼が、年間数十件ほどあ る。孤立死が起こってしまったウジやハエが飛び交う部屋に入り、遺体を弔 うことは日常的にある。筆者である私に依頼をする方の大多数は、生活困窮 者である。従って、故人の葬儀から遺骨の管理から部屋の片づけまで全て無 償で行うことも多い。それらの現場経験をまとめたものが本書である。第2 章以降では、孤立死問題に詳しい方々との対談を通じて、問題の打開策も 探っている。

 孤独死・孤立死という言葉がメディアを本格的に賑わせ始めたのは、最近 の事である。それらの言葉の明確な違いは、未だ学会等でも明確にされてい ない。私は人間とは、本来、孤独なものであると考えている。だが、孤立は 「年賀状が1枚も来ない」など、社会的な繋がりがないという意味で、より 根が深く厄介であると考えている。従って本書では「孤立死」という言葉を 統一して使っている。私は、ひとり誰にも看取られずに孤立の中で亡くなっ たからと言って、それは必ずしも不幸であるとは考えていない。私は末期が ん患者の看取りの場である緩和ケア病棟(ホスピス)に勤務していた。大勢 の家族に囲まれながら亡くなっても、その死に顔が苦渋に満ちているケース を私は数多く見てきた。人間の死亡率は100%である。だが、死に至るプ ロセスは、人それぞれである。人は生きてきたように死んで逝く。どういう 風に死んで逝ったかという死に方は、まさに生前の生き方そのものであった と数百名の患者さんの最期に立ち会った今、つくづく痛感している。

 孤立死問題が社会的にクローズアップされ始めたのは、2010年にNH Kが放送した番組「無縁社会」の影響もあるだろう。家族・地域・会社と いった「縁」が希薄化し、ひとり誰にも看取られずに亡くなる人が現代社会 では後を絶たない。それらの現状をどのように考えれば良いのかと、孤立死 問題に取り組む私のもとへ、番組ディレクターが何度も取材に訪れた。しか し、NHKが番組を放送するずっと前から、既に孤立死は全国各地で起こっ ていた。だが、孤立死の現実を、少なくとも我々は意識レベルで見ようとは しなかったし、見たいとも思わなかった。私が孤立死防止のために見回りを している高齢者がよく言う。「まさか私が生活保護を受給するとは思わな かった」と。その方は元々、資産家であった。だが、病気や失業、家族との トラブル等が重なり、結果的に生活保護になってしまった。今の時代、一歩 歯車が狂えば、誰だって孤立無援状態に陥り、生活保護受給者になる可能性がある。それは先の大震災からも我々は学んだはずではないか。

 以前、孤立死が多発している限界集落の団地で「孤立死の問題について考える集会をやりませんか?」と呼びかけたことがある。その時私は住民から「そんなもの止めろ」「団地の恥を外部にさらすな」と圧力がかかり、大バッシングを受けた。孤立死予備軍の住民自体が「臭いものには蓋をしろ」的な考えを持っている限り、問題解決には程遠い現実がある。しかし、それが現実である。その現実を直視することから始めなければならない。孤立死問題に関する限り、現状は悪化の一途である。私がいくら孤立死を防ごうと現場を駆けずり回っても、孤立死は今後、高齢化が進むにつれて、急速に増加していくだろう。社会が壊れていくスピードの方が圧倒的に速すぎるのだ。だが、マハトマ・ガンジーは、かつてこう言った。「あなたの行う行動がほとんど無意味だとしても、あなたはそれをやらなければならない。それはあなたが世界を変えるためではなく、あなた自身が世界によって変えられないようにするためだ」と。私は、現場を見てしまった者の責任として、指をくわえて惨状をただ見ている訳にはいかない。私には、無力でちっぽけな力しかない。そのことを認めた上で、それでも出来ることは少なからずあるはずだと信じている。まずは読者の皆さんに、私が見聞きしてきた孤立死の現場を語ることから始めたいと思う。それが亡くなって逝かれた方々の供養にもなると思うし、今生きている私たちの生き方を見つめなおす事にも繋がると思うから。

(本書の事例紹介にあたっては、全て遺族などの関係者の承諾を得ているが、一部、年齢等を意図的に変更し、個人を特定できないように配慮してある。また本書の印税は全て、孤立死対策推進のために寄付させていただくことを、予めご了承願いたい)

2013年2月

中下 大樹



おわりに

 2013年2月9日、テレビ東京にて「独りで死ぬということ〜孤立街の見守り僧侶〜」という私の日々の活動を追った30分のドキュメンタリー番組が放送された。放送直後から、孤立死のリスクがある当事者はもちろん、行政・病院・介護施設・NPO等から「社会的に孤立している人をどうすればよいか」「引き取り手のない遺骨が多数あり困っている」等の相談が多数寄せられた。また私のブログ・ツイッター・メールには「頑張ってください」「応援します」などの激励が多数寄せられる一方、テレビで紹介された限界集落と呼ばれる団地の住民から「うちの団地の恥をテレビでさらしやがって。俺はお前を絶対に許さない」とお叱りの電話をいただいた。またネット上の匿名の書き込みで「あんたのやっていることは僧侶のやることではない。売名行為だ」「死ね」というものも多数あった。

 私自身も含めて、人間は弱い存在である。常に誰かの承認に飢えている。家族が解体されることによって、家族から信頼される機会を失った私たちは、別の形で承認欲求を満たすしかない。会社や学校で「出来る人」は良い。しかし、世の中全員が「出来る人」ではない。野球をやっている人の全員がイチロー選手のようになれる訳ではない。承認欲求や自尊感情が社会で満たされないと、ある人は他者に攻撃的になり、ある人は自分を守るために殻に閉じこもる。孤立死は、自分を守るために殻に閉じこもる延長線上にあるのではないか?

 「末期がんになった今、つくづく思うよ。過去と他人は変えられないって。でも、未来と自分は今からでも変えられる。俺はもうすぐ死んで逝くけど、お前さんはまだ若い。俺のような人生をお前は選ぶな」と、ホスピス病棟で50代の男性患者Aさんは私に言い残し、死んで逝ったことが今でも忘れられない。Aさんは、若い時から仕事中毒で、気が付いたら奥さん子どもに逃げられ、独りで逝った。葬儀に参列する人もなく、遺骨は私が独りで拾った。親族は「関わりたくない」とのことで、遺骨の引き取りすら拒否された。過去にAさんに何があったのか私には分からない。しかし、Aさんの遺骨を独り抱いた私には、何ともやりきれなさだけが残った。「過去と他人は変えられない、しかし未来と自分は今からでも変えられる」というAさんが発した言葉の意味を、私は今でも自問自答している。

 「分かっちゃいるけど、やめられない」という言葉がある。未来と自分は、確かに今からでも自分の意思次第で変えられる。しかし、その一歩を踏み出すのは、容易ではない。他人を思うように変えること以上に、自己変革には強烈な痛みを伴う。自分自身が見たくない現実も、直視しなければならない。あなたがもしこの本を読み終えた時、自分の生き方、家族との関わり方、社会のあるべき姿について何かを感じ、「未来」を少しでも良いものに変えていきたいと思われたならば、筆者としてこれほど嬉しいことはない。

 「備えあれば憂いなし」という言葉がある。東日本大震災を持ち出すまでもなく、「その時」は突然訪れる。緊急事態が発生した時、人間はその真価が問われることになる。普段考えたこともないことが、イザという時、急に出来るようになる訳がない。私たちの生き方、地域や社会のあり方を、常日頃から意識して見つめ直すことが、結果的に防災意識を高めることに繋がり、それは長い目で見ると国益にも繋がっていく。孤立死対策も全く同じであろう。

 最後に、第2章で、ご多忙の中、時間を割いて対談に参加していただいた反貧困ネットワーク事務局長の湯浅誠さん、第3章で議論に参加していただいた大妻女子大学教授の反町吉秀先生、新宿区区議会議員の鈴木ひろみさん、三省堂編集部の中野園子さん、貴重な資料を提供して下さった岩手県立大学の菅野道生先生、足立区区議会議員の小椋修平さんに御礼申し上げます。また既に独りであの世に逝ってしまった先人たちに哀悼の意を捧げると共に、現在の私の活動を支えてくれる多くの仲間たち、そして最後まで読んでくれた読者のあなたに、心から感謝します。ありがとうございました。

合掌

2013年2月

中下 大樹



著者紹介

中下 大樹(なかした・だいき)

1975年生まれ。大学院でターミナルケアを学び、真宗大谷派住職資格を得た後、新潟県長岡市にある仏教系ホスピス(緩和ケア病棟)にて末期がん患者数百人の看取りに従事。退職後は東京に戻り、超宗派寺院ネットワーク「寺ネット・サンガ」を設立し、代表に就任、「駆け込み寺」としての役割を担う。生活困窮者のための葬送支援、孤立死防止のための見回り、自死念慮者の相談、自死遺族のケア、貧困問題など、様々な活動を行っている。著書『悲しむ力』(朝日新聞出版、2011年)、『死ぬ時に後悔しないために今日から大切にしたいこと』(すばる舎、2012年)など。



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