心臓に毛が生えている理由

(「ぶっくれっと巻頭エッセイ」NO.150号 2001 SEPTEMBER)

米原万里

 口頭で発言するとき、人は、なぜか十人中七〜九人が、文頭に、次のようなフレーズを添える。

 I think that 〜/ We consider that 〜
(わたしはロシア語の同時通訳者だが、この文を読んでくださる大多数の方々には、馴染みがないと思うので、英語の例文で説明する)

 同じ人でも、文章に較べてスピーチの方がこの種のフレーズの登場頻度が五倍以上に増えている。おそらく、考えと文を整えるための時間稼ぎなのと、聞き手の抵抗を和らげたいという下心が作用するのだろう。まあ、一種の常套句と考えて差し支えない。

 さて、ややこしいことに、このフレーズは形式的には主文で、情報の核を成す「〜」の部分が従文になっている。そして、訳される日本語文では主文の述部は必ず最後に登場しなくてはならない。ところが、英語を初めとする欧文の一般的語順に従うと、主語の直後に述語が来て、主文は発言冒頭で完了してしまう。

 しかし同時通訳では、短い文ならまだしも、長たらしい複文が出てくると、文のピリオドまで聞いているわけにはいかない。次から次と後続の文章が押し寄せてくるから、フレーズ単位で片づけていく。たとえば、

 I think that she loves him.

 という文章ならば(これほど単純な形式と内容の文章を訳させてもらうことは、あり得ないのだが)、

「彼女は彼を愛している、とわたしは思う」

 なんて全文を聞き終わってからでないと訳せない言い方は避けて、

「わたしの考えでは、彼女は彼を愛している」

 というふうに、原文の語順をなぞるように転換していく。でも、発言者は「わたし」なのだから、考えの主も「わたし」であることは分かり切っている。ということは、「わたし」は省いて構わない。

「思うに、彼女は彼を愛している」

 というふうに。同時通訳成り立ての人々は、しばしばそうしている。こう訳しているのを横目で見やりながら、ベテランは、心の中で呟く。

「フン、ひよこだわね」

 というのも、よくよく考えてみれば、そう思っているからこそ、そう発言するのである。すなわち、情報を伝えることに主眼を置くなら、この「わたしの考えでは」とか「思うに」は省略しても構わない。

「彼女は彼を愛してます」

 これで十分なのだ。

 さて、逆に、原発言が日本語だった場合、

「彼女は彼を愛していると(わたしは)思います」

 というのを、耳に入ってくる順序で訳していくと、   

 She loves him.

 「思います」の部分は、時間的余裕があったら、

 I think so.

 なんて付け加えてもよいし、間に合わなかったら、省いてもよい。あってもなくても情報の核には差し障りがないのだから、逆に最初から、

 I think that〜

 という構文にしておいてもよいことになる。

 ただし、日本語の場合、

「彼女は彼を愛していると思わない」

 なんて最後のところで裏切られたりすることもある。そんな時には、

 I think that she doesn,t love him.(彼女は彼を愛してないと思う)

 と切り抜ける。

 しかし、「彼女は彼を愛していると思わない」と「彼女は彼を愛していないと思う」の間には微妙な違いがある。このミクロな差異が気になって仕方ないタイプの人には、もちろん同時通訳という職業は向かない。

 同時通訳者の心臓が剛毛に覆われていると言われるのは、そのせいだろう。

(よねはら・まり エッセイスト)

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