キャンパス
性差別事情
―ストップ・ザ・アカハラ―

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上野千鶴子 編

1,500円 A5 264頁 978-4-385-35731-X (品切)

大学の女性研究者がその閉鎖的,徒弟制度的な空間で受けやすい性差別とは?セクハラのみならず採用・昇進差別などこれまで語られることのなかった大学内の女性差別に東大教授の著者が,初めてメスをいれる。

1997年 7月10日 発行

 きっと変えられる性差別語

 NPO アカデミックハラスメントをなくすネットワークのHP


●『キャンパス性差別事情 ―ストップ・ザ・アカハラ―』

「ぶっくれっと」1997.7 no.125「自著自讃」より

上野千鶴子

 セクハラことセクシュアル・ハラスメントが流行語大賞を獲得したのは一九八九年。今またことあたらしくアカハラことアカデミック・ハラスメントを問題化しようというのはほかでもない。理性と良識の府であるはずの大学でも、性差別は例外ではないからだ。アカハラをここでは研究職に固有の性差別、と定義しておこう。

 この三月、京都大学女性教官懇話会代表(当時)の小野和子さんを被告とした元京大教授セクハラ疑惑をめぐる名誉毀損訴訟は、小野さん側の全面勝訴の結果となったが(敗訴した原告側は上告中)、その判決文のなかで、セクシュアル・ハラスメントは次のように定義されている。

 「相手方の意に反して、性的な性質の言動を行い、それに対する対応によって仕事をする上で一定の不利益を与えたり、またはそれを繰り返すことによって就業環境を著しく悪化させること」(1997・3・6)

 セクハラは一種の労働災害として認定され、その対策には雇用主側が責任があることがあきらかにされた。事実この事件以来、京都大学では相談窓口を設けるなどの対策を講じてきている。

 セクハラはアカハラの一部だが、全部ではない。アカハラことアカデミック・ハラスメントとは研究職の女性が経験する性差別のことをいう。

 京都大学女性教官懇話会の活動に刺激を受けて、遅ればせながら東大でも、東京大学女性教官懇話会(のちに女性研究者懇話会と改称)が九四年に結成。「東京大学女性教官が受けた性差別」の調査を実施した。調査報告を兼ねたシンポジウムでは、参加者のひとりから、「公明正大であるべき大学でこんな性差別があるなんてショックを受けました」という声が寄せられた。本書は、ここ数年にわたる各地の女性研究者のこの問題に対する取り組みのなかから生まれたものである。

 アカハラことキャンパスの性差別には、次のようなものがある。

 そのひとつは、働く女性に共通の悩み、家庭との両立や通称使用の問題がある。女性研究者の場合は自分の名前で研究を発表してきているから、たとえば学術情報データベースで検索するときにも、名前が違うと大変やりにくい。別姓選択は女性研究者にとっては切実な要求である。

 ふたつ目は研究者に固有の性差別、指導や研究上の差別や研究プロジェクトからの排除、研究費配分の不利などがある。アイディアの盗用や研究成果の独占もある。筑波大学の女性研究者が男性研究者との共著論文のファーストネームを印刷にあたって入れ替えられた事件は、典型的な例である。この種の不利益は助手や技官など研究上の地位の低い立場の人には男女を問わず起こりやすいが、女性が下位のポストに集中していることは容易にみてとれる。「うちの研究室には女性は来ないでほしい」と公言している教授もいるが、多くは密室の大学の採用人事で、実際に女性差別があるかどうかを証明することは難しい。だが、学部学生、大学院生、助手、講師、助教授、教授とポストが上がっていくにつれて女性比率が目に見えて減少するところから、性差別の存在を「疫学的」に証明することもできる。非常勤講師にも女性が多い。

 三つ目には、もちろんセクハラがある。そして研究上の差別とセクハラはしばしば密接に結びついている。

 それだけではない。大学にはアカハラを問題化しにくい機構的な障害がある。

 第一は、学部自治、学科自治の名の下での相互不干渉であり、監督責任の不在である。

 第二は研究職の専門分化と「学界」の狭さである。いったんアカデミック・リタリエーション(研究上の報復)を受けると、被害者はたんに職を失うだけでなく、研究者としての将来をすべて失う恐れがある。

 そして第三に、何よりも「公正」であるべき研究の場で、「あってはならないこと」とされている性差別を問題化することそのこと自体が抑制されている。 

 その結果、民間企業でならありえないような無防備で無警戒な差別的言動が横行することもある。

 研究者にも女性が増えたせいで、大学もどこにでもある女の職場のひとつになった。彼女たちは何が価値ある研究か、という判断基準をも変えつつある。アカハラを問題にすることは、知の再生産の制度そのもののジェンダー・バイアスを問題にすることにほかならない。

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