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戸川芳郎 監修/佐藤 進・濱口富士雄 編 2,982(2,840)円 B6 1,888頁 4-385-14045-6 古語辞典では主流となりつつある全訳読解方式を漢和辞典で初めて採用。よく親しまれている漢文の用例のすべてに現代日本語訳を付した。重要な訓読法は句法囲み欄を設けて丁寧に解説。日本語独自の用法をまとめた日本語用法欄や、常用音訓・筆順・JISコードなど現代日本語としての情報も満載。親字1万、熟語5万。普通版のみ二色刷。 2000年1月10日 初版 発行
1931(昭6)年生
編者 佐藤 進 (さとう すすむ) 東京都立大学教授(中国語学専攻) 濱口 富士雄 (はまぐち ふじお) 群馬県立女子大学教授(中国思想史専攻) この辞書は、漢字についての辞典である。 われわれ日本語を話し書くものにとっては、”漢字仮名交じり”方式の表現・表記が基本となっている。漢字は、したがって必須の学習知識である。小学・中学を通じて、漢字の音訓と字義の学習をかさね、熟語に対する常識はとりもなおさず漢字文化を背にして、われわれの教養の一端を担っている。 つまり日本語表記としての漢字は、字「形」に古漢語(古典中国語)の「音・義」と日本語の伝統的「訓」の双方を担わせる用字法をとる。読み―音読み(字音)〔字形の表わす古漢語に由来する読み方〕と訓読み(字訓)〔字形の単字としてもつ字義に日本語(文語)訳の語形によって固定的に対応させた読み方〕とがおのおのの漢字に備わる。 漢字は、かくて読解と表記の両面で、字音・字訓ともども、十数世紀にわたり日本語の語彙として通時的に変遷をたどる。すなわち原来の漢字「形・音・義」三要素と日本語の漢字語「音訓」との関係を正しく把握することが、日本語表記のうえの、”漢字”を理解する関鍵である。 日本語表記における漢字の特異な機能として、音訓一体となった,"文字”は、さまざまの問題をさらしている。表語文字として近代化に伴う欧米科学技術の導入による新概念の把捉に、その和語に代わって漢字語の表記による漢語表現が活かされ、現在にいたるもその造語作用は衰えていない。 ただし、漢字どうしの結合のしかたとして、漢語本来の構詞法(語構成)にはよらない、たとえば「切手・思惑・殿方・頭取・油断」は和語の漢字表記にすぎないが、「券売・出向・陸橋・風防・少子化」のような例は、漢語(中国語)とは異なる和語の語法(語順)から類推された造語に相当する。 さて、漢字の辞典『漢辞海』は、いまここに公刊の時を告げる。 その内容は、しかしながら今さきに説明した日本語を表記する漢字の語彙―日本語漢字語字典―を編集したものではない。日本語のなかの漢字で表現される漢字語については、語彙としての正確な、意味と語法的機能(品詞)を通時的に記述したlexicon(時代別用語集)の必要なことは、言うを俟たない。 そのことのために、ここでは一旦、日本語表記の漢字から離れて、迂遠ではあるが原来の漢字によって表記された漢語(Chinese language)にたちもどることを企図したのである。 つまり漢字が、ことばの一区切りごとに当てられる特徴を捉えてその単音節語を表記する表語文字とされるが、それによって表現されたことば―漢語(古漢語)そのものを学習するための、漢字辞典を編纂したのである。 “漢字”文字には固有の、視覚映像の字「形」に対し、それに当たる単音節の漢語(古漢語)の読み―字「音」と、それの表現する語義―字「義」とが備わっている。すなわち漢語(古漢語)の「音・義」を「形」に視覚的に表象している。漢語を表記する漢字のもつ三属性―形・音・義のことをさす。このための漢字辞典は、一見、従来の「漢和辞典」に似るが、じつは古漢語(classic Chinese)を読解するために“漢字”を通じて学習する辞典なのである。日本語の漢字語字典ではなく、古漢語字典が、この『漢辞海』にほかならない。 漢字を単に和訓に置き換えるのではなく、漢語(Chinese word)として捉え、適確な例文から、実際の文脈にそって語義を読解する。したがって古漢語を品詞別に分類し、文法をふまえた説解をほどこし、用例は現代日本語で“全訳”した。この二点において『漢辞海』は、すでに画期的である。もちろん従来の日本語漢字語についての常識も、漢字情報として組み込まれている。 この監修の企画にそって、わが佐藤進、濱口富士雄両同志は、創意を尽くして全原稿を作成し、かつ整理した。この八年の労苦は、必ずや『漢辞海』の普及によって報われるものと信ずる。 一九九九年一一月 戸川芳郎 (1) 漢文学習や中国古典理解のための「漢語」辞典! ● 画期的な[語義]解説欄。 漢字を単に和訓に置き換えるのではなく、「語(=word)」として捉え、豊富な例文から、実際の文脈に従って語義を理解させる、本書ならではの画期的な語義解説。 ●語義の配列は、語義の羅列ではなく品詞別に分類して、明解に解説。英和辞典のように文法を踏まえた解説を施した。 ●本書独自の試み! 学習上重要な漢字2,500字を選定し、一目でわかるように明示。 ●漢文読解に必要な意味や機能など、微妙なニュアンスについての情報を満載。意味の置き換えを超えた、深い理解へと導く豊富な情報源。 ● [なりたち]欄では、中国最古の字形・語源専門書に基づいて解説。古代中国人の文字感覚が自然にわかる。 (2)漢文読解のための初の「全訳」漢和辞典! ●豊富な全用例文に「全訳」付き。 語義のイメージを的確に把握できる適切な用例を積極的に採用。主に漢文教科書や人気のある古典文献から精選して引用。すべての用例文に現代日本語の[全訳]を付し、出典も明示。出典は、インターネットの海外ホームページを活用して検証。 (3)漢文訓読のための「訓読」辞典! ●[語義]欄には漢文訓読に必要な配慮をし、一目でわかるアンチック書体の和訓の表示に加え、特に{ }で、訓読独特の読みを表示。 ● [句法]欄では、漢文の句法をやさしく詳しく学べ、文全体の組み立てが理解できる。用例文のすべてに返り点を付し、さらに読み下し文も明示。 (4) 最も信頼できる、最新の「音読み情報」辞典! ● 漢字音は最新の研究成果を踏まえ、根本的に捉え直した。日本漢字音として漢音・呉音・唐音・慣用音、中国漢字音として詩韻・中古の声韻調・現代中国音を明記。 ● 隋唐時代の発音の枠組みを表示。漢字音のルーツがわかる。 ●三(サム)鬼(クヰ)玄(グヱン)など、明治以降の辞書に切り捨てられた真の歴史的字音仮名遣いを復権。国語・国文学研究者に福音。 ●これまで慣用音としてあいまいに処理されてきた字音を、国語学資料を活用して、正当な漢音・呉音として見直した。類書中もっとも信頼のおける「字音表記」。 (5)日本語としての「漢字」辞典! ● [日本語用法]欄では、漢文本来の用法とは異なる、日本語独自の意味用法を解説。 ● 常用漢字・教育漢字・人名漢字などの区別を示し、常用音訓欄・筆順欄・名前欄(子どもの名付けにも使える)・ 難読語欄などを掲載。 ● 日本起源の熟語を区別して、さらに日本から中国への移出の例を明示。 ●常用漢字・人名用漢字を含むJIS漢字第1・第2水準を完全採用。 ●「表外漢字字体表試案」に準拠。「簡易慣用字体」を示すとともに、親字の字体も「印刷標準字体」を採用。 (6)その他の特色 ●親字は約1万字を収録。伝統的な『康熙字典』に従って部首配列。高校生の漢文学習はもちろん、広く中国古典の読解に必要な漢字を中心に採録。 ●熟語は約5万語を収録。 高校生の漢文学習や、広く中国古典の読解に必要な熟語を中心に採録。さらに有名な成句には返り点付き用例に読み下し文、現代日本語の全訳を明示。 ●他の追随を許さない、『三国志』『世説新語』などの中世語彙の充実。 ●[類義語]欄では、微妙な使い分けが的確にわかり、文を正確に理解する手掛かりとなる。 ● 巻末には充実した書名・人名解説。人名は1,700人、書名は550冊に上り、書名辞典、人名辞典としても使える。 <多彩な付録> ●漢字について ●漢文読解の基礎 ●中国古典の文体・詩律 ●人名解説 ●書名解説 ●中国歴史地図 ●中国政治・文化年表 ●『易経』六十四卦表 ●六十干支表 ●歴代官職表 ●度量衡表 ほか ●『全訳漢辞海』 (PR誌『三省堂ぶっくれっと』141号より) 濱口富士雄 『漢辞海』は編集会議における勉強会の所産でもある。編集方針をより明確なものにし、また古漢語の品詞や語構成などに関する共通認識を確立するために、監修の戸川芳郎先生を中心に編者の佐藤進先生と私、そして協力をいただいた先生方のみならず三省堂の編集者も一体となった勉強会を一年以上も続けた。有意義なものであったが、実質的な編集作業はかなり遅滞したに違いない。編集部がよく見守ってくれたと感謝するとともに、それがあったからこそ類書の先を数歩も進む内容を盛ることができたと思われる。 『漢辞海』のコンセプトは、高校生の漢文学習を視野に収めつつ、しかも中国学や東洋史関係の専門家の需要をも十分に満たすというものである。そしてわれわれが常に意識したのが『支那文を読むための漢字典』(一九四〇)であった。それは中国の商務印書館が刊行した学生用の小型字典『学生字典』(一九一五)をほぼそのまま文語で訳出したに過ぎないものであるが、現在も専門家の間で重宝されている。すなわち『漢辞海』も専門家にも十分応えるべき内容を盛りつつ、高校生にも理解できるよう平明に解説することに力を注いだのである。その具体化の一つが例文の「全訳」であるが、これは例文をいかに読解したかという責任の所在の提示にもなる欠くべからざる処置であったと今更ながらに実感される。 『漢辞海』は日本漢字音の漢音・呉音について徹底して字音資料に拠るとともに国語学の最新の成果を吸収し、また慣用音とされた字音に関しても適切な根拠に基づいて漢音・呉音に位置付けるなど、佐藤先生の努力によって現在の学会水準を反映した初めての漢和辞書となった。また「和訓」に依存せず、あたかも英英辞典のごとくに説明することを目指した語義の記述、句法の詳細な解説、漢字の日本語用法の峻別なども意を得た形で実現できた。 ところで『漢辞海』の特長は、品詞分類による語義の記述にあるが、特に古漢語の語法的な特質である「品詞の活用」という現象を語義の記述の中に位置づけたことにある。これは一定の語法環境の下で本来の品詞の性格を維持しつつ、別の品詞の語法機能を獲得する現象で、「動詞化」「名詞化」「連用化」として本来の品詞の中で際立たせた。 たとえば形容詞の「少」は、主観的にある事柄が「少」であると判断する動詞的用法(意動用法)、すなわち「軽視する」という形容詞「少」の意義を含意した動詞に転化するが、形容詞「少」の語義解説中に「動詞化」と処理して、「軽視する」と解されることの語法上の在り方を明らかにしたのである。さらに、このケースでは「しょうトス」と訓読することも示した。また名詞が用言を修飾する事例では「連用化」として、たとえば「山積」の「山」は「やまのように」という意味であり、「やまノゴトクニ」と訓読することなどを示した。このような語法現象を踏まえた語義の解説は漢文を的確に理解する上ではなはだ有効な措置であろう。 また漢語本来の品詞と和訓の品詞がずれる場合は《訓読では……として読む》と注記した。漢語は、様態の表現を形容詞が主に受け持つが、日本語は動詞で表現する。たとえば形容詞の「惰」「疲」などは訓では「おこたる」「つかれる」と動詞となる。ここにおいて漢語と日本語との差異に注目できるとともに、和訓に牽引されることなく漢語本来の意義を理解することが可能となるように工夫したのである。 「なりたち」に関しても『漢辞海』では一つの見識を貫いた。最近の甲骨金文による文字学の進展は眼を見張るものがあるが、いまだ個々の学説に分岐している現況において収録漢字すべてを体系的に記述することは不可能であり、一方便宜的にいくつかの文字説を摘録することも問題である。そこで古漢語辞典としての立場に立ち戻り、たとえ漢代の神秘思想に基づき、また篆書に依拠した字解であるため今日の文字学からは誤りとされる解説があろうとも、古来、中国人の文字観を形成し、しかも体系的に記述された『説文解字』をそのまま採用することこそが理にかなうと判断した。さらに語音の近似を根拠に語源解釈を行った『釈名』を訳出して中国人の言語意識をも了解できるよう配慮したのである。 (はまぐち・ふじお 群馬県立女子大学教授) |
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