
三省堂編修所 編
1,575(1,500)円 B6変 448頁 4-385-13235-6
日常の会話や文章,入学・入社試験などに役立つ「故事・成語」「ことわざ・格言」を精選。故事・成語には,典拠となった書名・詩文名・著者名を明示の上,原文を書き下しで掲げ平明な解釈を添えた。注意・用法欄,用例・類句欄等を設けて使いやすく詳説。現在は「中型版」のみ発行。
1979年 5月 1日 初版発行
1998年 4月 10日 中型版発行
凡 例
故事の背景
見本原稿
見本ページ
必携 用字用語辞典 第五版
必携 漢字辞典
必携 手紙実用文辞典 第二版
必携類語実用辞典 新装版
音声入り電子ブック版 三省堂 新辞書パック11(「必携 故事ことわざ辞典」収録)
●凡 例
「音声入り電子ブック版 三省堂 新辞書パック11」より採録
1.見出し
日常の言語生活で使用頻度が高いと考えられる慣用句を約3、500項目選び出し、漢字仮名まじりの形で、50音準に配列した。
2.意味・説明
一読して意味・用法が理解できるように、できるだけ平易明解な説明を施した。その際、類義的な他の慣用句との意味・用法の差異が示せるように心掛けた。また、句の由来や原義などで特に意味の理解に役立つと思われるものを(( ))に入れて示した。
3.用例
語釈の後に用例を付し、意味・用法がよりいっそう的確に把握できるようにした。なお、使用場面の違いなどに応じて、いくつかの意味・説明が併記されている場合も、用例はより一般的なものを1例あげるにとどめた。他は類推していただきたい。
4.類句
見出しの句とほぼ同義に用いられる句を、用例の後に〈類句〉として示した。〈類句〉として取り上げた句の大部分は、意味・用法を見出しのそれに準じてとらえてよいので、一部は独立の見出しとして立てたが、説明や用例を付けることはしなかった。
なお、助詞の小さな異同や本来の句の省略などによって生じた、見出しの句との小さなずれは、語釈末にその形を示し、〈類句〉としては取り上げなかった。
例
命拾(いのちびろ)いをする……「命を拾う」とも。
海老(えび)で鯛(たい)をつる……略して「海老鯛」とも。
5.自動詞形・他動詞形
見出しの句に対応する自動詞形または他動詞形を、それぞれ用例の後に〈自〉〈他〉として示した。
例
証(あかし)を立(た)てる……〈自〉証が立つ
足(あし)が出(で)る……〈他〉足を出す
ただし、「愛想(あいそ)が尽(つ)きる」「愛想を尽かす」のようなものは、形式的には一見、自・他の対応関係にあるとみられるが、「彼には私もほとほと愛想が尽きた」「彼には私もほとほと愛想を尽かした」のように、用法の上ではいわゆる自・他の関係が認められないので、これらの類は単に〈類句〉として扱った。
例
生地(きじ)が出(で)る……〈類句〉生地を出す
6.反意の句
見出しの句に対応する反意の句は、〈反対〉として用例の後に付した。
例
受(う)けがいい……〈反対〉受けが悪い
7.他の見出しへの参照
⇒によって参照すべき他の見出しを示した。
(1)見出しに続けて付した⇒ 〈類句〉または〈自〉〈他〉などとして扱った句で、独立の見出しとして立てたものに付した。ただし、それらが相互に比較的近い位置に配列される場合は、見出しを立てなかった。
例
泡(あわ)を吹(ふ)かせる ⇒一泡吹かせる
足(あし)を出(だ)す ⇒足が出る
(2)項目の末尾に付した⇒ 意味や句の由来に何らかの深い関係があり、相互に参照することが句の理解を深めるのに役立つものに付した。
例
十指(じっし)の指(さ)す所(ところ)…… ⇒十目(じゅうもく)の見(み)る所(ところ)
十日(とおか)の菊(きく)…… ⇒六日(むいか)の菖蒲(あやめ)
8.用字
原則として常用漢字・現代かなづかいを用いたが、常用漢字外であっても、伝統的な表記として一般的なものは広く用いた。ただし、それらには振り仮名を付して読みの便を図った。
●故事の背景
「音声入り電子ブック版 三省堂 新辞書パック11」より採録
故事には「背水(はいすい)の陣(じん)」や「四面楚歌(しめんそか)」のように、有名な歴史上の話が由来になったものがあるが、中には「蛇足(だそく)」「漁夫(ぎょふ)の利(り)」のように作り話に基づくものがある。
「蛇足」は、昔、楚(そ)の国で褒美(ほうび)に酒を貰(もら)った家来達が、一人で飲めば十分だが数人で飲むには足りないので、酒を賭(かけ)にして蛇(へび)を早く書き上げる競争をし、早くできた一人が調子に乗って不必要な足までも書き加えたために、足があっては蛇ではないと言われて、酒を貰いそこなったという話である。
どうして、こんなつまらない話が有名な故事となり、今でも使われているのかと不思議に思うであろうが、それには大きな理由がある。
中国大陸の戦国時代(前403―前221)、中国本土が7つの大国に分かれて戦争がうち続いていた時、軍事はもちろんのこと、外交ということも重要な役割を果たしていた。いわゆる「樽俎折衝(そんそせっしょう)」の間に一国の運命が決せられた例も少なくない。弁舌だけで諸国を説いてまわり、舌先の力で戦争を始めたりやめさせたりした、蘇秦(そしん)とか張儀(ちょうぎ)とかいう人が出て来たのはこの頃(ころ)である。蘇秦が「鶏口(けいこう)となるとも牛後(ぎゅうご)となるなかれ」という卑近なたとえ話で諸候をを説き勧め、強大な秦に対抗する六国(りっこく)の軍事同盟を結ばせたことは有名な話である。このように、自分の意見を相手にわからせるには、ただ正面から難しい理屈を並べるだけでは効果がない。上手なたとえ話を使って説得すれば相手も納得し、敵も味方にすることができるのである。
「蛇足(だそく)」は、戦国時代の話で、楚(そ)の国の昭陽(しょうよう)という将軍が、魏(ぎ)の国を攻める命令を受け、大勝利の末、魏の都まで攻め入って降服させた。昭陽将軍は大得意になり、自分の強さを示そうとして、さらにその東の斉(せい)の国まで攻撃しようとした。そのうわさを聞いて斉の国では大騒ぎとなり、何とかしてその侵略を阻止しようとた。その時、陳軫(ちんしん)という者が昭陽に面会して「蛇足」のたとえ話をし、「あなたは魏の国を降服させて大手柄を立て最高の爵位をもらいました。この上、斉の国に勝っても、もはやもらう爵位はなく、場合によってはせっかく得た爵位も人のものになる恐れがあります。それは蛇足と同じことではありませんか」と言った。昭陽将軍はその話を聞いて、なるほどもっともなことであると考え、斉の国を攻めることをやめて引き返した。つまり「蛇足」の話によって、斉は敵軍の侵略ををはばみ、一国を戦争の惨禍(さんか)から救うことができたわけである。
「漁夫(ぎょふ)の利(り)」は、どぶ貝が川辺で口をあけてひなたぼっこをしていると、鷸(しぎ)がその肉をついばんだ。すると、どぶ貝は殻(から)を閉じて鷸のくちばしをはさんだ。互いに離さず頑張(がんば)っているうちに漁師が見つけて両方とも捕らえてしまったという話である。
これもやはり戦国時代のことで、趙(ちょう)の国が燕(えん)の国を攻めようとした。燕では戦争になっては大変と、蘇秦(そしん)の弟の蘇代(そだい)を趙につかわした。蘇代は趙王に会って、鷸とどぶ貝の話をして、「今、趙では燕を攻めようとしていますが、燕と趙との両大国が戦争をして持久戦を続け国力を弱めたら、あの強い秦(しん)が漁夫となってやすやすと両国を取ってしまうことになりはしないでしょうか」と言った。その話を聞いて趙王は燕に戦争をしかけることをやめにした。「漁夫の利」のたとえ話によって燕は趙との戦いを未然に防ぐことができたのである。
かれらは相手を説得するために、まさに命がけで弁舌をふるったのである。これを、ただ「戦争は人道に反する行為である」とか、「無益な戦争はやめるべきである」などという議論を展開し、真正面からから百万言を費やして説得してみたところで効果はない。わかりやすい卑近なたとえ話が相手をなるほどと納得させるのである。
そして、これらのたとえ話は時代の波に洗われながら今日まで残り、故事として利用されているのである。
●見本原稿
「音声入り電子ブック版 三省堂 新辞書パック11」より採録
ああ言(い)えばこう言(い)う《慣》
いろいろと理屈を並べ、相手の意見に素直に従おうとしない様子。「まったくこの子にはあきれたね。ああ言えばこう言うで、少しも人の言うことを聞こうとしないのだから」
合縁(あいえん)奇縁(きえん)《故》
縁というものは不思議なもので、人と人との気持ちがうまく合うのも合わないのも、みな仏教でいう因縁(いんねん)によるものである。友人や男女の間などで、深い親しみを感じる場合にいう。
〈類句〉
(⇒)縁(えん)は異(い)なもの
愛(あい)多(おお)ければ憎(にく)しみ至(いた)る《故》
−<亢倉子(こうそうし)・用道(ようどう)>
人からかわいがられることが多ければ、必ず他の人から憎まれるようになる。特別な寵愛(ちょうあい)は身の破滅を招くことになるから注意しなければならない。
〈原文〉「恩甚(はなは)だしければ則(すなわ)ち怨(うらみ)生じ、愛多ければ則ち憎しみ生ず〔過度の恩愛は人の憎しみを買うもとになる〕」
愛敬(あいきょう)を振(ふ)りまく《慣》
だれかれの区別なく、周囲の人々に明るくにこやかな態度で接する。「いつもは威張っているあの男が、今度の選挙に立候補するためか、今日はやたらに愛敬を振りまいている」
合言葉(あいことば)にする《慣》
仲間同士の結束を図り、行動の目標を明確に示すために、自分たちの主義・主張を端的に表わした言葉を掲げ、その実践に努める。「民主主義を合言葉にしてきた戦後政治も、最近は一つの転換期に差しかかってきたようだ」
挨拶(あいさつ)は時(とき)の氏神(うじがみ)《故》
「挨拶」は仲裁の意。→
(⇒)仲裁(ちゅうさい)は時の氏神
愛(あい)してその悪(あく)を知(し)る《故》
−<(⇒)礼記(らいき)・曲礼(きょくらい)上>
いくら愛しても、その人の悪い点をよく知る。他人の長所・短所も冷静によく認めるべきであるという意。
〈原文〉「賢者は狎(な)れてしかも之(これ)を敬し、畏(おそ)れてしかも之を愛し、愛してしかも其(そ)の悪を知り、憎んでしかも其の善を知る」
愛想(あいそ)が尽(つ)きる《慣》
いくらこちらが好意を示しても一向に通じない相手の態度にあきれ果て、もう相手にするのはやめようという気持になる。「あいそ」は「あいそう」とも。「分からずやのあの子には、もう愛想が尽きた」
〈類句〉愛想を尽かす
開(あ)いた口(くち)が塞(ふさ)がらない《慣》
あまりのひどさに、あきれ返っている様子。「あまりのばかさかげんに、開いた口が塞がらなかった」
相槌(あいづち)を打(う)つ《慣》
相手の話を聞きながら同感の意を表わしてうなずいたりする。また、相手の話に調子を合わせる。「相槌を打ちながら、熱心に話に聞き入る」
相手(あいて)変(か)われど主(ぬし)変(か)わらず《故》
相手は次々と変わっても、それに対するこちらはいつも変わらず、同じことを何度も繰り返していることをいう。
合(あい)の手(て)を入(い)れる《慣》
((邦楽で、唄(うた)と唄との間に楽器の演奏を入れる意から))他の人の話の間に、それを調子づけるような掛け声などを差しはさむ。「聴衆が合の手を入れるのに気をよくして、演説に一段と熱が入る」
愛(あい)の鞭(むち)《慣》
相手の将来に対する思いやりから、涙を呑(の)んで、あえて厳しい態度に出ること。「あの学生を停学処分にしたのは、教育者としての愛の鞭だ」
愛別離苦(あいべつりく)《故》
親子・兄弟・夫婦など、愛する人と生別・死別するようになる苦しみ→(⇒)四苦八苦
〈注意〉普通は「あいべつ−りく」と区切って読まれるが、正しい区切り方は「あいべつり−く」である。
合間(あいま)を縫(ぬ)う《慣》
仕事などの合間のわずかな時間を利用して何かを行なう。「仕事の合間を縫って、二か月ぶりに床屋に行ってきた」
会(あ)うは別(わか)れの始(はじ)め《故》
始めがあれば終わりがあるのと同じように、会えば必ず別れがある。親子・兄弟・夫婦とてもいずれは死ぬ運命にあり、結局は、出会いが別れの始まりとなる。仏教でいう「会者(えしゃ)定離(じょうり)」の意。
阿吽(あうん)の呼吸(こきゅう)《慣》
((「阿吽」は出す息と吸う息の意))相撲の仕切りなど、二人以上が一緒に何かをする時、互いの気持がぴったり合うこと。「指揮者と楽団の阿吽の呼吸が合った見事な演奏は聴衆を魅了した」
青息(あおいき)吐息(といき)《慣》
((「青息」は青ざめた顔をしてつくため息の意。「吐息」は語調を整えるためのもの))困難な状況から抜け出すうまい策が見いだせず、弱り切っている様子。「年末なのに資金繰りがつかず、青息吐息だ」
仰(あお)いで天(てん)に愧(は)じず《故》
−<(⇒)孟子(もうし)・尽心(じんしん)上>
自分自身に少しもやましいところがなく、きわめて公明正大である。
〈原文〉「仰いで天に愧(は)じず、俯(ふ)して人に【は】じず〔上の方を見ても天の神に恥じるところなく、下の方を見ても人々に恥じるところがない〕」
〈類句〉
(⇒)俯仰(ふぎょう)天地に愧じず
●見本ページ

