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  ベケット巡礼


ベケット巡礼(準備中)

堀 真理子 著

2,800円 四六 400頁 978-4-385-36294-6

祖国を捨て、旅を人生とした……
暴力を憎み、レジスタンスに身を投じた……
友人を愛し、さまざまな才能と交差した……
人生を探り、その不条理を描き出した……
言葉を否み、語りえぬものを語った……

20世紀の巨人サミュエル・ベケット生誕100年、その苦闘の足跡を追う。ノーベル賞作家ゆかりの地を巡り、その作品と生涯、影響力、日本との繋がりを概観した総合的ベケット入門。キーワード20、作品紹介、文献案内、日本上演リスト付。

2007年 3月31日 発行

はじめに 目次 著者略歴 あとがき

書評紹介 毎日新聞 2007.9.9(評者 富山太佳夫)

  



●はじめに

 「月日は百代の過客にして行きかう年もまた旅人なり」――松尾芭蕉の『奥の細道』の書きだしである。旅を人生に重ね、その一生を旅人としてすごした芭蕉は、どこにも根をおろすことなくアウトサイダーでありつづけた。アイルランド生まれのサミュエル・ベケットもまた祖国を捨て、いわば放浪者のようにその一生を異国の地で終えている。鎖国の世に「異国」へ行くことなど考えられなかった芭蕉は「異郷」を放浪し、旅先の情景やそのときそのときの心情を俳句に託したが、ベケットもまた「異国」フランスを「第二の故郷」としながらヨーロッパや北アフリカの各地を旅し、エネルギッシュに創作活動を行なった。

 日本という母国にいながら異郷を求めつづけた芭蕉と、祖国離脱者として文字どおり異国の地で他者でありつづけたベケットとは、生きた時代も地域もまったく異なるが、その生きる姿勢には意外な共通点がある。この2人の文学の徒にとっては「創作」自体が「旅」であり人生なのである。「旅」が2人の作品の主題となり、人生の旅路が「創作」の苦しみと重ねあわされている。その創作の苦しみの末に、芭蕉は5・7・5という短い言葉を組みあわせた俳句を生みだし、ベケットは言葉を削りつづけて短い戯曲を書いた。そして、その短い句や短い戯曲には多くの情景や心情、ときに世界観・宇宙観がこめられている。ベケットの作品はしばしば「俳句的」であると指摘されるが、その世界は俳句(厳密には「俳諧」)の創始者とされる芭蕉の世界観につうじるところが多い。

 ところで、ベケットの散文には「旅」が主題のものがある。ベケット学者S・E・ゴンタースキはベケットの後期散文集『とにかく前へ』の序文で、「旅の主題は『マーフィ』から『ワット』までのベケットの小説の大黒柱だった」と述べている。ゴンタースキは物理的な動きが主題になっているものを「旅の主題」とよび、動くことができなくなった身体や部屋に閉じこもっている人物が描かれているベケット後期の作品と区別している。

 しかし、「人生が旅」であるならば、閉じこめられた空間のなかで最大限に生きようとしている人間(ベケット作品の登場人物は自殺願望があっても死ぬことはなく、苦しみながらも生きつづける)もまた、「動き」を求める旅人だといえるだろう。生きる道を模索するとき、人間は頭を、つまり想像力を働かせて「動く自分」「動ける自分」をつくりだす。それは架空の行動のこともあれば、記憶のなかにある過去の自分の行動のこともある。ベケットの場合、後者であることが多いが、ベケット作品においてはこの記憶もたしかなものではない。過去が想起されるというよりは、無から新しくなにかを現出させることによってあらたな想像世界がつくりだされるといったほうがよい。

 芭蕉はその辞世の句「旅に病んで夢は枯野をかけめぐる」において、病床にありながら頭のなかで、つまりは夢のなかで荒野を駆けまわっている自分の姿を想像している。ベケットもまた病床にあった最晩年に「なんと言うか」という短い詩のような「散文」を執筆し、そのなかで言葉探しをしているのだが、その言葉には「遠くはるかに見えるなにか」としてそれをとらえようとする「旅人」の視線が感じられる。旅することが人生である2人にとって、句をよむこと、作品を生みだすこと、すなわち「書くこと」もまた人生だった。「書くこと」は想像の世界を旅することであると考えると、旅は無限の広がりをもつ。

 人間は年をとると行動範囲が狭くなるという。土のなかや部屋のなかに閉じこめられているベケットの後期作品の登場人物たちは、そのことを視覚的に表現している。しかし、その狭い空間のなかで想像力を働かせる脳はさまざまなことを考え、ときに昔の思い出を記憶のかなたからよみがえらせる。それどころか記憶にはない「過去」をあらたに現出させることもある。老人は、物理的な旅から精神的な旅へと旅のかたちを変えながら、永遠に旅をしつづけているのだ。人生を旅したベケットは、旅を創作に重ね、その主題にさえしたといえる。

 さて、本書はそんなベケット作品の魅力にとりつかれた一研究者のベケットをめぐる旅の書である。各地で上演されたベケット作品や作家本人の足どりを追いかけてめぐったヨーロッパの旅をとおして、その創作の原点をさぐりあてようとした日本人のさすらいの記録であるといってもよい。

 第1章では私がベケット作品に魅せられるきっかけになった、1984年のエディンバラ祭で上演されたベケットの後期作品の舞台と、ベケット作品上演の特殊事情について述べる。第2章では、ベケットの生地アイルランドをたずねて、ベケットの誕生をめぐるあらたな発見と、のちに劇作家となるベケットを育てたダブリンという土地、さらにベケットの長年にわたる絵画への関心や画家たちとの交流について紹介する。第3章では、ベケットが精神分析による治療を行なうために訪れたロンドンと、ベケット研究をするために私がすごしたロンドン体験に触れ、章の後半ではW・B・イェイツと比較しながらベケットと能の関係について考える。第4章では、私が2005年に訪れたサンクトペテルブルグをとおして現在のロシアを考え、ベケットがモスクワ留学を望んでいたことを紹介する。ベケットはロシア(ソ連)の映画監督セルゲイ・エイゼンシュテインのもとで映画を学びたいと思っていたが、その夢をはたせなかったのである。章後半では、エイゼンシュテインを師とあおいだベケットの作品にみられる映画的手法と俳句的要素について論じる。第5章では、ベケットが移り住み骨を埋めたフランスに旅して、『ゴドーを待ちながら』で一躍ベケットを有名にしたパリと仕事場だったユシーの別荘を訪れる。第6章では、ベケットが自作品の演出をつとめたシラー劇場のあるベルリンをたずね、なぜ彼がベルリンにかようようになったのか、ベケットの心境を探る。そして、ベルリンが生んだもう1人の演劇界の巨匠ベルトルト・ブレヒトにも触れ、この2人の劇作家が戦後日本の新劇によって紹介された経緯や、小劇場運動に与えたベケットの影響について論じる。最後の第7章では、ベケット研究ではまだあまり光があてられていないが、ベケットの後期作品を語るうえで重要と思われるポルトガルに焦点をあてる。ここではとくに、ベケットが静養と充電のために数度にわたって長期滞在したカスカイスと、ポルトガルの国民的詩人フェルナンド・ペソアが住んだリスボンに立ちよって旅の終わりとしたい。

 旅の道づれをしてくださる読者の皆さんのために、本書の最後に、ベケット作品を戯曲、小説、詩、評論などの作品をまとめて簡単に紹介してあるので、本文を読みながら時おりのぞいてもらうのもよいかもしれない。また、ベケット作品を考えるうえで重要と思われる言葉やイメージを表わす20のキーワードの解説と、日本で上演されたベケット作品の、翻案、脚色、潤色を含めたリストを巻末につけた。あわせて参考にしていただければさいわいである。



目  次

ベケット関連地図
口絵
はじめに

第1章 エディンバラ―ベケットとの出逢い
第2章 アイルランド―苦闘のはじまり
第3章 ロンドン―魂のゆらめき
第4章 ロシア―師をもとめて
第5章 フランス―劇作家への道
第6章 ベルリン―演出家の誕生
第7章 ポルトガル―やすらぎのひととき

あとがき
主要文献・引用文件リスト
ベケット作品紹介
ベケットを知るためのキーワード20
ベケット作品上演記録
索引



著者略歴

堀 真理子(ほり まりこ)

1956年、東京生まれ。青山学院大学大学院文学研究科英米文学専攻博士課程単位取得済退学。ロンドン大学MA(演劇学)。2000年度プリンストン大学客員研究員。現在、青山学院大学経済学部教授。専門は英米文学・演劇学。

主な著訳書

共著:
Drawing on Beckett: Portraits, Performances, and Cultural Contexts (Tel Aviv, Israel: Assaph, Tel Aviv U 2003)、『ジェンダーとアメリカ文学――人種と歴史の表象』(勁草書房 2002)、『ニューヨーク――周縁が織りなす都市文化』(三省堂 2001)、Beckett On and On...London: Associated UP 1996) 共編著:『概説アメリカ文化史』(ミネルヴァ書房 2002)、『ベケット大全』(白水社 1999)

共訳:
ジェイムズ・ノウルソン『ベケット伝』(白水社 2003)、ロバート・ペン・ウォレン『南北戦争の遺産』(本の友社 1997)、クリストファー・イネス『アバンギャルド・シアター』(テアトロ社=現カモミール社 1997)、ゲイル・オースティン『フェミニズムと演劇――その理論と実践』(明石書店 1996)



あとがき

 本書は「日本におけるベケット、ベケットにおける日本」という研究テーマで2004年度に青山学院大学総合研究所より領域別人文研究分野の研究助成を受け、さらにそのしめくくりとして2006年度に出版助成を受け出版にいたったものである。

 本書を執筆していた2006年はサミュエル・ベケット生誕100周年で、ほとんど毎日、世界のどこかでこの作家を祝う催し物があった。それまで作品はおろか、ベケットという作家の名前を聞いたこともなかったような人たちがにわかにこの作家の存在を知るにいたり、本屋にならんだ新しい全集を手にしたり、舞台を見に出かけたりするという現象も少なからずあった。ダブリンやロンドンでは戯曲がつぎつぎに上演され、2005年度のノーベル文学賞に輝いたハロルド・ピンターが俳優としてベケットの一人芝居『クラップの最後のテープ』に出演するという、びっくりするような舞台公演もあった。欧米に比べてこの作家の知名度が低い日本でも、写真展やポスター展、ベケットに触発されたアートやパフォーマンス、ベケット作品を能や現代劇に脚色しなおした舞台などが催され、新たなファン層を獲得しつつある。こむずかしくてわかりにくい作家だというレッテルはそろそろ返上してもよいころだろう。

 私がベケットについて本を書こうと思ったのも、作家の生誕100年祭を経て機が熟したと考えたからだ。日本の演劇界におけるベケットの受容を中心に研究してきた私のなかでは、ベケットという作家は身ぢかな存在だったが、日本の現代演劇の担い手の多くがベケットを意識しているわりには、この作家と作品は日本の観客や媒体に浸透してこなかった。そのギャップを埋め、ベケットは日本人にも親しみやすい作家なのだと言いたくて、無謀にも本書の執筆にとりかかったのだが、その道のりは険しかった。私自身のベケットをめぐる旅と、ベケット自身の創作の旅を重ね、さらにはベケットの作品に日本的な要素を見いだし、日本における受容の話へと発展させるという試みは、一見たがいに有機的にむすびつきそうもない。まさにベケット的な、綱わたりのような作業を前に呆然としながら、やがて奇跡が起こることを願って、自分の背中を押す日々がつづいた。

 ようやくできあがった本書は「完成品」ではない。これまでの研究の集大成というわけでもない。ベケットやブレヒトにとって創作が完成をめざすものではなく「過程」にすぎなかったように、本書もまた、ベケットという作家を研究している一研究者の研究の「過程」を提示したものである。それは、人生という旅の途中の休憩のようなもので、私自身の旅はまだ終わっていない。ベケットの好きな言葉を借りれば「できそこない」の作品を世間にさらすのはしのびないが、100パーセント納得のいくものを書こうとすればおそらく永遠になにも書けないだろう。作家のジレンマにも似たジレンマをかかえつつ、私はあえて本書を世に送りだすことにした。

 私がベケットを研究しはじめたのは大学で教鞭をとるようになってからだ。日本におけるベケットの受容を研究の中心的なテーマにするようになったのは、1992年のことである。ベケットの演劇を忠実に舞台で再現するにはどうしたらよいかというテーマで研究をするために、私はロンドン大学ロイヤルホロウェイ校(当時はロイヤルホロウェイ・アンド・ベッドフォード・ニュー・カレッジ)の大学院演劇科に1年間留学したが、同年4月にオランダのハーグで開催されたベケット国際会議で、日本におけるベケットの受容について発表するよう会議主催者から依頼を受けたのが日本におけるベケットについて研究するようになったきっかけである。

 それ以来、ストラスブール、ベルリン、シドニー、ダブリン、東京で開催された国際会議やニューオーリンズでのMLA(アメリカ近代語協会)のベケット・セクション、アムステルダム、サンクトペテルブルグ、ヘルシンキで開催されたFIRT(国際演劇学会)のベケット・ワーキング・グループやベケット・ラウンドテーブル、静岡大学で開催された日本英文学会中部支部大会や京都橘大学で開催されたイェイツ協会主催の全国大会のシンポジウムなどにスピーカーの一人として出席し、日本におけるベケットの受容や、ベケットと俳句との関連について口頭発表を行なってきたが、本書はこれらの学会での発表が主軸となって誕生した。このほか、西洋比較演劇研究会ではベケットの演出観をめぐる議論について論じた拙稿を研究会紀要に掲載していただいた。東京演劇アンサンブルのアイルランド公演に同行したさいにはユニヴァーシティ・カレッジ・コーク主催の公開講座で「日本におけるブレヒトとベケットの受容」について話す機会を与えられた。早稲田大学21世紀COEプログラム〈演劇の総合的研究と演劇学の確立〉が企画した講演会では、シラー劇場でベケットの助監督を務めたミヒャエル・ヘルター氏や俳優の鈴木理江子さんとともに講師の一人として参加させていただいた。これらの経験も本書誕生の一助となっている。

 本書の第5章と第7章は書き下ろしであるが、その他の章はこれまで国内外で口頭発表してきた論文、あるいはその一部を改訂したものを含んでいる。すでに出版されたものは以下のとおりである。

第1章

「新しいベケット――ポストモダン/ポストコロニアルな読みの可能性とその実践について――」青山学院大学『論集』第36号 1995
"Postmodern Stagings of Waiting for Godot" Ed. Marius Buning, et. al. Samuel Beckett Today/ Aujourd'hui 6, Samuel Beckett: Crossroads and Borderlines/ Lœuvre carrefour l'œuvre limite. Amsterdam: Rodopi, 1997.
「作品に忠実な舞台とはなにか」西洋比較演劇研究会『西洋比較演劇研究』 2003

第2章

「ベケットの『戯言(たわごと)』――"What Is the Word"試論――」青山学院大学英文学会『英文学思潮』第71巻 1996

第3章

「世阿弥」高橋康也監修『ベケット大全』白水社 1999

第4章

「ベケットと映画」総合研究所人文科学研究所叢書 2000
“Elements of Haiku in Beckett: The Influence of Eisenstein and Arnheim's Film Theories" Ed. Angela Moorjani & Carola Veit. Samuel Beckett Today/ Aujourd'hui 11, Samuel Beckett: Endlessness in the Year 2000/ Samuel Beckett: Fin sans fin en l'an 2000. Amsterdam: Rodopi, 2001.
「ベケットと俳句」手塚恭介・リリ子編著『想像力の飛翔』北星堂 2003

第6章

「ベケットと日本」『ベケット大全』
“Special Features of Beckett Performances in Japan" Ed. Lois Oppenheim & Marius Buning. Beckett On and On.... London: Associated UP, 1996.
“The Legacy of Beckett in Contemporary Japanese Theatre“ Ed. Linda Ben-Zvi. Drawing on Beckett: Portraits, Performances and Cultural Contexts. Tel Aviv, Israel: Assaph, Tel Aviv U, 2004.
“Ontological Fear and Anxiety in the Theatre of Beckett, Pinter, and Betsuyaku" Ed. Linda Ben-Zvi and Angela Moorjani. Samuel Beckett at 100: Looking Back/Looking Forward. New York: Oxford UP, 2007, Forthcoming.

 私はまた、学会や研究会で発表を行なうかたわら、英文学者の故高橋康也先生の指導のもと、白水社から共編著『ベケット大全』とジェイムズ・ノウルソン著『ベケット伝』の共同翻訳を上梓した。その調査を兼ねてベケットの生地アイルランドをめぐる旅を行ない、誕生日にまつわる、伝記著者も知らなかった新しい発見にめぐりあうことができた。さらに2005年から2006年にかけての冬季休暇に大学からの助成金で、ベケットがノーベル賞を受賞する前後に3冬長期滞在したポルトガルを訪れ、これまでベケット研究者があまり目をむけてこなかったところでさまざまな発見をした。本書はそうした新たな発見を含む一ベケット研究者の旅の書でもある。

 しかしながら、ベケットと縁が深いヨーロッパの国々をすべて旅したわけではないし、ベケットを語るうえで忘れてはならない場所はまだまだたくさんある。ベケットの愛読書であったダンテの『神曲』の故郷イタリアや、若くして病死した恋人で従妹のペギー・シンクレアとすごしたドイツのカッセルなどはベケットにとって重要な場所である。また、ノーベル文学賞を受賞したさいに訪れていたチュニジア、その前後数年間に数回にわたって旅したとされるイタリア南部の島サルデーニャやマルタ島、それにモロッコなどもベケットの作品にインスピレーションを与えた場所としてしばしば指摘されている。本書では語れなかったこれらの場所とベケットとのかかわりについては、今後さらに旅をつづけ、将来あらためて執筆することにしたい。

 最後に本書出版にあたり世話になった方がたにお礼の言葉を述べたい。まず、本書の出版に力を貸していただいた勤務先の青山学院大学、その総合研究所にて研究の審査のためにお骨折りいただき、また的確な助言をくださった青山学院大学総合研究所審査委員の諸先生方、ならびに外部審査員としてお忙しいなか時間を割いて審査にいらしてくださった聖心女子大学教授の安達まみさんに深く感謝したい。つぎに、フォックスロックをたずねる旅に同行してくださったベケット研究者で早稲田大学教授の岡室美奈子さんやいっしょにユシーの別荘をたずね、通訳をしてくださったベケット研究者で愛知大学講師の西村和泉さんをはじめ、ベケット研究においてつねに刺激を与え、研究のサポートをしてくださった日本サミュエル・ベケット研究会や国際サミュエル・ベケット協会の研究者の皆さんに感謝したい。さらに青山学院大学の同僚でW・B・イェイツの研究者、伊達直之氏は拙稿でイェイツに言及した箇所をたんねんに読んで適切なコメントをくださった。そして、1995年春と2005年春の2度の旅にお誘いくださり、演劇の現場からつねに刺激を与えてくださっている志賀澤子さんと、折に触れベケット作品を演じた体験話を聞かせてくださり、こころよく上演資料を提供してくださった鈴木理江子さんからも拙稿の一部を読んで的確なコメントをいただいた。東京大学大学院表象文化論専攻の院生、岸本佳子さんには日本におけるベケット作品の上演状況をたんねんに調査し、リストを作成していただいた。本書はこれらの友人たちの助けがなければ生まれなかった。このほか名前を挙げきれないほどたくさんの研究者や演劇関係者から資料を提供していただいたが、それらの方がたにもこの場を借りて感謝の意を表わしたい。最後に、多忙のなか本書の出版をこころよく引きうけ、辛抱づよく編集をしてくださった三省堂の寺本衛さんと、いくたびもの旅につきあい、つねに私を励まし、惜しまず助言をしてくれた田中啓史氏に心より感謝の意を表わし、あとがきとしたい。

 2007年1月、熱海の自宅 潤雪庵にて
堀 真理子



書評紹介

英文学者で書評家としても知られる富山太佳夫氏に、毎日新聞(2007年9月9日)の書評欄で、本書を取り上げていただきました。富山氏は、「旅の楽しさと、学問的探求と」という見出しのついたこの書評で、「著者は、二十世紀を代表するこの劇作家、小説家、詩人のゆかりの地をただ旅してまわったということではない。それぞれの土地、そこの人々との因縁を手掛りとして、この作家のさまざまな側面を解明してゆくのである。旅の楽しさを忘れられない、ベケットの生涯と作品についても考えたい ―― この二つを見事にやってのけた本である。」とした上で、「『ベケット巡礼』というタイトルを与えられたこの本は途轍もない広がりをもっている。このような魅力的な本が出る時代になったのだ。」と結んでおられます。

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