キューバ変貌

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伊高浩昭著

1,900円 四六 296頁 978-4-385-35901-X (品切)

「最後の楽園」として、いまキューバへの視線が熱い。99年1月、革命40年を迎えたキューバはこれからどこへ行くのか。カストロ社会主義体制の分析を軸に、対米、対日関係、経済・観光など新キューバ像を探る。

1999年 4月20日 発行

 プロローグ 「何処へ」
 目  次
 自著自讃 (「ぶっくれっと」135号掲載)
 編集担当者からの言葉


●プロローグ 「何処へ」

 カリブ海の社会主義国キューバ(スペイン語ではクーバ)は一九九九年元日、革命勝利から丸四〇年の時を通過した。
 その十年前、三〇周年を迎えた年、ベルリンの壁が崩壊し、ソ連・東欧の社会主義は音を立てて崩れ去った。その直撃を受けたキューバは、社会主義体制の制度疲労に加え、長年の米国による経済・金融封鎖と新たな敵対的政策がじわりじわりと効いて、経済は極悪となり、革命体制は存亡の危機に陥った。
 柔軟な発想が身上の最高指導者フィデル・カストロは、中央管理の社会主義計画経済に見切りをつけ、「市場制度付き社会主義経済」という段階的な市場経済導入に踏み切った。同時に共産党一党支配の政治を、底辺の論議を積み重ねて政策を決定していくピラミッド型のいわば「末ひろがりの一党体制内複数発想主義」に改造し、民主化を図った。
 政経両面の改革は奏功し、どん底だった経済は九〇年代半ば、わずかながら上向きに動きはじめた。それから五年、市場制度は試行錯誤を繰り返しながら軌道にのりつつある。だが米ドルをはじめ外貨の自由化で、「ドル(外貨)を持つ者と持たざる者」に象徴される生活格差が生まれ、長らく平等主義になじんできた国民の間にすきま風が吹きだした。
 カストロは、ローマ法王ヨハネパウロ二世をキューバに迎え、宗教を名実ともに公認した。ソ連圏崩壊で万能神話が崩れた社会主義イデオロギーの空白を埋め、市場化がかもす「発想の多様化」に対応するため、法王の権威を借りたわけだが、法王訪問は一つの「思想革命」となる。
 法王は、キューバと国際社会に対し、互いに開けと呼び掛け、これによってキューバの国際関係は大幅に改善された。キューバにとって法王や米国大統領につぐ重要人物であるスペイン国王フアンカルロス一世も九九年、キューバを初めて訪問する。キューバ政策で米国に気兼ねしてきた日本政府にとってさえ、法王の呼びかけは福音だった。いまや日本・キューバ関係が、経済関係の拡大や首脳外交にまで発展する兆しが彼方に見えている。
 こうして革命体制の延命と改造に成功したカストロは、「老獪な革命家」から「老練な政治家」に変身した感がつよい。悪く言えば「カウディージョ(総統)的独裁」、よく言えば人道主義に根差す「哲人政治」をしき、チェ・ゲバラを依然「期待される人間像」として掲げているカストロだが、二一世紀のキューバをどのように描いているのであろうか。キューバは、どこに行くのだろうか。


●目  次

第一章 チェ・ゲバラ --- 英雄の帰還

別れの手紙/作られた標語/極秘の帰国/ボリビアに死す/期待され る人間像/ラ・イゲラ/胸像の死相/透明な抜け殻/木曜市場/両腕 のない遺骨/援軍の同志/神話は過去に/グムシオの示唆/サンタク ララ/野外の造形/娘アレイダの思い出/薬品さえあれば/心痛む落 ちこぼれ

第二章 ハバナ --- 華麗なる情景

正直な衰退/格差の断層/仁術医師/角を矯めて牛を生かす/権力を 見下ろす/揺らぐ価値観/オルガノポニコ

第三章 革命の軌跡 --- 対米独立の道

謀略「米西戦争」/スペインの裏切り/モンカダ蜂起/女傑メルバ/ 中曽根康弘の観察/社会主義宣言/ミサイル危機/キューバ路線/蜜 月の制度化/マリエル難民/ゴルバチョフ登場/別離の条約/オチョ アの処刑/冷戦の終結/非常事態/ソ連の消滅

第四章 社会主義民主制度 --- 「創造的多様性」か

創造的多様性/肩書の使い分け/江沢民体制型/国民皆組織/模範的 な細胞/幻滅した世代/バルセロの群/直立不動の人塊/半世紀の時 間差/反体制派弾圧/彼らのモンカダ/一党制の行方

第五章 地獄を見た経済 --- 市場制度の選択

五大問題/三種類の通貨/ペソの魔術/強壮のサイドカー/実利路線 /高齢化の波/観光という名の電車/バラデロ/文豪の貢献/馬に乗 る娘たち/本能の反逆/犯罪多発/エイズ対策/パラダール/落日の エリート/油田開発/鳳凰の飛翔/幻の原発/依然「甘い金」/農場 改革/UBPC/新兵農場/自由市場

第六章 法王の神学 --- 計算された逆襲

イエズス会の学校/革命家キリスト/「奇蹟」の会談/アフリカ系/ 神の混血/クリスマス復活/法王の挑戦/宗教が必要になる日/神と 牛肉/互いに開け/良心の自由/ダビデの抵抗/手強かった論客/貴 重な「同志」

第七章 「技術的な国」日本 --- 気兼ねする友人

幻の頂上会談/社会主義の首相を訪ねて/「技術的来日」/役者の違 い/日本を発見/なぜ社会主義か/巨人の敵視/ペルー事件/法王の 福音/債務返済/革命派の会長/「チノ」から日系人へ

第八章 USA --- かくも頑迷な帝国

挑発の再燃/ヘルムズ・バートン法/封鎖の歴史/悪法への反撃/細 菌作戦/劇的な敗北/百年の棘/カギはカナダ/独覇ヒステリー

エピローグ 「理想への力学」

巻末資料
キューバ・米国・日本関係略史
(プロローグの前にキューバ周辺略図/キューバ略図収録)


●『キューバ変貌』

「ぶっくれっと」135号、1999年3月発行より)

伊高浩昭

 西半球のカリブ海にある社会主義国キューバは、日本からはるか遠い。だが私にとっては過去三十数年間、極めて近い国である。キューバ革命が仕事上の最重要テーマの一つだからだ。
 四十年前の一九五九年元日、フィデル・カストロを最高指導者とするゲリラ軍は軍事独裁政権を倒し革命に成功する。前世紀末からキューバを属国扱いしていた米国は、革命体制の急進路線に怒り断交、革命政府打倒を狙って侵攻軍を上陸させて失敗する。カストロは社会主義革命を宣言しソ連に傾斜、東西冷戦が米州にも波及し、ミサイル危機が起きる。その後、キューバはソ連圏加盟、冷戦終結、ソ連崩壊という歴史の波にもまれながら九〇年代、中越朝のアジア三国とともに「残存社会主義国」として今日まで生き延びてきた。四十年間ほぼ一貫して変わらないのは、カストロ体制と、米国の敵対政策である。
 キューバ革命の最も重要な性格は、米州の支配者・米国のくびきを逃れる、すなわち対米独立ということだ。キューバは、米国に従属していた中米・カリブ圏で、米国の圧力をはねかえして長期間存続しえた最初の国なのだ。だからこそ米国はキューバを許さず、敵対関係をとりつづけている。米州の二十世紀は米国支配の百年であるが、弱小国が抵抗して自立できることを証明したキューバ革命は、間違いなく今世紀の米州史上、最重要の出来事である。
 国際社会は、米国の軍事独覇、米国経済方式の世界化、米国文化・生活様式の巨大な影響力によって単一化が相当に進んでいる。それだけ文化・社会がつまらなくなっていると私は思うのだが、米国に抵抗し独自性を守り抜こうとするキューバの生き方は、極めて今日的だと言えまいか。
 翻って日本は戦後、占領・安保体制を通じ一貫して、軍事的に対米従属状態にある。そのことを説明するのに、沖縄の基地問題を指摘するだけで十分だろう。キューバの敢然とした対米姿勢を見るとき、日米関係の在り方は実に情けない。キューバ革命が最重要テーマであるのは、日米関係を考えるうえで示唆を絶えず与えてくれるからでもある。
 中越朝三国も対米関係では、ベトナムは対米戦争に勝ち、中国は対米臨戦態勢で対峙し、北朝鮮は朝鮮戦争で米軍と戦火を交えたという冷戦時代の共通の歴史をもつ。だがいまでは、米国と中越両国は和気あいあいと国交を保ち、米朝両国は将来の正常化を目指して対話を継続している。
 それなのにキューバに対しては、米国は敵対関係をやめない。社会主義国に対する政策でキューバと中越朝三国を区別する米国の二重規範は、米州の支配国・被支配国同士という過去の歴史的関係に根差す「近親憎悪」が米国人の脳裡にあるからだろう。
 日本にとって重要度が最も高い対米関係の新しい在り方を探るためにも、米国が強者として、弱者である地元米州に対して示す態度を分析するのは意味があるはずだ。

 革命体制四十周年を経たキューバ国内に目を向けると、革命体制はイデオロギーと経済の両面で依然困難を脱しきれていない。ソ連圏崩壊で「科学的社会主義」の万能イデオロギーは崩壊し、国民の心に空洞が生じた。そこを埋めるために、カストロはローマ法王をキューバに招き、宗教と信仰を名実ともに公認する。無神論は大きく後退した。
 経済苦を克服するため、カストロは経済非常事態を発動し、市場制度を導入、「敵国通貨」米ドルをはじめ外貨の保有・使用を国民に認める。だが中国の「社会主義市場経済」方式と比べれば、経済の開放度は極めて小さく、カストロは「市場制度付き社会主義経済」と名付け、市場経済よりも社会主義経済に重点を置いている。
 だが段階的にせよ市場化はドル化とともに経済を変容させ、国民の間にドルを持つ者と持たない者との格差が目立ってきた。「新キューバ人」とも呼ぶべきドル持ち成金の台頭は、社会主義体制の平等主義に長年慣れきっていた国民にとって、一大異変となっている。伝統の砂糖生産に代わって観光が外貨稼ぎの筆頭戦略産業となったこともあって、「労働の喜び」とか「生産の喜び」といった社会主義的価値観は薄れ、ドルに象徴される消費社会へのあこがれや、射倖心が急速に広がりつつある。そこから窃盗、強盗、売春、麻薬など犯罪が多発している。
 カストロは、無料教育・医療、社会保障、基本的食料配給、格安の公共料金という平等政策を維持しながら、社会主義経済の中央管理機関である巨大な官僚機構の解体を促進し、自由競争分野を広げようとしている。経済開放がロシアのような混乱を招かないようにするため、マクロ経済の管理を保ちながら、同時に「小さな国家」への移行を目指しているわけで、カストロの三大権力基盤である共産党、革命軍、警察さえも贅肉をそぎ落とされている。このようにキューバ革命体制の観察は、発展途上の弱小社会主義国が冷戦終結後生存するため、どのような変容を余儀なくされたかということを検証する点でも意味がある。
 キューバはどのような方向に進むのだろうか。このことも考えなければならない。カストロは、ソ連圏からの経済援助が行われていた八〇年代末期の経済水準を回復するまで、まだ五年かかるとみている。少なくとも、そのときまで経済非常事態は続くだろう。その先は経済の成長・拡大が期待されるわけだが、それが軌道に乗れば、配給制度や格安公共料金制度は、廃止を含む見直しを迫られるだろう。残る社会保障と無料教育・医療という福祉制度の存続を社会主義の証とし、あとは市場経済となる「社会的資本主義」とも呼べるような経済体制に進んでいく公算がある。
 政治面では、米国の圧力がかかり続ける間は共産党一党支配をやめないだろう。中国の江沢民体制のような安定支配を築くのが、カストロの理想かもしれない。対米関係の正常化は、キューバが所属するラテンアメリカの統合の進度と、米国・カナダを含む米州統合の進度と相まって実現していくだろう。ただしカストロの死去などキューバ国内の大きな変化があれば、状況は変わってくる。
 もしカストロの思惑通り事が進めば、キューバは平等性、発展した経済、国家・国民の独自性を兼ね備えた、発展途上国の理想型になるだろう。キューバの前途は極めて厳しいが、理想の実現は絶対に不可能ということではない。それに、このような理想実現に接近しないかぎり、革命体制を維持する意味がなくなる。キューバは四十年間続けた実験を、来世紀に向けてさらに継続しようとしているのだ。
 日本で「異文化との接触の重要性」が叫ばれて久しい。日本人が米国の眼鏡を通さずに直接キューバを見れば、そこに多くの価値を発見することができるだろう。

(いだか・ひろあき ジャーナリスト)


●編集担当者からの言葉

伝説の革命家 チェ・ゲバラのリバイバルブームが続いている。これを担うのは、ゲバラがボリビアで銃殺されたあとに生まれた世代が中心だ。写真家コルダが撮影した、星印のついたベレー帽を被り中空を見つめる二次元のゲバラは、現代のイコンともなっている。
サルサをはじめとするラテン音楽やダンスにおいて、キューバ抜きにはなにも語ることができない。そのほか、野球・バレーボール・ボクシングなどのスポーツや現代美術・映画の世界でも、その才能の台頭や存在感は圧倒的である。
一方、こうした文化先行のキューバブームにくらべ、現代キューバの歴史、政治経済、外交などについての報告・紹介は、後塵を拝していた観がある。冷戦終結後たいへんな経済的苦境に陥っている、といったやや同情的・批判的報告が支配的であった。

99年1月1日に、キューバ革命は40周年を迎えた。いまや唯一の超大国となった北のアメリカ合衆国による、連綿と続くさまざまな圧力に40年間耐えしのんできたことになる。強者にまつろわぬがゆえに、物質的繁栄とまったく縁がなかった。これはまさに、日米安保条約の庇護のもと経済発展に狂奔してきた、われわれ日本と正反対の生き方である。

「...米国は二〇世紀末のいまも、ことキューバ政策となると、「理性ある外交政策でなく、カリブ・中米地域を支配するのが当然という一九世紀初めのかびの生えた感情に基づいて行動する」。これは、米国の元国務長官で反共の権謀術数外交を指揮したヘンリー・キッシンジャーが、いまになって発した言葉である。そのような感情からは、ヒステリーじみた態度しか出てこない。そんな特殊で異常な米国を通してキューバ、あるいは他の地域を見るのは、危険ですらある。米国の立場に偏りがちな日本人は、その危険に陥っている。」(エピローグより)

フィデル・カストロは、カリブ海に浮かぶこのちいさな社会主義国を導いてきた。じつに9人もの米国大統領を相手に、である。ミサイル危機をはじめおおくの困難を乗り越え、外貨自由化や宗教自由化をすすめ、生き延びてきた。
この、危機管理の天才を中心に、キューバ革命40年の激動を、歴史・政治経済・社会・対米関係・対日関係を軸にまとめたのが本書である。30余年にわたるラテンアメリカ報道の実績をもつ著者が、さまざまな要人とのインタビューと、知られざるエピソードをふんだんに織りこみ、現代キューバの実像を炙り出す。
その、キューバへの賞賛と批判との共存は、本書が、カリブ・ラテンアメリカ地域のみならず、さまざまな論点にかかわる重要基本書であることを可能にしている。

「...四〇年前に勝利したキューバ革命は、ある意味で今日の米国主導の「グローバリゼーション」の惨憺たる状況を予知していたと言えるかもしれない。世界化の流れのなかでキューバの政治と経済は厳しい試練にさらされてはいるが、米国文化の世界化に抵抗ないし対抗するという点では、キューバ革命はすぐれて今日的なのだ。
だがキューバの内側からカストロ体制をながめると、別の面が見えてくる。カストロは、手塩にかけた革命を、あまりに原理主義的に信奉し、国民に従わせようとしてきたのではなかったか...」(エピローグより)

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