三省堂オーディブック

聞く聖書シリーズ

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タイトル名 収録箇所 内容解説 値段 再生時間 配信先
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三省堂 聞く聖書シリーズ
[第1巻]
万物の創造

創世記(1)
第1章1節〜第4章26節/第6章1節〜第9章17節/第11章1節〜第11章9節

 万物はすべて、神の計画のもとに、「よいもの」として創造され、神の祝福を受けました。この創造のわざの中で、人間は神に似たもの、神のかたどりとして創造され、神の望みにしたがってすべてを治めるという務めを与えられました。男性と女性の神秘も、人間が神に似せて造られたことと結びつけられています。しかし、人間はこの神の思いにこたえることができず、誘惑に負けて、神に背いてしまいます。こうして、人間はみずから神との親しいかかわりを壊してしまいました。神とのかかわりが崩れたことによって、男女の関係、人間同士の関係、他の動物との関係、自然との関係も崩れていきます。「助け合う者」として造られたはずの人間は支配し合う者となり、他の動物を殺して自分の食べ物としなくてはならなくなり、自然も人間にこたえてくれないようになります。神の計画に逆行する人間のはたらきは、極限までエスカレートしていきます。

700円 36分17秒

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三省堂 聞く聖書シリーズ
[第2巻]
イスラエルの民が選ばれる

創世記(2)
第12章1節〜第13章18節/第15章1節〜第19章29節/第21章1節〜第21章21節/第22章1節〜第22章19節

 人間が神の思いにこたえようとしないのを前にして、神は小さな民から、人類の救いの歩みを再開します。選ばれたのは、エジプトやバビロンのような大きな民ではなく、イスラエルの民の祖となるアブラハムでした。神は、このアブラハムに子孫の繁栄を約束し、アブラハムの子孫をとおしてすべての人が救われることを告げます。アブラハムは、まだ実現していないこの神のことば、どのように実現するかもわからない神のことばを全面的に信頼し、言われるままに父祖の土地を後にし、旅に出ます。アブラハムはすでに高齢でしたが、一人の子どもを授かります。ところが、神はこの子どもイサクをいけにえとしてささげるように求め、アブラハムの信仰を試します。しかし、理不尽に思える要求、神の約束自体が無に帰してしまうように思える要求を突きつけられても、アブラハムの信仰は揺らぎませんでした。

700円 38分58秒

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[第3巻]
エジプト脱出

出エジプト記(1)
第1章1節〜第6章13節/第6章28節〜第12章42節

 アブラハムの子孫は、イサク、ヤコブ(後にイスラエルという名を与えられます)と続き、このヤコブに12人の子どもが生まれます。その中の一人、ヨセフの活躍のおかげで、イスラエルの民(ヤコブとその一族)はエジプトに移り住み、繁栄していきます。しかし、ヨセフのことを知らないエジプト王の時代になると、一転して過酷な労働を強いられるようになり、ついには生まれた男子をすべて殺すように強要されます。イスラエルの民は、苦難の中で、神に叫びを上げます。神は、この民の叫びを聞き、モーセを選んで力を授け、民の指導者としました。モーセは、イスラエルの民が聖なる山で神を礼拝するためにエジプトを出立する許しを、エジプトの王に願い出ます。しかし、王がこれを拒否したので、さまざまな災害がエジプトの地に生じます。ついに、王は許しを与え、イスラエルの民はエジプトを出発します。イスラエルの民は、今でもこの出来事を自分たちの救いと重ね合わせて、毎年記念し祝います。

700円 64分42秒

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[第4巻]
シナイ山での契約と律法

出エジプト記(2)
第13章17節〜第20章21節/第24章1節〜第24章18節

 エジプトの王は、エジプトを出ていく許可をイスラエルの民に与えたことを後悔し、軍隊にその後を追わせます。「葦の海」を前にして、エジプト軍はイスラエルの民に追いつきますが、民の指導者モーセが手を差し伸べると、海が二つに割れ、イスラエルの民は乾いた道を渡ります。民が海を渡り終わり、モーセが再び手を差し伸べると、海は元に戻り、後を追って海を渡っていたエジプト軍は流れに巻き込まれ、壊滅的な打撃を受けました。神の力によってエジプト軍の脅威から救われたイスラエルの民は、神の導きと恵みを受けながら、荒れ野を通って、シナイ山に向かいます。シナイ山では荘厳な契約が結ばれ、神は彼らの主(しゅ)としてイスラエルの民を導き続けることを約束します。そして、彼らが神にふさわしい生き方をすることができるように「十戒」をはじめとする律法が授けられます。イスラエルの民は、この恵みといのちのことばに従うことを宣言します。

700円 41分13秒

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[第5巻]
ダビデ王とソロモン王

サムエル記下
第5章1節〜第5章12節/第5章17節〜第7章29節/
列王記上
第2章10節〜第2章12節/第3章1節〜第3章28節/第5章15節〜第5章26節/第7章1節〜第7章12節/第8章1節〜第9章9節

 エジプトから約束の地カナンに移ったイスラエルの民には、必要に応じて神から指導者が与えられていました。しかし、民は周囲の民族に対抗し、緊急事態にもすぐに対処できるよう、いつも強力な王がいることを望むようになりました。こうして、イスラエルに王制が導入されました。ダビデは最初、イスラエルの一部族ユダの王となりますが、サウル王の死後、ほかの11の部族の長からの要請を受けてイスラエル全体の王となり、エルサレムを首都とします。イスラエルの民にとって、真の意味での王は神だけです。だから、イスラエルの王には、神の御心(みこころ)にしたがって、民に奉仕することが求められます。ダビデ王は、人間的弱さを持ちながらも、神に忠実な王でした。神は、このダビデの王国を永遠に守ることを約束します。ダビデ王の死後、息子のソロモンが王となります。ソロモンはその知恵深さで有名です。また、エルサレムに壮麗な神殿を築いたのもソロモンです。

700円 47分15秒

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[第6巻]
義人ヨブの苦しみ

ヨブ記
第1章1節〜第5章27節/第29章1節〜第30章31節/第38章1節〜第40章14節/第42章1節〜第42章17節

 ヨブは神を信じる正しい人で、豊かな財産をもち、家族ともども幸福に暮らしていました。しかし、サタンは神の許しを得て、ヨブにさまざまな苦難を与え、彼をどん底に突き落とします。子どもたちは死に、財産はなくなり、ヨブ自身もひどい病気にかかります。このような中でも、ヨブは神への信頼を失うことはありませんでした。しかし、打ち続く苦しみをどう理解すればよいのかもわかりませんでした。そこに、3人の友人が現れ、なぜヨブが苦しまなければならないのか、ヨブと議論を始めます。友人たちは、ヨブが悪を行ったために、その罰が与えられていると主張しますが、みずからの潔白を信じるヨブは納得できません。そこで、ついにヨブは神に直接問いかけます。神はヨブに答えて、神が人間の思いをはるかに超えて人を救いに導くことを諭します。ヨブは、神の思いに目を向けず、自分の正義ばかりを主張していたことに気づき、神にゆるしを求めます。

700円 36分53秒

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[第7巻]
神への賛美の詩

詩編
第6編1節〜第6編8節/第10編1節〜第10編18節/第13編1節〜第14編7節/第22編1節〜第23編6節/第27編1節〜第28編9節/第41編1節〜第42編12節/第86編1節〜第86編17節/第145編1節〜第145編21節

 聖書の中には、150の詩からなる「詩編」があります。現実の喜びや苦しみの中にあって、詩の形式で神に自分の苦しみを吐露し、神への思いをつづったもので、作者も題材も状況も詩の長さも多種多様です。しかし、いずれの詩編も具体的な生活の場で神への信頼を歌っていて、物語形式や教訓などとは違った意味で、神と人との生き生きとしたかかわりを感じさせてくれます。ここで取りあげる詩の多くは、作者が敵対者の圧迫や孤独の中でひどく苦しんでいることを感じさせます。その中にあって、作者はときに神に訴え、ときに嘆願しつつ、切々と助けを求めます。どんな苦しみの中にあっても、どんなに神が沈黙してこたえてくれないようにみえても、作者は神によりすがらないではいられないのです。だから、作者のこの苦しみの訴えは、歌い続けるうちに徐々に、神のわざに対する信頼や喜びへと変わっていきます。

700円 30分12秒

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[第8巻]
コヘレトの書

コヘレトの言葉
第1章1節〜第12章14節

 コヘレトという人物が語ったことばを記した書です。コヘレトは、「すべては空しい」と叫んで、この書を始めます。「空しい」と訳されていることばは、中身がないこと、意味がないことを示します。存在しているのに意味がないということ、だから存在しないほうがまだましであるといったニュアンスがあります。自分は生きているのに、そこに意味が感じられない、必死に生き、実りをあげるために働いても、結局人間は死んでいく。このような中で、コヘレトは何らかの意味を見いだそうと、さまざまなことを試してみます。しかし、そのどこにも意味を見つけることはできません。そこで、コヘレトは気づきます。人間の視点から見ていては、すべては過ぎ去り、空しい。しかし、神のわざ、神とのかかわりという視点から見れば、すべてに意味がある。だから、神を信じ、そのことばにしたがって生きることこそ、すべてに意味を与えるのだ、と。

700円 41分12秒

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三省堂 聞く聖書シリーズ
[第9巻]
預言者イザヤの言葉(1)

イザヤ書
第1章1節〜第8章10節

 「預言者」とは、ある時代状況の中で必要とされるメッセージを神から直接に託され、人々に伝える人のことです。必ずしも未来のことを語るわけではありませんし、預言のテーマや内容も状況によって大きく変わってきます。イザヤという預言者は、紀元前8世紀頃、エルサレムを都とするユダ王国で活動した人です。当時のユダ王国は、エジプトやアッシリア、バビロンといった大国の盛衰の中で、浮き沈みを繰り返していました。その中で、表面的な信仰の生き方が生じていました。相対的な平和と繁栄の中、富んでいる人々は、貧しい人々を搾取する一方で、何事もないかのように祭儀に参加していました。また、危機的な状況になると、指導者たちはほかの国々(人間的な力)に頼り、神を信頼しようとはしませんでした。預言者イザヤはこのような偽善的な生き方を正面から批判します。しかし、それは彼らが心から神に立ち返るように招くためなのです。

700円 33分09秒

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三省堂 聞く聖書シリーズ
[第10巻]
預言者イザヤの言葉(2)

イザヤ書
第40章1節〜第42章9節/第55章1節〜第55章13節/第61章1節〜第61章11節

 預言者イザヤの書の後半部分は、預言者自身のことばでなく、その後の時代に語られた預言が収録されています。イザヤの活動した時代の後、ユダ王国はバビロンによって滅ぼされてしまいました。首都エルサレムは陥落し、神殿は荒らされ、王や指導者たちはバビロンへと移送されました。イスラエルの信仰にとって、歴史上、最大の危機であったと言ってよいでしょう。彼らは問いかけます。神は唯一で、全能の方ではなかったのか、バビロンの神々のほうが主(しゅ)である神より強いのか、そもそも神は存在するのか、存在するとすれば神はイスラエルの民を見捨ててしまったのか……。失意ととまどいが支配する中、これらの預言はイスラエルの民を力強く励まします。これが終わりではないこと、神がイスラエルを見捨ててはおらず、かえってより大きな喜びで満たすであろうことを説きます。そして、この神への信頼と希望を失わないようにイスラエルを招くのです。

700円 20分49秒

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[第11巻]
預言者エレミヤの言葉

エレミヤ書
第1章1節〜第1章19節/第11章18節〜第12章6節/第16章14節〜第16章21節/第17章9節〜第17章18節/第20章7節〜第20章18節/第30章1節〜第30章3節/第31章1節〜第31章34節

 預言者エレミヤは、紀元前6世紀に起きたユダ王国の滅亡とエルサレムの陥落前後の時期に活動します。大国バビロンの圧力が強まり、王国の存続が危ぶまれる中で、王や指導者たちは神の約束を自分勝手に解釈していきます。「神はかつてダビデ王に対し、ユダ王国と王家の繁栄を約束された」、「神は神殿に住んでおられる」、「だから王国が滅びることも、都が占領されることもない」。このように考えたのです。しかし、エレミヤは、彼らが神のことばにあぐらをかく一方で、実生活では神のことばを生きようとはせず、政治的にも人間的方策にばかりあくせくして神を信頼しようとしない二面性を告発します。人間の側にも神の約束にこたえる務めがあること、それをすることなしに神の民とは言えないことを告げるのです。エレミヤは、神のことばを語ったがために厄介者として疎んじられ、反対を受けます。これは、神に従う者がしばしば耐え忍ばなければならない苦難です。

700円 24分24秒

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三省堂 聞く聖書シリーズ
[第12巻]
マタイによる福音

マタイによる福音書
第1章18節〜第7章28節/第11章25節〜第11章30節/第16章13節〜第17章13節/第18章1節〜第18章35節/第19章16節〜第20章16節/第25章1節〜第25章46節

 「福音」とは「よい知らせ」を意味することばです。聖書には4つの福音書が収められており、神の子イエスのことばと行いをとおして示された「福音」について記しています。マタイによる福音書は、イエスを、わたしたちとともにいる神として示します。イエスはわたしたちの中で教えるだけではなく、実際にわたしたちとともにいて、わたしたち一人ひとりに語りかけ、わたしたちを愛しています。民族による区別をせず、正しい人か罪人かによって区別することもなく、見返りのない愛でわたしたちを満たします。このようなイエスがわたしたちとともにいるからこそ、わたしたちもイエスを基準として、どう生きるかについて判断するよう求められるのです。ともにいるイエスのことばに耳を傾け、それを行い、このイエスにならうことに、わたしたちの救いがあります。

700円 50分51秒

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三省堂 聞く聖書シリーズ
[第13巻]
マルコによる福音

マルコによる福音書
第1章14節〜第2章12節/第3章13節〜第4章41節/第6章6節〜第6章44節/第11章1節〜第12章34節/第12章41節〜第12章44節/第14章1節〜第16章20節

 「福音」とは「よい知らせ」を意味することばです。聖書には4つの福音書が収められており、神の子イエスのことばと行いをとおして示された「福音」について記しています。マルコによる福音書は4つの福音書の中で最も古く記されたものと考えられています。この福音書にとって、イエスは「神の子」です。しかしそれは、人々から排斥され、苦しみを受け、十字架にかけられて死んでいく神の子であり、人々の罪や苦しみをみずから担うことによって救いを実現する神の子です。それは通常、わたしたちがイメージする神の姿とは正反対のものです。弟子たちでさえ、このことを理解できず、十字架のもとにとどまることができませんでした。十字架上で死んでいくイエスを見て、「本当に、この人は神の子だった」という信仰告白をしたのは、皮肉なことに、弟子たちではなく、ローマの百人隊長でした。弟子たちは、イエスを理解できなかったことを認め、イエスのことばを思い起こして、イエスが神の子であるとはどういう意味かを理解したうえで、イエスに従うことができるよう再び歩みなおすことが求められるのです。

700円 62分24秒

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三省堂 聞く聖書シリーズ
[第14巻]
ルカによる福音

ルカによる福音書
第1章5節〜第2章52節/第3章21節〜第3章22節/第4章14節〜第4章15節/第10章25節〜第11章13節/第12章13節〜第12章21節/第14章7節〜第15章32節/第16章19節〜第16章31節/第18章1節〜第18章14節/第19章1節〜第19章10節

 「福音」とは「よい知らせ」を意味することばです。聖書には4つの福音書が収められており、神の子イエスのことばと行いをとおして示された「福音」について記しています。ルカによる福音書は、神が貧しい人や罪人、苦しんでいる人々を優先的に愛するという点を、4つの福音書の中で最も強調しています。それは、まずイエスの誕生の描写に表れています。イエスは、神の子であるにもかかわらず、由緒ある裕福な家庭ではなく、おそらく貧しい大工の家の子どもとして、しかも旅の途中に生まれました。それだけでなく、イエスは、当時のイスラエルで疎んじられていた罪人や徴税人たちに積極的にかかわっていきます。そして、たとえによる教えをとおして、このような生き方が神の思いを表すものであることを説明します。神は、苦しんでいる人、助けを必要としている人を見過ごすことができないだけでなく、みずからその人たちを追い求めてやまない方だということを、イエスの教えと生き方は示しているのです。これが神の愛であり、わたしたちの救いの源泉です。

700円 46分29秒

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三省堂 聞く聖書シリーズ
[第15巻]
ヨハネによる福音

ヨハネによる福音書
第1章1節〜第1章18節/第3章1節〜第3章21節/第6章1節〜第6章71節/第11章1節〜第11章44節/第13章1節〜第14章14節/第15章1節〜第15章17節

 「福音」とは「よい知らせ」を意味することばです。聖書には4つの福音書が収められており、神の子イエスのことばと行いをとおして示された「福音」について記しています。ヨハネによる福音書は、ほかの3つの福音書とは異なった物語や教えを多く記しています。この福音書は、イエスが神とわたしたちをつなぐ方であることを強調します。そのために、イエスと父である神とのかかわり、イエスとわたしたちとのかかわりの奥深さを教えます。イエスは、永遠の初めから父である神とともにいて、神のことばを聞き、神の思いを温めてきました。そして、この神から遣わされ、人となることによって、わたしたちに神の思いを伝えてくれました。だから、わたしたちはイエスをとおして神を知り、神にいたることができます。イエスは、今も神の「ことば」として、「いのちのパン」として、「道・真理・いのち」として、「まことのぶどうの木」として、わたしたちを神との深い交わりにあずからせてくれます。

700円 41分04秒

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[第16巻]
使徒言行録

使徒言行録
第1章1節〜第1章11節/第2章1節〜第4章37節/第5章12節〜第5章42節

 イエス・キリストは、その死と復活によって、救いを実現しました。しかし、みずからの力だけでこの救いのわざを全世界に広めようとはせず、弟子たちにその務めをゆだねることを望みます。使徒言行録は、そのような弟子たちの集まりである教会の活動とその発展について描いています。弟子たちは弱い人間ですから、神から力を受け、キリストの証人とされる必要があります。キリストの証人、福音の証人、その根本にあるのが、神から恵みを受けた者としての「一致」です。教会は、キリストの直接の弟子たちの教えを聞いて喜びを深め、心を一つにして祈ります。この一致は、自発的な財産の共有にまで発展していきます。貧しい人々、何かを必要としている人々がいれば、分かち合うのです。教会は、人々の反対や当局による逮捕・投獄にも遭いますが、救いの喜びに満たされて成長していきます。

700円 26分59秒

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[第17巻]
ローマの教会への手紙

ローマの信徒への手紙
第1章1節〜第1章7節/第1章16節〜第1章32節/第2章17節〜第2章29節/第3章9節〜第3章26節/第5章1節〜第8章39節/第12章1節〜第12章21節/第13章8節〜第15章6節
 パウロという人物は、最初は教会を迫害していましたが、後に偉大な宣教者として各地にキリストを告げ知らせ、手紙をとおしても宣教を行いました。ローマの教会への手紙は、その中でも最も総合的にキリストの教えを記したものと受け止められています。人間は、だれしも救いを望んで生きていますが、どれだけ努力しても救いにいたることはできずにいます。正しい生き方をしようと望んでも、どこかで過ちを犯してしまいます。しかし、そのような弱いわたしたちに神は無限の愛を注ぎます。この愛は、神の子イエスがわたしたちのためにいのちをささげたことの中に、最も強く表れています。だから、神の無限の愛の表れである、この神の子イエスを信じるかどうか。それが救いの根本だとキリスト者は信じているのです。 700円 42分37秒

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[第18巻]
コリントの教会への手紙

コリントの信徒への手紙一
第1章10節〜第3章23節/第12章1節〜第15章58節
 当時、コリントは大きな都市でした。そこに生まれた教会は、キリストを信じて熱心に歩み始めたにもかかわらず、さまざまな問題にぶつかっていました。その最大のものは、分裂と派閥争いです。しかも、そのためにパウロやほかの宣教者、あげくのはてにはキリストまでが利用されてしまいます。パウロは、キリストこそが唯一の中心であり、自分をはじめとするすべての人はキリストによる一致に奉仕する者であることを宣言します。コリントの教会では、神からの恵みも、人間的な視点で受け止められてしまっています。見た目にすばらしい恵みを受けることを望み、それを受けたことを誇りにしているのです。パウロは、どんなにすばらしく見える恵みも、どんなにみすぼらしく見える恵みも、どれもかけがえのないものとして、神がその人に与えたものであり、ほかの人々を築き上げるために与えられたものであることを述べます。すべての基準は、ほかの人へ奉仕する「愛」なのです。 700円 34分31秒

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三省堂 聞く聖書シリーズ
[第19巻]
ヨハネの黙示録

ヨハネの黙示録
第1章1節〜第5章14節/第21章1節〜第21章14節/第21章22節〜第22章21節

 ヨハネの黙示録は、1世紀の終わりごろ、教会が組織的な迫害を受けていた時代に書かれたと考えられています。そこには、信じたがために、かえって死の苦しみを受けている教会の姿があります。しかも、その苦しみは終わりなく打ち続くように思われます。このような教会に対して、ヨハネの黙示録はシンボリックな表現で歴史の意味を描き出していきます。まず、栄光のキリストの姿が描写され、苦しみの中でも、流されることなく、耐え忍ぶように招かれます。その後、天上での賛美の宴の様子が描かれ、苦しむ教会に、最後に待つ喜びの姿が示されます。その後、さまざまな災いが描かれます。これらの災いは、全宇宙を巻き込むような激しいもので、すべての希望を奪うかのように思われます。しかし、終わりにはすべてを超える壮大な救いが実現することが記されます。人間の理解を超える災難をも含めて、歴史を支配しているのは神なのです。

700円 29分23秒

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