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サンスクリット語・その形と心


サンスクリット語・その形と心

上村勝彦・風間喜代三 著

3,500円 A5判 384頁 978-4-385-36465-0

日本をふくむアジア世界に大きな影響を与えているサンスクリット語。その広大無辺の境域をふたりの碩学が平明に説きあかした最新・最高のサンスクリット語入門。学習効率を一気に高める「動詞語根一覧表」付。

まえがき   目 次   あとがき
著者紹介

2010年2月10日 発行



まえがき

サンスクリットという言語の存在を知ったのはいつごろのことだったろうか。おそらく,大学に入って2 年目に受講した,インド哲学や仏教の一般教養の授業においてではなかったか。そのころ,われわれのよく知っている『法華経』などの仏典や,ヴェーダ,ウパニシャッド,『バガヴァッド・ギーター』などのインドの宗教文献について少し学び,それらの原典がサンスクリット(梵語)という言語で書かれていることを知ったのではなかったか。筆者(上村)は文学をやろうと志し,フランス文学を専攻したが,同時に,縁あって仏教にも興味を抱き,3 年次に入ってからも,中村元先生のインド思想史や,平川彰先生や玉城康四郎先生の仏教学やインド哲学の授業などを聴講して,仏文科の学生から変わり者扱いされた。フランス文学を専攻したものの,やがて語学には不適格なことが判明し,ついにフランス文学をあきらめ,印度哲学科の大学院に入って,仏教学を学ぼうと決意した。そのためには,まずサンスクリットやチベット語を勉強しなければならない。語学が苦手な筆者が,結局また語学に精を出さなければならないことになったのである。ところが,サンスクリットを教えておられた原実先生が外国に行っておられたので,独学でそれを学習せざるを得なくなった。チベット語の方は,山口瑞鳳先生について,2 年間かなり真剣に勉強したが,今ではすっかり忘れてしまった。

チベットの文学を専攻しようかと考え始めたころ,帰国された原先生の指導を受けられるようになり,また,インド文学科の助手にそそのかされて,サンスクリットの詩学を研究することになった。語学の不得手な筆者が,難解な言語とされるサンスクリットを専門とすることになるとは,皮肉なめぐり合わせだった。しかし,ありがたいことに,サンスクリットの学習には,通常の場合,筆者の苦手とする会話と作文が要求されない。サンスクリットの最も古い文献である『リグ・ヴェーダ』(紀元前1200 年ごろ成立)などの聖典は,チャンダスとよばれる雅語で書かれている。それに対しては,いわば口語にあたるバーシャーというものがあったが,それがやがて古典サンスクリットになる。大詩人カーリダーサなどの作品はこの古典サンスクリットで書かれており,その言語自体が雅語となった。われわれは会話や作文に悩まされることなく,ひたすら古典サンスクリットで書かれた文献を味読しさえすればよいのである。

インド文学科の助手になったとき,筆者は当時の文部省の奨学金を得て,南インドのマドラス(チェンナイ)に留学した。サンスクリット文学研究の最高権威だったラガヴァン博士のもとで学ぶためであった。博士は筆者のために1 日おきにサンスクリットのテクストを読んで下さり,また,当時マドラス大学サンスクリット科の主任だった言語哲学の卓越した研究者のラジャ教授にも,1 日おきに指導していただいた。まさに僥倖というべきであった。

ところが,ラガヴァン博士の周囲のパンディットとよばれる碩学たちは,英語を用いずに,流暢なサンスクリットで議論をたたかわせていた。話には聞いていたが,サンスクリットは死語ではないことを実感した。欧米の優れた学者たちも,程度の差こそあれ,サンスクリットで会話できる。インド滞在中,米国の学者が,見事にサンスクリットを操ってパンディットたちをやりこめているのを目撃し,肝をつぶしたことがあった。

サンスクリットは,ギリシア語やラテン語とともに,インド・ヨーロッパ語族に属する有力な言語であり,ペルシア語とは兄弟の関係にある。ヨーロッパ人は16 世紀の末にはサンスクリットの存在を知り,自分たちの言語との共通点を指摘していた。そして,18 世紀の後半には,『バガヴァッド・ギーター』などの重要な文献が翻訳されるようになった。その間の詳しい事情については,風間喜代三著『言語学の誕生』(岩波新書)などを参照するとよい。自分たちと親戚関係にある一大言語の存在を知ったヨーロッパ人の感慨はいかばかりであったろうか。こうして比較言語学が勃興し,インド学の研究が盛んになった。

このようなわけで,サンスクリットが欧米人にとって興味ある研究対象であることはよくわかった。ところで,日本人も,仏教を通じて古くからサンスクリットに親しんできているのである。とくに,平安時代に空海たちが中国から密教を将来して以来,真言宗や天台宗の学僧たちは競ってサンスクリット(悉曇学)を学んだ。日本語の五十音図(アイウエオ,カキクケコ…)は,サンスクリットのアルファベットの配列に由来する。中国からサンスクリットのアルファベットの配列を描いた図が伝えられ,それにならって日本語の五十音図が作られたのである。

現在でも,われわれは多くのサンスクリットに囲まれて生活している。刹那(クシャナ),娑婆(サハー),奈落(ナラカ),阿鼻(地獄)(アビーチ),般若(プラジュニャー),仏陀(ブッダ),菩薩(ボーディサットヴァ),釈迦(シャーキャ),[断]末摩(マルマン),劫(カルパ),曼荼羅(マンダラ),阿修羅(アスラ),夜叉(ヤクシャ),閻魔(ヤマ),三昧(サマーディ),檀那(ダーナ),袈裟(カーシャーヤ),卒塔婆(ストゥーパ),護摩(ホーマ),阿闍梨(アーチャーリヤ),和尚(ウパーディヤーヤ),達磨(ダルマ)などは,すべてサンスクリットを音で写した言葉(音写語)である。このように,日本人も古くから現在に至るまで,サンスクリットに親しんでいるのだから,日本人にもサンスクリットを学ぶ権利が大いにある。ところで,仏教が日本人のものの考え方に大きな影響を与えたということは否定できないことである。そして,日本仏教の理解には,じつはインドの最も有力な宗教であるヒンドゥー教(インド教)の理解が不可欠である。さらにそのヒンドゥー教,ヒンドゥー文化を正しく学ぶには,サンスクリットの原典を読む必要がある。このように,日本の文化の一面を理解するためには,サンスクリットの学習が必要であるといっても過言ではないように思われる。

 

という次第で,本書は語学を苦手とする筆者がサンスクリットをはじめて学ぶ人たちのために書き下ろした入門書である。かつて自分が苦労したことを思いおこしながら,学習の負担を少しなりとも軽減することができるように工夫しつつ,できるだけ平易に書いたつもりである。語学が不得手であることがかえって利点となって生かされていれば,こんなにうれしいことはない。

上村 勝彦

 


目  次

まえがき(上村勝彦)── i

序章 サンスクリット語の文字,アルファベットとその発音 ── 3

第1章 名詞(形容詞)の格変化(1)
       -a で終わる語幹 ── 10

第2章 名詞(形容詞)の格変化(2)
       -a で終わる中性名詞,-ā で終わる女性名詞 ── 15

第3章 名詞(形容詞)の格変化(3)
       -i または -u で終わる名詞 ── 20

雑学のよろこび 1 (ギリシア語,ラテン語,そしてサンスクリット語)── 27

第4章 名詞(形容詞)の格変化(4)
       -ī または -ū で終わる語幹── 34

第5章 名詞(形容詞)の格変化(5)
       -(t)ṛ で終わる語幹,二重母音で終わる語幹 ── 38

第6章 名詞(形容詞)の格変化(6)
       子音で終わる語幹(1)(1 語幹の名詞)── 46

第7章 名詞(形容詞)の格変化(7)
       子音で終わる語幹(2)(多語幹の名詞)── 53

雑学のよろこび 2 (米のはなし) ── 57

第8章 -vat, -mat, -an で終わる名詞 ── 62

第9章 -han, -in, -vas, -īyas で終わる名詞 ── 68

第10章 形容詞の比較法,数詞 ── 75

第11章 代名詞 ── 82

第12章 関係代名詞 ── 89

雑学のよろこび 3 (一角仙人のはなし) ── 93

第13章 動詞の第1 種活用 ── 97

第14章 動詞の第2 種活用(1) 第2類の動詞 ── 108

第15章 動詞の第2 種活用(2) 第3類の動詞 ── 119

雑学のよろこび 4 (黄金の島) ── 125

第16章 動詞の第2 種活用(3) 第5類の動詞 ── 130

第17章 動詞の第2 種活用(4) 第7類の動詞 ── 136

第18章 動詞の第2 種活用(5) 第8類の動詞 ── 141

第19章 動詞の第2 種活用(6) 第9類の動詞 ── 145

雑学のよろこび 5 (猿のはなし) ── 150

第20章 未来 ── 153

第21章 アオリスト(1) 単純アオリスト ── 158

第22章 アオリスト(2) s を含むアオリスト ── 164

第23章 完了 ── 171

雑学のよろこび 6 (亀のはなし) ── 179

第24章 受動態と使役動詞 ── 182

第25章 意欲法,強意活用,名詞起源の動詞 ── 188

第26章 準動詞現在分詞,完了分詞,過去分詞 ── 193

雑学のよろこび 7 (羽衣伝説) ── 202

第27章 動詞的形容詞,不定詞,絶対詞 ── 206

第28章 複合語 ── 214

第29章 連声法(1) 外連声 ── 219

第30章 連声法(2) 内連声 ── 227

雑学のよろこび 8 (金剛石) ── 231

第31章 サンスクリット撰文集 ── 234

サンスクリット語とはどんな言語か ── 264

サンスクリット語の辞書のひき方 ── 278

サンスクリット語作品・文献案内 ── 284

サンスクリット語辞書・文法書案内 ── 307

  

動詞語根一覧表 ── 322

文法事項索引 ── 348

語彙集 ── 351

あとがき(風間喜代三)── 372

 


あとがき

本書は,2003 年の春に急逝された上村勝彦さんの遺稿を基本的な柱としている。その前の年の秋に,この遺稿のフロッピー・ディスクを編集部の松田徹さんにあずけて入院,まもなく退院されたようだが,その後これに手を加えることもなく亡くなられた。その死はあまりにも早く,ご家族はもとより私たち知人にもただ無念の一語に尽きるものだった。

亡くなってしばらくしてから,松田さんからこの遺稿をいちどみて下さいといわれ,はじめて拝見した。すでに亡くなる一年ほど前にある会で上村さんとお会いしたときに,ほぼ書き上がっているといわれていた通り,その原稿はきちんと整ったものだった。筆者がこの仕事を受け継ぐことになったのには,つぎのような事情がある。これよりだいぶ以前のことだが,編集部から筆者にラテン文法の執筆について話があった際に,どなたかサンスクリット文法を書いて下さるのにふさわしい方がいらっしゃいませんかとたずねられたので,筆者はすぐさま旧知の上村さんの名前をあげてしまったが,その後まもなく上村さんから快諾をえたという編集部の返事をきいて,安心したことを思い出す。というのは,当時,上村さんは大叙事詩『マハーバーラタ』の個人訳という大計画にかかっていて多忙だったから,この話はご迷惑だったのではないかと危惧していたからである。

編集部がとくにサンスクリットとラテンという2つの言語に注目して,同時にその文法の入門書を企画したのは,この両言語がインド・ヨーロッパ語族の東西を代表する古典語として,言語としてのみならず文化的にもアジアとヨーロッパの両世界で大きな役割を果たしてきたからで,その点を考慮して,文法(=形)とともにその心をも伝えたいという思いがあったからだときいている。

なるほどこの言語の歴史をみると,たとえば言葉を伝える文字をとりあげてみても,ラテン・アルファベットが現代のヨーロッパの諸言語の表記にどれほど活用されてきたか,その効用は実に大きい。同様に東南アジアの世界も,インドから同じような文字の文化の恩恵を受けている。南インドを拠点として,インドの人々は西に東に海を渡って交易に活躍したが,またヒンドゥー教や仏教の伝道にも熱心であった。彼らは紀元後しばらくするとインド・シナ半島からジャワ島にまで進出し,ローマ人のように言語的に原住の人々の言語を征服することはなかったものの,インド文化を積極的に広めていった。それを知るには,あのアンコール・ワットの遺跡をみるだけでも充分だろう。この王朝の王たちは,クメール語の名前をもちながら公にはサンスクリット名を用い,ヒンドゥー教の神を崇拝し,インドからバラモン僧を招いて祭式を行なうなど,インド文化に親しんでいた。もちろんサンスクリットも学んだから,この言語で書かれた碑文も残されている。このようにインドの識者を迎えた各地の人々は,インド・アーリア人がサンスクリットを表記した文字を学び,それを各自の言語にうまく合うように工夫することによって,クメール,モン,タイ,ジャワなど,それぞれの文字をもつにいたった。われわれ日本人は,これらの人々とは異なる中国経由の北伝の仏教を受け入れると同時に,悉曇(しったん)学によってサンスクリットの音声の整理図式を会得して,漢字から工夫された仮名を五十音図にまとめることに成功した。したがって,われわれもやはりサンスクリットの文化の一端を担ってきたといえよう。このほかにも主として仏教を通して,多くのサンスクリットの語彙がわれわれの日常に今なお生き続けているが,シンガポール(siṃha-pura「獅子の町」),ジャワ島(yava-dvīpa「穀物,大麦の島」),アンコール(nagara「都市」?)のような,サンスクリットからの地名の借用語はさすがに日本語のなかには見当たらない。

上村さんも筆者も,こうした編集部の意図はとくに強く意識することなく,まずは文法の執筆という仕事を進めていた。おそらく病気がなければ,筆者の拝見した遺稿からみて,上村さんのこの文法書のほうが,筆者の『ラテン語・その形と心』よりも早くに刊行されていたと思う。なぜなら,この原稿はミス・タイプは多いものの,全体としてはまとまりのある完全なものだったからである。ただ,ときに必要と思われる説明が欠けているところがあったり,また大きな重複があったりしたので,部分的に補足したり,書き改めたりした。

巻末に置いた動詞の「語根表」は,筆者の経験から読者の学習に役に立つであろうと考えて,当初はもっと簡単なものを作成した。しかしせっかく添えるのならば,もう少し詳しいものを考えたらどうかという意見もあり,また最近のデータ・ベースの充実はサンスクリットの分野においても著しく,これを利用すると同時に,最近の新しいいくつもの時制研究をも考慮して,より充実した語根表をつくることにした。さいわい吉水清孝さん(東北大学文学部インド学仏教史)が全面的にこれを担当して下さることになり,まことに感謝に耐えない。そのご協力に心からお礼を申し上げたい。

筆者の個人的な事情と出版社側のそれとが重なってずいぶん時間がたってしまったことは,上村さんに対してお詫びしなければならない。それでもどうにか出版にまで至ったのは,筆者のラテン語の入門書にひきつづく,編集部の松田徹氏と,コンピューターを駆使した組版を担当してくださった白川俊氏のお二人のご協力のおかげである。今回もそのご苦労にお礼を申し上げたい。

ここに,謹んで本書を上村さんの霊に捧げたい。

2009年 晩秋

風間喜代三

 


著者紹介

上村勝彦(かみむら・かつひこ)

1944年,東京生まれ。東京大学文学部インド哲学科卒業。
東京大学東洋文化研究所教授在職中,2003年に逝去。
 専 攻:サンスクリット文学(古典インド詩学)。
 著訳書:主著『インド古典演劇論における美的経験』『インド古典詩論研究』
     (いずれも東京大学出版会)
    のほか,一般向けの著作多数。
    サンスクリット語作品の日本語訳にも多くの業績を残した。
    『カティリヤ実利論古代インドの帝王学』上・下(岩波文庫),
    『バガヴァッド・ギーター』(岩波文庫),
    『マハーバーラタ』1〜8(ちくま学芸文庫,未完)など。

風間喜代三(かざま・きよぞう)

1928年,東京生まれ。東京大学文学部言語学科卒業。
東京大学教授,法政大学教授を歴任。東京大学名誉教授。
 専 攻:言語学・インドヨーロッパ比較言語学。
 著 書:本書の姉妹編『ラテン語・その形と心』(三省堂)のほか,
    『ラテン語とギリシア語』(三省堂),『言語学の誕生』
    (岩波新書),『印欧語の故郷を探る』(岩波新書),
    『印欧語親族名称の研究』(岩波書店)など。


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