抗がん剤治療(化学療法ともいう)を受けるか受けないか、受けるとしてもどこまで続けるかは、がん患者にとって最大関心事の一つでしょう。医者に抗がん剤を勧められたけれども副作用が心配だとか、あるいは逆に、勧められなかったが化学療法の必要はないのだろうか、と患者・家族の不安や悩みはつのります。

 医者からみても、化学療法を受けたほうがいい場合に固辞する患者がいるかと思えば、やめておいたほうがいいのに受ける人もいます。がんの種類や進行度などの条件がまったく同じでも、受けるかどうかの判断は患者によって異なるものです。

 そうなる原因は、おそらく、患者・家族が抗がん剤の実際をよく知らないからでしょう。換言すれば、効果や副作用に関するデータを知らないので、頭の中で期待感がふくらんだり、逆に過度に恐れる結果になるわけです。

 もう一つの問題は、世の中に流通している言葉にあります。患者・家族は医者や患者仲間から、あるいは書物やインターネットで「抗がん剤は有効」「延命効果が認められた」「副作用は少なくなった」「最近、有用性が再認識された」などの言葉に接します。しかし、「有効」「有用」という言葉の本当の意味や、延命の期間については知らないままのことが多い。実際のデータを知らずにそういう言葉を見聞きすれば、化学療法を受けるほうに傾きがちです。

 本書では、抗がん剤にどのくらいの効果があるか、実際のデータを示して解説します。データというのは、患者の生存期間(生存率)を示したグラフ(生存曲線)のことです。抗がん剤に関する評価を誤らないためには、生存曲線をできるだけたくさん見る必要があります。わたしは長年、一流医学雑誌に載る化学療法の論文を吟味してきましたが、その中で重要なものを本書に掲げました。各がんについて化学療法を肯定するにも否定するにも、それらデータやグラフが出発点となります。

 しかしグラフを見るというのは、生存可能な期間がどのくらいかを知ることにもなるので、患者・家族にとって、つらい、困難な作業でしょう。ではあっても、グラフを見ておかないと、抗がん剤の効果について誤解したままになりがちなので、本人が無理な場合は、せめて家族や友人がグラフを見て、抗がん剤の実力のほどを理解しておく必要があります。

 抗がん剤の効果は、がんが発生した臓器によって異なりますから、本書ではかなり多数のデータを示します。しかし、紙幅の関係で、すべての臓器がんについてデータを示すことはできません。代表的な臓器がんについてデータを掲げますので、自分や家族のがんについては、それらのデータから類推していただくしかない場合も多々あると思います。がんが発生する臓器の数が多いためですから、お許しください(自分のがんに関係するデータを先に見たい方は、9ページ「がん別データ目次」、92ページ「がん別分類」参照)。

 また文章を読む場合には、何か問いをたてておいて、その答えを見つけようとして読んでいくと、理解が深まるはずです。そこで、各章の冒頭に読者への質問を置くようにしました。正解は、その章のなかに明示する場合もありますし、その章の内容全体から判断していただく場合もあります。

 本書では、抗がん剤の負の側面、すなわち副作用や毒性についても解説しました。ただ、副作用や毒性については、生存期間ほど調べられておらず、データも限られています。データが不十分なのは、毒性のために亡くなっても、死因はがんで死亡したことにされてしまうのが一因です。が、それでも、抗がん剤の量と毒性に関するデータがないわけではないので、それらを掲げました(3章)。

 なお以前の本では、わたしは本書でいう副作用と毒性の両者をあわせて「副作用」と表現していました。しかし外国では、日本語の「副作用」に当たる表現は現在使っておらず、広く「毒性(toxicity/トキシシティ)」と表現するようになってきました。日本の医学界でもその方向にあります。

 しかし一般には、まだまだ「副作用」という言葉が広く用いられているので、あえて「副作用」と「毒性」を使い分けてみることにします。本書では、吐き気や脱毛など回復可能なものを「副作用」とし、心不全や腎不全など回復不能か困難であるものを「毒性」と表現します。そのほうが読者の理解が深まるでしょう。

 副作用や毒性については、拙著『新・抗がん剤の副作用がわかる本』(三省堂)もあわせてお読みください。この本には、抗がん剤治療をめぐる医療現場の実態をとことん紹介してあります。様々な資料から医者の発言を引用してありますので、医者の本音が分かります。抗がん剤の治験(とくに毒性試験)や論文作成のための臨床試験などに誘導される危険についても述べています。治験は全国の大学病院や関連病院で日常行われています。抗がん剤治療を受けられる方は、治験に追われる医者の実態を心構えとして知っておかれるといいでしょう。

 関連して付言したいのは、いわゆる民間療法ないし非証明医療についてです(巷でお金をとって行っている免疫療法も、治す効果や生存期間の延長がデータ的に示されていないので、この範疇に入ります)。抗がん剤が無意味・有害である場合には、民間療法も無意味・有害であるのが通例で、今のところその例外はありません。

 本書は、データの分析が中心なので、多少難しく感じられるかもしれませんが、ゆっくり読めば分かるはずです。本書をしっかり読めば、化学療法の選択について真に納得がいくことでしょう。12章、13章は読みやすいので、先に読むのも一法です。また巻頭に「図(データ)の見方と用語」を置きました。予備知識としてざっと読んでおくか、本文を読むときにそのつど参照されるとよいと思います。なお、再発後に不必要な治療をしないで長生きする生き方を、拙著『再発・転移の話をしよう』(三省堂)に紹介してありますので参照してください。

 これらの本を読まれたあとで、化学療法を受けるかやめるかを判断すれば、読まなかった場合よりも、はるかに妥当な判断結果になることでしょう。

 2004年7月

近藤 誠